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突撃激突

 優が瀬尾と共に買い出しに出掛ける背中を見送って、薫はこっそり、教室を抜け出した。また心配を掛けたくはないから、買い出しが終わるまでには戻るつもりだった。メールを送っておけば済むのだが、薫はこの行動を、優には知られたくない。綺麗な感情による行動ではないから、優にはバレたくなかった。

 水場で絵の具を落としてから辿り着いた教室。中を覗くと、薫に気が付いたのは一人の男子生徒。話し掛けられ、薫はしどろもどろになる。


「あの…結花(ゆか)さんと話、したいなと思ったんだ。」


 薫の言葉に男子生徒ーー(おさむ)の視線が冷たくなった。薫はそれを真っ直ぐに見返す。


「なんで?傷に塩でも塗りに来た?」

「そう…なるのかな。でもなんだか、フェアじゃないと思ったんだ。」

「よくわかんねぇけど、俺も聞いても良いなら呼ぶ。」

「良いよ。お願いします。」


 不満そうではあったが、修は友人と共に作業をしている結花を呼びに行った。薫を見つけた彼女は一瞬驚き、すぐに不快そうに顔を歪める。だが話しの内容は気になるようで、三人黙って歩いて、人気の無い裏門側の庭へと出た。文化祭準備中の為、校舎内では至る所に人がいるからだ。


「話って何?」


 校舎の影に入り、結花は立ったままで腕を組む。修はその側の壁に背を預けて屈み込み、薫は二人の視線を受け止めて深呼吸をした。


「優の事。……優の恋人って、俺なんだ。」

「……知ってる。優から聞いた。」

「え?そうなの?」

「告白除けでしょう?野口くんもそっちの趣味は無いってわざわざ説明しに来たの?優の本命彼女にも会ってるから、別に疑ってないよ。」

「えと、それが俺。」

「意味わかんないんだけど?」


 噛み合っていない二人の会話。事情を知っている修は苦笑を浮かべ、口を挟むか悩む。だが薫の意図がわからない為に見守る事を決めた。


「えと、俺は私で…私が優の恋人なんだ。」


 結花は混乱している。眉間に深い皺を刻み、じっと考える。


「あれは、野口くんの女装で、野口くんはそっちの人なの?」

「うん。…あれ?ちょっと違う。あと"そっちの人"って何?」

「男の子が恋愛対象?」

「あ、あぁ。うん、そう。」


 修はもう、堪えられなかった。

 突然お腹を抱えて笑い出した修を、結花と薫が不思議そうな表情で見やる。ひいひい苦しみながら、二人に任せていたら本題に入るまでに日が暮れてしまいそうだと考えて、口出しする事にした。


