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アーシュの忠告を信じた私は、両親が居ると言う「ウルデール」という街を探した。
だが、この大陸には同じ名の街も多く、簡単には見つかる気はしなかった。
ESPを増大させるチョーカーを使い、父であり忍宇海邨の長である千寿王の記憶を辿ろうと最大限の能力を使っても効果は見えず、途方に暮れようとした時、駅前の出店で目にした新聞に同じ名を持つ街の大火事の記事が、小さく載っていたのを見つけた。
記事は昨日付だった。私は急ぎその街へ向かった。
ウルデールの街はアイルという島国の北部の港町だ。
雑な入り江のある古くからの造船業の盛んな工業地帯で、古びた建物が並び、人口も少なくないが、街から少し離れれば長閑な牧草地帯が広がる。
例の火事の現場は、海岸沿いに並んだ家屋を何件も焼き払ったようで、まだ焼け焦げた残骸がそのままに、わずかな煙が立ち上っていた。
焼けた家をひとつずつ確認しながら巡っていると、酷く焼け落ちた場所に、黒いコートを羽織った男が独り佇んでいた。
無造作に編んだ長い黒髪が、北風に揺らぐ。
その後ろ姿は、私に驚きと懐かしさを沸き起こしてくれた。
「兄上…紀威王兄さまではありませんか」
彼は振り返り私を見ると、心から驚いたような顔をした。
「理玖…おまえ、何故ここに?」
「長が…父がここに居るかもしれないと…伝手があったのです」
「…」
私は紀威王の傍に走り寄った。懐かしさに安堵と苦痛が一度に胸に広がり、押し潰されそうになる。
「兄上…。私には…何もわからないのです。長は死んだと聞かされていました。なのに何故、今になって…」
「父とおまえを産んだ母親が、この家に隠れ住んでいた。それを知った龍泉王と真蔓王が、ふたりを抹殺したのだよ」
「どうして…」
「経緯は些か長くなる。とにかく、ここでおまえと会えたのも、天の運命なのだろう。おまえも私に聞きたいことは山ほどあるのだろう?」
「はい」
「ここは寒い。別な場所でふたりだけでゆっくりと話そうか」
「ええ、そうしましょう」
紀威王は、港に近いホテルへ私を案内した。
途中、こんな見知らぬ土地で長兄の後を歩いている自分自身がおかしくなり、小さく笑うと、紀威王は「何が可笑しい?」と、不可思議な顔をする。
「いえ、これも運命だと思うと、天に弄ばれているとしか思えないのです。そんな自分を嗤ったのですよ」
「私も同意するよ」
以前と変わらぬ微笑をくれる紀威王を、私は愛おしく思った。
ホテルの部屋は古めいた外観とは違い、十分に洗練されていて、ライトからテーブル、寝台も年代物の凝ったものばかりだった。
「この街の産業はすでに頭打ちらしいが、プライドだけは昔のままに見栄を張りたがる。長が好きそうな場所だ」
「兄上、私がお聞きしたいのは…邨の事です。御存じなのでしょう?忍宇海の邨がどうなったのか…」
「…知っているよ」
紀威王は私を窓際のソファに座るように命じ、そして慣れた手つきでお茶を煎れ、私に勧めた。
「まずは一息入れなさい。時間はあるのだろう?」
「私は…やるべき事なら、手に余るほど多い。敵討ちもそのひとつです」
紀威王は何も言わず、紅茶のソーサーを優雅に持ち上げ、ゆっくりと味わう事に専念しているように見えた。
私は多少苛立ちながら、続けざまに彼に問うた。
「兄上は、邨の者たちがどうなったかご存じですね。そして、忍宇海の邨を襲った者達が誰なのかも…」
「…」
「すべての邨人たちは、亡くなりました。遮那王も…。独り生き残った私は、彼らを埋葬しました。私にはそれしか出来なかったからです。私は…邨を出て、邨人たちの敵を討つために今日まで生きてきたのです。私にはわからない。何故一夜のうちに、我々の邨が滅ぼされなければならなかったのか…。何故、長も兄上たちも、私に何も教えてくれなかったのかを…。私には…辛い日々だった…」
「理玖…」
「教えてください、兄上。私が知るべき事を。私の敵が誰なのかを。それが父や、あなた方であっても、何らかの理由があるはずだ。それを私にお聞かせください」
紀威王は、飲みほしたカップをテーブルに置くと、手を組み、私をじっと見つめ、そして話し始めた。
「邨を…邨人すべてを滅ぼすように命じたのは、長だ。長を筆頭にして龍泉と真蔓、そして私がそれを実行した」
「やはり…そうでしたか…」
「理由は…長は詳しく私達に語る事はしなかった。ただ…人殺しを続ける邨は私の代で終わりにしなければならない…と、語っていた。私たちは感情で仕事をしたことはない。雇い主が長であろうと、見合った報酬で動く。今回のターゲットが忍宇海の邨と言うだけだ」
「だからって…自分の生まれ故郷を、仲間を、兄弟を殺せるのですか?兄上には邨人たちの泣き叫ぶ声が聞こえなかったのですか?」
「アサシンに殺す相手を慮る感情など、一切ない。私はおまえにそう教えてきたはずだ」
「…」
「少なくとも龍泉や真蔓は容赦なかった。彼らは殺す事を楽しんでしまうからね。だがね、彼らも馬鹿ではない。邨を滅ぼした後、すぐに消息を絶った長を、彼らは許さなかった」
「長が…行方不明?」
「長は邨を滅ぼした後、我らに、今後は自分たちの好きなように生きろと命じた。出来るなら人殺しなどは止めて、真っ当な道を歩いて欲しいと…。嗤うしかなかったよ。故郷や守るべき邨人を殺させておいて、妄言も過ぎるだろうと、軽蔑するしかなかった。だから、ふたりは、長とおまえの母親が、まるでまともな人間の様に暮らしているのが許せなかったのだろう」
「…兄上もそうだったのですか?私の母を恨みましたか?」
「いや、長の身勝手を承知するわけにはいかなかったが、それ以上にささやかな幸せを守る為に、生きたいと願った長を憎む気にはなれなかった…。私は彼らほどアサシン向きではない。ある男に人殺しより学者になった方が似合いだと言われたが、そうかもしれないと、思う事もある」
「そう…ですか」
私は嫉妬した。
アーシュと出会い、話したという紀威王を、今ここで殺したいほどに…
アーシュの好奇心が私以外の誰かに向けられるのが、許せない。




