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甘い物に罪無し

 修に課せられたのは隠密任務。如何に優を出し抜くかが問題だった。修が考えるに、今の結花と薫の間に優は入るべきではない。だがきっと、薫の鞄を修が取りに来れば何かがあったと勘付くだろう。

 ドアからこっそり教室を伺えば、優は教室の前の方に座り、ハサミで何かを切っている。鞄は教室の後方に纏められた机の上にありそうだ。

 修は薫の鞄がどれかわからない為に誰かに持って来てもらわなくてはならない。さて、どうしたものか…


「あっれー、君確か藤林の?」


 背後から声を掛けられ振り向けば、軽薄そうな見た目の男子生徒。明るく染めた髪は襟足が長く、ピアスをして制服も着崩している。確かこの彼は薫の側にいたなと思い出し、修は彼に頼もうと決めた。


「優には内緒でさ、野口くんと学校抜けるんだわ。鞄取りに来たんだけど優にバレたくなくて…頼めないかな?」


 教室から見えないように隠れて小声で頼めば、男子生徒は首を捻る。


「取り合いバトル?」

「あー…そんなん。頼める?」


 間違いではない為、頷いた。それを聞いた男子生徒はニヤリと楽しそうに笑い、快く引き受けてくれる。隠れたままで少し待つと、鞄を持って来てくれた彼にお礼を言って受け取った。


「優にはさ、上手い事言って野口くんの不在、放課後まで誤魔化してもらえると助かるんだけど…?」

「おっけー」


 軽い男だなと修は苦く笑う。だか任務が完了した今、長居すれば敵に悟られる。修は礼を告げ、急いでその場を離れた。



 逃げるように去る修を見送った瀬尾は、どうしたものかと考える。薫ならば殴り合いで負ける事は無いだろうし、優の友人なのだからと信用して鞄を渡した。だけれどやはり確かめようと、スマホを取り出し操作してから耳に当てる。


『もし…もし?』

「薫?お前なんかあった?藤林の友達がお前の鞄取りに来たんだけど?」

『えと…サボる。ケーキ、食べるんだ。』

「何それ?殴り合い後の仲直りとか?」

『うん。そんな。優には、内緒にして欲しい。』

「……わかった。ちゃんと自分で説明すんだろ?」

『するよ。でも今は、優が来たら困るんだ。』

「薫。お前も藤林も俺の友達だからさ、あんま藤林に心配掛けんなよ?」

『…………がんばる』


 切れたスマホを眺めて、頼りないなと瀬尾は小さな溜息を吐いた。今は薫を信用して、優をどうにかしなくてはならない。薫の不在に気付いて以降、優は落ち着かないのだ。

 過保護な飼い主だなと苦笑を浮かべ、とりあえず優が痺れを切らすまでは何も言わないでおこうと方針を決めて、瀬尾は教室に戻った。


 ***


 甘い物は平和の味方らしいと、修は初めて知った。

 学校を抜け出した三人は、駅前のケーキバイキングにやって来ていた。奢りじゃなくても良いから、甘い物を吐くまで食べたいと結花が言ったからだ。シャツのボタンが取れてしまった薫は、上にジャージを着てファスナーをぴっちり締めている。少しダサいが、仕方が無い。


「野口、それ美味しい?」

「うん。食べる?」

「食べる。一個は多いんだよねー」

「わかる。ちょっと食べたいんだよね。」


 何故か薫と結花は意気投合して、仲良くケーキを突つき合っている。女は謎だなと、修はつくづく思った。


「それで?優とはいつから付き合ってんの?」

「えと…期末の前らへん。」

「もしかしてさぁ、それ私きっかけだったり?」

「んー?……そうかも…」

「うっわ!最悪じゃんそれ!」


 やってられないと結花はケーキを口に放り込む。薫ももそもそと、ケーキを食べている。


「最初はね、本当にフリだったんだよ。でも一緒にいたら、好きになってた。」

「ふーん。でもわかるなぁ。優って意地悪だけどさ、ちゃんと見てくれてるんだよね。欲しい時に過不足なく優しくしてくれんの。」

「うん。何かを言ってくれる訳じゃないんだけど…守られてるなって、思う。」

「あー!ムカつく!野口、次取りに行くよ!」

「う、うん…。田畑くんは?」

「いや、俺は少し休憩。」


 甘い物ばかり大量には食べられないと、修はパスタやサンドイッチを主に食べてケーキはデザート感覚。薫と結花は初めからケーキばかり。女の子は甘い物で出来ているのかもしれないなどと、修は考えてしまう。

 結花は中三で優と修と同じクラスになった。その時からずっと、はっきりさせる事から逃げていたのだ。

 恋愛に興味が無いという優は、誰に告白されてもはっきり断ってしまう。初めから負けがわかっているのなら、勝負せずに友達ポジション。その立ち位置を選んでしまった結花は、前にも後ろにも、進めなくなっていた。


「やっと前に進める?」


 一足先に戻って来た結花に聞いてみれば、彼女は考えるように目を伏せ、それからゆるりと笑った。


「そうかも。終われそう。」

「そか。良かったな。」

「修も、付き合わせてごめん。」

「どういたしましてー」


 修がにこっと笑えば、結花はほっとしたように微笑む。


「のぐっちゃんさぁ、優、どうすんの?」


 ケーキを持って戻って来た薫に、気になっていた事を修は聞いた。聞かれた薫の顔色が悪くなり、ノープランかと苦笑する。


「おこ、られる。から謝る!」

「猪だね?」

「猪…?」


 薫は首を傾げてわからない様子だ。結花がそれを見て小さく噴き出した。


「ね!面白そうだからさ、私も一緒に行ってあげる!あいつどんな顔するかな?」

「でも更にご迷惑では…」

「何言ってんの?もう十分迷惑だし!」

「ごめんなさい…」

「野口真面目ウザい。修も行く?」

「当たり前じゃん!そんな面白そうなイベント、見逃せねぇな!」


 結花と修は、この三人でいる所を見た優の反応を想像して盛り上がる。薫はというと、少し怖いなと思う。勝手な事をして、内緒で学校を抜け出して優の友人達とケーキバイキング。怒られる要素が満載過ぎて、憂鬱になって来てしまった。


「のぐっちゃんてすぐ顔に出るのな?」

「よくそれで女ってバレずに二学期まで来れたよね?」


 修と結花に不思議そうに言われ、薫は確かにそうだなと思う。元が男っぽかったとはいえ、色々な条件が合わさってここまで来れたのかもしれない。


「……男の子に、見えない?」


 ふと不安になって聞いてみた。そしたら結花と修は小さく唸りながら薫を観察するように見ている。


「ネタバラしされる前は男にしか見えて無かったな、俺は。」

「私も。だけど女だって言われたら、女の子にしか見えなくなった。」

「何故でしょう?」


 三人同時に首を捻り、考えてみる。


「気を抜いてるからじゃないか?今、男でいようとしてないだろ?」

「そういえばそうかも…」


 修の言葉に薫も納得して、解決した。

 その後も他愛の無い話をしながらケーキを食べる。話は主に文化祭の事で、お互いのクラスの出し物の話で盛り上がった。

 一時優の事を忘れて楽しい時を過ごした三人だが、会計を終えてから優に連絡をとスマホを見て、三人同時に青くなったのだった。

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