吹雪と会議
きっかけは文化祭実行委員の一言だった。
実行委員会を終えて教室に戻って来た彼らが、薫が他クラスの男女と共に校門を出て行く所を見たと言うのだ。誰か何か聞いていないか問われ、罰が悪そうに、瀬尾が手を上げた。
「なんか、帰るって。男の方が鞄取りに来たけど詳しく聞かなかったわ。」
聞いておけよと小言を言われたが、サボりだろうと結論が出てクラスメイト達は納得した。だけれど納得しない人物が一人。
突き刺すような視線を後頭部に感じ、瀬尾は振り向けない。
「瀬尾?男って?」
教室内が吹雪いているような錯覚を感じ、瀬尾はぶるりと震える。振り向いた先の優は、笑顔だ。
「男って?誰?」
「…藤林の、中学の同級生って奴。前に藤林呼びに来た。」
「……修ね。なら女は結花かしら?」
とても良い笑顔でスマホを取り出して、優は誰かに電話を掛ける。瀬尾はなんとなくそれを見守った。
「出ない…」
それを二回繰り返し、三人とも気付かないのか通じなかったようで、優は笑顔のままで怒っている。瀬尾は優の怒りを察して、情報提供する事を決めた。薫と修から聞いた話を纏め、殴り合いの喧嘩後の仲直りでケーキを食べると言っていた事を教えると、優が傷付いた表情を浮かべ、瀬尾は慌てる。
「鞄取りに来た男、特に怪我も無かったし服装も綺麗だったぜ?だからきっと、大した事ないって。」
「…薫は?電話、したんでしょう?様子は?」
深刻な様子の優に聞かれ、思い出してみる。電話の薫の声は確か…
「泣いてた?かも?」
「それで、三人でケーキ。アタシには隠れて…ふーん……そう。」
「ほら、男ってそういう所見られたくないもんじゃん?一緒に行った女の子は、審判とか?」
「いいよ、瀬尾。慰めてくれてありがとう。」
あからさまに落ち込んでしまっている優は、途中だった作業に戻った。無言で作業する優を見た倫と瑠奈は、瀬尾に事情を聞きに寄って来る。
「何それ、野口何してんの?」
こそこそ小声で瀬尾から話しを聞き、倫は眉間に皺を寄せた。
「俺に聞かれてもわかんねぇって。藤林の男友達と薫がそう言ってただけだし。」
「女の存在が謎ね。審判な訳ないでしょう?三人でケーキって意味がわからないわ。」
瑠奈がそう言えば、瀬尾はもう一つ情報を付け足す。
「あー、女の方も藤林の知り合いっぽい?」
「それ、女の子を野口と優の男友達が取り合ったとか…」
倫が遠慮がちに出した仮定は、瀬尾と瑠奈が一刀両断で否定する。あれだけ優に懐いていた薫が心移りするとは考えられない。
「ならなんで優、傷付いてんの?無理してるっぽくない?」
「柚木にもそう見える?さっき、あからさまに傷付いた顔してたぜ。」
「…ケーキが食べたかったとか?」
冗談っぽく吐かれた倫の台詞に、瀬尾もそうかもしれないと乗っかった。だけれどすぐに、瑠奈が否定する。
「優は甘い物嫌いだと思うわ。」
「へ?嘘だぁ、いつも一緒にお菓子食べるじゃん?」
「甘い物は避けてたわよ。嫌いか聞いたら苦笑しただけだったけど、自主的に食べようとしないもの。」
「あ、俺今チョコ持ってるわ。」
確かめて来ると言って、瀬尾は自分の鞄を漁りチョコレートの箱を取り出した。瑠奈と倫が離れて見守る先で、瀬尾はチョコレート片手に優へと近付き、勧めている。だが断られ、少し会話をしてから戻って来た。
「どうだった、瀬尾っち?」
三人で輪になって縮こまり、倫が気になって仕方ない様子で確認すると、瀬尾は瑠奈を指差し、驚いたという表情を浮かべる。
「三橋、正解。いらないって言うからケーキ食いに行くかって聞いたら、食べたら吐くってさ。」
「えー?なんで黙ってたのかなぁ?」
「言い出し辛かったんじゃないの?優って結構、周りの事気にするじゃない。倫がお菓子お菓子うるさいから。」
「あたしの所為かー!」
ショックを受けたように頭を抱えた倫を見て、瑠奈はニコリと笑う。
「半分冗談だけど、私達が食べ辛くなるとでも思ったんじゃないの?優ってたまにおバカだから。」
「おバカだねぇ。言ってくれたらしょっぱい物も用意してあげたのにー」
ねぇ?と女子二人が頷き合うのを眺めて、瀬尾が話を戻す。ケーキを食べに誘われなかった事以外なら何に傷付いたのか。思い当たるのは薫の浮気疑惑で、三人は顔を見合わせ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「一学期の事があるから、瀬尾っち暴走しないでね?」
「しねぇよ。薫も、電話した時に自分で藤林に説明するって言ってたし。信じる。」
「あら、瀬尾くんも少しは大人になったのね?」
「まぁな。てか俺より、藤林大好きなお前らの暴走のが怖くねぇ?」
瀬尾の指摘に、二人は同時ににっこり微笑む。
「二人の問題だし口出しはしないよ?でもマジに野口が優を裏切ってるなら、あたし、殴る。」
「そうねぇ。優が望まない行動を取るつもりはないけど、私ももしそれが現実になったなら、潰すわ。」
にひっと笑う倫と、うふふっと笑う瑠奈。二人の笑顔を見て、やはり女の子の方が怖いよなと瀬尾は思った。
「ならさー、カラオケでも行かねぇ?」
「お!瀬尾っち良いねぇ。そういえば優とカラオケ行った事ないや。」
「いつも野口くんとすぐに帰っちゃうものね。野口くんがいないなら来るんじゃないかしら?」
三人の中で優を元気付ける事で話は纏まり、頷き合って立ち上がる。
セロファンを黙々と切っている優の両隣に瑠奈と倫が密着するように座り、瀬尾は優の目の前を陣取った。
「なぁに?笑顔が怖いわね。」
優の指摘通り、三人はにこにこしている。カラオケに行こうと瀬尾が提案すると、優の顔が一瞬輝いたが、すぐに曇ってしまう。
「歌は…ちょっと……」
「優って歌下手なの?」
倫が首を傾げると、優は苦笑して苦手なのだと答えた。ならボーリングはどうかと瀬尾が提案すれば、優は笑顔で頷く。もうすぐ作業をやめて帰宅する時間。四人で遊びに行く事が決まった。
「……ありがと。勝手に落ち込んだだけだから、薫は悪くないのよ?でも心配してくれて嬉しい。」
照れて嬉しそうに呟いた優の笑顔は自然で可愛くて、三人は誘って良かったなと微笑んだのだった。