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突然、現われた熊川弦十郎が何者か…私は過分の興味を持って、彼の心を覗いてみた。
…
驚いた。
この男の感情…見事に負の意識がない。なんというか…迷いや憎悪、嫉妬などの暗い感情が全く見えないのだ。
人はどこかに他人に見せたくない感情やら、自分に対する嫌悪感やら…様々な負の感情があるはずだ。
私はともかく、日頃からとりわけ明るかった遮那だって、心の奥底には触れられぬほどの嫉妬や羨望が渦巻いていた。そのすべてが悪いわけではなく、負の意識を情熱や努力、向上心への原動力と変えていくことが各々にとって重要な過程であるべきなのだ。
だがこの男にはそういう意識がない。
目の前の熊川弦十郎の頭の中は、私と「魔切」への好奇心だけがすべてなのだ。
そのあっけらかんとした心の構図…
…人がこんなに真正直なはずがない。
「こりゃ、中々すげえシロモノだぜ」
「え?」
「この刀…まあ、刀身の長さから見りゃ、短剣と脇差の中間。緩く反った両刃造りもちょいと珍しいな。…まあ、五百年前程の備前辺りかな。出来は中々だが…おいおい、ここ最近…人を切ったな?血痕が残ってるぜ」
「…」
「ま、俺がちょいと研いてやるよ。同室の好で安くしといてやる」
弦十郎は慣れた手つきで柄を外し、リュックから道具を取り出して、私の「魔切」を勝手に研き始めた。
私はなにやら呆気に取られたままで、この状況に戸惑いつつも成り行きを見極めようとしていた。もしこの男が少しでも不審な行動に出たら、容赦はしない。だがそれよりも、全能力を使って見透かしても、弦十郎からは、嫌な気を感じる事が出来ない。
「この剣の出処が、おまえには分かるのか?」
私はしゃがんで魔切を研いでいる弦十郎を見下ろしながら、問うた。
「ああ、大体ね。手に持つところを茎って言うんだが、ここに刀工の名や場所が刻んであってね。…ほら、備前の祐定って読めるだろ?間違いなく良い刀だよ」
「備前ってどこだ?」
「ニッポンだよ」
「…」
「なんだ、知らないのか?ここらへんの大陸から比べりゃ小さい島国だよ。そうだな、明日辺り甲板にでて東を覗いてみたら、見えてくるはずさ」
「おまえはそこから来たのか?」
「いや、俺は生まれてこの方、ひとつの土地に落ち着いてたことはないね。親はニッポン生まれのニッポン育ちらしいが、この商売を始めてからは旅ばかりさ。まあ、俺は親の跡を継いだってわけ」
「そうか…」
「君さ、もしかして忍宇海のアサシンじゃない?」
「…」
「警戒しなさんな。鼻が利かなきゃこういう商売は続けていけないからね。ここらへんにそういう邨があるらしいって噂は聞いている。それにこの刀の使い方に残り血…君が只者じゃないって馬鹿でも判る。まさかこんなところで本物のアサシンに会えるとは思わなかったけどね」
「…」
「でもなあ、些かオーラを出し過ぎた。殺しは初めてだったのかい?」
「…」
「まあ、宿命とは言え、人を殺す商売なんて、あまり気持ちの良い仕事じゃないだろうしなあ」
「別に…なんともない」
「そうか?…ほい、出来た」
弦十郎は研き終えた魔切を元通りにして、私に渡した。
私は手にした魔切をじっと見つめ、私の正体を知ったこの男を始末するかどうか悩んでいた。
「おい少年、こっち来いよ。どうせ初めての旅なんだろ?ニッポンも知らないなら他の国にも行った事なんかねえんだろ?教えてやるよ」
弦十郎は壁に貼ってある世界地図を叩きながら、私を手招きした。
私は何故か素直に彼の傍に歩み寄る。
「これが世界地図、まあ航路が主なんだが、見たことあるかい?」
「いや、こんなに詳しいものは初めて見る」
「…お坊ちゃんなんだなあ」
「え?」
「だって忍宇海のアサシンは世界中からの頼みごとを請け負うっていうじゃないか。長旅は当たり前、世界の知識は半端ないって聞いたぜ」
「わ…私はまだ成人しておらん。それに邨を出たのは…初めてなんだ」
「…なんかわけありだな。確かにね、まだ子供の君が悲壮なオーラで一人旅って変だよな」
「子供じゃない。もうひと月で成人の証を貰えるはずだった…」
「はずだった…なのに、邨を出てきたんだ」
「…」
なんだ、こいつ。私を誘導しているのか?
この男の心の中は私への親しみ…と、言うか慈しみ…いや、愛情?
…へ?モノにしたい…
めちゃくちゃセックスしたい?
…こ…こいつ……
「お、おまえは私を抱きたいのか?」
「へ?…すげえ、よくわかってらっしゃる。君、アルトかい?」
「ある、と?」
「魔法使い、能力者って意味。一般的な呼び名でアルトはその超能力を持つ者、それ以外はイルトと呼ばれる」
「ESP保持者って事か?」
「そう、アサシン稼業集団の忍宇海邨ってとこは、そういう能力に長けた者が多かったんじゃないのか?」
「…」
この者にすべてを話しても良いのか…。
私はあまりに世間に疎い。敵を見つける術も知らない。どこへ行ったら良いのかさえ、全くわからない状態だ。
何かの情報が欲しい。
裏社会に詳しいこの男の力を借りたい。
何よりこの男は、私に好意を持っている。
今はこいつを利用するのが最善の方法ではないのか?
「私は…赤羽理玖王と言う。つい最近の事だ。私の邨、忍宇海の邨は一夜にして何者かに滅ぼされた。そして私だけが生き残った…。私は邨を滅ぼした奴らを殺さなければならない。どうしても邨人の敵を討ちたいんだ。弦十郎、私に力を貸してはくれないだろうか?」
私の頼みを聞いた弦十郎はしばらく腕を組んで考えていた。
弦十郎の考えは、力を使うまでもなく頭に流れてきた。
…
弦十郎は私とのセックスしか頭になかった。
私に殺されるかもしれないのに、真面目な顔で私とのセックスだけを妄想しているこの男が、私には可笑しくてたまらなかった。
「…おまえと言う男は、どスケベで大馬鹿者なのだな」
弦十郎はちらりと私を見て「そりゃ、こんな可愛い子を目の前にして、勃たないゲイがいるもんかね」と、真面目に答えた。
その言葉に私は思わず声をあげて笑った。
「笑った顔も可愛いやね」と、弦十郎が嬉しそうに笑った。
ああ、そうだ。
こんな風に笑ったのはあの日以来だ。
…
遮那はこんな風に笑える私を、責めるだろうか。




