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俺は女でアタシは男

 場所は駅前、多くの人が行き交う道の途中。七人の高校生が、対峙する。


「ちょっと!あんた誰?!放してくれない?」

「いやぁ…君、落ち着いたら?突然掴みかかるのはどうなんだろ?」

「関係無い奴はすっこんでなさいよ!」

「ぁあ?」


 瀬尾と結花が睨み合い、雰囲気が悪くなったのを見て取って優はそっと溜息を吐く。

 両脇で抱き付いている倫と瑠奈も、そして瀬尾も、事情がわからないながらも守ろうとしてくれているんだとわかり、優は嬉しかった。だから、倫と瑠奈には大丈夫だよと微笑みかけ、離れてもらう。


「結花、落ち着いてくれない?瀬尾もありがと。大丈夫だから放してやって?」


 瀬尾は舌打ちしたが、結花を解放して優の横に立った。放された結花は、すぐさま優に食ってかかる。


「ちょっと!あんた何してんの?!野口が可哀想じゃん!」

「はぁ?お前何言ってんの?藤林だってなぁ」

「瀬尾、ややこしくなる。」

「……わりぃ」


 熱くなりかけた瀬尾は、罰の悪そうな顔で口を噤んだ。瀬尾の気持ちは嬉しかったから、優は瀬尾の肩をぽんと叩いて微笑みかける。


「なんだかボーリングどころじゃなくなったわね。アタシは、結花達の話を聞いた方が良さそう?」


 一番冷静そうな修に優が視線を向ければ、苦笑と頷きが返って来た。


「多分これ、放置するとややこしくなるやつだな。優のそっちの友達はどうする?」


 修に聞かれ、聞かせられる話ではないだろうなと考えた優は三人に謝ろうと口を開く。だけれど言葉を発する前に、薫に止められた。


「あの!みんなに、話す。優の、友達でしょう?心配、してるんでしょう?」


 薫の顔色は悪い。だけど薫は、自分の所為で優が友人と気不味い思いをするのは、嫌だと思った。恐らくここで帰ってもらったとしても、優の友人達はもやもやしたまま、しこりが残ってしまう。


「薫、無理しなくて良いのよ?」


 目の前まで来て、優は薫の頬を撫でて優しく笑う。いつも優しい、薫を優先してくれる優。彼の顔を見て、薫は、決めた。


航洋(こうよう)、三橋さん、柚木さん。あなた達は優の、友達ですか?優自身を、好きですか?」


 よくわからない問い掛けだったが、薫があまりにも真剣で、三人は真剣に答える事にする。瀬尾も、瑠奈も、倫も共通で、勿論大事な友達だと答えた。


「優、良い?」

「……薫が決めるなら、付き合う。」

「ありがと。大好き。今日はごめんなさい。ちゃんと、説明します。」

「ん。わかった。」


 優と薫は手を繋ぐ。優は、薫の意志を尊重すると決めている。だからたとえ、真実を知った友人達に変態と罵られ嫌われたとしても耐えるし、薫を守る。


「今日の事、ややこしいんだ。びっくりする話。聞いてくれますか?」


 薫の問い掛けに瀬尾と瑠奈と倫は顔を見合わせ、だけどしっかり、頷いた。



 駅前では騒々しい上に邪魔になるからと、七人は近くの公園に移動した。広い公園で、噴水の側では小学生達がずぶ濡れになって遊んでいる。少し日が陰ったとはいえむっとする空気の中、それぞれ木陰でベンチに座ったり、立ったり屈んだりで黙っていた。


「えと、まずはね、優に今日の事、話す。」


 薫の話の腰を折るのは得策ではないと考えたのか、薫以外、誰も口を開かない。

 瑠奈と倫と瀬尾は並んでベンチに座り、修はベンチの斜め後ろにある木に背を預けてしゃがんでいる。結花は修の側に腕を組んで立ち、その前では、優と薫が段差に腰掛けていた。


「結花さんに優を取らないで下さいってお願いしに行って、怒られて、ケーキ食べて仲直りした。」

「野口、大分端折ったね?」


 結花が呆れてツッコミを入れると、薫は困った顔で笑う。だけど優は、なんとなく把握したと女の子の声で告げた。

 理解出来ないのは瀬尾達三人で、結花というのが腕を組んで立っている女で、優の中学の同級生だという事は知っている。だけど薫と彼女が優を取り合うという事が繋がらず、薫の恋敵だろうと思い込んでいた男子生徒は、傍観者として状況を眺めているのだ。これが薫の言ったびっくりする話だろうかと、三人は無言で顔を見交わした。


「それで、三人にも、謝りたくて…」


 青い顔で、薫が立ち上がる。ベンチの三人の前に立ち、優もその隣に並ぶ。

 薫は、いろんな気持ちがごっちゃになって気分が悪い。

 優は、友人達に嫌われるだろうと考えて、憂鬱だった。だけど前に進めるチャンスならば、逃す気は無い。


「い、今、まで…騙しててごめ、んなさい。私…女なんです。男じゃ、ないんです…」


 吐き気が込み上げるのを飲み込みながら、薫は告げた。誰も何も言わず、薫と優の視線の先の三人は眉間に皺を刻んで疑っている。全く信じていないという表情を浮かべていた。だから、優も口を開く。発したのは、男の声。


