食べ歩きな文化祭
存分に写真を撮って満足した冴子と凛花が帰った後、一日目のクラスの仕事を終えた優達も文化祭を回る事にした。優は執事服が暑いとジャケットを脱いで肩に担ぎ、シャツの襟元も寛げている。瀬尾もジャケットを脱いで肩に掛け、帽子は手でくるくる回して遊んでいた。
「なんかさぁ、男版優と瀬尾っちって雰囲気似てんね?」
紫猫の倫が可笑しそうに笑って発した言葉に、優と瀬尾はお互いの顔を見合わせ、嫌そうな表情になる。
「俺、こいつと違って薫に一途。」
「俺こそ、女装趣味ねぇし!」
二人の言い合い戯れ合いがまた始まり、倫は、はいはい仲良しーと笑って放置する事にした。
「堂本くんは寂しそうな顔ね?」
薫と手を繋いで歩いている瑠奈に振り向かれ、堂本は顔を赤くして焦る。
「べ、別に寂しそうな顔なんてしてないし!なんか変な感じがするだけ!」
「やっぱり私、女の子似合わないかな?」
「ちがっ、薫は可愛い!けど…藤林も薫も、なんかキャラ変わったっつうか、今までと違う。」
「それは当たり前よね?二人ともバレないように、自分を殺してキャラを作っていたんだから。今が本来の二人なのよね?」
瑠奈に笑顔を向けられ、薫はこくりと頷いた。
薫は兄になりきって、優は凛花を意識していたのだ。学校で本来の自分を前面に出すという事は二人とも、なかった。
「お前ら順応性高過ぎだろ…」
堂本も、受け入れようとはしているのだ。だけれどそれは中々難しい。男の薫と毎日すぐ側にいたからこそ、突然女の子になられても違和感が拭えない。
「そういえばあたしら、びっくりはしたけどなんか受け入れちゃったね?」
「そうねぇ。だって、優は優だし、野口さんは野口さんで、根本は変わってないわ?」
「その考えがすげぇんだって。クラスの連中だって、大分戸惑ってる。」
堂本の台詞に、薫の表情が微かに陰る。それが当たり前だと思うから、何も言わない。
「堂本のが普通の反応。でも拒絶しないでくれてるんだ。俺と薫にとったらありがたい。サンキューな?」
にかっと笑った優が後ろから堂本に飛び付き肩を組む。優の笑顔に、薫はほっとして表情が緩む。
「藤林って普通に男だな?オネエとかじゃないの?」
「じゃねぇなぁ。中身は普通の男。オトメンってやつ?」
「こいつの部屋すっげぇ乙女。今度耀司も行こうぜ?めちゃくちゃ引くから!」
いつの間にか堂本も優と瀬尾の話の輪に引き込まれ、楽しそうに笑っている。薫はそれを、凄いなと羨ましいなという気持ちで見た。そんな薫の右隣には瑠奈が手を繋いだままいて、左側には倫が笑顔で擦り寄り手を繋ぐ。
「ね、薫っち甘い物好きなんでしょ?クレープ食べよー?わけっこで!」
「文化祭よ?そんなに味の種類あるのかしら?」
「えー?流石に二種類はあるんじゃないかなぁ?」
薫を挟んで交わされる会話に、薫の頬がゆるりと緩む。
「結花さんのクラス、喫茶店でケーキあるみたいだよ。ケーキも食べたいな…」
「食べよ食べよ!でも全部はデブるから、わけっこね?」
「うん!何味があるかな?」
「クレープはきっとチョコ生クリームよ。バナナが入ってたらラッキーね。」
瑠奈の予想は当たり、クレープは生クリーム入りチョコバナナ一択だった。三人で一つを分けて食べて、堂本と瀬尾はそれぞれ一つずつ。クレープを買わなかった優に堂本が不思議そうな顔をすると、ニヤリ笑った瀬尾が優に無理矢理食べさせようとして軽く喧嘩になっていた。
「なぁ、一口だけ」
「やだ。無理。吐く」
「うめぇって。食えって」
「しつこい。蹴る」
「やだやだ、すぐ暴力ー」
「堂本!瀬尾の嫌いな物教えろ!」
「お前ら仲良いなぁ?」
苦笑している堂本も瀬尾の嫌いな物は思い付かなかったようで、優は悔しそうにしている。
