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我らにはほとんど残された時間はない。
もう城内に水が無い事は万庶軍には周知されているだろう。そろそろ攻勢に出てきてもおかしくはない。
硫黄が手に入ったので、早速、すり潰して火薬を調合した。
これにはたっぷり一晩かかったが、ちょうど擦り終わった頃に英江が現れて、頼んでいた物を届けてくれた。十万の包囲を抜けて英江にそれを手渡すのは、かなりの苦労だったろう。
まだ、世界では黒色火薬が発明されていないので、それを使用する事に少々躊躇いはないではないが、まあ構いはしない。
ほんの数百年時代が進むだけの話だ。瑣末な変化である。
「おう、二日も引きこもっておいて、一生懸命何を作っておるのじゃ? 最期の晩餐という奴じゃな。旨い物なら妾に一番に食わせてくれ」
火気は厳禁なので、火を灯す必要のある暗所での作業はできない。
風が吹いても困るので、自然、狭い自室で作業する事になるのだが、ここは邪魔が多いのが難点である。
「お、邪魔しに来たな、暇人。食べてみるか? 人間爆弾なら手っ取り早く作れそうだ。腹が膨れる事間違いないぞ。膨れ過ぎて破裂するがな」
「なんじゃ食えんのか。それは何じゃ?」
冗談では無く、本気で言ったことだったらしく、旨い料理を期待した彼女は、やや落胆していた。
滅亡の際であるこの期に及んで剛毅な食欲をしている。
いや、城内の食料もほとんど底をついた。
朝晩の食事はかなり質素なものになっている。だからこその発言なのだろう。特別彼女だけが食いしん坊なのでは決してないのだ。
いや、食い意地が張っている事は否定はしない。
「火薬だ。火を点けると爆発する」
「かやく、とは何じゃ? 麺類の上に乗るあれか?」
「そりゃ、加薬だろ。てか、なんでそんな物知ってるんだ」
香辛料として料理に添えるもの。やくみの事である。
「いや、ちょっとした閃きが降りたのじゃ。こう言ってみろ、と神託が妾の身に下ったのじゃ」
「歴史上稀に見る下らない神託だな」
「どうしよう、妾の事を神様が見ておるのじゃ。恥ずかしい」
平手で顔を隠して、くねっと、身体を捩る。
「心配するな。お前の口を借りてそんな下らないセリフを吐かせる神様の方がよっぽど恥ずかしい」
「止めよ。神を放牧するな」
放牧してどうする。神様の放し飼いなんて聞いたことないし、すごく終末的な光景だと思う。
「冒涜だろ。それ。お前が一番神を冒涜してるぞ」
「では、宇宙からの来訪者じゃ。そいつらが妾に言わせておる。次に言わせようとしているのは……」
「『UFO』だろ。いい加減にしろ。もうええわ」
ただの焼きそば好きだった。
「何を一人で勝手なオチをつけておる。そんなものではない。『これぞ宇宙食』じゃ」
しまった、ヌードル派だったのか。
どうでもいい会話だった。
「そんな事より、それをどう使うのじゃ? 爆発、というのも意味がわからん」
爆発という現象を見たことがないのだ。
それは何も彼女が無知だとか、特別だとか言うのではなく、この時代の人間ならば大体の人が知らない。
「そうか、見れば一目瞭然なんだが、言葉では伝わり難いだろうな。熱膨張の事なんだけど、さっきお前の腹で表現したように、炎が膨れて破裂するような現象の事だ」
「ふむ、火にくべた薪が爆ぜるようなあれの事じゃな」
「ああ、まあそんな感じだ。だが、それよりも遥かにでかい規模の爆発を起こすことがこの火薬でできる」
「万庶軍を吹っ飛ばす事ができるのか? すごいのう。早う作っておればこんなにひもじい思いをせんで済んだのに、馬鹿じゃの、お主」
「この程度の量で何万人も一片に吹っ飛ばすのは無理だ。それに今までは材料が無かったから作れなかった」
「材料がか?」
「そうだ。中華では火山が少ないから硫黄がほとんど産しない。入手には輸入に頼るしかないので、硫黄だけは日本から仕入れてもらった。実際には、既に余所で仕入れてあったものを流してもらったんだ。それ以外の硝石と木炭は沢山あるんだけどな。鶏の糞なんかも簡単に手に入る。あと、アルミ製品と雷管は大昔に作った奴をさっき庵から持って来てもらった。あとは密閉して雷管を通す。それから……」
「まあそんな苦労話はどうでもいい。妾が知りたいのはどう使うのか。そしてどういう効果が得られるのかという事じゃ。焦らさずさっさと口を割れ」
私は特別先端恐怖症という訳ではないけど、びしりと鼻先に指をつきつけられるのは気分が悪い。
「ふん。そんな態度で教えてやるとでも思ったのか? 言わねえよ」
「そ、そんな事言わないで、妾にも教えておくれ、孔明お兄ちゃん」
「ず、ずるいぞ。そんな言葉使うなんて。お兄ちゃんはそんな卑怯な子に育てた覚えはありません。……じゃ、ねえ。ほら、できたぞ。爆弾様だ」
人の頭部ほどの大きさの黒い塊。五つの手製爆弾が出来上がった。
「これが爆弾か。どうやって使うのじゃ?」
「それは見てのお楽しみにしようじゃないか。遊んでる暇はない。今すぐ全軍に戦の準備を整えさせろ。残った水は全員で分けて携行、食料もだ。金目の物も分けるんだ。この城にはもう戻らない。それにどうせ、頑張ってみても勝率は相当低い。あるものは何でも持っていかせてやれ。それが終わったら、広場に集結だ」