「それで、俺は男。女じゃない。薫と俺、見た目と本当の性別が逆なんだ。……騙してて、ごめん。」


 沈黙に支配され、優と薫は審判を待つ。優の声に驚いた三人はぽかんと口を開けていてマヌケな表情だが、それを笑う余裕は、優にも薫にも、ない。


「は?え?藤林、声…男?」

「優は男で、野口は女?え?ごめん、理解不能。」


 大混乱の瀬尾と倫。その隣で、瑠奈がすっくと立ち上がる。優の前に歩み寄り、手を上げた。優は目を瞑り、身構える。


「これパット?触ってもわからないわね?」


 瑠奈は、優の胸を両手で鷲掴んだ。むにむに偽の胸を揉まれ、てっきり殴られると思った優は目を開け苦く笑う。薫は、優が殴られなくてほっとした。


「パットだよ。…脱ごうか?」

「その方がわかりやすいわね。」

「あー、でも、外は少し恥ずい…」

「何言ってるの変態さん?脱がせてあげましょうか?」


 にっこり笑った瑠奈に促され、優はボタンを第三まで外した。中に着ていたキャミソールをたくし上げ、隙間から手を入れた瑠奈は優の胸板をまさぐる。


「あら、本当にぺったんこね。へー、良い体。」

「る、瑠奈。もう良い?」


 優は耳まで真っ赤で、瑠奈以外も皆、見てはいけない物を見ている気分になってほんのり頬が染まっていた。満足したのか、瑠奈が薫に向き直る。


「野口くん、ちょっと屈んで?」

「は、はい…」


 薫は背が高い為に屈ませて、瑠奈はファスナーを少し下ろしてジャージとシャツの隙間から胸元を覗き込む。


「なるほど。これ、苦しくないの?」

「あの、もう、慣れた。」

「ふーん。大変ね?」


 瑠奈の一連の行動を見守っていた倫も立ち上がり、同じように優と薫の性別を確認して納得した。


「………なら俺は薫を…」


 薫のもとに向かおうとした瀬尾は、瑠奈と倫、そして優に軽く殴られ阻止される。


「えー…藤林見た目は美少女だけど、男の体には俺、興味ねぇんだけど?」

「私と倫が確認したから、瀬尾くんはいらないと思うわ。」

「瀬尾っちのエッチー」

「男はみんなエッチだぜ?な、藤林?」

「いや、今それを俺に振るなよ。リアルで変態じゃん…」


 服を直した優が気不味そうに呟くと、三人は納得した。真顔で指を差されて変態と口々に言われ、優は項垂れる。


「あの!違うの!優は私の所為でこの格好を続けてて…」

「でも優の女装趣味はマジモンだろ?」


 優を庇おうとした薫の言葉は、修によって打ち消された。


「てかさー、なんでそんな格好してんの?藤林は趣味にしても長くやり過ぎっしょー?」


 不思議そうな瀬尾の呟きに、優は言いづらそうに経緯を説明する。初めはただの冗談。だけど後に引けなくなって、今は薫の為だと話した優は、三人から哀れむ視線を向けられた。


「優って時々おバカさんだと思ってたけど、こんな大きなおバカさんをしてたのね?」


 微笑む瑠奈に言われて、優は面目無いと頭を掻く。


「でも完璧だったよね?女の子って信じて疑って無かった!あ、でも男らしい所もあったね?」


 下手したら自分よりも女らしかったと倫が落ち込み、優も瑠奈もフォローしなかったら、倫は拗ねてしまう。


「俺はなんか納得だわ。藤林は美少女だったけど、俺の食指が動かなかったもん。」

「俺と薫の事、見抜くなら瀬尾だと思ってた。」

「何ー、俺高評価ぁ?」

「女タラシって意味よね、優?」

「瀬尾っち女にだらし無いからだよー」


 和やかな雰囲気になり、優はほっとしていた。どうやら三人は、驚きはしたものの優と薫を否定するつもりは無いようだ。離れて見ていた修と結花も、安堵したのか表情が緩んでいる。


「それで?優が女装趣味の変態さんっていうのはわかったけれど、野口くんは?何か理由があるんでしょう?」

「えと…はい。あの…」


 あまりにも薫の顔色が真っ青で、優が背を摩る。瑠奈と倫も薫を促して、ベンチに座らせた。震える声で礼を告げてから、薫は大きく深呼吸をする。重たい雰囲気を察してか、また全員、口を噤んだ。


「私…五つ上の、兄がいたの…」


 薫の隣には優がいて、手を握ってくれている。

 どうやら皆、薫の話を聞いてくれるらしい。だから薫は、話す事にした。兄との、別れの話を。

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