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「あ奴は妾を操り人形にしようとしていた」
ありそうな事だ。太守の娘を抱え込み、傀儡に仕立てようとしたのだろう。
そして、彼女がもし太守になったら、影から政務を壟断しようと画策したのだ。
が、彼女は失敗した。
王韙という少女は、操り人形としては、剛直過ぎたのだ。
彼女の不屈の精神は、誰かのいいなりに生きることを命懸けで拒んだ。
そのせいもあり、彼女の受けた虐待も苛烈を極めたのだという。何度も死にかけたが、その間際でいつも甘悸に助けられていた。
二人きりの部屋で、彼女は始めて私にあの女との関係を話してくれた。
これまでは人づてに英江から聞いた情報でしかなかったが、彼女自身の口から絞り出されるそれは生々しくて聞くに耐えなかった。
苦茗を飲まされたような顔でうつむき、囁いた会話の相手は、もちろん私であるが、何か見えない神様や妖精にでも悩みを聞いてもらっているようだった。
五歳から十歳まで、五年の長きに渡ってそんな暮らしが続いたのだ。耐えぬいた彼女はやはり尋常な少女ではなかったのだろう。
「飯は一日に一度、大抵は残飯か野菜の切れ端のような物じゃった。料理婦の目を盗んではつまみ食いをしていたので、見つかってよく打たれたの。あとは、食べられる物と毒のある草を教えてもらって隙を見ては、城内で探した。じゃから、山で遭難した時は妾に任せよ。草や山菜には事欠かん生活ができるぞ」
彼女はその目で既にどん底を経験している。
芯の強さはそこから来ているのだろう。
人間は何かを失ったり、何かに失敗したりした時に大きく変わる。成功体験しか無い者は良くも悪くも変わらない。彼女の場合は、それをいち早くに経験しているという事なのだ。
彼女が人前に肌を晒さないのは、毎日、打たれない日は無く、今でも体は傷だらけであるからだ。
何日も眠らせてもらえない時もあった。水を与えられない日もあった。針を刺され、肌や足の爪を削がれた。思いつく限りの嫌がらせを受けた。
それでも、一応太守の娘であり、公式の場にでる事もある。
厳しく礼儀などは仕込まれた。衣服や最低限の身だしなみは常に保つように命令されていた。
殴る時も顔など露出する場所は厳重に避けていた。
甘備はそれらの支持を行うだけで、直接は使用人に処遇を任せていた。
彼女の起居する離れには週に何度か度顔を出すくらいで、あとは興味を失っているかのようであった。
ただ、恐怖心だけは強烈に彼女の中に刻み込まれている。
彼女の事を可哀想だと思う私は、環境に恵まれていただけの傲慢な男なのだろう。
私に縋りさめざめと泣く彼女を愛おしいと感じてしまうのは、気の迷いなのだろう。
私は両腕を彼女の背に回す事ができなかった。
しかし、この時の甘備に対する私の激情を文章で著す術を私は知らなかった。




