勇者と召喚
『魔力感知』を使用したのに、土の中には触手付きの姿は何処にもない。不思議に思ったが、とりあえずさっきのは最後の足掻きだったんだと思い、改めて『戦巫女』の方に走っていく。まぁ、完全に警戒を解くのは無理だが。
「遅いですよっ!私、右足ボロボロなんですけど!?」
「そんぐらい、自分で治せ。ポイントあるだろ」
さっき俺にはポイント使わなかった癖に‥‥
文句を言いながらも、自分で『回復薬』を使い傷を癒やしていくのを見て、改めて周りを見回す。が、やはり触手付きは居なかった。
「治ったな?じゃあ体育館に戻るぞ。結構離れちまったからな」
コウは、逃げてちょっと攻撃して、また逃げる。というのを繰り返していたので、体育館から少し距離が離れていた。だが、そのお陰で戦闘の音で他の『黒化』や魔物達を体育館から遠ざける事ができたので、あの選択は間違って居なかったのだろう。
「えーっ、もう少し休みません?私、疲れました」
「俺だって腹破られてフラフラなんだよ。もう少し我慢しやがれ」
腹を二度も破られ、血を大量に流したコウは、正直、今にも倒れそうな程にダメージを追っていた。加えて、今日は朝のオニギリ以外口にしていない。
「しょうがないですねー。わかりましたよ、歩きますぅ」
「‥‥はぁ、まぁいいや。行くぞ」
口を尖らせた『戦巫女』を見て溜め息を吐きながら歩き出す。辺りはもう暗闇に包まれており、頼りになるのは『魔力感知5』と街灯だけ。フラフラの身体に鞭を打ち、体育館へと向かう。
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「はぁ、やっと着いた。さてさて、生きてますかねー?」
「生きててくれないと私達、無駄に体力使っただけになるから勘弁してほしいですよ」
最初に使ったドアではなく、触手付きを吹き飛ばして作った壁から中に入っていく。電気が付いていないので真っ暗だ。取りあえず、『魔力感知』に反応はないのであまり警戒はせずにすむ。
「あのー、生きてますかね?死んじゃってたりしますー?」
出来るだけ明るく、大きな声で聞いてみる。が、中からの返事は無い。まさか、死んだ?自分たちだけで出てくのは有り得ないしなー。‥‥取り敢えず、入ってみよう。
息を止め、ゆっくりとドアを開ける。と、中には月明かりで照らされた机に、一枚の紙が残されているだけだった。
『序列二位の『勇者』という方々が助けにきてくれました。安全区域に連れて行ってくれると言うので、付いて行こうと思います。ごめんなさい。安全区域で、会いましょう。
上條 野島』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥ブフッ!!」
一通り目を通した後、こめかみを抑える。頭痛い。序列二位って、都心に居るんじゃねーのかよ?こんな所で何やってんだ。多分、何らかの方法で自衛隊と連絡を取り、向こうも取引か何かをしたんだろう。それにしても、タイミングが悪すぎる‥‥こんな事なら、触手付きから逃げれば良かった。完全に無駄足だ。部長の親御さんじゃなきゃ斬り刻んでる。
「ま、まぁ元気だして。私達も戻りましょうよ。‥‥‥ブハッ!!」
「笑ってんじゃねーよ。キレるぞ」
チクショウ、なんか釈然としねーな。助けに来たの俺の筈なんだけど?いや、確かに遅れたし、二位が付いてるなら安心かもだけどさぁ‥‥‥ハァ。
「ま、まぁいい。戻るぞ」
「ハァーイ。‥‥ブハッ!!も、もう無理っ!死んじゃうっ!!」
ゲラゲラと腹を抱えて笑い出した『戦巫女』の頭をひっぱたいて、体育館から出て安全区域まで戻る。最悪だ、ホントに‥‥
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三十分掛けて戻り、コソコソと朝部達の居るであろうテントを目指す。別に俺だけ隠れれば良いのでは?と思ったが、『戦巫女』も結構強引に此処を出てきていたらしい。全く、コイツが無理やり出てきてなければこうやってコソコソとテント探す必要も無かったのに‥‥今日は厄日だ。
