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12

挿絵(By みてみん)


12、


 目が覚めた時、私は泊っていたホテルの部屋に寝ていた。


「起きたか?理玖」

「私は…どうしてここに居る?」

 ベッドから身体を起こすと、椅子に座っていた弦十郎が急いで私に寄り添ってくれた。


「怪我した様子は見当たらないけど、どこか痛いところはないか?」

「…大丈夫…だ」

 弦十郎はホッとした顔つきで、テーブルのポットから温かいお茶を煎れ、私にカップを渡してくれた。

 それを一口飲み、これが現実だとやっと理解することが出来た。

 

「…ったく、ひとりで勝手に行くから、こんなことになるんだよ。『天の王』には一緒に行こうって、あれほど言ってたのに」

「…」

「アーシュがホテルまで連れてきたよ。おまえを背中に抱えて、部屋の前に立ってて、すげえビックリしたんだぜ」

「私を?あの男が?」

「ああ、めちゃくちゃ嫌味を言われたよ。こんなクソ面倒な奴を連れてくるな、とか、ガキのしつけぐらい、ちゃんとしろ!とかさあ。まあ、こっちは以前のお礼やらなんやらと、ゆっくり話せて、結果オーライってとこ、あったけどな」

「奴は私の事を…なんと言ってた」

「色々と、さ。…アサシンなんて辞めさせろって。平穏に生きることの意味を教えてやれって…言ってた。おまえ、本当にあいつを殺そうとしたんだな」

「…」

「アーシュがおまえの邨を滅ぼした敵だったのか?」

「…違う。私は…あの男を殺したかっただけなのだ。アサシンとしての誉れを得たかっただけ…。でも、まるで相手にならなかった…。私は…彼の足もとに這いつくばるだけだった…」

「そっか…。まあ、あいつは魔王とかバケモノとか言われてるからな。おまえが弱いわけじゃないさ。気にするな…って、言っても無理か。理玖はプライド高いからな」

「…」

「なあ、もう、いいんじゃないか?別の人生を歩いても。おまえはまだ十五なんだぜ?未来の道は無限に選べるんだ」

「…」

「一生俺と一緒に、とは言わないけどさ、少しばっかり同じ道を歩いていくってのも有りだと思わないか?」

「弦十郎…」

「武器商人なんて汚ねえ商売やってる奴が、何マトモな事を言ってやがるって言われそうだけど、俺はこの世界には必要悪だと信じて、この仕事を続けている。理玖が傍にいてくれたら俺も何かと心強い。恋人が嫌なら、俺のボディガードってのはどうだ?ちゃんと給料は払う」

「…」

「世界中を旅して回るから、厭きることはないし、ほら、理玖、ニッポンへ行ってみたいって言ってたろ?おまえの大事な『魔斬』の里へ案内してやるよ。良い刀鍛冶も知っているんだぜ」

「ありがとう、弦十郎。私の為に色々と考えてくれて、本当に感謝している。…少し…時間をくれないか?これからの事を、私も真剣に考えてみたいんだ」

「そうだな。大事な事だし、考えるのも必要だよな…」


 その夜、私は一睡もできなかった。

 弦十郎の温かい腕に抱かれながらも、私の頭の中は、アスタロト・レヴィ・クレメント、あの魔王の事ばかりだった。

 奴の姿、声、顔、私を見つめる瞳、私に触れた口唇…何度も何度も、あの時を繰り返し思い出す。

 あの男が私をおぶってここまで連れてきた?

 あの男の背中に…。

 私はどんな顔をしていたんだろう。

 奴の背中は、温かだったろうか。

 

 あの男は……

 憎しみでも呪いでも殺せないと言った。

 自分を殺すのは「愛」だけだと…。

 言い換えれば、あの男を愛さなければ殺せないと言う事なのか?

 それとも、すべてがあの男の妄言なのだろうか…



 翌日、弦十郎は仕事に出た。

 遠方からの急な取引の話があり、二、三日は戻れないと言う。

「出来るだけ早く帰るつもりだけど、理玖、ひとりで大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「また変な無茶やらかすなよ」

「もう同じ事は繰り返さないよ。心配しないでくれ。これでも一応、邨では成人扱いされる歳だ」

「なら、いいけどさ」

「弦十郎が戻ってくるまでに、弦十郎への答えを見つけておくつもりだ」

「そっか…」

「いってらっしゃい、弦十郎」

 私はできるだけ明るい顔で弦十郎を見送った。

 

