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あべこべのあべこべ

 いつもの様に藤林家を出た二人の制服は、反対になっていた。二人とも本来の姿だ。

 優は自分の制服で、地毛が茶色い髪をワックスで遊ばせた普通の男子高校生。

 薫は自分の物を買うまでは優の制服を借りて、短い黒髪は優が女の子らしくアレンジした。左側だけ編み込んでピンで止め、顔にかかる髪は耳に掛けた。前髪も、少量のワックスで整えてある。それだけでもう、女子高生にしか見えなくなった。


「薫、大丈夫か?」

「うん。…クラスの人達、怒るかなぁ?」

「昨日のあいつらみたいな反応は無いかもな。酷い事も言われるかも。覚悟はしとけよ?」

「はい。……大丈夫」


 自分に言い聞かせるように呟いた薫の背中を、優はぽんと叩く。薫も応えるように微笑んだ。

 学校に着いた二人が向かったのは、職員室だ。クラス担任の林のもとへ向かうと、林は二人が誰か、わかっていなかった。


「林先生、藤林優です。」

「野口、薫です…」

「は?え?どうしたその格好?何かあったのか?」


 本来の格好をした方が激しく驚かれた事に、優と薫は視線を見交わして苦く笑う。


「俺たちの事でご心配お掛けしてすみませんでした。色々と配慮して頂き、感謝しています。」

「先生、あの…もう、ちゃんとします。ごめんなさい。ありがとうございました。」


 二人が頭を下げると、林は狼狽えた。狼狽えながら、遠慮がちに二人の肩を叩き顔を上げさせる。


「野口はもう、大丈夫なのか?」


 心から心配してくれている林の表情に、薫はふわり、笑う。


「まだ大丈夫かは、わからないです。けど…頑張ります。」

「そうか。……わかった。教室、一緒に行くか?クラスの奴らにはどうする?先生が何か言おうか?」

「ありがとうございます。でも、自分達で、やってみようと思います。」

「先生、クラス分裂させたらごめん。」


 優がニヤリ笑って言うと、林は苦笑した。心無い言葉を二人がかけられる可能性を心配してくれたから、優と薫は再度頭を下げ、覚悟はしているから大丈夫だと告げる。それでも困った事があればすぐに相談するように言われ、二人は頷いた。


「くみっちゃーん。どうよ?俺も美少年だろ?」


 次に向かったのは養護教諭糸田のもとだ。まだ保健室では無く職員室にいた糸田の前に二人が立つと、二人の姿を観察してから、彼女は笑う。


「ごめん、私、真面目優等生系美少年が好み。軽い元気系美少年はちょっと…」

「好みが細けぇよ」

「でも野口は女の子でも可愛いのね?私美少女にも目覚めちゃうかも。」

「わかった。くみっちゃんは薫が好みなだけだろ?」

「せいかーい」


 冗談で笑い合った後、糸田は薫の顔を覗き込んで微笑んだ。


「バンバン藤林を頼りなさい?保健室も、用がなくても野口なら大歓迎。お菓子出してあげちゃう。」


 ウィンクされて、薫は笑顔になる。お礼を言うと糸田は優しく目を細めてから優を足先で突つく。


「ま、藤林もガンバレ」

「俺には軽くて乱暴だな、おい?」

「冗談よ。あんたもなんかあったら、美人養護教諭が相談に乗ってあげるわ?」

「あー…美人な糸田先生アリガトウゴザイマス」

「棒読み過ぎるわよ!」


 林の提案で、いきなり二人が教室に行っても誰かわかってもらえないだろうから、一緒に教室に入り出欠確認の返事で知らせようと言われ頷いた。

 職員会議が終わるのを廊下で待つ間、薫の顔は強張っている。


「薫?そんな顔してっとここでチュウするよ?」

「や、やだ…」

「その嫌がる顔も可愛いよなぁ。食べちゃいたい。」

「なっ?!」

「しーっ。声でけぇって。半分冗談。」

「半分本気なの?」

「まぁな。他の奴にこの可愛い薫見られんの、ちょっとやだ。俺の特権だったのになぁ。」

「ゆ、優だって…格好良いから、心配。」


 赤い顔の薫に微笑みかけて、優は薫の腰を片手で抱き寄せる。


「知ってる?俺らしか知らないお互いの表情があるんだ。」

「なぁに?」


 意地悪な顔で笑った優は、内緒話というように薫の耳に口を寄せる。薫が黙って言葉を待っていたら、とろとろに甘い優の掠れた声が、吹き込まれる。


「キスの時の顔」


 そのまま耳にキスされて、薫は赤くなった顔を両手で隠した。

 くつくつ楽しそうに優は笑い、会議が終わって出て来た林には何をしていたんだと呆れられてしまった。

 手を繋いで林の後ろを歩き、教室に入るとクラスメイト達がざわついた。

 文化祭準備期間の為に床に座っている生徒達。薫と優はその間を縫って進み、瀬尾と倫と瑠奈の側に腰を下ろす。

 転校生かと騒いでいた生徒達は何の説明も無く出欠確認が始まり、困惑する。これが終わった後で説明があるのだろうかと考え、返事をして行く生徒達。だけれど彼らは、"野口薫"の名前に返事をした知らない女生徒の存在に驚きが隠せない。背が高い可愛らしい女の子。彼女はどう見ても女の子で、このクラスの"野口薫"は男だ。