「‥‥ん、戻ったか。上條と野島の両親は隣だ。悪いが、あと十分程4人には此処を出て貰う。‥‥お前、あのデブを放っておくみたいな事を言ったらしいな?確かにそれで良いと言ったがな。まぁ、俺としてもそのまま死んでくれてた方が良かったんだが‥‥そのせいで、お前の印象は最悪だ」
コソコソと微かに見覚えのあるテントに入っていくと、兵士二人と麻雀をしている『狂戦士』と『忍者』の二人を見つけた。監視下に置かれるとか言って、遊んでいたのか。‥‥マジぶっ殺してぇ。
「うるせぇよ。麻雀してただけなのになんで説教だよ。俺がどれだけ大変な目に遭ったか‥‥」
「ホントですよっ!あの触手付き、気持ち悪い上に諦めが悪過ぎですっ!!」
兵士二人をシッシッとテントから追い出し、麻雀の席に着く。薙刀をコッチに向けて置くなよ。危ないだろ。
「触手付き?なんだそれは。詳しく話せ」
「面倒くさい。『戦巫女』頼んだ。俺は隣行ってくる」
俺と触手付きの数時間に及ぶ戦闘を話しても良いが、その前にやることがある。部長と先輩の御両親だけで九州に向かうのは不味い。何が起こるから分からない。だから、『護衛』を付ける。
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「こんにちはー。置いてけぼりにされた櫻木でーす。今大丈夫ですかね?」
隣のテントに移動し、ちょっとイジワルな事を言ってみると、思いっきりテントの扉(?)が開いた。顔を覗かせているのは部長のお父さんだった。
「さ、櫻木君‥‥か?」
「それ以外の誰に見えます?」
信じられない。といった感じだ。俺の事どんな風に聞いていたのか分からないが、まぁ良い感じの事は聞いてないんだろう。大方、あのデブが吹き込んだと思う。
「殺人鬼じゃないですか?まぁ、僕もですけど」
「‥‥‥その声、お前が序列二位の『勇者』だな?」
「えぇ。序列二位『勇者』の天宮天牙です。よろしくお願いします。序列一位『限定英雄』」
簡単に背後を取られたと思ったら、やはり居たのは『勇者』だったようだ。いやまぁ、今そこは置いといて、コイツの名前‥‥
「テ、テンガ?」
「天牙ですっ!!今絶対表記変えましたよね!?」
ふむ。どうやらコンプレックスのよう。呼ぶのは控えた方が良いな。じゃあどうやって呼ぶか‥‥
「おいテンガ、なんかあだ名みたいなのないか?小学校の間はテンガって呼ばれてもテンガの意味分からないからテンガテンガ連呼してたかもだけど、流石にこの年でテンガテンガって呼ばれるのは嫌だろ?だからテンガ以外の呼び方を教えてくれよテンガ」
「アンタ分かっててやってるだろ!?絶対ワザとだろ!!」
おいおい、俺は親切で言ってやったのに酷い言いぐさだな。そんなテンガって呼ばれるの嫌なら早く教えれば良いものを‥‥
「‥‥‥身近の人にはテンって呼ばれてます」
「そうか。じゃあテン、なんでお前は此処にいる?そんでもって、部長の、上條と野島の夫婦を見つけられたのはなんでだ?」
流石にこれ以上遊ぶのは可哀相なので、早速本題に入っていく。朝部は十分で四人を九州に連れて行くと言っていたから、実質後五分も此処には居られないだろう。
「えっと‥‥どこから話そうかな。『限定英雄』、アナタとの通話を始める少し前に、全然繋がる様子の無かった警察から電話が掛かって来たんです。そしたら、取引をしたいって言われて。僕や、レベルアップ者以外全員を守るって言ってきたんです。僕はそれを受け入れて、此処まで走りました。そして、着いて早々に何とか議員の家族を助けに行けとか言われて、渋々行ったんですよ」
「なるほど、それであの体育館に行ったって訳か」
「そうです。‥‥あの、僕からも良いですか?」
取り合えず、なんで彼処に行き着いたのかは分かったので、此方から言うことは‥‥あるにはあるが、先にテンに喋らせてやる。
首を縦に振って『話せ』という感じの表情を向けるとテンが喋りだす。