「結花、のぐっちゃんは男装女子。優の逆。この前俺らが会ったのは、本来の性別の格好したのぐっちゃんだったんだよ。」

「そ、そう。それが言いたかったんです!」


 緊張で薫も混乱しかけていた為に、修の説明に助かったと安堵する。結花はというと、ぽかんと口を開けたまま固まっている。


「修…知ってたの?」

「おぅ。つっても女の格好ののぐっちゃんに会った次の日だから、知ったの最近。」

「女の子…なの?」

「はい。事情があってこの格好ですが…女です。」


 カッと怒りの表情を浮かべた結花は、薫に大股で近寄り手を伸ばす。両手で突然、薫の体をまさぐり始めた。


「胸、ないけど?」

「あの…潰してます…」

「腰細っ!……あぁでも、ついてない…」

「あ、ああああの!やめて!」


 真っ赤な顔の薫を襲う結花。女の子同士だから問題は無いかもしれないがいかがわしいなと感じて、修は微かに赤面した。


「で?なんでこんな格好してんの?」


 触って満足したのか、結花は腕を組み直し、尋問を始める。


「己の、心の弱さ故です。それで、結花さんには折り入ってお願いがあって参りました!」


 ガバリと薫が土下座して、結花も修も驚いて目を見開いた。二人の視線の先で、薫は地面に額を擦り付け懇願する。


「どうか…優を諦めて頂けないでしょうか!」


 辺りは静まり返り、結花が動いた。

 薫の肩に手を置いて顔を無理矢理上げさせて、勢い良く、頬を張った。

 響き渡る音にぎょっとしたのは修で、慌てて結花を止めようと立ち上がる。だが薫の懇願するような瞳に、止められた。


「なんなのっ?!なんでそんな事あんたに言われないといけないのよっ!手に入れた余裕?!!」

「違いますっ!自分に…自信が無いからっ!!」


 左右連続で平手打ちをされた後で胸ぐらを掴まれ、揺さぶられながら薫は反論する。


「私っ、弱くて!ダメで!結花さんは普通の女の子だからっ、優を取られたくない!」

「なにそれ?!なんでそんな話になるの?わた…私なんてっ、ずっとそういう対象に見てもらえてないんだよ!側にいたらいつかって思ってたのにっ!なんでこんな男女に!!」


 お互い涙を浮かべながら、薫は結花に半ば押し倒されて、シャツのボタンが飛んだのか、中のタンクトップが見えてしまっている。


「ごめんなさい結花さん。でも優を…私から奪わないで下さい……」

「バカじゃないの?!奪りたくても、奪れないんだよ…」


 二人とも座り込んでしくしくと泣き始めてしまい、服の乱れた女の子達を前にして修は途方に暮れる。少しだけ、ついて来た事を後悔した。


「の、野口さん…優の何処が好き?」


 喉を引きつらせて泣きながら、結花は問う。薫もぐしゃぐしゃに泣きながら、答える。


「やさ、優しいの。すごく優しい…。でもっ、私の所為で…優は、男の子に戻れないんです…だからいつか…嫌われちゃうっ…」

「はぁ?!あんたバッカじゃないの?優は簡単に人を見捨てるような(やつ)じゃない!」

「でも、だって…私迷惑しか、掛けられないんですっ…」


 うあーっと薫が声を上げて泣き始めて、結花の方の涙は引っ込んでしまった。鼻を啜りながら近付いて、薫の背中を摩ってやる。


「ねぇ野口さん、なんで男の子の振りなんてしてんの?優みたいに趣味?」

「ちが、います…兄にっ、なりたくて…」

「お兄さん?」

「わたっしと、似てて…もういない。でも、受け入れたくないっ。優も、失いたくない。我儘で…ダメだから、嫌われます…」


 一度泣き出したら止まらなくて、薫の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまった。ここに何をしに来たのかも、何がしたかったのかも、よくわからなくなった。薫の胸の中は、優を失いたくなくて、不安で一杯になっていた。


「結花さん、可愛いし…優は格好良いし…私、普通じゃないし…」

「だから?」

「だから、自分勝手に、お願いしに来ました。」

「ほんと自分勝手。ムカつく。」

「ごめんなさい…」


 何故か結花の腕の中、怒られて、薫はしょんぼり項垂れる。

 修は黙って成り行きを見守る事にしたようだ。側に屈んで、頬杖をついて二人を眺めている。


「お兄さん、どうしてもういないの?」

「人を助けて…それで……」

「それで、何?」

「死に、ました。電車で…ぐちゃぐちゃ…」


 止まり掛けていた涙がハラリ落ちて、薫の頬を伝った。結花は薫を放してくれなくて、力無く、結花に身を預ける。


「お兄さんの真似、してるんだ?」

「はい…。鏡を見れば、会えます。」

「……それって、悲しいね。」

「…でも優が、現れて……優を、手放せません。ごめんなさい…ごめんなさい……」

「野口ウザい!なんで私謝られてんの?告ってもないのに振られてんのにさ!ムカつくからケーキ奢れ!」

「へ?……は、はい。…いつ?」

「今。顔洗うよ!」


 結花の手で立たされて、服の埃を叩かれた。飛んでしまったボタンは修が拾い、手渡された薫は自分のズボンのポケットに入れた。


「てかさ、その顔と格好で教室行くと目立つよね?鞄どうすんの?」


 薫のクラスには優がいる。優に追求されるぞと修が指摘すると、薫の顔はさっと青ざめる。この子はもしや猪のような子なのかもしれないなと感想を抱いて、修は溜息を吐いた。


「俺もケーキね。鞄取って来てあげるからここで待ってて。」

「修、私のもね。」

「あいあーい」


 背中越しに片手を振って答え、歩きながら修は思う。優が選んだ女の子は学年一位で勉強は出来る。だけど猪突猛進であまり周りが見えないおバカさんで、心に傷を抱えている難しい子なんだなと。だがどうやら、結花には良いきっかけとなりそうだ。

 これをきっかけに優ともまた遊べたら良いなと、修は小さく、笑ったのだった。

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