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十日間の列車の旅を終え、終点のキエフへ着いた。
そこからは弦十郎の仕事先を巡りながらいくつかの国を経て、ポルシカという国へ辿りついたのは邨を出て、ふた月程過ぎた頃だ。
目的は敵探しであっても、邨から出たのは初めてだったから、どの風景も、何を見ても、驚きと感動の連続であったのは正直否めない。
あまりの興奮に時々、このまま弦十郎と一緒に旅を続けられたら、どんなに楽しいだろうかと、心が弱る。
弦十郎は私が知りたい世界を教えてくれる。
世捨て人のような事を言うと厳しく叱ったりする。
そのくせ、弱い私を思い切り甘やかし、抱きしめてくれる。
弦十郎の胸は温かい。
兄達とも遮那とも違う、私を自由にしてくれる温かさだ。
弦十郎に抱きしめられると、私は泣きそうになってしまう。
このまま弦十郎といたら、私はアサシンではいられなくなる気がする。
アサシンでない私に、存在の意味があるのだろうか?
アサシンの邨に生まれ、アサシンの長として生きて行くと決めた私に、今更違う運命など受け入れられるはずもない。
ましてや、邨と仲間たちの敵を討つ者は、私しかいないのだ。
弦十郎はシュテーンの街のホテルに着くと、すぐに私を置いて仕事に出かけた。
日頃は私に「用心棒になってくれ」と言い、傍に居る事を望むのに、仕事に関しては私を関わらせたくない様子だ。
だけど、本当は弦十郎はボディガードなど必要ない程に腕が立つ。
武器商人だから、身を守るぐらいの用心深さと技力を持つのは当然だろう。
弦十郎が何を考えているのかは、ESPで読めるとしても、彼にとって、私はどんな存在なのかは…わからないんだ。
その夜、弦十郎は私に大事な話があると言う。
「前に話しただろ?ホーリー・スピリット・コミュニオンって組織の事」
「…ああ、魔力の無い人間が、魔術師狩りをして世界をよくするとかなんとかの話だったな」
「…すげえ話を端折ったなあ~。まあ、いいか。理玖、明日そのハールートの右腕って言われる灰色の魔術師と会って来いよ」
「え?」
「その魔術師さんは時々、お悩み相談とかやってるらしくてな。人気があるから、無理かなって思ったけど、なんとかアポイントが取れたのさ。すげえ魔法使いって言う噂だから、理玖の敵の情報もわかるかもしれないぜ」
「…」
「なんだよ」
「いや、弦十郎が本気で私の敵打ちを手助けしてくれるとは、思わなかったから」
「理玖がそれを望んでいるのなら、協力してやりたい。それが愛する者の務めですよ」
「茶化すな」
「茶化してない。理玖は俺が本気で愛しいと思った男だよ。できるなら…アサシンなんて稼業は辞めて欲しい。…なーんてな。武器商人の俺が言っても、説得力ゼロだな…」
「…」
「まあ、会うだけ会って来いよ。少しは気持ちが落ちつくかも知れないじゃんか」
「…ありがとう、弦十郎」
弦十郎の優しさが心に突き刺さる。
私は、こんな風な思いやりを与えたことも、受け止めたことも無かった。
「愛」とは、こんなにも重いものなのか…
「愛」を互いに重ね合う事が「幸福」であり、それを求めて生きることが、人生の目的であるならば、私の生き方は「幸福」とは言えまい。
だが、私は「愛」や「幸福」を望んでいたわけでもない。
では、私は何の為に生きていくのだろう。
何の為に生きるべきなのだろう…
「敵」を探し、目的を果たした時、私は何が得られるのだろう。
生きる意味を得る事ができるのだろうか…。
翌日、私は弦十郎が教えてくれた魔術師に会いに、コミュニオンのある建物を探した。
シュテーンは古い街だ。
あちこちに百年を越えた古い石で出来た建物が多い。
ゴシック式と言い、古い宗教観があるらしいが、私には無駄な装飾が多くて、好みではない。
目的の場所はその妙な建物の間にある、目立たないシンプルな聖堂だった。
簡素な門を潜って、受付を済ませ、フロアに行くと、多くの人が集まっていた。
多分、弦十郎が言った通りに、灰色の魔術師に会う為の訪問客なのだろう。
私もそのひとりと思ったら、何だか可笑しくなった。
何の害のない老若男女とアサシンの自分が同じ場所に居る圧倒的な違和感を嗤わずにはいられない。
しばらくその様子を見ていると、廊下の奥に行く時と十数分後に出てくる人の様子が全く違う事に気がつく。
名前を呼ばれ、係りに連れられる時は不安そうな顔をした人が、こちらへ戻って来る時は、充実した顔をしているのだ。
「お悩み相談」とは聞いていたけれど、適当に怪しげな魔術を使っているのだとしたら、頼まれなくても始末しても構わないだろう。