「あの、『限定英雄』はこの状況、どう思ってますか?」
「この状況って、こうなった世界か?それとも、壊れかけの政府が俺達レベルアップ者を使いこなせていると勘違いしてることか?」
「あのクソデブ野郎共の事です。‥‥僕、姉が居るんですけど、姉が言うには『此処で最低限の準備をしたら、序列上位者達を集めて『新しい国』を作った方が良い』って言うんです」
俺達レベルアップ者が作る『新しい国』‥‥いいんじゃないか?この話を聞く限り、敵対するような事は無さそうだし、まだ拠点は見つけて無いだろう。このまま九州に連れて行って、そこを拠点に下準備をして貰うってのは‥‥
「あ、あの?」
「‥‥‥えっ?あ、あぁ。悪い考え事してた」
「それで、どう思います?僕達、アナタの了承が得られたら直ぐにでも行動に移したくて」
「‥‥勿論、賛成だ。お前たちに協力したい。けど、それはもう少し先だ。今からする事がある。それが終わったら、もう一度、テンの姉も交えて話をしよう」
「する事、ですか?」
「あぁ。此処にいる四人は、俺の知り合いの両親なんだ。今から知り合いがいる九州に向かうんだけど、そのまま行ったらどうなるか分からない。そこで、護衛を付けるんだよ。で、今から護衛を召喚する」
「へ?召喚?」
さて、『召喚士』を使うのは初めてだが、どんな風にすれば良いのかね?
取り合えず視界を操作して、召喚士を注視する。すると、魔力に応じて召喚できる魔物が見えてきた。
消費魔力10 ゴブリン
消費魔力100 (火・水・風・土)エレメント
消費魔力1000 守護精霊(意志有り)
今使えるのは此処までだよっ!!
ふむふむ。なら『守護精霊』を一体付けるか。魔力1000も使うんだ。ある程度の強さは持ってるだろう。それに、意志有りって事は『知能持ち』って事だろうからな。
「いやあの、召喚って何ですか?まさか『サブ職業』ですか?」
「そだよー‥‥さてさて、『主である我の召喚に応じ、現世に顕現せよっ!!』」
視界で魔力をキッチリ1000使って、『守護精霊』を喚びだす。‥‥あ、四分の一しか魔力消費しないの忘れてた。‥‥‥まぁ、いざという時の為に取っておくか。
目の前の地面が光り、魔法陣が勝手に描かれていくと、中から何か出てきた。
「‥‥我が主よ。我に名を」
‥‥‥嘘でしょ?面倒なんですけど。えーっと、何が良いかな?全く予想して無かった。
「あーっと‥‥‥そうだ、ディーダだ!!お前は今日からディーダなっ!!」
「かしこまりました。それで、我をお呼びになったと言うことは、何かご命令を」
かったい奴だなぁ。‥‥まぁ、たまにはこんな奴が居ても良いか。さて、命令は‥‥
「俺の後ろにいる四人を、ある場所まで連れて行く事。そこには、使い魔‥‥お前の先輩もいるから、一緒になって守ってくれ。あ、先輩の所にいる人達もな」
「かしこまりました。‥‥ある場所とは、どこに?」
「それはこの人達に教えておくから、お前は万が一に備えて居てくれればいいよ」
「御意」
うーん。なんだろう、人の上に立つってこういう感じ?良いねぇ。なんか偉くなった気がする。‥‥そろそろ時間か。
「ディーダ、今から俺とは別行動になる。目的地に着いたら、さっき言った先輩の指示に従って動いてくれ」
「ハッ、かしこまりました」
「頼んだ。‥‥迎えが来たようです。向こうに着いたら、連絡をお願いします。あと、部長達、絶対キレてると思うので宥めといてくれません?」
「何かやったのか君?」
「いやまぁ‥‥‥アハハ」
ディーダを先にテントから出して、部長のお父さんにお願いをする。‥‥今度会ったときが怖いから、保険を掛けておく。あまり効果は期待できないが、やらないよりはマシ‥‥だといいなぁ。
四人も外に出し、兵士に一人追加と知らせ、待機していた車が出る所まで見送る。その後、直ぐにテントに戻ると『狂戦士』と『戦巫女』。そして、テンとその姉であろう人が待っていた。
「朝部はもう少ししたら来る。‥‥さて、『限定英雄』始めようか」