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挿絵(By みてみん)


4、

 私は案内すると言う男の後をゆっくりと追いつつ、辺りを眺めた。

 壁に立つ人影は如何わしさを漂わせ、すれ違う人の顔は怠惰に満ち、寂れた胡乱な空気に、小さく咳き込んだ。

「こういう場所は初めてかい?」

 男の問いに私は黙って頷いた。

「ここら辺は表通りと違って、浮浪者や外からの密航者も多くてね。犯罪に事欠かんよ。気を抜くとカツアゲされるどころじゃない。おまえさんみたいな可愛い子は特に危ない。警察も見て見ぬふりでなあ。ヤクザもんが居なくなってくれりゃあ、少しは平和になるだろうがねえ。そういう剛毅な奴はめっきり見なくなったよ。まあ、儂がついとりゃ大丈夫だ。安心しな」

 振り向きざまに笑う男の顔は滑稽さを通り越して、見難いものだ。


 歩を進める毎に、通りは暗さを増し、人影も無くなった。すると、間もなく狭い袋小路の広場に出た。

「ちょっとここで待ってておくれ。すぐに使いの者を呼びにこらせるから」

 男は私から離れ、そそくさと階段を登り、そのまま建物の中へ消えていった。

 暫くしてその扉から見るからにヤクザなガタイの良い男三人が、勇ましげに肩をそびやかしながら、階段を降りてきた。

 私を囲み、金品を出せと脅す。ついでに私を売りとばす算段が付いたから、今晩はじっくりとかわいがってやると下劣な顔で言う。

 私はそれに返事はしなかった。

 上を見ると建物のバルコニーから、あの初老の男が私を見下ろし、笑っているのが見えた。

「こりゃ中々の上物だ。娼館のボスにふっかけりゃ、高く売れそうだ」

「まあまあ、あんまり怖がらせるなよ。こんな綺麗なナリして、どっかのお坊ちゃんじゃないのか?」

「まあこんなところへひとりでくるのが悪い。諦めな」

「おい、なんとか言ったらどうだ?坊や。怖いなら泣き叫んでもいいんだぜ?まあ、助けになんぞ、来る奴はいねえけどな」

 笑いながら一人の男が私の肩に手を掛けた。

 それが始まりだった。

 私は腰に挿した「魔切」を鞘から取り出し、男たちを殺した。

 「殺し」は「一撃必殺」が真意である。

 「忍宇海」の暗殺術は、苦しむことなく「死」を与えることだ。

 多量の血を出さず、声を上げさせることなく、殺す。

 多分この男たちも自分がどうやって殺された事を知る暇もなく、命を失ったことだろう。

 

 ところで…

 私はさっきから自分に起こった奇跡的な事に、多少の興奮を抑えきれずにいた。

 能力の突然の発動とでも言おうか…。

 波止場で初老の男に肩を叩かれた時、私はこれまでとは全く違う概念を相手から受け取った。

 男の考えが私の頭に突如、言葉としてせせらぎの様に流れ始めたのだ。

 言うなれば「テレパシー」、もしくは「エンパシー」。

 お互いの考えを伝え合う術は、遮那と頻繁に務めてきた。この場合、お互いがお互いに伝え合おうと言う意志が働き成り立つという程度のものであり、兄たちからすれば、程度の低いESPで、とても仕事の役に立つ能力ではないと叱られた。

 だが、この鮮明さは何だ?

