交差
優は実際、傷付いて落ち込んでいた。
薫と自分の友人達の間で何かがあったのは確実で、だけれど自分は蚊帳の外。自分が薫に対して過保護なのかもしれないと、優は思う。思うけれど、仲間外れは傷付いたのだ。
「駅前のボーリング場で良いっしょ?」
瀬尾が振り向き、三人は頷いた。
倫と瀬尾が前を歩き、優と瑠奈がその後ろに並んで駅へと向かう。
「そういえば…こうやって友達と遊ぶの、久しぶりだわ。」
優がぽつりと呟いた。
四月は瑠奈と倫と、カフェや雑貨屋に出掛けた事は数回あった。だが薫と関わるようになって、優の生活は薫一色になっていたのだ。朝は迎えに来た薫と共に登校して、学校での行動は別々だが、放課後は優の家で二人で勉強する。夏休みは合宿とバイトで、バイトが無い時にはロードバイクを走らせて薫の家に向かっていた。
学外で会えばボロが出易くなる。それでもやはり、優も友人と遊びたかったのだと気が付いた。だからこそ、優の秘密を知る友人と薫に仲間外れにされて、悲しかったのだ。
「藤林っていつも放課後何してんの?」
「薫とうちで勉強したり漫画読んだりしてから夕飯作ってるわね。」
ありのままを話したら、瀬尾に可哀想な物を見る目をされた。
「夕飯作るのは親が共働きだからだよね?確か前言ってたー」
振り向いた倫に頷いて見せ、優は肯定する。瑠奈と倫は偉いと褒めたが、瀬尾はそれではダメだと否定した。
「まだ高一なのにお前ら枯れてんなぁ。もっと遊べって!」
「遊びたいのは山々だけど難しいのよね。夕飯の後は一人でバイク乗ったりはするわ。」
練習して乗り慣れておかないと、本来の目的である薫を後ろに乗せて出掛けるという事がいつまで経っても出来ないのだ。だから一人、適当に走って楽しんでいる。
「バイクとか、優かっこいいー」
「意外な趣味ね?」
ぬいぐるみ作りとレース編み、それとバイク。確かにアンバランスだなと、優は笑った。
「バイク、何乗ってんの?」
瀬尾の言葉を皮切りにバイク談義が白熱してしまい、いつの間にか優と倫の位置が入れ替わり、倫と瑠奈を置いてきぼりにしてしまっていた。二人同時にはっと気が付き振り向くと、倫と瑠奈はにこにこしながら前の二人を眺めている。
「何?おかしいかしら?」
声や言葉使いは気を付けてはいたが、思わず夢中になってしまった。優が焦っていると、笑顔の二人は楽しそうに口を開く。
「優の新たな一面はっけーん!」
「優ってば可愛いわね?」
うふふと瑠奈に笑われて、優は若干の恥ずかしさを感じた。そんな優の隣では、瀬尾が嬉しそうに笑っている。
「うちのクラスさぁ、男子でもバイク趣味のやついなくて寂しかったんだよなぁ!まさか女子でいたなんて思わなかったわ。」
「そういえばアタシも、誰かとこういう話するの初めてだわ。」
「薫も興味ねぇもんな?」
「あの子は、武術の話が好きね。」
瀬尾も夏休みを利用して免許を取っていて、今度バイクで走りに行こうと誘われた。とても行きたい。だけどと、優は迷う。ヘルメットはウィッグがズレるだろうし、プライベートでも関われば、どうしてもボロは出るのだ。
「行こう…かしら。考えておくわ。」
女装は趣味で、女の子と可愛い物について語り合うのは好き。好きだけれど、男友達とも遊びたい。気軽に始めた女装での登校の所為で、優はどんどん、雁字搦めになって行っているような気がした。
駅前に着いた所で、優に着信があった。相手は薫。三人に断ってから、優は電話に出る。
「……もしもし?薫、怪我とか…してない?」
優の心はどんより重たい。
殴り合いと言っていたから怪我の有無を確認すると、薫はどもりながらも大丈夫だと答えた。
『あのね、今、結花さんと田畑くんといるの。優のうち行っても良い?』
「………ごめん。友達と遊びに来てるの。今日は無理だから、薫は気を付けて帰って?」
『そ、そっかぁ……あの、怒ってる、よね?』
「怒ってなんていないわ。アタシの事は気にしないで?…結花とは、和解したの?」
『う、うん。それで、ケーキを食べたの…』
「そ。良かったわね。それじゃ、待たせてるから。また明日。」
優が電話している途中、瀬尾と倫は少し離れた所で聞き耳を立てていた。瑠奈はそんな二人を注意せず、彼女も優の様子を伺っている。
「優って嘘が上手いけど、野口くんの事になると違うのね。」
瑠奈の呟きに、瀬尾と倫も難しい顔をした。電話をしている優は、声は明るく普段通りでも表情は何処か寂しそうで、あからさまではないけれど、落ち込んでいるのかなという様子が感じ取れる。
「ね、瑠奈、瀬尾っち…あれ……」
何かを見つけたのか、倫の表情が引きつり、隣にいた瀬尾のシャツの腰の部分を引っ張った。倫の指が示したのは、瑠奈が背を向けている方向。そこには薫の姿があって、優との電話の最中。その隣には結花がいて、薫に密着して会話を共に聞いている。すぐ側に修も立っているのだが、三人の目には、浮気現場とも取れる薫の姿しか映らない。
「ど、どどどうしよ、瑠奈?」
動揺して瑠奈の腕を掴む倫。
「あいつ、何してっ!」
優に聞こえないよう小声で衝撃を受ける瀬尾。
「………とりあえず落ち着きましょう。電話、終わるみたい。」
表面上は冷静な瑠奈。
三人は無理矢理薫から視線を剥がし、優の方へ向き直る。さりげなく、瀬尾と倫で優の視界から薫のいる方向を隠した。
「待たせてごめんなさい。行こう?」
「そ、だね!ボーリングへゴー!」
「…野口くん、良いの?」
倫は引きつった笑顔で優の左腕に自分の腕を絡め、瑠奈はするりと優の右手を取ってから確認する。瀬尾は三人の後ろで様子を伺っている。
「今、アタシの中学の友達といるみたい。今日はアタシも遊びたいな。付き合ってくれる?」
珍しい優のおねだりに、倫と瑠奈は笑顔で頷いた。薫と優の間に何かあるとしても、優から相談されるのを待とうと心の中で決めた。だけど背後の薫の姿を優には見せたくなくて、倫と瑠奈は優を連行するように歩き出す。後ろを歩く瀬尾の眉間には薄っすら皺が寄っているが、勝手にどうこうすべきではないと判断した。
だけれど…気付いたのはこちら側だけではなかったのだ。
「ちょっと優!!何両手に女はべらせてんのよ!この、変態っ!!」
叫んで駆け寄って来たのは結花で、優に伸ばした手は、瀬尾が掴んで止めた。瀬尾、瑠奈、倫の頭の中には、"修羅場"という言葉が浮かぶ。だけど結花の台詞を、三人は理解出来ない。
優の両脇には、守るように倫と瑠奈が密着。瀬尾は優が殴られるのを防止する盾となる。結花は知らない男に邪魔されて怒り狂い、少し離れた場所では修が苦く笑っていた。
そして優は、薫の姿を見て、目を逸らす。優の様子に気付いた薫は顔を青くして、それぞれ胸中に複雑な物を抱えながら、対峙したのだった。