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桜の祝福

 二学期の中間テストは、同点一位だった。だけど優はもう、あまり興味が無いらしい。


「"美少女で"が良かった。男の、本来の自分だと…微妙。」


 顰め面をした優は、瀬尾と堂本に殴られた。


「お前性格わっるいなー。この嫌味男!」

「俺なんて…必死に勉強してんのにこの点数……泣ける。」


 瀬尾は二十位以内には入っているが、堂本は平均点よりギリギリ上。文句を言うふたりを鼻で笑い、優は腕を組む。


「愚か者ども、悔しいか?」


 意地悪な顔をした優は、笑いながら二人から逃げて行く。堂本は勉強を教えろと掴みかかり、瀬尾はただ戯れて遊んでいる。


「野口さんは毎回一位よね?何かコツがあるのかしら?」


 男子達の事は無視をして首を傾げた瑠奈の言葉に、薫は言うか少し迷い、目を伏せて言葉を紡いだ。


「兄さんの、私が聞いた最後の言葉が"勉強がんばれ"だったから…がんばってる。」

「なるほどねー。薫っちは毎日勉強してんの?」

「うん。暇があれば、してるよ。優の家でもしてる。」

「努力あっての秀才カップルな訳ね。堂本くんは努力が足りないだけなのよ。」


 瑠奈の言葉が聞こえた堂本は、がくりと膝を折り項垂れた。右腕で顔を覆って泣き真似をする堂本の肩を優がぽんと叩いて慰める。


「努力が足りねぇんだよ」


 傷に塩を塗っただけだった。

 嘘泣きだったのが本気で涙が滲んでしまった堂本は、瀬尾に泣きつく事にしたようだ。瀬尾は笑いながら堂本の背を叩く。


「まぁ耀司は部活もあるし?世の中勉強が全てじゃねぇって。」

「だよなぁ航洋(こうよう)?藤林なんて勉強出来ても趣味女装だし、オトメンだし、意地悪だし性格悪いし…」

「あれ?なんで俺ディスられてんの?」

「それはあれだ。耀司の心の安定の為?でも全部真実っしょ?」

「だなぁ。甘んじて受けてやろう。」


 結局最後には三人で笑って、期末は勉強を優が教える事で話が纏まった。それを聞いていたクラスの男子達も教えて欲しいと優に泣き付いて、優は面倒臭そうにしながらも受け入れる。

 報酬は、勉強しながら食べる軽食と飲み物だという条件付きだ。


「タダで教えてもらえると思うなよ?俺の時間割くんだからさぁ。甘いもんは無しな?グロッキーになっから!」


 今度マシュマロかキャラメルでも優の口に突っ込んでやろうと何人かが思ったが、口には出さなかった。


「あの…もし迷惑じゃないなら、野口さん、今度勉強教えてもらえないかなぁ?」


 男子達の様子を眺めていた薫に話し掛けたのは、体育祭実行委員だった樋口とその友人達。誰かに勉強を教えて欲しいと言われる事は、薫にとっては初めての経験だった為に驚いたが、照れながらも頷く。一学期は男子達と遊ぶ事が主で、女子には遠巻きに見られていた。男子達からは遊ぼうとは言われたが、勉強を教えるという話にはならなかった。

 結局他の女子達も教えてもらいたいとなり、期末前にクラスでの勉強会をしようという話が持ち上がった。それを何故か堂本と倫が仕切る事になって、近くなったら詳しい事を決めましょうと話がつく。


