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俺とアタシのデート

 地に足が付かない気分で、家に帰った。常ならば兄の部屋に向かい、兄に帰宅の挨拶をしてから着替えるのだが、薫はぼんやりとしながら自室に入る。鞄をどさりと落とし、着替えようとして、鼻をくすぐった香りに顔がまた熱くなった。思い浮かぶのは美少女の優の顔。だけど耳に残る声は、"彼"の声。

 叫び出してしまいそうな気分で蹲り、ふと、視界に入った全身鏡を見つめた。

 鏡の前で男物の制服を脱ぎ捨て、サラシも取る。シンプルなショーツ一枚で鏡に映る自分の体はどうしようもなく、"女の子"。

 胸は膨らみ、腰は柔らかな曲線を描く。絶望的な気分に襲われて、薫は自分の体を抱き締め座り込む。


「兄さん…いなくならないで……」


 繋ぎ止める為の物が、どんどん頼りなくなる。ずっと側にあった兄の声まで、小さくなった気がする。


「薫、泣かないで?俺は何処にも行かないよ。」


 鏡の中の自分に語りかけ、薫は声を出さずに、泣いた。



 ***



 待ち合わせ場所に立っていた(ゆう)の姿に、薫はほっとした。そこにいるのは美少女で、ひらひらふわふわ可愛らしい女の子。


「薫!」


 薫の姿を見つけた(ゆう)は、笑顔になって手を振った。小走りで近寄ると、何故か彼は苦く笑う。


「やっぱりあんた、そっちで来ると思った。アタシもこっちで正解ね?」


 薫が身に付けているのは少し大きい兄の服。男物の服を指しての言葉だと理解して、薫は困った顔になる。


「女の子の服、持って無いんだ。」

「そうなの?あんたが望むなら、アタシの分けてあげるわよ?」

「んー……大丈夫。これのが楽だから。」

「でも、サイズ合ってないみたいね?」


 シャツを摘まんでの(ゆう)の指摘には、へらりと笑って誤魔化してみる。彼の視線は何か言いたそうだったが、それを飲み込み、微笑んでくれる。そしてこういう時には必ず、くしゃりと髪を撫でられるのだ。


「行こっか?」

「うん!」


 手を繋いだ二人が向かうのは映画館。ホラーは薫が却下したが、今話題のアクション映画を観るのだ。


「映画観ながら飲み物とかポップコーンいける人?」

「あ、俺、映画観ながらは食べないんだ。ユウが食べたかったら気にしないで買って?」

「アタシも一緒。映画に集中したいのよね。」


 手はずっと繋がれたまま。

 薫よりも背が少しだけ低い優の手は意外と大きくて、観察するとやはり、男の手。


「あんまり見ないでよ。手は誤魔化せないから、袖で隠したり頑張ってるのよ?」

「そうなんだ?女の子も大変だ?」

「男の子も、でしょ?」


 するりと背中を撫でられて、薫の体がびくりと跳ねた。それを眺める彼の表情は意地悪だ。


「苦しいでしょう?アタシとのデートなんだから、外して来たら良かったのに。」

「でも…そしたら"女の子"になっちゃうから。」

「そ?でも苦しかったり辛かったりしたら言いなさいよ?」

「わかった。今は、平気。」


 真逆だけれど同類だからか、彼は薫を普通に受け入れる。だけどもし、これがクラスメイト達にバレたら自分は嫌われるのだろう事をしている自覚を、薫は持っていた。

 毎日友達を騙しているのだ。


「薫?苦しいの?」


 するり頬を撫でられて、心臓が跳ねた。顔が赤くなるのを止められず、俯く。


「無理すんな。辛かったら寝ても良い。」

「う、うん。大丈夫。なんでもないから。」


 男の子の声。彼は薫を女の子にしてしまう。

 怖い…だけど、一緒にいたい。

 映画の予告が流れる間、薫は隣が気になって仕方ない。ちらちら優の綺麗な横顔を見ていたら、何回目かで気付かれた。

 微笑んだ彼の手が伸びて来て、二人の手が、繋がる。

 映画の間軽く握られたり、親指に甲を撫でられたりと映画以外のドキドキで、薫の心臓は痛いぐらいだった。


「泣き過ぎ。」

「あ、アクションなのに…泣けるなんて反則だぁ……」


 エンドロールが終わって明るくなり、薫は涙が止まらず困ってしまう。呆れた顔で笑った(ゆう)が差し出したポケットティッシュをありがたく受け取り、涙を拭いて鼻をかむ。


「これ、可愛い…」

「自分で作ったの。あんたにも作ってあげようか?」

「似合わないから、いい。ありがと。」


 ポケットティッシュはレース編みのケースに入れられており、彼の女子力の高さに薫は舌を巻いた。彼と自分の性別が逆なら良かったなと、たまに本気で考える。


「アタシ小腹空いたんだけど、お茶しない?」


 優の提案で可愛らしいカフェに入る事になったのだが、薫は自分が場違いのような気がして落ち着かない。薫の向かいの席で優は平然と、むしろキョロキョロ嬉しそうに内装を見て楽しんでいた。


「ユウは、可愛い物が本当に好きなんだね?」

「大好き!このカフェもずっと気になってたんだ。付き合ってくれてありがと!」

「うん。でも、甘い物は食べないの?」

「食べないわよ。小腹空いたって言ったでしょう?」

「お昼、食べなかったの?」

「食べてから来たわよ?」


 何かがおかしいと思ったが、薫は追求を諦めた。優が頼んだのは、がっつりと食事の為のメニューだったのだ。薫は、クマの形が可愛らしいケーキと紅茶を頼んだ。


「あんたは甘い物、好きみたいね?」

「うん!美味しいよ?」


 ケーキをゆっくり食べていたら、目が合った(ゆう)が微笑んだ。彼はあっという間にパスタを完食して、今はコーヒーを飲んでいる。もしかしたら甘い物も欲しくなっているかもしれないと考えて、フォークで掬ったケーキを差し出してみた。開けられた口にフォークを運び、(ゆう)がケーキを味わう姿を眺める。


「あっま!よくこんなん食えるな?」


 美少女の口から溢れたのは男の声で、薫はきょとんとする。どうやら甘い物は好きでは無かったようで、優はコーヒーで口の中を流している。


「辛党?」

「あんたは甘党みたいね?幸せそうに食べてるから食べてみたけど、アタシは無理。」


 吐き捨てるように言うのが可笑しくて、薫はくすくす、口元に手を当てて笑う。笑っていたら、伸びて来た指先に額を突つかれた。


「笑うな。」

「だって、意外なんだもん。あれ?学校ではお菓子、食べてたよね?」


 クラスの女子達で、甘いお菓子を交換しながら食べている姿をよく見掛ける。羨ましいなと思って見ていた中に、優も混ざっていたはずだ。


「さりげなく、甘い物は避けて食べてたの。大量に食べたら吐く自信があるわ。」

「大変ですね?」

「まぁね。機会があったらあんたの口に突っ込みに行ってあげる。」

「ほんと?食べたかったんだぁ。」


 にこにこにこにこ、笑ってケーキを食べている薫は、自分が完全に女の子の表情と声になってしまっている事に気が付いていない。(ゆう)にはそれを指摘する気がなく、黙って微笑み、それを眺めていた。

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