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 その使者は人払いを望んだので、私と王韙、それに嘩蓮だけで会った。


「久しぶりね。王韙ちゃん」


 甘備は相変わらず腰をプリプリと艶かしく動かしながら喋る。


 お忘れの方も多かろうと思うので、紹介しておく。


 彼女は王韙の元乳母で、降伏派の筆頭であった甘悸の妻である。今日はその夫も伴っている。

 二人の力関係は、甘備、大なり甘悸、であり、主人は妻の方であるように一見して見える。夫は気の弱いペットのように後ろに控えていた。


「ああ、そうじゃな。もう一ヶ月ぶりくらいか」


「何言ってんのよ。そんなに経ってる訳ないじゃない馬鹿ね。二十日ぶりくらいかしら。まあ、そんなのどっちだっていいわ」


 彼女の前に出ると、どうにも歯切れが悪い。

 王韙の歪みを作り出した張本人なのだから、当然ではあるだろうが、見ているこっちとしては、歯がゆくて仕方がない。


 どうせ、四肢がバラバラにされたところで、万庶軍に王韙が降るなんて事はないのだから、こんな無礼な使者は、王韙が王粛に言ったように、斬り捨てて、綺麗なラッピングをして、敵方に届けてやればいいようなものなのだが、この分ではできそうにもない。


 それにしても、長沙城に寄越した死神といい、この蚤の夫婦といい、ようよう万庶とやらは、使者としていけ好かない人間を寄越すのがお好きらしい。


「用向きはなんじゃ?」


「用事なんて特に無いわよ。その様子じゃあまだ元気そうね。つまらないわ〜。さぞかし落ち込んで憔悴してるんじゃないかって思って、わざわざ来てあげたのに。本当にあんたって昔からそうよね。私の期待を裏切るのが上手なのよ。あんなに虐めてあげたのに、あんなに嬲ってあげたのに反抗的な目をしてたわよね。今もそう。まだ、負けるか。てな顔してるわ。お前なんかに負けてなるものか、みたいなね。馬鹿ね。どうしようもなく馬鹿ね。私にそんな顔してみても何も楽になんてなりはしないのに。何も好転なんてしないのに。まあ、いいわ。また、来てあげる。その時の情けない顔が愉しみだわ。じゃあね」


 長々と口を動かした最後にそう告げると、踵を返して広間の出口を模索する。つくづく、言いたいことだけを言って行く奴だった。


 甘備と王韙のやりとりも気になったが、私はそれを耳に挟みつつ、甘悸に注意を払っていた。


 その目は、食い入るように王韙を見つめていたし、その瞳は狂おしいまでの熱い光を帯びていた。

 甘悸は室内では一言も発する事は無かったが、その視線が王韙から外れる事は最後までなかった。その目は大いに事情を物語っている。

 そして、そんな夫に、密かに落胆する素振りを見せる妻の姿も一瞬だったが見逃せなかった。


「おい、本当にそれだけなのか?」


 信じがたい使者の話に疑問を呈した。


「そうよ。他に何があるって言うの? あんたの泣きっ面見たかっただけなんですけど。私、正式な使者じゃないし。それに、用事なんて端から無いって言ったはずだけど、聞いてなかった? これじゃあ、用事があろうと無かろうと、聞いてなかったかもしれないわね」


 なんて豪胆な女だろう。


 敵ながら、その点に関してだけは天晴れであると言わざるを得ない。暗黙の了解として、いかに戦時であっても基本的に相手からの使者に危害を加えてはいけない事になっているのだが、ここまでの侮辱を浴びせれば普通なら間違いなく殺される。


 彼女のこの自信はどこから来るのだろう。

 王韙にとっては、逆らえない相手なのだ。絶対的に服従させたれた恐怖の支配者だったのだ。

 その事を十分に甘備も承知している。

 彼女達の間にはそれほどの何かがあったという事だ。


 王韙は結局、彼女には指一本触れさせずに返してしまった。


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