「倫も切実な問題だものね?」

「倫って絶対テスト前に漫画が読みたくなるタイプだろ?」


 瑠奈と優の言葉に、倫はてへへと笑う。テスト勉強をしようと机に向かうと何故か、漫画が気になって仕方なくなり、少しだけだと考え漫画を開くと読み耽ってしまうのだ。


「テスト前の漫画の誘惑って怖いよねー?」

「わかるけど、それに打ち勝つのよ。」

「瑠奈すごーい。私勝てないー」

「勝てよ。負けんな」


 優に拳で頭を小突かれ、倫は笑っている。

 優は机の上に腰を下ろすのが好きなようで、気付くと誰かの机の上に座っていて、瑠奈に怒られる。今もまた、倫の机の上に座った為瑠奈に注意された。


「どうして机?椅子持って来れば良いじゃない。」

「怠い。めんどい。しかも高さが丁度良いんだもん。」

「だもんじゃないわよ。自分のだけにしなさいよ。不快に思う人だっているんだから。」

「あーい。気を付ける!」


 二カッと笑って頷いた優は、今度は薫の背後に回る。女装の時はじっとお淑やかにしていた優なのだが、本来はふらふらするのが好きなのだ。対して薫は、走り回るのも好きだったが、ぼんやりしているのも好きでよくぼーっとしている。


「薫ー」

「どうしたの?」

「ハグしたかっただけ」


 後ろからきゅっと抱き付かれ、頬擦りされた。人前では恥ずかしくて赤くなってしまうが、嬉しいから薫はじっとしている。


「髪、伸びて来たな?」

「うん。このまま、伸ばそうかなって」

「きっと可愛い。髪綺麗」


 頭にキスをされ、薫は顔から火を噴きそうだ。最近の優は、平気で人前でも甘くなる。友人達も呆れながらももう諦めているのか、放置する方針で固まったようだ。


 穏やかに、優しく過ぎて行く日々。


 そんな中でも薫は一人、優には内緒でリハビリを続けている。

 優はよく、来年の夏はバイクで何処に行こうかという話をする。休みの日にはバイクで薫の家まで来て、道場の稽古に参加したり、自転車で出掛けられる場所に連れて行ってくれる。薫のペースでと考えていて、薫が苦痛を感じないよう、電車や駅を避けてくれている。だから薫は、優の優しさに答える為に克服して、喜ばせたいのだ。

 結花とは一度、二人で駅に行った事があった。彼女はずっと手を握っていてくれたけれど、薫の震えは止まらず、電車に乗る事は出来なかった。不甲斐なく、悔しくて泣けて来た薫を結花はただ抱き締めて、側にいてくれた。



