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挿絵(By みてみん)


6、

 熊川弦十郎は私の邨を滅ぼした敵を探す手伝いをしようと言い、私はその報酬として、彼に身体を与えた。

 忍宇海のアサシンは、男女問わず、仕事に必要なハニートラップなどは心掛けている。

 常套手段として色仕掛けは抜群の効果がある。だから、私もそれなりの訓練は受けてきた。相手は兄達の他、アサシンの女、男達とも経験がある。行っている最中も欲情に溺れず、お互いの隙を探す術で頭は一杯だ。そうやって自己鍛錬を積み上げていった。

 私にとって、遮那以外とのセックスは、もはや生き延びるための修行でしかなかった。

 

 だが、私に触れる弦十郎の興奮と喜びに、私は驚くしかない。こんなにもセックスを楽しみ、快楽に没頭できる者がいるのか…。

 それを正直に言うと、弦十郎は「だって気持ちいいじゃん」と、笑う。


「理玖王みたいな綺麗な子と抱き合えるなんて、なんて幸運!しかもめちゃ巧いし」

「それは…そういう訓練をしたからだ。アサシンにとって、ひ、必要なんだ…」

 柄にもなく照れてしまった。

 弦十郎の広い胸に抱かれている自分が、幼い子供のような気がして…。子供なのに精一杯、大人のふりをしている気がして恥ずかしかったのだ。

「でも、気持ち良かっただろ?」

 私は素直に頷いた。

 こんなに相手の考え弄ることなく、快楽に身を沈める事は滅多になかった。遮那にすら、私は自分の心の奥底を見透かされるのを拒んでいたから。


 明け方、甲板で私は弦十郎と並んで暁光を眺めた。

 彼方にはっきりと美しい島影が見える。それが「ニッポン」なのだと弦十郎は教えてくれた。

 私の持つ「魔切」がどのような形で「忍宇海」の宝になったのか、興味が沸かない理由はないが、いつか…そう、いつか私が本望を遂げることが出来たなら、あの島に行ってみようと思う。

 そう呟くと、弦十郎は「じゃあ、その時は俺が案内してやるよ。ニッポン人は舌だけは肥えてるからさ、美味い飯をたらふく食べさせてやるよ」と、嬉しそうに言う。そういう彼の頭の中はすでに、どこかの屋台で私と一緒に美味そうに食べている妄想で膨れ上がっている。

 私は少々呆れ「おまえはよくそれだけ容易に相手に考えを読まれて、商売をやっていけるものだな」と、言った。

「そうだね。昔はそれで悩んだ事もあったけど、どうせ逆立ちしても魔法使いのお歴々方には太刀打ちできそうもないからさ、逆手に取ったのさ。心を曝け出すことで、俺にはやましい事はありません。単純明快に商売で儲けたいだけですよ~って、心で伝える。そうすると相手も安心するし、嘘を吐かない商売人として信用される。商売は信用が第一だからなあ」

「なんだか、ポジティブ過ぎて私は怖いな」

「そうか?」

「だって…誰しも覗かれたくない秘密の場所、自分だけの大切な想いとか、気づかせたくない卑しい思いとか…あるだろう」

「まあ、俺は敢えてあんまり重たいものは持たないって決めてるからなあ」

「私にはある。だから大事な部分は遮蔽する。…私は狡いのか?」

「別に。普通じゃないか。俺は商売柄そうやってるだけで、隠せる能力がありゃ、ガードするさ。俺みたいな一般のイルトにとっちゃ、魔法を使えるアルトってのは、そりゃあもう理不尽そのものの存在で、不気味で恐ろしくて、羨ましくていつだって嫉妬の対象だぜ。だが、イルトの中にもカリスマ性を持った奴は、アルトを下僕のように使いこなせるらしいんだ。俺にはそういう能力は微塵もねえけどなあ」

「イルト(能力の無い者)がアルト(ESP者)を、下僕のように?…それは本当か?」

「マジマジ。実際そういう関係は、結構見て来たからね」

「…私の邨がそういう奴らに襲われた…とは、考えられないだろうか」

「メリットがあればね。理玖王の邨に強い恨みを持つ誰かが、アルトの集団に襲わせた、なんていうのは一つの仮定でしかねえけどねえ。だが、暗殺集団の邨なら、それなりの用心はあって然るべきなんだよなあ。邨にもそれ相当の能力者は居たんだろ?それでいて一晩で滅されるってなあ。バケモノみたいな強力なアルトか、異能力集団の襲撃なのか…気になるな」

「私達の邨は…そんなにも憎まれていたのだろうか」

「金で請け負っていた稼業とは言え、やってることが殺人じゃ、誰かに恨まれても仕方なかろう。因果応報って奴だ」

「簡単に言うなっ!私達だって、精一杯…邨人は皆、精一杯生きてきたんだ」

「簡単じゃないさ。人の心はそれぞれに何かを抱えているって話だよ。理玖はまだ若いからさ、純粋なのさ。この世で一番恐ろしいのは、魔法や武器じゃない。それを使う人の心だぜ。理玖が抱える敵討ちってのは、立派な大望かもしれないが、叶えられても闇を抱えてしまうのは理玖自身だって事を忘れるなよ」

