5
「そろそろ私が活躍する時が来たね。ご主人様。命令ひとつ下されば、全てを終わらせて来るんだよ」
籠城十日目にして、ついに水が底をついた。
すでに城兵は三分の一以上が脱走済みである。
一番近くの小川に嘩蓮率いる一隊を派遣して、少しずつは水を得ていたが、それももはや難しい。
水場は数百単位で警備されている。
水がなければ、もう二日と持たない。
降伏するか、出て討ち死にするしかないだろう。十数万の兵に囲まれ、這い出る隙もないのだ。今更逃げる事などできっこない。
一方の万庶軍は相変わらずで、動きのないまま不気味な静けさを保っている。
嘩蓮の言う通り、万に一つの可能性ではあるのかもしれないが、彼女に賭けてみるしかないか。
「そうだな。いい加減ここはもう飽きた。喉も乾いてきたし、山を降りたいな。やってくれるか……?」
室内に視線を感じるので、誰かいるかと探したが、私の部屋には嘩蓮以外は見えない。
嘩蓮と手分けして物陰などを探すと、英江をベッドの下に発見した。
普段消していた気配を晒したのは、珍しく言いたいことがあったようだが、嘩蓮がいたので、人見知りしたらしい。本当にめんどくさい奴だ。
「何か動きがあったか?」
「…………」
何かしゃべっているのだが、聞き取れない。
チラチラと嘩蓮の方を意識しているので、席を外してもらったらようやくベッドから這い出て来た。とにかくめんどくさい。
「五日前に長沙に入城した桂陽、零陵の軍が赤旗を掲げた」
「そうか。やっとか」
戦ももう終わろうとしている。
それは我等の降伏か討ち死にという結末だ。
それを成すには万庶の兵だけで十分だったはずだ。それでも、結果の見えている戦いに援軍を求めたのは、意味の無い事ではない。万庶は桂陽と零陵の服従心を見たかったのだろうし、両郡の方でもそれは心得ていた。援軍を断れば、長沙の二の舞になるのは避けられないのだ。
「あと、これ」
と、彼女は箱を差し出した。
いつかのように、頭の中のパトランプが危険を知らせてグルグル回る。少女の腕には一抱え程の大きさで、黒塗りの木箱である。
慎重に覚悟を決めて開け放つ。
開けてみると、初めは何だか分からなかったが、大量の虫が入っている事がすぐに知れた。
知れたのは鼻が曲がったからで、それはカメムシだった。部屋中に耐え難い独特の鉄分を含んだような鼻柱に残る臭気が充満したので、急いで換気に務めた。
珍しく英江も慌てた顔で作業に従事した。そして、ウゴウゴと転がった箱から散じようとする呼ばれもせぬ客人に、丁重に窓からお帰り願ったところで一息ついた。
「くっそ。しょうもないいたずらしやがって」
かき氷にかける黄色いシロップを固めたような石が虫以外にも詰まっていた。
当然だったが、カメムシの臭いがふんだんに染み込んでいて、素手では触りたくない。
あとは、一枚の紙が小さく畳んで箱の底にこびり付いていた。剥がすと再び臭いが嫌だった。




