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霊安室の抜け道から出て来たのは城の西方一キロの場所だ。
そこには逃げ去った味方の兵が集結していた。李凡将軍と嘩蓮が旗印となって集めていたのだ。
その数は二、三千人程度でそのまま逃げ散った者も多かった。
それらを率いて、敵中に切り込んだ。
爆発の興奮から冷めやらぬ敵軍は奇襲を受けて大いに浮き足立っていた。
面白いように隊列は乱れ、毛糸がほころびを見せるように崩れかけていた。
しかし、混乱の中、背後を取られて敗走しかけた万庶軍は、またも立て直したようだ。
さすがに圧倒的な寡兵では崩しきれなかったというのもあるだろう。
それにしても敵方の大将である万庶とは、戦上手な粘り強い男なのだろう。まだ見ぬ好敵手に尊敬の念を抱いた。
「王太守。北から敵の援軍です」
目の良い兵が報せて来る。
確かに背後から迫ってくる軍影がある。
兵らからすれば、我らは孤軍で、中華のどこにも味方はいないと思っているのだろう。
また、長沙方面から軍勢が現れたので、そう思ってしまったのかもしれない。しかし、これは誤報である。
「おい、孔明。このままでは、挟み撃ちにあうぞ」
今にも泣きそうな顔で王韙が振り向く。
「心配するな。あれは味方だ」
「なんじゃと? この世のどこから援軍が来るというのじゃ? まさかあの世からか?」
あの世に援軍のあてがあるのだろうか。私にはない。
「実を言うと、桂陽と零陵は裏切ってなどいない。見せかけの降伏をしてみせただけだ。今頃長沙城は桂陽、零陵軍に解放されているだろうさ。偽降の計だったんだよ。それは、お前の嫌う策かもしれんがな」
正面突破が好きな彼女だったが、残念な事に私は彼女の気持ちを忖度するような度量の大きな人間ではなかった。
「まあ、この際致し方なかろ。それにしてもお主はやはりなんでもお見通しのような男じゃの」
意外に物わかりがいいじゃないか。どういう心境の変化だろう。やはり、一度死を経験した人間は生まれ変わるのだろうか。
「ん? どういう事だ?」
異変に私は思わず呟いた。
どうも援軍だと思っていた軍の様子がおかしい。旗差し物が桂陽、零陵の物ではない。
まさか、辛鄒は失敗したのか? やっぱりあれは敵の援軍だと言うのか?
「どうした? ……、あれは……。信じられん。なぜ生きておる?」
私の動揺に気づいた王韙も何かを感じたようだ。
近づいて来るにつれて軍の全貌がはっきりと見て取れる。兵数は一万ほどで、急がず慌てず山を登って来る。
先頭にはおっかなびっくり馬を操る頼りない指揮官がいた。旗本が掲げた旗には『王』という文字が棚引いていた。




