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俺は男の子

 体育の後、(ゆう)はふと薫の事が心配になった。自分はいつも女子トイレの個室で着替えているが、彼女はどうするのだろうかと思った。あれだけ汗を掻いた後だ、着替えで無防備になるかもしれない彼女は大丈夫かと後を追う。


「薫!ちょっと!」


 振り向き首を傾げた薫を人気の無い場所に引きずり込み、心配事を口にしてみる。すると薫は、あっけらかんと笑った。


「あんまり人が来ないトイレがあるんだ。そこまで行って着替えてる。」

「一人で平気?」


 聞いてみると何故か薫の表情が曇る。促してみれば、薫はまた、可愛らしい事を口にする。


「本当は、少し怖い。…お化け出そうなんだ。」


 心底困っているという表情をするものだから何かと思えば、そんな事かと(ゆう)は噴き出し笑った。


「一緒に行ってあげる。」


 自分もトイレに隠れて着替えるつもりだった為に着替えは持っていた。クラスメイト達から隠れて、二人は男子トイレに入る。それぞれ個室に入り着替え始めると、衣擦れの音だけが狭い空間を満たした。


「全部替えるの?」

「うん。汗で気持ち悪いから…時間掛かる。ごめん。」

「いいわよ。人が来ないか見張っててあげる。」

「ありがとう。……ユウがいてくれて、良かった。」

「何よ、そんなに怖かったの?」

「うん。お化け嫌い。」


 少し拗ねたような声。浮かべているだろう表情を想像して、(ゆう)の心臓が跳ねた。見たかったなと思って、胸がじんわり、熱くなる。


「デート、ホラーでも観に行く?」

「それは嫌!」


 あまりに彼女の声が必死で、優は笑いが堪えられない。声が響く為に押し殺してはいたが、笑い声が聞こえたらしく薫が拗ねた。出て来た薫の頬が、膨れている。


「可愛いんだから。」


 かぷりと頬を唇で甘噛みすると薫が浮かべるのは女の表情で、(ゆう)は心の中で、不味いなと呟く。


「ゆ、ユウ…私、食べ物じゃないよ……」

「……"私"?」

「ち、ちがっ…お、"俺"……やめて……」


 余りに可愛いらしく、思わず(ゆう)は、彼女の体を抱き締めた。


「アタシ、汗臭い?」

「……ううん。良い匂い。香水?」

「そ。あんたにも付けてあげる。」

「え?良いよ。匂いするの、苦手。」

「少しだけよ。」


 手首に微かに吹き付けると、薫がくんと鼻を動かした。


「どう?この位なら?」

「んー………平気、かな。良い匂い。」


 へらりと笑うのは女の子。

 また抱き締めて、(ゆう)は微笑む。


「おんなじ匂いね?」

「そ、そうだね…」

「予鈴、そろそろ鳴る。行こっか?」

「うん…」


 手を引けば、薫は黙ってついて来る。振り向いて、(ゆう)は彼女の形の良い鼻を摘まんだ。


「ほら!深呼吸は?」

「は、はい!」


 二回、大きく深呼吸。だけど…


「ゆ、ユウ?」

「何よ?」

「ユウの匂いして、無理……」

「ならサボる?」

「だめ。先に、行って?」

「い、や」

「………意地悪だ。」


 目の前の赤い顔した女の子に手を伸ばし、(ゆう)は頬を撫で、微笑んだ。


「アタシは意地悪なの。ほら!シャンとなさい!」


 バシンとお尻を叩けば、薫の頬がまた膨れる。仕方ないなと笑って、(ゆう)はそのまま手を引いて少し前を歩いた。


「今行けばギリギリだから誰も気付かないわよ。歩いてる内にスイッチ入れなさい?」

「うん。がんばり、ます…」


 廊下の途中で予鈴が鳴り、駆け込みセーフで教室に入った時にはもう、薫はスイッチが入って動揺は綺麗に消えていた。それが酷く残念で、(ゆう)はこっそり、拗ねた。


 ***


 体育の後の時間を、薫は落ち着かない気分で過ごした。ふと気付くと鼻をくすぐる香り、とても良い匂いだが、心臓に悪い物らしい。


「あっれぇ?薫が香水?珍しいな?」


 昼休み、友人の一人に指摘され、何故か顔が熱くなる。それを見たもう一人がニヤニヤと笑い始め、笑われている事に気付いた薫は仏頂面を作る。


耀司(ようじ)、気付かねぇの?」

「何がだよ?」


 最初に香りに気付いた堂本耀司は首を傾げる。それに呆れの視線を送り、ニヤニヤ笑いの友人、瀬尾(せお)航洋(こうよう)はわざとらしい溜息を吐いた。


「お前、そんなんだからモテねぇんだよ。この香水、藤林と同じっしょ?」

「は?マジ?おそろ?」

「イヤラシイんだぁ、薫。体育の後、二人で何してたんだよ?」


 何故その発言になるのか薫にはわからないが、ニヤニヤ笑いは不快だった。不快なのに顔が赤くなるのが止められず、薫は困惑する。


「瀬尾くんヤラシイ。恋人同士なんだから、良いでしょう?」


 ふわり背中を包む熱。

 鼻をくすぐる香り。

 薫の頭は、沸騰寸前だ。


「アタシの香水ユニセックスだから、薫にも付けちゃった。彼氏と同じ香りって、憧れてたんだ。」

「うっわー、ムカつく!妬けるなぁ。」


 気付くと自分の物ではない手に目元を隠されていて、自分は彼に、守られているのだと思った。


「週末デートの相談があるから、薫、連れて行くわね。」


 思いの外力強い手に立たされ、薫は黙ってついて行く。空き教室に入ると、振り向いた彼に盛大な溜息を吐かれてしまった。


「そんな顔、他の男に見せんなよ。」

「き、急に…男の子にならないで下さい…」

「薫こそ、急に女の子にならないで下サイ?」


 耳に吹き込まれるのは"彼"の声。何故か泣きそうで、薫の心臓が、苦しい。顔を両手で覆い隠し、ずるずると座り込んだ。


「なぁ、そのカッコ、やめれば?すぐボロ出そう。」

「いや、です…」

「ならもう少し頑張れよ。……でもさ、"俺"の所為?」


 何かを期待しているような彼の声に、薫は何も、考えられなくなってしまう。


「俺の香りに包まれて、ドキドキした?」

「い、意地悪…いや……」

「だってお前、可愛いんだもん。」


 目を開ければ、いるのは美少女。目が合うと、(ゆう)はニヤリと意地悪な表情を浮かべる。


「ユウは美少女!」

「ん?あぁ、知ってる。」

「声、おかしい、です!」


 薫の指摘に(ゆう)が噴き出し、笑い始める。涙が滲む程笑ってから、(ゆう)は涙を拭って微笑んだ。


「デート、あんたの家の最寄り駅で良いかしら?」


 女の子の声になって、薫はほっとする。だけど心の何処かが、残念だと呟いた。


「あと、アタシが協力してあげるんだから、あんたももう少し頑張りなさいよね?」

「うん!がんばる!」

「気合いだけは十分なのよねぇ。」


 伸びて来た手にくしゃりと髪を撫でられて、薫は俯き、頬が緩んだ。

 今までは問題無く男の子をやって来たというのに、急に難しくなったのが何故なのか。薫にはまだ、理解出来ない問題だった。

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