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「端的に申す。妾の臣下になれ」
風呂上がりに王韙は私にそう命令を下した。
貸した服はやはり大きく、彼女らの身体には合わなかった。
私は洋服を着る。ズボンにパーカーというスタイルを特に好む。この時代には売っていないので、もちろん私の手製だ。
湯上りに準備してやったものもそうだったが、彼女達には着こなし方が分からなかったようだった。
着用方法を聞かれるので脱衣所に立ち入ったのに、下着姿の彼女たちにそこいらの物を投げつけられたのは納得がいかなかった。
「断る」
右手を前にかざしてきっぱりと断った。
視界の端に喜ぶ少女と落胆する少女が見えた。
「なぜじゃ? 妾のような小娘に従うのは嫌だという事か」
そんな了見の狭い男では私は無い。
「私はしばらく、世に出るつもりはない。ここの暮らしは気に入っているし、この国は間も無く未曾有の大乱に見舞われる。血なまぐさいのは御免だ。私は当分ひっそりと詩歌を詠んで過ごしたいんだ。それにな、私に関わっても禄なことは無い。止めておけ。損をするだけだぞ」
ニコニコ顔の徐曠がずい、と進み出て来る。そして小馬鹿にしたように私を指さした。
「姫様。こいつはとんだ臆病者ですよ。国が乱れ、民が踏み潰される事を予見していて尚且つ自分は隠居しようという輩です。やっぱり、碌でもない変態ですよ」
私は最初から分かっていました、とでも言いたそうな得意顔である。
くそ、それだけで前言撤回したくなるような腹の立つ表情だ。
お子様め。言いたいように言いやがって。風呂と着替えの恩を忘れたのか。
私が彼女の父親なら、折檻はお尻ペンペンでは済まされないぞ。
「あのな。君等みたいに私の元を訪れては臣従を求めてくる豪族や名士、太守はたくさんいる。万金を積んで誘われたこともあれば、剣で脅されたことも一度ではない。それでも固辞し続けた。私は今、戦に倦んでいるんだ。そっとしておいてくれ」
私の心も常に一定ではない。平穏を望む時期もあれば、いっちょやってやろうか、という時期もあり、それは交互に来る。
今は前者であり、静かに暮らしたいと願っている。
「そうか。じゃあ嘩蓮はどうする? 妾の家臣じゃが、面識があるようじゃ。お前によく懐いておるようじゃしの。彼女に免じて出てきてはもらえんか?」
確かにそこを突かれると弱い。
せっかく再会を果たした彼女と、またすぐに離れ離れになるのは私としても寂しい事は否めない。
「ご主人様。私もご主人様に一緒に来て欲しい。というか、私はもうご主人様とずっと一緒だよー」
「おいおい、そりゃあまずいだろ。お前は王さんに臣従してるんだろ? 裏切っちまう事になるんじゃないのか?」
「やむを得ないよ。崇姫さんも理解してくれるよ」
「許さんぞ」
「いやー、許してー」
嘩蓮は腕を捕まえたままで、いやいやをするものだから、私の身体はプルプルと激しく揺さぶられた。
「内輪揉めは帰ってからにしてくれ。まあ、今日はもう遅い。晩飯喰ってくだろ?」
「無論じゃ。ついでに今晩は泊めよ。雨も止みそうにない」
窓ガラスには次から次へと雨滴が叩きつけられていた。
「なぜ偉そうなんだ……。ま、いいや。泊まっていけ。襄陽が近いとはいっても、この辺りでも夜は物騒になってきているしな」