人の悩みが魔法や言葉で解決できるものなら、そんなものを抱えていること自体、馬鹿馬鹿しくて自己嫌悪になるだけだ。
私の名前が呼ばれ、私は灰色の魔術師のいる部屋へ通された。
あまり広くない部屋に向かい合わせの椅子があり、そこへ座り、魔術師の登場を待つ。
すぐに次の部屋から早足で入ってきた男は、私が思うよりも若かった。
灰色の魔術師と呼ばれるように、薄いグレーの髪を長く伸ばしている。瞳は濃いグレー、背が高く顔は整っているが、モンゴロイドとコーカソイドが混じったユーラシアンだろう。
彼は簡単な自己紹介をし、私の前に立つと「少し頭の中を見せてもらってもよろしいか」と、言った。
私が頷くと、彼は私の頭に右手を置き、しばらくスキミングを行った。
手を離し、私の顔を改めて見直しと、少し柔らかい顔で「君はなかなかの能力者だね」と、言った。
そして、「僕の事を疑っているみたいだから、どうぞ、君の魔力で覗いてみるといいよ」と、言い、私に握手を求めた。
「灰色の魔術師」イスファール・ファルマーンの頭の中を、私は全身の力で透視を試みたが、それは叶わなかった。
彼は確かに強い魔力を持つ魔術師なのだろう。
「さて、君の頭の中の話によると、君の邨が何者かによって一夜にして滅ぼされたという事だね。その首謀者を探しているんだね」
「そうです」
「君の邨は暗殺集団の集まりだったらしいが、心当たりはないのかな?」
「…あるだろうけれど、私には見当もつかない。…私は子供だから何も知らされていなかった」
「では、邨が襲われた夜、君が見た出来る限りの記憶を僕に見せてくれませんか?」
「…」
私は一瞬ためらった。
何故なら、何もできなかった情けない自分をまた自覚しなければならないからだ。
それでもこの魔術師が私の敵の情報を知り得る事ができるならと、記憶を読ませることを承諾した。
私は魔術師の正面に立ち上がり、お互いの両腕を絡ませ合い、見つめあった。
魔術師の魔力が血の流れの様に、私の身体を巡っていくのがわかる。
私は出来るだけ、あの夜の記憶を彼に見せる努力をした。
「君には三人のお兄さんがいたんだね」
「そう…だ」
「その兄君たちは邨が襲われた時、仕事に出て邨には居なかった。何故、彼らが帰るまで待てなかったのかね?」
「…自分だけ生き残っているのが…嫌だったからだ」
「そう…。でも帰るのを待って、兄君たちに状況を説明するのが、一番早い解決方法だと、一般的には考えるけどね」
「私は…邨の長になる者だった。四男の私が長に選ばれたのだ。その意味がわかるか?…邨を守れなかった私に長の資格はない…。どのツラ下げて兄達に会えると言うのだ。兄達に会うくらいなら、死んだ方がマシだ」
「…君の事情はわかりました。だが、申し訳ないが、僕の魔力をしても、君の邨を襲った犯人の姿は見えないんだよ。…到底イルトの仕業とは思えない」
「…」
「ああ、イルトってわかります?」
「ESP、魔力を持たない人々の事だと聞いた」
「そう、そして魔力を持つ者を総称してアルトと言う。君の村を襲った者はアルトの中でも相当な能力を持つものだろうね。僕の魔力で皆目見当がつかないのだから」
「…アスタロト・レヴィ・クレメントを知っているか?」
「え?そりゃ…あの男の名前を知らない魔術師がこの世界にいるものかい」
「そいつなら、私の邨を一夜で滅亡することぐらいはできるのだろう?」
「そいつは面白いな。まあ、冗談として受け止めるよ。気が向いたらやりそうだけど、果たしてあの男がそんな辺境に気が向くかどうか…」
「アスタロトを知っているのか?」
「知るも何も…彼とは少々因縁がありますから。ロクなものじゃないけどね」
「ここを出たら、会いに行こうと思う」
「彼にですか?」
「そうだ。アスタロトが本当に私の敵なのかどうか、見極めたい」
「それはそれで良いけどね…。まあ、会えばわかるけれど、アスタロト・レヴィ・クレメントは本物のバケモノだよ。…充分気を付けて」
「…」
「君の邨の事は、こちらも情報を集めておきましょう。ひと月…まあ、ふた月あれば、何かわかる事もあるだろうからね。その頃にまた来るといいよ」
「…何故」
「え?」
「何故、そんなに会ったばかりの私の為に、力を貸してくれるのだ?大した報酬を払うことはできないかもしれないのだぞ」
「報酬など…。こう見えてもうちのコミュニオンは色んな副業で儲けているのでお金には困っていないんだ。まあ、折角の能力があるから、使わないのはもったいない…って事かな」
「…」
「君だって、自分の魔力の限界を知りたいだろう?案外、そういう好奇心が人を幸福にも絶望にもさせるものじゃないのかね」
灰色の魔術師の言葉が私の心に突き刺さる。
私は…何か大事なものを見落としてはいないだろうか…




