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「彼らはやはり、死ぬのじゃろうな」


「……」


「館の者は無事じゃろうか。いや、妾の縁者なのじゃ。無事なはずはない。まさか殺されてはおらんかの?」


「……」


「徐曠も置き去りにしてきてしまった。今頃、酷い目に遭ってはおらんじゃろうか? 可愛そうに泣いておるのではないか」


「……」


「妾が変な野望を抱いたのが間違いだったのじゃろうか?」


「……」


「お主らを唆してしまったのが悪かったのじゃろうか。のう。孔明。なんとか答えんか」


「……まれ」


「なんじゃと?」


「黙れって言ったんだ。いい加減に被害者気取りは止めろ。見苦しいにも程があるぞ。慰めて欲しいなら、他所で愚痴ってこい」


 静かな森の中、馬の蹄の音と私の怒鳴り声だけが響いた。


 今日は本当に煮える。腹の中で巨大なスプーンを手にして、そこにわだかまる熱い何かをかき混ぜ、ケケケと笑う子鬼がいるようだ。頭の血管もダース単位でブチブチと切れまくっている事だろう。


「それは、お主が……」


 半べそで何かを言いかけた彼女を手で制して私は続けた。


「いいか。お前の目指すものはなんだ?」


「……、もちろん、天下じゃ。妾は今の惰弱で腐敗した政権を打倒したい。と、思っておった」


 さっきから口角は下がりっぱなしで、声は蚊の泣くようなか細いものでしかしかない。

 「思っておった」だと? 過去形か。


「なぜそう思った?」


「そんなもの。お主も分かって……」


「ちゃんと答えろ」


 彼女の哀れんで欲しそうな表情に余計に腹が立ったので、つい強い語調になってしまった。


「うう……。役人は上の者から地方県の小役人まで賄賂や利権で動く政治腐敗時代じゃ。そして、度重なる飢饉や北の匈奴来襲、天災、野盗の跋扈でそのしわ寄せを受ける人民は重税や荒れた耕地、豊かにならない生活に疲れ、踏みにじられる。これを政府は見て見ぬふりじゃ。いや、むしろ政府こそがそれを助長しておる。暗愚であるか、でなければ、幼少の皇帝が続き、宦官が宮廷を我が物顔で跳梁し、外戚が政治の主権を握る。これで立ち上がらない人士がいるなんて事がむしろ信じ難い害悪じゃろう」


 そう初心を語ると、彼女の頬に徐々に赤みが差してきた。拳は硬く握られ、最後には数千人の聴衆に語っているように感じられた。


「よし。分かった。では、お前は天下というものの広さを理解しているか?」


「どういう事じゃ?」


「この中華には数千万の人民がいる。その一人一人が命を落とす度に悼み悲しもうというのか? この程度の悲劇は古来伝説の時代から無数に繰り返されて来たし現在も続いている。これからだって起こり続けるだろうし、それにお前が関わる事も避けられない。それでも……」


 ドン、と、伸びてきた彼女の拳に私の胸が震えた。今度は私が彼女に遮られる番だった。


「妾は品のない小悪党や人の心を持たない極悪人にまで情けをかけたいとは思わん。しかし、妾に味方する者や無辜の民が雑草のように踏みつけにされるのは我慢ならん。それの何が悪い」


 私の言に不満を感じたのだろう、少女の声の強さは復旧していた。


 ここでの悪人とは、彼女の狭い定義の中での正義を踏み外した者達の事であろうが、それは指摘するに及ばないだろう。

 なぜなら、為政者であれば、己の基準で善悪を決定する事も時には必要であるからだ。いや、正義というそれ自体がそういう性質のものだからだとも言える。


「悪くなどない。しかし、それは、お前がただの小娘でいられるのなら、という話だ。小さな悲劇に捕らわれ過ぎるな。それにいちいち苦しむな。悩むな。迷うな。むしろ表面上は泰然としていろ。でも悲しみ哀れむ気持ちは持ち続けろ。お前が潰れてしまえば、誰がその志を継ぐ? お前の為に死んだ者やお前が救いたかった無辜の民、その心を誰が救ってくれる?」


 私は、気付かない間に涙を流していたようだ。


 その水滴が彼女のまだ幼さを残した顔に滴った。


 彼女は返す言葉もないようで、ただ従容と私を見上げるばかりだった。


 私が頬を濡らした事に驚いているのかもしれない。それには私自身も驚いているのだが。


 これは不甲斐ない自分への悔しさから出た物だったのだろうか。


「まあ、すぐにとは言わない。だが、少しずつ分かっていって欲しい」


 嘩蓮達が立て篭もる古城に着くまで、その後の道中は二人とも言葉は無かった。ただ、馬を静かに駆った。


 数時間程の道程だったが無限の道のりのように感じられた。


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