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和装喫茶な文化祭

 教室の入り口には暖簾。生徒達は浴衣姿。そんな一年五組の出し物は和装喫茶。


「俺わらび餅食いたい。」

「ねーよ」

「はぁ?わらび餅なら食えるって知ってるだろ?コンビニで買って来い。」

「はぁ?優馬鹿だろ?自分で買って来い。」


 執事服を完全に着崩して耳も尻尾も取った優の前で腕を組んでいるのは修。紺色の甚平姿で、注文を取りに来たのだ。


「優、まだ食べるの?さっきいっぱい食べた…」


 優が付けていたうさ耳と尻尾を装着させられている薫の言葉に、中庭での様子を知っている全員が頷いた。優は一人で、かなりの量を食べている。


「わらび餅なら食える。ケーキ無理!」

「てんちょー、営業妨害暴力団関係の方がいらしてますー」

「店長誰だよ?わらび餅出せやぁ!」


 優と修のコントはシカトして、ピンク色の浴衣姿の結花が優以外の注文を取った。


「ケーキトラウマだっけ?」


 修の言葉に優は渋い顔になり、隣にいた薫のみならず友人達全員の興味が引かれた。

 優は甘い物嫌いだが、特にケーキが大嫌いなのだ。それは、姉三人にトラウマを植え付けられた所為だったりする。


「あいつらさ、それぞれ別々にお菓子作りにハマりやがったんだ。しかも大量に作ってさぁ。試作品の処理係が俺で、元々甘い物苦手なのに一生分のケーキ食わされた。拒否しても無理矢理口に突っ込んでくるんだよ…」


 遠い目の優。その前には無言で緑茶が置かれ、修が慰めるように肩を叩く。他の五人は結花が運んでくれたケーキを食べながら苦笑を浮かべていた。


「凛花さんには会ったけど、なっちゃんと(しず)は来ねぇの?」

「静はこういうの嫌い。夏菜は知らん。バイトじゃね?」

「なっちゃん好きそうなのにな。大学生は忙しいんだ?」

「よくわかんねぇけど、しょっちゅう外泊してる。男でもいるのかもな。」

「それ、虎大丈夫?相手の男殺されない?」

「静が上手く誤魔化してる。連携上手いから、あいつら。」

「ほー、女って怖いな。」


 優と雑談していた修は、働けと結花に連れ攫われた。それを優はひらひら手を振って見送る。


「なぁ、虎って何?」


 優の前でチョコレートケーキを突つきながら、瀬尾は修の発言で気になった事を質問した。優が父親の事だと告げると、薫以外全員の頭にハテナマークが浮かぶ。長女の凛花は美女だった。優も女装の似合う美少年だ。その父親が虎というのが結び付かない。