 実際、私は迷っていた。

 これからの未来を、アサシンとして生きるべきなのか、それとも弦十郎と一緒に生きて行くべきなのか…。

 守るべき家族も帰るべき邨もない私にとって、私を大事にしてくれる者と生きる未来は、人並みの平穏な日々を繰り返す事だ。それは幸福と呼ばれるものだろう。

 しかし、私がそれを心から望んでいると言えば、嘘になる。

 「忍宇海」の邨の暮らしは、世間一般で言う、普通の生活とは違っていたかもしれない。だが、邨人たちの表情は決して不幸を背負って生きてきた者の顔ではなかった。

 アサシンを稼業にしてきた「忍宇海」の生き方を、私は否定する気にはならない。

 だからと言って、ただの人殺しになる気はないつもりだ。


 弦十郎が出かけた後、私は遅い朝食を取る為に、ホテルのレストランへと、出向いた。

 すると給仕たちが、昨日までとは打って変わって、異様に愛想が良くもてなすのだ。

 一等良い場所の席を案内し、朝食もサービスにとフルーツのデザートまで並べる。

 この街が異邦人に優しい土地ではないとは、弦十郎に聞いていたから、ホテルに着いてからのそっけなさにも驚きはしなかったけれど、今日の変わり方は一体何なのだ。


「デザートを注文した覚えは無いのだが…」

「お気になさらずに。これは当ホテルからのサービスです」

 若い給仕とは違うタキシードを着た老年の男が、ポットを手に、優雅な仕草で紅茶を注いだ。ネームプレートには「支配人」と、書かれてある。


「もうお身体の調子はよろしいのですか?」

「え?…ああ、大丈夫だ」

「それはよろしゅうございました。昨日、お客様がアーシュ様に背負われてお見えになった時は、ホテル中の者たちが驚きましたよ」

「アーシュ…」

「本当は学長とお呼びすべき所なのですが、アーシュ様は私共にも、名前で呼ばれる方が好きだと申されて…。ホントにこのサマシティはアーシュ様のおかげで平穏な幸福を授けられているのですよ。」

「…」

「アーシュ様は気さくで、誰にでもお優しいんですけど、かと言って、普通の者は恐れ多くて近寄れないもので、遠巻きに眺めているだけでして。お客様のようにお近づきになる勇気のある方が羨ましい。相当に仲の良い関係でおありになるのでしょうねえ」

「そう…でもない」

「ご謙遜なさらずともよろしゅうございますよ。アーシュ様自ら私共に、あなた様の事をよろしく頼むと申されまして、私共も精一杯務めさせて頂きます」

「…」

 深々と頭を下げる支配人に、私はもう何も言う言葉を持たなかった。

 結局、この街の人々は、皆アーシュに支配されているのだ。


「今日のご予定は?」

「別に…何も決めていない」

「では、『天の王』に行かれてみてはいかがですか?四旬節と言って、季節毎に学園の開放日があるのですが、今日がその日なのです。誰もが『天の王』学園を自由に見て回れるんですよ。普段はなかなか入れないものだから、観光の目玉にもなっているぐらいなんです」

「そう」

「アーシュ様目当てに行かれる方も少なくありませんからねえ~」

「…」

「本当にアーシュ様は私達の守護神のような方で、あの方を見ているだけで、幸せになると言うか…。前学長のトゥエ様も当代一の魔術師だったのですが、アーシュ様はそれを凌ぐ御方で、本当にサマシティの…」


 私は席を立って、急いでレストランを出た。

 それ以上、奴を賛美する言葉を聞きたくなかった。

 それが子供じみたつまらない行動であっても、私のプライドが耐えられなかったのだ。


 それでも…

 それでも、もう一度あの男に会いたいと願う。

 …

 会いたくて、会いたくてたまらないのだ。

 あの男の姿を見たい。声を聞きたい。話したい。見つめられたい。触れたい…


 私の足は勝手に「天の王」学園に向っていた。

 昨日の今日だ。

 もし、会えたとしても、アスタロトは私を相手にはしないであろう。

 私の顔を見るのさえ、嫌気がさすかもしれない。


 学園の門は昨日と違って開け放たれ、想像より多くの人々が行き交寄っていた。

 私と同じような若者が多く、皆、楽し気に笑いあっている。


「ようこそ『天の王』学園へ。今日一日ごゆっくり楽しんでくださいね~」

門前に立つまだ若い学園の生徒が、弾んだソプラノの声でパンフレットを私に手渡した。

「どこに行ったらよいか、わからないんだが…」と、私。

「それなら聖堂へ行けばいいよ。めっちゃ古いんだけど、すげえ綺麗なんだから」と、褐色の巻き毛の少年が親しげに言う。

「ばっか、ルディったら。お客さんにはもっと丁寧な言葉使いでって、先輩に言われたろっ!」

 巻き毛の子の背中を軽くひっぱたきながら、短めの金髪の少年がすまなそうに私に頭を下げる。

「いいじゃん。こいつ大人じゃないし。ねえ~、君、この学園、受験するの?アルト?イルト?ここは相当な能力ないといじめられたりして大変だよ」

「もう、馬鹿ルディ。余計な事は言うんじゃねえよ。君、気にしないでゆっくり楽しんで行って下さいね~」

「聖堂は真ん中の道をまっすぐだからねえ~!」

 巻き毛の子が、金髪の子に引っ張られながら、私に手を振る。

 …

 なんだか、羨ましいな。

 こんな学園生活、一度でいいから、味わってみたかった。


 私は…なんて愚かなんだろう。

 楽しい未来なんて、私に許されるはずもないのに…

 



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