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打ち上げ

 仏壇の前で手を合わせ、兄に挨拶してから薫は家を出る。父と母に見送られ、薫が自転車で向かうのは優の家。文化祭の打ち上げが学校の最寄り駅の為、いつものように優の家に自転車を置かせてもらって二人で向かうのだ。


「アウトー。着替えるぞ。」

「えぇ?!どうして?!」


 玄関を開けた優から突然のダメ出し。薫は自分の服を見下ろして首を傾げる。着ているのは女物の服だ。しかも以前優にもらった物をそのまま着て来た。何がダメなのかわからない。


「シンプル過ぎる。黒スキニーにそのロゴT、合うけど、お家スタイルだろ?」

「だって…自転車だし、スカートは……」

「まぁな。ロゴTじゃなくてチェックのシャツとかなら有りだけど。用意しといたから着替えて?」

「はーい」


 良い子、と微笑んだ優から額にキスをもらい、薫は赤い顔で額に触れる。デートの時にも、優はこうして薫に自分の選んだ服を着せるのが好きなのだ。着替えた後で、化粧もされる。


「最高に可愛い」


 仕上げはこの言葉。

 完成した薫の姿を見た優は、とろけるような笑顔で褒めてくれる。

 優こそ格好良いと、薫は思う。

 白のUネックTシャツに淡いグレーのテーラードジャケット、ネイビーの膝下丈パンツ。アクセサリーは革製の胸元までの長さのネックレスとブレスレット。シンプルだけど子供っぽさもなく、とてもよく似合っていた。

 薫が履く靴まで玄関に置かれていて、薫はいつも、優は用意が良いなと思う。高いヒールを履き慣れていない薫の為に、踵の高さがあまり無い歩き易いデザインのショートブーツ。黒ストッキングで覆われているとはいえ、ボルドーのショートパンツで脚が出ていて恥ずかしい。オフホワイトのニットも長袖だが、透け感があって首周りがゆるく開いているのだ。


「それ位なら露出じゃねぇって。素足じゃないし、足、綺麗だし?」


 意地悪な顔をした優に太ももを撫でられ、薫は鞄で優を殴っておいた。美少女の優にやられるのは抵抗は少ないが、好きな男の子に体に触れられるのは恥ずかしくて堪らない。しかも駅に向かう途中の道だった為、抵抗感が強い。


「ごめんってー、薫ー」

「知らない!変態!」


 赤い顔で怒る薫を追い掛ける優。

 優は楽しんでわざとやっていると、薫もわかっている。わかっていても恥ずかしいし、わかっている故に悔しくもある。

 そうして二人が戯れ合いながら着いた待ち合わせ場所。既に半分くらいのクラスメイト達が集まっていた。文化祭実行委員が点呼を取っているというので、優と薫は来た事を告げに向かう。


「野口さん…エロかわ…」

「え…エロっ?!」


 文化祭実行委員の男子のコメントに、薫は真っ赤になって優を睨む。


「褒め言葉だって。似合ってるし、隠されてこそ生まれるエロス!」

「藤林、わかってる!わかってんなぁ!」

「だろ?」


 男子達とニヤニヤ、優は意気投合している。

 薫はそれを見て、真っ赤でワナワナ震えていた。


「野口さん、大丈夫だって。女から見ても可愛いよ?背が高いから、ショートパンツもよく似合ってるし。」

「それにほら、生足出してる女子も結構いるからさ。生足のが生々しいって。」

「そ、そうなのかなぁ……」


 文化祭実行委員の女子とその友人に慰められ、薫は周りを見回してみる。確かに荒井美羽などは下着が見えそうなミニスカートにニーハイソックス。そちらの方が過激かもしれないと薫も思った。


「薫っちー!こっちこっちー」


 ぴょこぴょこ跳ねて薫を呼ぶのは倫で、倫の姿に薫はギョッとする。


「ゆ、ゆゆ柚木さん!下着が見えます!」


 倫は赤紫と青のチェックのシャツワンピースに生足、キャメルのショートブーツ。


「下にショーパン履いてるってー」


 ペロンと捲られたシャツの下は言葉の通りデニムのショートパンツを履いており、薫はほっと胸を撫で下ろした。


「み、皆さん結構生足なんだね…三橋さんも……」


 瑠奈もふわふわレースのショートパンツに生足とショートブーツ姿。薫の視線に気が付き、瑠奈はにこりと微笑む。


「生足出せるのなんて若い内だけだから、楽しまなくちゃ。」

「……女の子って大変…」

「何言ってんのー?薫っちだって女の子じゃーん。」


 そのままファッションの話になり、優のコーディネートは女の子から見ても可愛いくて好感度が高い事がわかった。確かに薫も可愛いと思う。だけれどクラスメイト達の中にいると、少し大人っぽいような気もする。