「親父さん、何してる人?」

「刑事。でも顔は虎でヤクザ。」


 どんな人物か見てみたいと誰もが思った。だが怖いような気もして、皆が口を噤む。面識のある薫だけは特に反応もせず、幸せそうにチーズケーキを頬張っていた。


「薫、ケーキ好きな?」

「うん!美味しいよ!食べる?」

「食べない。見てるだけでお腹一杯。」

「前はクマちゃんだったから吐かなかったの?」

「薫が食べさせてくれたから吐かなかったの。」

「おい、胸焼けすっから唐突に甘くなんのはやめろ。」


 うんざりしたように瀬尾に突っ込まれ、薫は赤面して、優は声を立てて笑った。一人だけお茶のみで退屈だったようだ。空になった紙コップを咥えて頬杖をついている。


「薫はこんな感じ前からあったけどさ、藤林はキャラ変わり過ぎだろ?もっとお淑やかじゃなかった?」


 少なくとも紙コップを咥えて頬杖をつくような事はしなかったはずだと言う堂本に、優は無邪気な笑みを向けた。


「テーマは姉さんだったから、姉さんがしない事はしないよう気を付けてた。素が出たら男に戻るもん。」


 凛花を思い出し、全員が納得した。見た目だけではなく、話し方や仕草が美少女の時の優その物だったのだ。


「あら、でもたまに優自身が出てたわよ?」

「だねー。こんな感じは前からちょこちょこ出てたよ。」


 逆に瑠奈と倫は、薫の気の抜けた所を知らない。どうやら一緒にいる時間の長さの関係だと結論が出て、ケーキも完食した為に結花と修に挨拶してから五組を後にする。

 腹も満たされまだ時間はある。さてこの後はどうしようかと相談をして、意見が分かれた。

 優と瀬尾は体育館での出し物を見ながら昼寝をしたい。

 他の四人は展示物などを見て回りたい。

 結果、二手に分かれる事になった。


「なんかあったら連絡して?すぐ行くから。」


 男は堂本も行く為に大丈夫だろうと、優は薫の頬にキスしてから瀬尾と連れ立って去って行く。その背を見送りながら、倫が苦笑した。


「なぁんか、すっかり仲良しだねー」

「私てっきり、瀬尾くんは優狙いで側にいるんだと思ってたけど、女タラシの鼻が効いてたのかしら?」

「えー?でも薫っちの事はわかってないっぽかったじゃんねぇ?」


 倫から話を振られ、薫は首肯する。クラスの中では優だけが気が付いた。修も気付いたが、毎日顔を合わせていた瀬尾も堂本も、薫を男と疑っていなかったはずだ。


「不思議だよな。今は女の子にしか見えない。」


 毎日会っていたのに言われるまで全くわからなかったと、堂本は項垂れる。薫としてはバレたくなかったのだからそれで構わないのだが、堂本にとっては見抜けなかった事が悔しいようだ。


「元々走り回るのは好きだし、背も高いからね。優は同じだったからわかったんだ。」


 薫の隣には倫が並び、その後ろに堂本と瑠奈が続く。堂本と瑠奈は一学期のクラス委員で一緒だった為、普通に会話が出来るくらいには仲が良い。倫は男子でも気にせず仲良くなれるようで、薫も話し易くて助かっている。

 美術部や科学部の作品などを見て回り、他クラスの出し物も粗方見てしまった。自由時間が多いと明日が困るなと四人で話しながら優と瀬尾を迎えに体育館に向かう。


「結構騒がしいけど、こんな中でほんとに寝てるのかなー?」


 体育館の舞台では軽音部が演奏していた。ファンなのか友人なのか、前の方には人が集まり音楽に合わせて跳ねている為に床も揺れている気がする。倫の言葉に三人も同じ事を思い、優と瀬尾の姿を探した。


「あ、あの帽子瀬尾じゃないか?」


 堂本が指差したのは体育館の後ろの方。二つの塊があり、一つは帽子で顔を隠している。もう一つの塊も顔を隠しているジャケットが優の衣装だった為、四人は塊へと近付く。

 悪戯心を発揮した倫がそれぞれの覆いを一気に取り去ると、瀬尾はすぐに目を覚ました。だが優は、明るくなったというのに目を覚まさない。この音の洪水の中で、どうやら完全に眠っているらしい。