中庭は食べ物販売が集まっていて、優はお好み焼きやポテト、餅などと目に付いた甘く無い食べ物を片っ端から買って食べ始めた。まるでやけ食いのようで大丈夫かと倫と瑠奈が心配すると、お腹が空いただけらしい。
「優、実は大食い?でもお弁当、そんなおっきく無かったよね?」
首を傾げた倫に、焼きそばを食べながら優は答える。
「朝と夜多めに食って我慢してた。体育の後はすっげ辛かった。」
「おバカな優はそんな努力をしてたのね?おバカさん?」
「だってさぁ瑠奈、美少女がこんなバクバク食うのは変だろ?」
「それだけ食べるのにその体?ムカつくんですけどー」
不満気な倫と瑠奈が焼きそばを頬張る優の腹やら腕を触り、歓声を上げた。
「この前胸板触ってまさかって思ったけれど…」
「腹筋!腹筋がぁぁぁ!」
「食ってんだから邪魔!ベタベタ触んな!」
吼えて二人を振り払い、優は薫の側に避難する。だが薫は薫で頬をぷくりと膨らませて、横から優に抱き付いた。優は無言で焼きそばを咀嚼しながら片手で持ち直し、空いた手で薫の頭をぽんぽんと撫でる。ウィッグがズレる為にくしゃりは出来ないのだ。
「てかさー、女装の藤林に柚木達抱き付いたりもしてたっしょ?体付き、気付かなかったん?良い体なんだろ?」
首を傾げた瀬尾に、倫と瑠奈もそういえば何故だろうと顔を見合わせている。それを見て、優は苦笑した。
「バレないように重ね着してたし、わかんなかったと思うよ。」
「だから暑い暑い言ってたのね?」
「そ。夏の女装は命懸け。」
食った食ったと満足した優は、引っ付いたままの薫を連れてゴミを捨てに向かった。その背を見ながら、ぽつり瀬尾が呟く。
「女装ってさ、ラッキースケベの宝庫だと思うんだけどどう思う、耀司?」
「そう思うお前がやってたら、あんな風に女子達に抱き付かれたりは無かったんじゃないかなって思う。」
「だね!優は全くイヤラシイ感じ無いし!瀬尾っちだったら違うと思うー」
「今思うとスキンシップはやんわり拒否されてた気がするわ。優からはほとんど触れて来なかったし。」
一定の距離を保っていたのだ、優は。姉達で見慣れているというのもあるが、目の前で女子達が女の前でしか取らない行動を取ったとしてもじろじろ見る事もなくやんわり目を逸らして注意する。抱き付かれても抱き返す事なく、そっと体を離していた。
「でもあれ、薫にはベタベタ触って…ちょいイヤラシくない?」
堂本の指摘でこちらに戻って来る優と薫へ視線を向けると、優の手は薫の脇腹を掴むように抱いている。しかもうにうに指を動かしているようで、真っ赤な薫に怒られている所だった。怒られている優は、蕩けるような笑顔だ。
「そりゃー、好きな女にはそうなるっしょー」
瀬尾はニヤニヤ笑い。
「瀬尾っちみたいに誰でもじゃないから良いんだよねー」
「恋人になら良いんじゃないかしら?」
優しく見守るような倫と瑠奈。だが堂本は、少し不満そうだ。
「イケメンだから許されるってやつ?」
「ま、それもあるだろうな。羨ましいの、耀司?」
「別に…」
仲の良さそうな優と薫の様子から堂本が目を逸らした事に気が付いたのは瀬尾だけだったが、瀬尾は特に何も言わない。
「ほれ、行くぞ耀司。」
堂本の背を叩き、次の場所に移動しようとしている優達の元へ瀬尾は歩き出す。堂本もそれに続くが、何処か元気が無い。
(あーあー、あからさま。藤林に気付かれるぞ。)
瀬尾の心配した通り優は堂本の様子に気が付き、さり気なく薫から離れた。薫を倫と瑠奈のもとに残し、あくまで自然に、優は堂本に話し掛けている。何も気が付かない堂本は、優の言葉で笑顔になった。一歩引いて様子を眺めていた瀬尾は心の中で苦く笑い、優と堂本の馬鹿話に参加する。
顔が良いだけでは人を惹きつけられない。その事を堂本も気付けば良いなと、瀬尾はこっそり、思った。




