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お宅訪問

 藤林家はこの時間、まだ誰も帰宅していない。あと一時間は誰も帰宅しないだろうが夕飯をどうしようかなと考えながら、優は友人達をリビングに通した。飲み物とお菓子を出してそこで待っていてもらい、優と薫は着替える為に優の部屋へと向かう。


「薫、殴り合いしたの?」


 薫と自分の着替えを用意しながら優が聞くと、薫は焦る。


「手は出して無いよ!素人さんは殴らない!」

「ふーん。なら、一方的に殴られたんだ?」

「いや…えと、私が悪いから!失礼で自分勝手な事を言ったのに、許してくれたの!結花さんは優しい人!」

「別に責める気は無い。女同士の問題なんだろ?」


 言いながら、優は何故か距離を詰め、薫のジャージのファスナーに手を掛ける。


「何してんの?!」

「着替えさせてやろっかなって。」

「なんで?!変態!」

「男はみんなエロいって瀬尾も言ってただろ?」

「良い!自分でやるから!」

「やだ。俺、仲間外れ傷付いた。」

「そ、そうなの?」


 ファスナーを死守して優に背を向けていた薫は、そろりと振り向いた。途端に影が下りて、短いキスをされる。


「化粧落とすから洗面所で着替える。ボタンは後で付けてやるよ。」


 薫の髪をくしゃりと撫でて微笑んだ優はすっかりいつもの調子で、薫はほっとした。



 薫を残して自室を出た優も、ほっと胸を撫で下ろしていた。今日は一気に前進した。それでも薫は普段通りで、修と結花のお陰なのかなと感謝する。瑠奈と倫、瀬尾ももっと怒ると思っていた為に拍子抜けしたが、優は嬉しかった。まだ彼らと、友達でいられる。

 脱衣所に入り、どうせならさっとシャワーを浴びて化粧を落とそうと決めた。

 ウィッグを外して女の子を脱ぎ捨てる。温度の低いシャワーで汗も化粧も落としてしまい、水気を拭って男の服を着た。適当に、ダークグレーのVネックTシャツに、カーキのカーゴパンツ。あまり待たせるのも悪いなと考えて、濡れた髪をタオルで拭いながらリビングに入った。


「あら、どなたですか?」

「瑠奈!イケメン!イケメンが現れた!」

「うっわぁ…マジに藤林?」


 同じクラスの三人の反応に、優は苦笑する。


「ここのうちの人間みんな藤林だからな、瀬尾。女の声出そうか?」


 頼むと頷かれ、優は女の声音を使う。


「ね、あんたら夕飯どうする?食べて行くなら作るわよ?」

「うっわ!オネエ!」

「アンバランス!やめてー」


 瀬尾と倫は楽しそうにギャーギャーと騒ぎ、瑠奈は冷静に微笑んだ。


「さっきの女の子の格好に男の声も十分気持ち悪かったわ。」

「だよな。俺もそう思う。」


 瑠奈の言葉を肯定して、優はくつくつと笑う。

 中学で慣れていた修と結花は傍観する事に決めて、黙っている。結花がふとドアに目を向けると、恥ずかしそうに部屋の中を伺っている薫と目が合った。


「何してるの、野口?」


 不思議に思い声を掛ければ、薫は真っ赤になって隠れてしまう。皆が見守る先で優が迎えに行き、手を引かれて現れた薫は、髪型はいつも通りなのに女の子だった。


「ゆ、優、頭これで、合う?」

「合うの選んだから大丈夫。可愛いよ。」


 とろり笑った優が薫の頬に口付けると、友人全員からブーイングを食らった。イチャイチャするなと怒られ赤面した薫の服は、黒のスキニーパンツにお尻が隠れる丈の白のロゴTシャツ。髪が短くとも、女の子に見える服だった。