「ふおー、イケメンの寝顔ー」

「悪戯書きしたくならない、倫?」

「したら絶対仕返しされるってー」


 倫と瑠奈の会話を聞きながら、薫が優の隣に膝をついて揺すってみる。


「起きねぇな。このまま放置すっか?」

「瀬尾っち冷たいー」

「蹴飛ばしてみたらどうかしら?」

「三橋は過激だな。誰がやるの?」


 俺は嫌だという意志が滲み出した堂本の言葉に、瑠奈も倫も当然嫌だと断る。やったら後で何かしら報復されかねないのだ。

 瀬尾は面白そうだから放置してはどうかと主張する。起きた時に一人だったら、きっと驚くだろうと言うのだ。


「優、起きて。教室戻ろう?」


 友人達の会話を背中に聞きつつ、薫は揺すり続ける。その甲斐あってか、優がぼんやり目を開けた。


「薫、かぁわいい」


 寝起きのとろりとした顔で微笑み、優は薫の頬に触れる。そのまま襲い掛かろうとしたのを、瀬尾が咄嗟に拳骨を落として止めた。驚いたのか痛いのか、優は蹲って震えている。


「おい色ボケ。目ぇ覚めた?」

「…………覚めた。いてぇ。瀬尾の馬鹿野郎。」

「藤林のが馬鹿野郎だ。場所を考えろ、この阿呆。」

「だってさぁ…寝起きで目の前に可愛いウサギがいたら、食いたくなるだろ?」

「なるけど、耐えろ。見たくねぇ。」

「すまん」


 完全に目が覚めた優の前には真っ赤な顔で動揺している薫がいて、倫と瑠奈は呆れた顔で立っている。堂本はというと、免疫がないらしく赤面していた。


「ごめん、薫。怒った?」

「おこ、怒った!」

「マジかー。ごめん。あまりにも可愛くてキスしたくなった。」

「優はいつも、寝起きが危険!なんで?!」

「なんでって…薫が可愛いから?」

「理由になってません!聞かれても知りません!」

「薫にしかなんないもん。許して?」

「やだ!反省しなさい!」

「えー…………反省した!」

「短いよ!」


 立ち上がってスタスタ逃げたした薫に、追い掛ける優。

 二人を追いながら友人達は、優の寝起きに近付くのはよそうと胸に誓った。


 ***


 二日目の優の衣装は、クラスメイト達に求められてハートの女王となった。薫は三月うさぎ、倫がアリスで瑠奈が紫猫。瀬尾が白ウサ執事で堂本が帽子屋だ。

 凛花と冴子は薫とメル友になったようで、タイミングが良い所で現れ大喜びで撮影会をして、嵐のように去って行った。どうやら二人とも、大学を中抜けして来たようだ。情熱が半端無いと瀬尾が呆れていた。


「さて困った…」


 係の仕事も終わり、時間を持て余してしまった優が呟く。優と瀬尾は寝ていた為に全部を見てはいないが、興味が無く手持ち無沙汰だ。


「てかさー藤林、それで男の声出すのやめてくれねぇ?」

「あらごめんなさい?これで良いかしら?」

「あー…それもそれで複雑だわー」

「瀬尾が面倒臭いわ」


 ぷくーっと頬を膨らませた優は可愛らしい。だがそれは、瀬尾にとっては気持ちが悪いらしく嫌そうな顔をしている。瀬尾にはもう、優は男にしか見えないのだ。

 堂本は制服に着替えて部活の先輩が有志でやっている出し物の手伝いへと行ってしまい、何も無い優達は暇を持て余している。学校を抜け出そうにも、文化祭の間は校門も裏門も教師が見張っている為にお手上げだ。

 衣装も暑くて動き辛いという事で制服に着替え、控えの為の教室に引きこもってトランプで遊びながら時間を潰す。


「うみゃー!退屈死ぬと思ったー」


 やっと片付けの時間になり、倫が大きな欠伸をして体を伸ばす。

 控えの教室にはクラスメイト達が徐々に集まり、各々退屈を持て余していた。さっさと片付けて帰りたいという共通意識のもと、風船をバンバン勢い良く割り、装飾も外して纏めて処分して、あっという間に一年一組の教室は普段の姿を取り戻した。


「打ち上げ明日なんで、忘れないで下さーい。」


 文化祭実行委員の掛け声に皆が緩く返事をして、解散となった。明日は土曜、昼間集合してカラオケに行くようだ。

 優と薫は衣装を纏めて持ち、友人達とは校門で別れた。瀬尾が運ぶのを手伝ってくれると言ったのだが、優の家は駅とは反対側にある為に断った。

 イベントごととは、準備の割に終わりはあっさりとした物だ。だがそのイベントを通して、クラスメイト達との仲は深まる。薫と優も、この文化祭を通じて友人達に本来の自分を受け入れてもらえたような、安堵とこそばゆい感覚を覚えて帰宅したのだった。

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