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自室に戻ると、私のベッドに二人の少女が寝転んでいた。
「おい、お前達の寝床はここじゃないぞ」
低反発マットは流石に作れなかったが、上質の羽毛布団なので、思わず寝ころがりたくなる気持ちも分からんではない。
揺り起こして背中を押して部屋から追い出そうとすると、彼女達は寝ぼけながらも本来の目的を思い出したようで、こちらに向き直って人差し指を突きつけてきた。
「待て、お前、どこへ行っていたんじゃ? 厠にしては長かったぞ。長すぎて待ちくたびれてしまったぞ。どう落とし前をつけてくれるんじゃ?」
待ってくれなどと依頼した覚えは無い。皆目無い。
そんな理不尽な文句を、仮にも姫様の端くれの癖に「落とし前」などという的屋用語で啖呵を切られても困る。どこで覚えたんだ一体。
「なんだ。何か用事だったのか? もう明日にしよう。良い子の寝る時間はとっくに過ぎているぞ」
ぴらぴらと手を振って出て行くようにゼスチャーすると、彼女の顔が歪んだ。
「朝ではいかん。こういう事は夜に行うもんじゃろう。たわけ」
そう言うと、王韙は徐曠に頷き、二人してまた私のベッドに入ろうとするのである。
二人の表は強張り、何か一大決心した者のようになっている。
「一体、何がしたいんだ? お前等」
「わかっておるじゃろう。そんな事。さあ、選べ。妾か、稚由か。それとも強欲なお前は二人いっぺんにか?」
多分そうだろうな。とは薄々感じてはいたが、やはり悪い予感は的中した。
私を臣下に引き込む為に、一夜を共にしようと考えて夜更けに忍んで来た、という事のようだ。愚かな事だ。本当に。
二人共怖いのか、サメに狙われた貝のごとくぎゅうと固く目を閉じている。
「さあ、え、選びなさい。我々は並々ならぬ決意でここへ来ているのです。は、は、恥をかかせないで下さい」
小さい方の少女は声を震わせている。身体だけではなく、意外に気も小さいのかもしれない。
「あのさ、昼にも言ったけど、私は多方面から引く手あまたなんだよ。そういう色仕掛けってのも経験済みなんだけど、士官はしてない。未だ自由人だ。この意味が分かるか? それにな、私はお前達が思うほど役に立たないただの碌でなしかもしれないぞ。お前達の貞操に見合う人間ではないかもしれないんだ」
快適作った寝室ではあるが広くはない。三人居れば物理的にも窮屈に感じるのだが、別の意味でも窮屈な空間になりつつあった。
「それでも。それでも私は、夢を野望を叶えたい。それにはお前の力が必要だと思っておる。この不思議がたくさん詰まった草庵に入ってそれは確信に変わった。じゃから……」
風呂に暖炉、陶器や硝子窓、安楽椅子に羽毛布団。透過度は低いが窓にはガラスも入っており、夏も冬も大きな寒暖を感じずに暮らせる。
ご馳走してやった晩餐にしても、王侯貴族が召し上がる物よりも上等な品があったろう。
これらは、私が苦労して製作したり、仕入れたりしたものだが、今の中華にはありえない物ばかりだ。彼女が不思議に感じても無理のないことだった。
「少し頭を冷やせ。私は向こうで寝る」
若さとは危うく、容易に道を誤らせる。
そんな事も分からないようでは、私が手を貸す事はできない。また、手を貸したところで、彼女の望む未来はやってこないだろう。
だとしたら、一生を地方官僚の娘として生きた方が幸せというものだ。
一人、茶を淹れて、熱いのも構わずそれをぐいと飲み干す。
流しに手焼きの湯呑を置いた時、彼女達の間違った行いに真剣に怒っている自分を発見して戸惑った。
他者にここまで心を乱されたのはいつ振りだろう。
あのような年端もいかぬ少女たちが得体の知れない男に貞操を捧げようというのだ。彼女たちの望みは、そして想いの強さはどれほどのものだったのだろう。
もし、彼女たちがまだ諦めずに私の助力を必要とするのなら、その野望とやらだけは聞いてやっても良いかな。
翌日、私は一行を問答無用で襄陽に追い返した。
私に関わっても良い事など一つもないのだ。
思えば、この時に、私の男色説は広まったのではないかとも思える。後に彼女自身に確認したところによると、その通りだという。
「妾の肉体に靡かないなど、男色であるとしか考えられん。でも、ちょっと面白いかな、と、思った。というのが本当じゃ。あと、腹いせもある」
面白いと思っただけで妙な評判を流すな。しかもちょっとってなんだ。どうせならかなり笑いをとってくれないと立つ瀬がないだろうが。
「痛っ。痛いじゃろうが。何するんじゃ」
げんこつ一つで許してやるには罪が重いように思われた。