 そして次なる衝撃は"藤林優"。返事をしたのはこれまた謎の男子生徒。顔の整った彼は当然のように、藤林優の名前で返事をした。何も知らないクラスメイト達の頭の中は大混乱だった。

 出欠確認の後は連絡事項。今か今かと待っていたが説明が無いままホームルームは終わり、担任は教室を出て行ってしまう。

 教室内は、静まり返ったままだ。


「えーっと…ごめん。そんなにわかんねぇもん?」


 あまりの教室内の空気に、優は躊躇いがちに口を開いた。誰からも反応を貰えず、隣にいた瀬尾を肘で突つく。


「空気重いぞ、おい。どうすんだよ瀬尾?」

「俺に振んのやめてー。いやぁ……何この空気?」


 自分に振られても困ると、瀬尾も苦笑いだ。


「藤林優です!ってやれば良いんじゃん?」

「だって倫、やったよ?出欠確認で返事したよ、俺ら。」

「優は化粧で顔違かったし、声も全然違うじゃない。」


 瑠奈の指摘には納得して、優は薫を見やる。


「なら薫は?みんなわかんねぇの?」


 皆の表情からわからないらしいと判断し、優は立ち上がる。薫も慌てて立ち上がり、二人は更に注目を浴びた。


「藤林優は男で、野口薫は本当は女だったんだよ。騙しててごめん。どうしたら信じてくれる?」

「ご、ごめんなさい!私!昨日まで男の格好で通ってた、野口薫です!」


 薫が勢い良く頭を下げた途端、教室内は大騒ぎになった。口々に質問やら驚きの声やらを上げる為に、何を言っているのか全くわからない。薫も優も、思わず耳を塞いでしまった。

 遠巻きに見られて陰口や、あからさまに変態だと罵られる事を想像していた為に、この反応には優も驚いた。とりあえず落ち着かない事には話しも出来ないと、優が手を叩いて皆を黙らせる。


「ごめん。一人ずつ。挙手制にする?」


 皆からの同意を得て、瑠奈と倫が面白いから前に出ろと優と薫を教壇に立たせる。瑠奈と倫は薫のすぐ側に腰を下ろし、瀬尾も優の足下に座った。

 そうして注目を浴びる中、優が仕切って質問を受け付けて行く。

 それぞれに藤林優、野口薫である事を証明しろと言われ、薫の時はなるほどと納得したクラスメイト達だが、優の時はオネエだのオカマだのと散々な言われようだった。薫との扱いの差に、優は少し拗ねた。


「なんでそんな逆の格好してたの?」

「あー……薫の方は、ちょっと事情が重くて言えない。でも俺は趣味!美少女だったろ?本物の女よりも可愛くなって優越感に浸るの、大好き!」


 最低だ、変態だと言われたのは特に気にしなかったが、お前は藤林優に間違いないと言われたのは納得がいかなかった。間違いではないが、優は複雑な気分だ。

 瀬尾達は知っていたのかなどと、粗方質問に答え終わると、クラスメイト達は納得してくれたらしい。文化祭の準備をしようと作業を始める事になった。

 優と薫の事は遠巻きに見て、腫れ物に触るような扱いだ。嫌悪の視線で見てくる者もいる。騙されていたと憤っている者もいた。だけれどそれは、優と薫がして来た事に対する罰のような物で、二人は受け入れるしかない。いくら必死に説明しても、理解出来ない物は出来ないし、騙していたのも事実。


「薫っち、かぁわいい!それ優がやったの?」


 倫に抱き付かれ、薫は頬を染める。


「うん。朝…やってもらったの。」

「制服は?優のを借りたのかしら?」

「自分のを買うまで借りるんだ。今日、買いに行くよ。」


 瑠奈は優しく微笑んで薫を見守ってくれるようだ。


「女版薫は確かに可愛いけどさー、あの男でワンコがチラつくから、これまた俺っちの食指は動かねぇなぁ。」

「薫をそういう目で見たら、蹴るよ?」

「マジ?俺あの机みたいになる?」

「なるなる。何処から真っ二つにする?脳天?」

「やめろ!想像しちまっだろ、この変態!」

「んだと?この女タラシ!」


 どっちもどっちよねという瑠奈の呟きに、倫も同意して笑い、薫は苦笑いだ。

 二人きりでは辛かったかもしれない。だけれど友人達がいてくれるから、大丈夫。

 関係を築いていけるよう、また一から、頑張るのだ。

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