「薫っち、髪短いからじゃない?甘辛ミックス的な?」

「そうそう。この髪型にこの服なら、甘さが少し抑えられんの。」


 いつの間にか背後に忍び寄っていた優に後ろから抱き締められ、薫は驚いた。首だけで振り向くと、瀬尾と堂本もいる。

 全員集まったようで、実行委員の号令でぞろぞろ店へ移動する。


「藤林、歌下手なんだろ?楽しみにしてっから!」


 ニッと笑う瀬尾に、優は同じ笑顔を返した。


「わりぃ。女声で歌えねぇってだけだったんだ。カラオケ大好き!」


 中学の時には修や友人とよく行っていたと言うだけあって、優の歌は上手かった。薫は流行りの歌をあまり知らない為、アニメ映画の歌などを倫と瑠奈と共に歌った。

 クラスメイト達も、変な態度をとったり避けたりせずに優と薫と接してくれている。それは、優の力が大きいなと薫は思う。優が周りに気を配り、あちらこちらに行って話し掛けて、薫の事もその輪の中に呼んでくれるのだ。会話して慣れてもらい、受け入れ易い状況を作ってくれている。


「野口さん、藤林くんとはどこまでいってるの?」

「どこまで…?」


 首を傾げた薫に、質問を投げ掛けた子はニヤリと笑う。


「キスとかの話。付き合ってるんでしょう?」


 ニヤニヤした女子達に囲まれて困る質問をされる事もあったけれど、女の子達と話すのは、薫も楽しい。

 優は優で、男子の輪の中で何やら盛り上がっており、薫も、倫や瑠奈と共に打ち上げを存分に満喫した。


 帰り道は、また優と二人。

 手を繋いで、薫は隣を歩く優を盗み見る。女の子達の話の中で、優はベタ褒めされていた。何やら、変態趣味をカバー出来る顔の良さらしい。確かに薫も、優は格好良いと思う。だけれど優の魅力はそれだけではないとも思う。


「どした?」


 微笑み首を傾げられ、薫は赤面した。横顔に見惚れていただなんて、本人には言えない。


「カラオケ、楽しめた?」

「た、楽しかったよ!カラオケなんて、初めて。」

「そか。ならまた、みんなで行こう。今度は結花と修も一緒に。」

「うん!結花さんとね、遊ぶ約束したよ。美味しいケーキ屋さんがあるんだって。」

「ケーキばっか、デブるぞ?」

「運動するもん!」


 意地悪。だけど、その意地悪も、優しさ。


「クラスの子達、みんな優しいね?」

「だな。良い奴ら」

「……でもそれは、きっと優が、みんなに親切だったからだ。」

「えー?俺なんかした?」


 からかったり毒を吐いた覚えしかないと優は笑う。けれど、女子達から聞いた話は、それだけではなかった。無自覚の優しさだからみんな、優を好きになる。


「……ちょっとヤキモチ」

「いきなりなんで?なんかあった?」

「ないよー」


 外では恥ずかしいから、早く優の部屋に行きたくて薫は駆け出した。そんな薫を、優も追い掛けて来てくれる。

 休みで家にいた遠子と英吉に挨拶をして、薫は優の部屋に上がった。


「その服。やる」

「え?なんで?」

「もう多分着ない。薫に似合ってるし」

「もらってばっかだなぁ……」


 いつものウサギを抱き上げて、薫は顔を埋めた。少しだけ、涙が滲んだのを誤魔化す為だ。それなのに、優の手でウサギが退けられて、顔を上向かされる。求められている事を理解して、薫は目を瞑る。

 遠慮がちに唇が重なって、優の右手に頬を撫でられた。すぐに離れてしまうのが嫌で、薫は優の服の胸元を両手で握る。


 もっと。


 無言のおねだりを優は察してくれて、長く、長く、重なる唇。

 優の舌先に催促されて、薫はそろりと、自分の舌を差し出した。優しく、そっと撫でられて、絡められる。

 大人のキスはまだまだ慣れなくて、二人、顔が真っ赤に染まった。


「ヤキモチの後は、ハグ」

「うん…。ぎゅーって、して?」

「ん。俺もしてたい。」


 優しい腕に包まれて、薫は微笑み目を閉じる。

 優も柔らかな体を抱いて、溢れるような愛しさを、髪を撫でる事で、伝えた。

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