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挿絵(By みてみん)


2、

 忍宇海おしうみむらは、海に面した険しい丘陵の峰にある小さな集落だ。

 地形が不便で交通手段が少ないことから、人の行き来はなく、崖下の海沿いの街のにぎわいとは無縁の土地だ。

 ただ、ある目的の為にこの険しい道を越えて、忍宇海の邨を尋ねてくる者が居る。

 彼らの願いは「敵への仕打ち」だ。

 敵はあらゆるものを指す。

 単なる敵打ちから始まり、スパイ活動を得ての混乱の発端、国を滅ぼす為の手立て、邪魔者の暗殺。

 それに相当する金銭のやり取りが為され、請け負った契約は必ず執行される。それは時を経て忍宇海の名を闇に広めていく。

 忍宇海の邨はそうやって生き延びてきた。

 二百人ほどの邨人は、それぞれに何かの技に特化し、その多くは暗殺に関わる技だった。

 仕事はひとりで担う場合もあるし、数人のグループの協力で成り立つ事もある。

 どちらにせよ、彼らは日々の鍛練を怠らない。


 しかし、毎日暗殺や革命の請負があるわけでもなく、日々の多くは農耕に従事する。

 田畑を耕すには厳しい土地柄でもあるが、彼らは苦労を厭わない。

 高低差のある棚田や痩せた土地を必死に耕し、邨人は尽力し、どうにか餓えないほどには実りを得ることができた。

 

 私は赤羽せきは理玖王、間も無く十五歳になる。

 その日を迎える時、この邨の十代目のおさになる決まりだ。

 私にはそれぞれ母親が違う三人の兄と、弟がひとりいる。

 長は婚姻することはなく、勧められた邨や街の女と交わり、子供が生まれたら、長の家に引き取り、世話人が子供を育てる仕組みだ。

 しかし、私の母は些か珍しい外国の女だった。

 父の千寿王長が、旅の途中で母と恋仲になり、邨へ連れ、そして私が生まれた。

 母は異国の民であった為、白い肌に金色の髪と橙色の瞳だったと言う。

 物心つく前に、邨を出た母の思い出は、私の記憶にない。

 私の見目は他の兄弟とは違い、髪は金色、目は朱に近い蘇芳色をしている。きっと母の血を濃く受け継いでいるのだろう。

 邨人のほとんどがモンゴロイドの特徴を持ち、黄色の肌に黒髪、黒目の姿だった為、私は幼い頃から、周りとは異なった見目に殊更コンプレックスを抱いていた。

 見目だけではなく、私には暗殺者としての精神が欠けていた。

 世話人の宇奈沙は「理玖王さまはお優しすぎます。それではアサシンとしての仕事など務まりません」と、何度も私を叱った。

 私は自分が優しいとは思った事は無い。ただ、暗殺者に必要な狩猟も武術も呪術も嫌いなだけだった。

 私の望みは平穏に生き延びる事だ。

 父はそんな私を不憫に思ったのか、特別に目を掛けてくれた。多分、母への想いが私に注がれたのだろうと、私は考える。

 そうでも思わなければ、取り柄の無い私などが、長の後継者に選ばれるはずはないのだから。

「理玖はとりわけ姿形が美しい。それは人を引き付ける為の最も必要なカリスマだ。長になったら神子のように尊かろう」

 父が私に何を求めていたのかはわからないが、暗殺者の首領としたならば、かなりのロマンチストと言えよう。


 暗殺者アサシンの邨として、生き残る為の厳しさは想像するに難しくはない。

 仕事とはいえ、命を落とす者も少なくなく、それは私達、長の子供も同様だ。

 上に立つ者は、命を賭してでも、下の者たちを守らなければならないのだ。

 よって、後継者は多い方が良い。

 私が長より後継者の地位を授けられたのは十歳の時だが、兄たちは不満を口にしなかった。

 私が死んだら、次は彼らの誰かがこの責務を担うのだ。

 それは誰しもが望む高座などではなかった。


 長兄の紀威王とは十歳、次兄の龍泉王は七つ、三男の真蔓王は六つも離れているためか、私には少し遠い存在に思えた。

 彼らはとても頼もしく私を可愛がってくれるのだが、強引さや高圧的な物言いに、私の卑屈さは増していくばかりだった。

 兄達と狩りに行く時などは、彼らの当たり前の残酷さに私は疲弊してしまう。

 それが私の弱さだと受け入れる事は容易ではなかった。

 命のやり取りは悪とか善ではなく、目を瞑るか、真実を見つめる事が出来るのか…のような気がする。

 邨の食糧事情の為には野兎や鹿、また家畜を育て食べるのは必定であり、最低限の生活を続ける為には、技を持った者たちが、契約により他国で暗躍するのは仕方のない現実だった。

 守る為に他人を殺す事の正当性はなくとも、事実、我々の邨が契約した国や人の滅亡により生き永らえて来たのは叛けてはならない歴史だった。


 過ぎゆく幼い時の中、もっぱら私と共に過ごしたのはひとつ違いの弟、遮那王だった。

 物心つく頃より遮那は私と暮らし、お互いが足りない何かを求め合うのは、自然の成り行きだったと思う。

 何時の時も、遮那は私の後を必死で追った。

 少し大きくなると「おれが兄さまを守るんだ!」と、息巻いた。

 実際のところ、遮那は私よりも過酷な修行を自分に課し、少しでも私が苦痛に思えるものは、進んで自分が請け負っていく性質たちに育ってしまった。

 私としてはもっと自分の事を考えて欲しいと願ったのだが、遮那は「兄上の為に生きるのが、遮那の幸せなのだ」と、満面の笑顔で言い放つから、私もそれに甘えてきた。


 遮那と契りを持ったのは、遮那が十二になった日だった。

「十二のお祝いに欲しい?」と、尋ねたら、遮那は「兄上に抱かれたい」と、いつになく真面目な顔をする。

 私は少し困惑したが、そうなる事は前から覚悟していたから、一面に咲く菜の花畑で遮那を初めて抱いた。

 遮那は「こんな風に兄上に愛されるのを、ずっと夢みていたんだ…」と、私の胸で泣いた。

 日頃、私の盾となり前を歩く強気の少年が、目端に涙を溜め、熱い眼差しで私を見つめるのだ。邪見になど扱えるものか。

 ああ、遮那はなんていじらしくも愛おしい子なのだろう。

 この子の為なら、私は命を賭しても惜しくないとさえ思った。

 私達は一生涯、互いの傍から離れたりしないと誓った。


 その半年後、仕事に向かった父、千寿王が急死したとの一報が邨に入る。

 事の次第は一切わからず、父の遺体も見つからなかった。

 個々の仕事の内容は仲間内でも聞かされることはない。

 誰もが怖れる闇の「死神」は、誰にも知る事もなく、ただの「死者」になったのだ。


 長の居なくなった邨に不安が広がった。

 三人の兄たちは、頼りない私に代わり、邨を先導していくことになった。


 顧みるに、それが悲劇の始まりだったのかもしれない…。


 いや、すべては私の宿命が招いたものだったのだろう…。



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