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「あの人は、あの人は死んだの?」
ヒステリックに金切り声を上げる。
「もう一度言う。質問に答えろ。あの男はお前の差し金だったんだな?」
「あの人はどうなったのかって、聞いているのよ。あなた、死んでいたら承知しないわよ」
「承知しなけりゃどうするって言うんだ?」
「殺して磨り潰してやるわ」
煌びやかな格好で戦地に迷い込んだ場違いな女は、暗くて狭い地下牢に繋がれ、髪を振り乱して叫んでいる。
相当に力が入っているようで、一語放つごとに手枷と足枷がギシギシと軋む。
この女には自分の処遇よりも夫を出汁に使った方が、いろいろと引き出しやすいだろう。
「では、やってもらおう。できるものならな。夫が死んだと決まった訳じゃあない。今は私の言う事を聞いておいた方がいいんじゃないのか?」
私の信念は以前にも述べたと思う。
志は第一であるが、己の誇りを忘れてはならない、という事である。
誇りといっても、人によってその形は様々である。それらを否定することはできないが、これはあくまで私の考えなので、多様な価値観は排除して論じさせて頂く。
私の説く誇りとは、すなわち、己に恥じないこと、である。
弱い者を不要に痛めつける。己の利益のみに執着し他者の存在や生き様を軽んじる。詐欺を行う。侫言で人を貶める。大きく自己を欺瞞する。無闇に人を殺す。犯す。などの行為が大っきらいなのだ。これらを行う者は、人では無く、畜生の所業であるので、私も人とは見倣さない事にしている。
彼女はその領域に大きく踏み込んでしまったと考える。嫉妬とは女の性ではあるが、それ故に許される罪ではすでに無いのだ。
「あの徐鉄は私が弄んだ男。薬はすぐに受け入れたわ。病んでいたんでしょうね。簡単に闇に堕ちたわよ」
心底つまらない事を吐き出して床に捨てるようにして言った。焦ってもいるようで、異常に早口でもあった。
「徐鉄。だと?」
「そうよ。それがあの男の名前。驚いた? 最後まで行けなかったのは本当に残念だわ。それを知った時のあの娘の反応ったら見ものだったと思わない?」
こいつ。分かっていて、最初から全て計算づくでやっていたんだ。あの娘の事も。
「薬。そうだ、薬は桂陽から仕入れていたんだな?」
「まあ、そうといえばそうだし、違うと言えば違うわ」
「どういう事だ。誤魔化すな」
「誤魔化そうとなんてしてないわ。だって、あれは私が作らせていたのよ。初めはね。でも、奪われたわ。あの小娘にね。私は細々と内陸で捌く筋道を維持しているだけよ。それについては素直に口惜しいわ」
あの小娘、とは、辛鄒の事だろう。彼女との間にもこの女は何か関係があったようだ。それも、後暗い繋がりである。
「お前の夫は少女趣味だな」
私は敢えて話題を変えた。振り回して判断力を鈍らせるのが目的だ。
「…………」
饒舌な女が始めて口を閉ざした。それは肯定の意と受け取って差し支えないだろう。
「年端も行かない少女が好きなのだ。率直に言えば、王崇姫を愛していた。違うか?」
「…………」
「薄々それに気づいたお前がいじめ抜いたのも、王崇姫に対する嫉妬からだったのだ。そうだろう? まあ、それが全部ではなかっただろうが、大きな一部であったとは推測している」
「…………」
「お前は夫に愛されていなかった。それどころか、見向きもされていなかった。おおかた、政略結婚だったんだろ。一緒になったはいいが、お前は夫を愛したのに対して、片や夫は少女を愛した」
「そんな事。あんたに関係ないわ。黙ってよ」
これまでの強気が一気に萎んでいった。化粧を崩して、彼女は涙ぐんでいるようにも見える。
「お前の夫が、いじめられた王崇姫に優しくして気を惹こうとしていた事も知っていたんだろ?」
「だから、何だって言うのよ。黙れって言ったら黙りなさい。痴れ者め」
切れ長の蠱惑的な目も今はギョロリと血走っていて、私は呪い殺されそうな不安に襲われた。それに、鼻腔は広がり、唇はわななき、髪型は夜叉の如し、今や美人は台無しになっていた。
「本性も見えてきたところで、最後の質問だ」
「それに答えれば、夫は開放してくれるの?」
「そうだな。生きていればな」
一刻前に彼女が言った言葉を返してやった。これは、私も我ながら悪どい返礼だと思った。
彼女の夫は無事である。
大げさに血が吹いたが薄く肉を斬ったに過ぎないのだ。
王韙虐待の片棒を担いだという罪はあるにせよ、自覚は無く、ただ下心のままに動いただけのロリコンスケベ野郎だ。
しかも、最終的には拒絶されただけですごすごと引き下がる程度の根性無しである。殺す価値も見いだせない。
「お前は、王崇姫が太守となった時、捕まり、牢に落ちた。そこから脱出させた者がいるな。いいや、それ以前に、招集に応じないように情報を流した者がいる。それは誰だ?」
「はっは、なあに。そんな事? そんな事も分かってなかったの? 馬鹿みたい。あんたらほんとにお人好しって言うの? 笑えちゃうんだけど」
「何が可笑しい」
「可笑しいに決まってんじゃない。じゃあ、今頃、死んでるわね。王韙ちゃん。うっふふうふふふふ。さっき言ったわよね。除鉄は私の下僕だったって」
私は全力で彼女の頬を張り飛ばすと、駆け出した。




