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 王韙の姿を見る機会がほとんど無くなった。


 この古城に来てから、彼女は何か思い悩む様子で、自室に閉じこもったまま出てこようとしないのだ。

 その悩みにはおおよそ見当がついているので、しばらくは放っておくことにした。


「ご主人様。お茶を淹れたんだよ」


 嘩蓮が私の部屋を訪れる。


 朝礼が終わってすぐに部屋に来て、昼間は付属物ででもあるかのように私にベッタリと付き従っている。

 さすがに用を足す時は離れる。離れていて欲しい時も離れる。だが、夜になっても居座り続け、結局朝礼でも顔を合わせる。

 訪れるというよりも茶を沸かしに出ていただけで、実質入り浸っているというのが正しい。


 これは、特段ここにきてから始まったものではなく、長沙にいた頃からずっとこうである。この為、徐曠の白眼で、日々私は純白に染め上げられていた。


「ありがとう。そこに置いておいてくれ」


「熱いうちに召し上がってね。忙しいなら、私が飲ませて差し上げるよー。なんなら、口移しでも構わないよ」


 私が向かう机に腰掛けて、無邪気な笑顔で顔を覗き込む。


「いや、大丈夫。自分で飲める」


「ご主人様。ケチだー」


 苦笑して手を止めた。淹れてくれた茶を一口すする。


 旨い。


 彼女は器用で、料理などは上手にこなす。


 ただ、必要最低限の能力でしかなく、必要以上に手の込んだ物は作れない。


 彼女にとって、食事については栄養摂取としての役割しかないので、手間暇かけて味を作り込んでいくなどということに執心したりはしないのだ。


 辛鄒宛ての手紙を推敲していたが、上手く纏まらなかった。


 長沙が取られて、城外に追われる事態も一応想定内ではあったが、どうも考えていたようには事が運ばないように思えてきた。


「悩んでおられるのですか?」


「ああ、これからどう動くか。どう動くべきなのか。はっきりと定める事ができない。正直、あまり自信がなくなってきたというのが本音かな。あまりに隠居し過ぎたせいか、全てにおいて鈍くなってしまったようだ」


 背もたれに凭れると、骨董品のそれは、ギシリと大きな音を立てた。


「ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりにご主人様に惨めな思いをさせているんだね。あの頃の私なら、古代人なんて何万人いようが相手にならなかったはずなのに。せめてイズナが残っていればよかったんだけどねー」


 イズナとは、戦闘用アンドロイドである彼女専用の武具一式である。あと二千年程月日が経てば同じような物が生産できるだろうが、今手に入れるのは不可能だ。


 ちなみに彼女が着用している鎧もただの西洋鎧ではない。


 かなりガタがきているが、遥か未来のテクノロジーの結晶なのだ。彼女の不屈の執念とこれがあったればこそ、彼女は今ここに私と生き延びている。


「お前には何も落ち度は無いし、私はお前が生きていた事だけで十分なんだ。そんな後悔はするに及ばない」


「右手も右目も無い。こんな不細工で不自由な身体だけども、力の限り戦えば数千人の兵士はまだ打ち倒せる自信はあるんだよ。ご主人様がお望みとあれば、単身、長沙の城に乗り込んで、万庶の首を挙げる覚悟はできているよ」


 実際、そういう手も考えなくはなかった。


 嘩蓮無双でもしかしたら万事解決する可能性もなくはないような気もする。

 だが、彼女を信じない訳ではないが、実際には数十人の兵士にも苦戦するかもしれない。

 彼女自身が言ったように、もうあの頃の彼女ではないのだ。

 そして、彼女を再び失う事は、今の私にとっては耐え難い。


 彼女のハンカチに茶で汚した口元を拭われながら、そう思った。


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