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そろそろ、嘩蓮という人物について触れなければならないだろう。
字は優璃である。
彼女の外見からまず詳らかにしよう。
身長は一般的な女性のそれである。太っても痩せすぎてもいない。
ここまでは、なんら特異なところはない。どこにでもいる若い女の子の外観だ。
しかし、ここからが本番である。
顔立ちは西洋風で人形のように整っていて、瞳の色は碧く澄んでいる。それは中華には珍しい容貌である。
彼女にはおよそお洒落という概念が無いようで、いつでも段違いの長さを持つボサボサのおかっぱ髪をしている。
伸びてくるとナイフで適当にカットしているようだ。しかも、鏡も見ずにだ。散歩中に庭の隅でザクザクとやって、別れた毛髪を風に流している姿に出会い、仰天したことがある。
そして、顔なんかは汚れていることが多く、濡れたタオルで丁寧に拭ってやらなければ、その白磁のような肌を拝むことはできない。
湯浴みも誰かに促されることがなければ、平気で数日はしていない。
ただ、それを嫌がることはなく、指摘されれば素直に粛々と行う。
汚い方が落ち着くだとか、清潔は不経済だとか、自然により近い姿で生きていたいだとか、そういった性癖や美学は無く、身に付いた汚れや己から出る汗や垢について不快感や嫌悪感はないようで、本人はそれらについてただただ無頓着なだけなのである。
「いくら汚れたとしても、私が病気になるという事はありえないからね。他の人に顔をしかめられたりするような不都合があれば、しっかりと綺麗にするよー。そうならないようにするには、だいたい三日間に一回の清拭で十分なんじゃないかなー。でも、ご主人様がそのようにしろとおっしゃるのでしたら、毎日でもお風呂に入る覚悟はできているよ」
以上の言からも分かるように、やんわりと嫌がる態度を示している。
少し面倒ではあるようだ。
ちなみに、ご主人様というのは私のことである。
いや、誤解してはならないのは、この呼び名は私が要求したものでは決してないという事だ。
彼女の任意でそう呼び始めたのが、私も満更ではなかったというだけのことだ。努めて別の呼び名に変更するように要求はしなかった訳ではあるのだが、その点については誰に非難されようとも罪はないと信ずる。
彼女の出で立ちで忘れてはならないのが、その着衣である。
実際、着衣と呼ぶべきではないかもしれないが、彼女に関しては、それを普段着同様に着こなしているので、着衣と呼ぶほうが自然なのかもしれない。
彼女は就寝時以外ほとんど、いや。ことによると寝ている時でさえも光り輝く銀の西洋甲冑を着込んで生活していた。
それも、部分鎧などではなく、ガチガチの全身鎧だ。
鋼鉄製で重量は彼女自身の体重よりも断然重いだろう。かなり長い年月使い込まれていて、至る所に大小の傷がついている。
よく見ると、補修に補修を重ねたツギハギだらけでかわいそうな状態である。
そして右手があるべき場所には何もない。そして、右目も潰れていて、ピンク色の眼帯を巻いている。隻腕の隻眼である。
私などはるかに凌駕する異色の塊である。
彼女を前にすれば、私や王韙、洒落者の徐曠などであっても無個性に等しいし、美貌の辛鄒であっても存在は霞んでしまうだろう。
町を歩けば振り向かぬ者はいないし、チンピラに絡まれる事もしばしばあった。犬はやたらに吠えかけるし、鳥も激しく飛び回り、挙句に樹木とでも思ったのかとまり囀る。恐らく中華一の異彩を放っているといっても過言ではないだろう。
こんな形でも武芸に於いては大げさではなく国士無双だ。
およそ人間で、彼女に一対一の戦いを挑んで勝てる者は皆無だろう。一騎当千を地で行く女である。人外の膂力と反射神経を持ち合わせている。
人外と表現したが、実にこれには誇張は無い。正しく人外の生き物なのだ。ただし、かの狼などのような超自然の生き物ではない。