 ***



 時は経ち、兄を失った冬が来る。

 去年の冬と違い、薫の心は凪いでいる。

 年末が近付くに連れ、重たく沈んでいた気持ち。それを紛らすように、優や友人達が毎日遊んでくれた。一緒に、いてくれた。

 薫の家に泊まり、仏壇に手を合わせ、賑やかな大晦日を過ごした。


(まさる)は、大勢で騒ぐのが好きだった。だからあの子も、喜んでいると思う。ありがとう。」


 涙ぐんではいたが奈帆子の笑みは穏やかで、だけどその笑みを見て、薫は泣いた。

 兄との思い出が、溢れて止まらない。

 薫の中以外にも、奈帆子の笑みに、稔の立ち姿に、兄は残っている。寂しくて、会いたくて、泣きじゃくる薫を、優は何も言わずに抱き締めていてくれた。

 稔と奈帆子も、席を外したからきっと、泣いたのだろう。

 泣いた後は、みんなで銭湯へ行った。

 結花と倫と瑠奈と薫。女子は薫の部屋で雑魚寝。

 修と瀬尾と堂本と優は、客間で眠る。


「眠れねぇの?」


 静まり返った家の中。

 縁側でぼんやりしていた薫の隣に、優が座った。


「優も、眠れない?」


 聞き返してみると、頷きが返って来た。


「寒くない?」

「……寒い。ぎゅってして?」

「ん。おいで」


 優の脚の間に座り、背を預けると包み込まれる。暖かで、ほっとして、薫は目を閉じる。


「去年は色々あったなって考えてたら、眠れなくて…」


 呟いたら、優の唇が耳に触れた。


「俺も。今年は二年になるのかって考えてたら目が冴えた。」

「同じクラスに、なれるかなぁ?」

「学校始まったら、林先生に頼みこもうかな。」

「叶えてくれるかな?」

「どうだろ?頼むだけ頼んでみる。」

「結花さんも、田畑くんも、みんな同じだったらきっと…楽しい。」

「そうだな」


 薄暗い、元旦の早朝。

 新しい年の最初の朝日が庭を照らすまで、二人はそこで、身を寄せ合っていた。



 ***



 薫の髪も大分伸びた春。

 彼女は定期券を手に、駅の改札を抜けた。

 ホームの壁際で電車を待ち、乗り込む。

 縋るように吊革に捕まり、深呼吸。

 震えは無い。気分は少し悪いが、立っていられるから大丈夫。

 鞄にぶら下がる、茶色いクマを右手で握った。彼が作ってくれたお守り。鼻に寄せれば、微かに彼の香り。側にいなくても、彼はいつでも、薫を支えてくれる。

 高校の最寄り駅。

 達成感と安堵と共に電車を降りて、薫はふらふら、壁際に向かう。足に力が入らない感覚がして、少しだけ、休みたかった。

 崩れるように疼くまろうとした薫の体が、二本の腕に止められる。ふわり鼻を擽ったのは、クマと同じ、優の香り。


「おはよう。野口薫さん?」


 見上げた優は、穏やかに、微笑んでいる。


「おは、よう…藤林、優くん…」


 言葉を返せば腕の中に閉じ込められた。去年の春よりも背が伸びて、道場の稽古で体付きもしっかりした優。女装をしても、もう完璧美少女にはなれない。


「大丈夫?」

「…うん。乗って、来れたよ。結花さん達にも報告しなくちゃ。」

「実はみんな心配で、改札の外で待ってる。」

「そう、なの?大袈裟だなぁ…」


 ゆるりと顔が綻び、嬉しくて涙が滲む。

 克服する為に頑張って、薫は電車に乗れるようになった。優には内緒で、結花や倫、瑠奈がリハビリに付き合ってくれる事もあった。そうして進級と共に、薫は電車通学を始める事を決めて、優にも前の晩に報告したのだ。

 改札前で待っていると約束したが心配で、ホームで待っていたのだと、優は罰が悪そうに呟いた。


「ありがとう、優。優のお陰。優が、いてくれたからだよ。」

「そか。…行く?」

「うん!」


 指を絡めて手を繋ぎ、改札を出た二人を待っていたのは友人達。

 倫と瑠奈は薫に駆け寄り、頑張った事を褒めてくれた。堂本は涙ぐみ、瀬尾がそれをからかっている。ニコニコしている修の隣では結花が、ぽろぽろ泣いていた。


「結花さん、乗って来れました。」

「そうみたいね。おめでとう。」

「うん!ありがとう!」

「あ、あんた頑張ってたもんね。見てたから、知ってる。」


 一番心配して、一番練習に付き合ってくれた結花。薫は感謝の気持ちを込めて、結花の両手を握った。


「これからはもっと、いろんな所に遊びに行こうねぇっ」

「うん…一緒に、みんなで…たくさん、遊んで下さい…」


 結花に抱き締められ、薫も一緒に、泣いてしまった。


「いつの間にかすっかり仲良しで、優、妬いてる?」

「まぁ少し。修はどうなんだよ?」

「あら?そりゃなんの事やら?」

「誤魔化すな田畑。ネタは上がってんだよ」

「瀬尾ちゃんのネタは古いかもなぁ」

「何々?また俺仲間外れ?」

「どうもっちゃんは気にせんでー」

「気になる!おい田畑、逃げんな!」


 逃げるように歩き出した修を堂本が追い、瀬尾も笑ってついて行く。

 話が聞こえていた結花は涙がすっかり止まって真っ赤になっている。そんな彼女も放っておかれる訳がなく、ニヤニヤした瑠奈と倫に挟まれ追求されて逃げ出した。


「薫、俺らも行こっか?」

「うん!」


 涙を拭い、笑顔になった薫。

 優と手を繋ぎ寄り添って、桜咲き乱れる学校へと向かう。

 去年は一人で悲しみ抱えた男の子。

 今年はみんなと一緒で大好きな人と手を繋ぎ、女の子の薫は笑顔で歩く。

 乙女な優と美少年だった薫。

 新学年ではきっと、友人達と共に輝くような思い出がたくさん出来るだろう。

 桜に祝福された彼らの日々は、いつまでも明るく、続いて行く。

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