「そんなこと…わかっている」


 そんなことはわかっていた。

 弔い合戦なんて、非効率極まりなく、やるものではないと、父にも宇奈沙にも教えられてきた。それでも…それでも、遮那や邨の者たちを想うと、私にはこれしか生き残る方法はないのだと、わかるのだ。

 人を殺す道具として生まれた「アサシン」なら、逃れる道は、すでに無い。

 私は冷えた海風に晒されながら、朝日に輝く遠いニッポンの山々に見惚れていた。


 貨客船がウラジオストオク港へ着き、私と弦十郎は、シベリア鉄道に乗り換えて、キエフまで行くことになった。

 弦十郎は普通寝台のチケットを取ろうとしたが、私は二人用の個室が良いと言い張った。

 弦十郎は「そんなにふたりだけになりたいのか?」と、有頂天になったが、私は他人の思考が目障りだからと答えた。

「う~ん、個室のチケットは馬鹿高いんだよなあ。手持ちの金じゃ、目的地まで保てねえけど」

 私はカバンから宝石の入った袋を差し出した。

「邨の財産だ。敵討ちには何かと金がいると思って、持てるだけ持ってきた。これを使ってくれ」

「こりゃすげえ」

「弦十郎が欲しいのなら、好きなだけやるよ」

「必要なのは理玖の方だ。それに金は持ってて損はしねえさ。どれ、このエメラルドで当座の旅費は充分だ」

 弦十郎は大粒のエメラルドを金に換えてくるといい、小一時間ほどで戻ってきた彼は、ホクホクした顔で驚くほどの大枚を私に見せた。

「車両ごと買えるぞ」

「…そうなのか」

「キエフまで十日の列車の旅だ。これでふたりきりで思う存分セックスできるな」

「私は…もっと有意義な事を教えてもらいたいのだが…」

「セックスは有意義だろ?」

「…」

 言い負かす気にはならなかった。何故なら、確かに私は弦十郎に頼るしかないちっぽけな存在でしかなく、弦十郎の前ではただの十五歳の少年でいられる安心を得ていた。


 私と弦十郎は概ね良好な列車の旅を過ごした。

 多くの時間を個室の狭いベッドで戯れ、快楽を分かち合った。

 私は自分でも驚くほどに、人肌に餓えていた。

 だが、弦十郎が私に与えてくれるものは、快感だけではなく、邨では聞いたことも無い膨大な情報と知識だった。

 

 取りわけ弦十郎が話すアルトとイルトの話は、私を驚愕させた。 


「まず能力者であるアルトは世界の至る処に存在する。だが、ずば抜けた天賦の才を持つ生存者と言うと、数える程になる。そいつらの多くが自己顕示欲と理想を掲げるか、力を隠して目立たずに一生を終るかだ。目立ちたがり屋はアルトだけじゃないぞ。強力なカリスマを持つイルトはその卑屈さ故に、歴史的偉人になりたがるんだ。理想を掲げて突き進むうちは良いが、それがねじ曲がってくると妙な展開になる。それが十年前に起った聖光革命だ」

「…革命?」

「そっか、辺境の邨に住む理玖には、関係の無い事象だろうなあ。結構世間を騒がした事件だったんだぜ」

「…どうせ私は世間知らずだ」

「イジけなさんな。聖光革命ってのはなあ…まあ、なんつうか…ハールート・リダ・アズラエルってイルトの酋長みたいなカリスマがな、魔法使いは異端だ。尊大なアルトは時期に力の無いイルト達を奴隷にするであろうと、世界に向けて発信したわけだ。そうなる前にイルトは力を合わせて邪悪なアルトを抹殺しなければならない、とねえ。まあ、魔女狩りだな。大方のアルトは闇の中に棲む者であり、ハールートの掲げるものは光であり、光を求めるアルトには救いが与えられるが、ハールートに従わないアルトは闇の者として、断罪する。それが信心深い人間すべての救いにもなる…」

「…よく、判らないが、ESP能力者は悪と決めつけているのか?その上で、そのハールートという輩の側に付けば、善になると言う事なのか?」

「さあねえ。俺は善も悪も意義は同じようなもんと考えているからねえ。そんなもんどうでもいいんだが、それで救われた者が現実に居るし、それで殺された者も少なくないってわけ」

「…わからないな…」

「じゃあ、その目で確かめて見るかい?」

「え?」

「ハールートに会えるかどうかはわからないが、キエフから列車を乗り継いだ先にシュテーンの街がある。今は彼らの本部になっているらしい」

「でも…」

「あいつらの組織『ホーリー・スピリット・コミュニオン』にはつてがある」

「え?」

「単なる商売相手だよ。好き嫌いに関係なく、客としては払いが真っ当なんでね。そんな顔するなよ。大丈夫だ。俺みたいなチンピラには奴らも牙を剥いたりしないからさ」

「別に怖いわけじゃないが…なんだか気が乗らない話だな」

「じゃあ、気が乗る話をしてやろうか?」

「今度は、どんな話だ?」

「『魔王』と呼ばれるバケモノの魔法使いの話さ…」

「…面白そうだね」


 この時、私は「アスタロト・レヴィ・クレメント」という魔王の存在を初めて知ることになる。

 彼こそが、私を破滅へ向かわせた悪魔だった…。




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