「すごーい。こうしてると普通に野口は女の子だね!」


 倫はマジマジと薫を観察して大喜び。


「藤林も普通に男だなぁ。オネエだけど。」


 瀬尾も優を興味深そうに眺めている。瀬尾も女装してみたらと倫に勧められたのは、全力で拒否をしていた。


「なぁ、メインはそっちじゃなくてさ。優の部屋。行こうぜ?」

「前よりレベルアップしてたりして。」


 修と結花は立ち上がるとさっさと上って行く。二人は中学時代、良く藤林家に遊びに来ていたのだ。久しぶりの優の家に、ウキウキとしている。


「かっわいい!女の子の夢が詰まった部屋だ!」

「美少女の優なら納得だけど、男の優には不釣り合いね?」


 倫と瑠奈は興味津々で部屋を眺め回しているが、瀬尾は部屋に入らず顔を引きつらせていた。優が視線で問いかけると、瀬尾が浮かべたのは満面の笑み。


「わりぃ!これには引くわ!お前キモッ!」

「指差すな。仕方ねぇだろ、好きなんだから。お前も女装するか?俺、腕いいぞ?」

「うっわ!触るな!寄るな!てか力強ぇなマジで!!」


 優と瀬尾が両手を組んでギリギリと戦っているのは放置され、女子達は可愛い部屋に大喜びしている。


「野口さん、今の見た目ならこの部屋にぴったりね?」

「だね!薫っち可愛いー!」

「あの、柚木さん!スキンシップ…恥ずかしい…」


 倫に抱き付かれて真っ赤になった薫を見て、倫と瑠奈は意地悪な顔でニヤリと笑った。そして二人同時に、両脇から抱き付く。


「てか、私が先に野口と和解したのに!仲間に入れなさいよ!」


 寂しかったらしい結花も加わり、女子四人はのし掛かり合って戯れ合っている。薫以外は、制服のスカートだという事を忘れているようだ。


「眼福ですな」

「だなぁ。田畑、あの子彼女じゃねーの?」

「結花?違うよ。結花が好きなのは優。」

「何それ、複雑?」

「でもそれも今日解決。のぐっちゃんと結花でバトって仲直りのケーキだったから。」

「あー、なるほどな。やっと理解したわ。てか藤林変態じゃん?」

「な。小さい時からだよ?中学でもよく女装して遊んでた。」


 女子のスカートの乱れを屈んで観察しながら会話する瀬尾と修の頭に、優は拳骨を落とした。男どもに文句を言われているのは無視して、ベッドの上で絡み合う女達に注意する。


「何?やっぱ藤林ってそっちぃ?俺危険?」

「瀬尾馬鹿じゃねぇの?好きでも無い女のパンチラに、俺は欲情しない。」

「うっわー、お前今俺を敵に回したよ?パンチラサイコー!」

「声高に言うな、変態!」

「変態に変態って言われたくねぇ!」


 言い合って、同時に優と瀬尾は噴き出した。


「なんだぁ。男だったから話し易かったんだな?」

「まぁな。瀬尾と話してると女言葉崩れそうで困った。…でも、楽しかった。」

「男に頬染められてもなー」

「うっせ、馬鹿瀬尾」


 肘で突つき合って戯れている優と瀬尾。修はそんな二人をにこにこ眺めて、優の頭を後ろから思い切り叩いた。


「いってぇ!てめぇ!何すんだ!!」

「久しぶりに優と遊べて、俺嬉しい。」

「……放置して、悪かった。」

「ほんとだよ。クラス違ってもダチだと思ってたのにさ、マジ酷い。」

「すまん」

「夕飯で勘弁してやるよ。今日の夕飯何?」

「あー…どうしよ。お前ら!飯食ってく?」


 声を揃えて食べると返事があり、優は笑う。適当に部屋で過ごすように告げて、階段を降りる。少女趣味の部屋は居づらいからと、瀬尾と修も後に続いた。

 これだけ人数がいるのなら夕飯はカレーに決めて、上に残して来た薫は大丈夫かと優は心配になる。だが、倫と瑠奈ならば大丈夫だろうと考えて、優は台所に立ったのだった。

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