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自責 1

 不利な状況で、それが覆しようのない場合。勝負を捨てて逃げるか、時を置かずに攻勢に出るか、その二つに一つしかない。


 それ以外はジリ貧にしかならないのだ。


 このまま時間が経てば、まず将兵の脱落が起こる。


 それは日を追うごとに増えていくだろう。そのうち兵糧の欠如が発生する。人数が減ったので、その分長持ちはするが、生産も徴収もできないので、減る一方だ。

 空腹が不安と焦燥を煽る。そして、それは仲間内の不和をもたらすに違いない。


 こうなるともう、戦いどころではない。不戦敗の空中散華である。


 しかし、王韙の即断はこれを防いだ。


 そこまで考えては行動していなかったろうが、結果的にはそうなった。従った将兵は迷っている暇も逃げる隙も裏切る機会も与えられないまま、戦場に突き出され、五里霧中で突っ走っている状態である。


 我らは一路、長沙を目指した。城外には数万の守備兵がいたが、これを簡単に蹴散らした。


「どうじゃ。見たか。妾が本気を出せばざっとこんなもんじゃ。万夫不当とはこのことじゃろう」


 いや、お前は前線に出ようと騒いで私に取り押さえられていたいただけで戦っていない。


 私はこの動きをなすがままにしていた。


 相手はまさか、古城に潜む我が軍が討って出て来るなどとは思いもしなかったろう。古城に篭る五、六千の兵など、大きな山賊団と規模は変わらないのだ。恐らく、我らを敵だという認識すらもほとんど持ち合わせていなかったと思われる。


 それは、放漫な見張り体制からも明らかだった。荊州全土がほぼ傘下に入った為であろうが、臨戦態勢を半ば解きつつあったのだ。


 相手にしてみれば、いきなり敵軍が沸いて出てきたようなもので、何の対応もできず、ただ、蹂躙されるのみだった。


 王韙はそのまま城内に雪崩込もうと思っていたようだが、それはなんとか押しとどめた。

 城門が急いで閉じていくところだったからだが、さすがに体勢を整えられてしまえば圧倒的に数の少ないこちらはひとたまりもない。


 キリの良いところで引き上げを指示した。


 こちらの被害はほとんど無かったが、相手の消耗も全体から見れば軽微と言ってもよい程度だったろう。


 それほどの戦力差を我等は抱えている。


 長沙に入った万庶からしてみれば、勝利に酔った鼻先を指で弾かれたような気分だっただろう。


 州内の抵抗勢力を一掃したつもりでいたのだが、その足下に長沙の残党が残っていたのだ。次は本気でつぶしに来るはずだ。


「ようし、勝ったのう。意外と弱卒ではないか。万庶の兵も」


「おいおい、冗談だろ。釘を刺しておくと、完全に不意を突いてやったはずなのに、立て直しは殊の外早かったぞ。城門辺りでまごまごしていたら、こっちが飲み込まれていたはずだ。今回はたまたまラッキーパンチが当たっただけで、決して弱い相手ではないぞ」


「お主は相変わらず気が小さいの。ゴミの心臓というやつじゃ」


 蚤だ。


 とっとと退散したが、我らは古城には戻らなかった。


 長沙から北に隠密して、湘水を下ったところにある天井山に隠れた。


 そして、二日後に編成された万庶軍二万をゆっくりと追跡し、古城の近くの山、阿公嶺で捉え、背後から痛撃を与えることに成功した。


 ここでもまだ、敵には油断が見える。


 相手方が兵力を二万しか用意しなかったのは、戦費をケチったからだろうし、城内の様子を探らせていれば、ほとんどもぬけの空であることはすぐに分かったはずで、それを怠ったのは我らを甘く見て偵察をなおざりにした結果であろう。


 初戦の勝ちが我等のまぐれ当たりである事もこの軍の指揮官を弛緩させていたし、万庶自身が出てこなかった事も敗因だろう。


「よくやったの。このまま勝ち続けるのじゃ。孔明」


「なでなでするなっての」


「嫌なのか?」


「……、誰が嫌だと言った」


「では、よかろう」


「さすがに次は難しいぞ。恐らく決戦になるだろうな。今までみたいなアクロバティックなゲリラ戦も通用しない。これで怒り狂った万庶は全軍動員十万の兵、いや、桂陽、零陵などの諸郡から集めてそれ以上にもなるかもしれないぞ。さすがに三度の油断はあり得ない」


「なんとかなるじゃろ。また頼むぞ」


 完全に人任せだ。まあ、この際、彼女には嘴を挟ませない方がやりやすい。


 なにせ戦では何一つ活躍しないのだ。


 だからといって、何もせずにくだを巻いている訳ではない。彼女なりに拙い下知を出したり、軍議でいい加減な意見を出したり、先頭に立って敵に切り込もうとしたりするのであるが、全ては空回りしていた。


 下知や意見はとんちんかんであったし、切り込んでは真っ先に槍の餌食になりかけて泣きながら救出されたりと、はっきり言って役たたずどころか、お荷物この上ないのだが、やる気と元気だけは無尽蔵なので始末に悪い。

 できない彼女のしわ寄せは全て私や嘩蓮に回ってきていた。


 それにしても、状況は全く好転してはいない。


 相変わらず万庶は荊州諸郡を支配しているし、我等の寄る辺は古城のみなのだ。


 たった二回相手を出し抜いてみても、決して喜ぶ理由にはならないのだ。


 万庶の身になって、我等の処分方法を考えてみると、甚だその方法は簡単だった。


 大軍でただ、この古城を囲めばいい。


 戦費はかかるのだが、何より確実に終わらせる事ができる。援軍の当ての無い籠城ほど惨めなものはそうそう無い。

 不安と焦燥、恐怖と不満、空腹と絶望によって内側から崩壊するのだ。


 だから、それだけで落ちる。そして、実際に彼はその手を使った。


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