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 王韙はつくづく、虜になるのがお好きらしい。

 虜囚になる為に生まれて来たのではないかと疑りたくなる程だ。


 彼女は数名の男女に囲まれていた。女が二人と男が三人で、それぞれ不景気そうで、陰気で、周囲はそこだけ空間が切り取られたように異質で、昼日中にも関わらず暗い影が澱んでいるようであった。


 政務を終えた彼女が戻ると、曲者が乱入してきた。嘩蓮のいない隙を狙ったのだろう。部屋には私と姿の見えないストーカーだけだった。


「まだ生きておったのじゃな。しぶといの。まさか、不死身なのではあるまいな」


 そう皮肉った王韙の視線の先には、決してプラスの感情からでは無い歪んだ笑顔を頭部に貼り付けた甘備が腕組みしていた。


「当たり前ね。私があなたを置いて死ぬわけなんてないじゃあないの。あれだけ苛め抜いてあげた貴方のことを一人置いて死ぬことなんてあるわけないじゃあない。その逆はあってもね」


 歪んだ、と形容したが、事実、歪んでいたのだ。


 ただれた右の顔面は敢えてであろうが、包帯などの保護材が当てられておらず、そこからは憎悪のみが放出されて辺りに禍々しさと毒々しさ、それに浸出液を垂れ流しにしていた。


「なあに。私の顔が気になるの? そうね気になるんでしょうね。私はあの古城から命からがら抜け出して来たわ。こんな姿になっても私には生きる意味があるの。生きる目的がある。生きる価値があるのよ。貴方たちとは違ってね。さあ、一緒に来て貰うわ」


 狂気じみた笑いを浮かべて手を差し伸べる。その手もあちらこちらに曲がっていた。


「姫様。彼女の言う通りにして下さい。お願いです。私は貴女を殺したく無い」


 世の中の歪みの一切をその身に受け持ったような女の傍らには、小さな身体を一層コンパクトにしたような徐曠が佇んでいた。


 彼女は彼女で世界中の不幸を呑みこんで、ついには病んでしまった人のように痩せこけて、やつれて、つい数日前の面影すら探さねば見つからないような有様だった。


 その額には快活だった少女に似合わない眉間の縦皺が深く刻んであった。


「……」


 徐曠の言葉に押さえ込まれたように口を噤んだ王韙は、彼等に囲まれたままに室外へ連れ去られて行った。

 姿が見えなくなる寸前、私に一瞥だけくれた。

 その瞳は縋るようでもあり、突き放すようでもあり、祈るようでもあり、諦めたもののそれのようでもあった。


 そして後には私一人が残された。


 ほんの数分の出来事で、私の小さな脳みそでは事態について行く事すら困難であった。


「おい、英江。いるんだろ? 出てこい」


 我に返った私はどこかで見張っているであろう少女に助けを請う。


「はい」


 いつからかそこにいたのだろう、彼女はそれほど広くない私の部屋の隅にあった机の影からしかめた顔を覗かせた。


 何かを察した表情だ。私がこれから何を命じるのかは重々承知しているに違いなく、その顔から、拒否するつもりであることも知れた。


「私を連れて……」


「嫌」


 即断である。これはきっと、「キスしてくれ」と言っても、「今日の天気は?」と、聞いても同じ回答だったに違いない。


「待て、まだ最後まで言ってないぞ」


「言わなくても分かる」


「すごいな、お前はESP能力者なのか? ああ、人の心を読めるのかって事だ」


「読めない」


「知っている。じゃあ、行こう」


「だから、嫌。知らない人に会わなきゃならないし」


「命令だ」


「横暴。六人もいたし」


 それは、王韙も含めた数字だな。


「早く連れて行け。じゃないと、お前の事、嫌いになるぞ」


 それは、今まで見たこともないような顔だった。


 驚きに不審を混ぜ合わせて、不快を垂らしたような表情で、凝固してしまった彼女は、ようやくと言った様子で応答を絞り出した。


「それはもっと嫌。好きじゃなくてもいいけど、普通でも無関心でもいいけど、嫌いは駄目。分かった。どこへでも行く。だから、嫌いにだけはならないで」


 私の勝ちだった。

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