 この男の卑劣さ、愚劣さ、非道徳さが手に取るように頭に響く。

 私を騙し、陥れ、少しのお零れを授かろうと夢想する哀れな男…

 さて、どう利用すれば、一番利口なやり方か。

 私は邨で教えられたことを反芻した。

 実践は初めてだが、準備は万端であったと言ってよいだろう。

 だから、男が狼藉者に私を売る意志を確認し、私は安堵した。

 これで少しの良心も痛めることなく、万事を図る事が出来る。

 仕事は悪人が相手なら、容易く処されるのだ。


 三人の男たちの急所を突くと、男たちは声も無くその場に倒れた。

 それを観ていた男のバルコニーに、私は一目散に飛び移り、事の成り行きに縮み上がる男の頸動脈に刃先を向けた。

「報酬を払ってもらおう」

「な…なんのことだ…」

「じいさん、さっきここから狼藉者がいなくなって欲しいって、言っただろ?私が始末してやった報酬だよ。タダで殺しはしない主義でね。きさまがこの殺しの雇い主だ」

「…い、幾らじゃ」

「そうだな…。今夜の宿賃とパスポート代でいいだろう。すぐに案内しろ」

「…」

「言っておくが私に嘘は効かない。きさまの考えはすべてお見通しだ」

「お、おまえは一体…何だ?」

「噂に聞いたことはないか?私は…忍宇海のアサシンさ」

 男はギェッと言葉にならない声を出し、その場に腰砕けになった。


 男は的確に私の言葉の意味を理解したらしい。

 その夜は思ったよりも良いベッドで、静かな夜を過ごし、朝にはパスポートも出来上がっていた。

 その足で港に向い、チケットを買い、初めての旅客船に乗り込んだ。

 どこに行くかも知らぬまま、ただ消えかかった「蘭陵丸」と言う船名に惹かれて選んだ航海船だった。

 タラップを渡る時、私の育った峰を振り返り、もう帰る事はないだろうと、感傷的になった。

 殊に遮那を想うと涙が出る。


 不思議だ。

 昨晩、私が始めて殺した男三人に、私は微塵も感慨を感じなかった。

 哀れさも楽しさも罪悪感の一欠けらも沸き起こっては来ない。なのに、遮那を想うだけで、こんなにも胸が痛い。

 もっと早く私が能力を身に着けていたのなら、邨があんなことにはならなかったかもしれない。それとも、能力が導かれたのは破壊された邨のおかげなのか?

 邨を想うと辛さが募った。

 何を思おうと、時間は戻らず、あの邨人達の声を聞くことは不可能なのだ。


 案内された二等客室は狭い二人部屋だった。

 二段ベッドとソファにテーブル、小さな丸窓を覗くと海が見えた。

 ドラが鳴り、船はゆっくりと港を出港した。

 

「お~、ここか~」

 突然、一人の男が部屋へ入ってきた。

 無精髭にぼさぼさの黒髪、典型的なモンゴロイドの顔形、大型のバックパックを背負いくたびれた黒コートを来た壮年の男だ。

 

 本当はこの貨客船に乗る際、私は一人部屋を選びたかった。何故なら、昨夜からテレパシーに制御が効かなくなり、私の周りに居るすべての人の考えが、頭に勝手に入り込み、五月蠅くて仕方ないのだ。

 だが、一人部屋は空いておらず、仕方なく二人部屋を選んだ。

 一人ぐらいなら、我慢はできるし、怪しい者なら消せば済む。死んだとしても海に投げ込めば、大事にはなるまい。


「ほ?へえ~、あんたひとりかい?」

男はソファに腰を下ろし、ベッドに腰掛けた私を見定める様に目をキョロキョロさせた。

「そうだ」

「そっか~。まだ若いのに一人旅たあ、大変だね。俺は熊川こもがい弦十郎。フリーのアームズコーディネーターだ。ま、よろしく頼むよ」

「ア…武器、コーディネーター…?」

「え?君、興味ある?そうかそうか。まあ、簡単に説明するとだなあ、武器の需要と供給を調達する仕事でね。欲しい武器や新しい武器の注文を受けるだろ?その仕入れとか開発企業とかとにね、金品のやり取りとかさあ、メンドクサイ手続きを円滑に調整する仕事なのよ。個人は元よりわけのわからん団体、でけえ国の王さまとだって取引するんだぜ。俺、すごくね?」

「…いや…よくわからないが…」

「そう、残念。つうか、君、ちょっとその刀、見せてくれねえ?」

「カタナ?」

「そうそう、君の腰に挿してる奴よ」

 弦十郎とか言う男は、目をキラキラさせて、私の「魔切」を指差す。

 私は布に巻いた「魔切」を解き、差し出した彼の手に渡した。同時に、相手の感情を読むためにその手をそっと握りしめた。


 もし、この男が私のかたきであるのなら、私の旅はすぐにも終わるのに…などと、夢事を思うのは私の弱さなのだろう。




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