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優と友達

 総合優勝は取れなかったものの、一年一組は体育祭で学年での一位を獲得した。その賞品というのは、文化祭の出し物優先決定権。体育祭の練習期間に第三候補まで決めて実行委員に提出済みで、第一候補が自動的に割り振られるのだ。他クラスと取り合う時間が無い為に、準備が早く始められるという利点がある。


「なぁ藤林ー、俺らのクラスって一位の無駄使いじゃねぇ?」

「言わないで。まるでアタシの走りが無駄って言われてるみたいだわ。」


 優と瀬尾。教室の窓辺に椅子を置いて座り、並んだ二人が眺めているのはクラスメイト達。ダンボールを切った物に色を塗ったり、セロファンを切ったり、装飾作りに励んでいるのだ。


「風船ってさー、何が面白ぇの?」

「アタシに聞かないでよ。知らないわよ。」

「てかさー、なんでそんな女番長ポーズ?手伝えよ。」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ。」


 優は足と腕を組んで座っている。瀬尾は椅子に逆向きで跨り、背凭れに置いた腕を枕にして怠そうだ。二人共手伝う気が無い雰囲気がだだ漏れている。何度か装飾作りを誘われたのだが、瀬尾は怠いの一言。優は笑顔で、体育祭の筋肉痛で動けないのだと断った。ぬいぐるみやレース編みが好きな優だが、大工仕事的な物は嫌いなのだ。


「藤林のわんこ、楽しそうにカラフルになってっぞ。」


 瀬尾が視線を向けた先、薫が絵の具だらけになりながら看板を塗っている。汚れた手で触ったらしく、腕や顔に色が付いてしまっていた。


「ほんとね。可愛い。」

「それ男に言う台詞じゃねぇって。」

「あら、でも薫は可愛いんだから仕方ないと思うわ。」

「なんつぅか…無邪気だよなぁ。」

「瀬尾くんは穢れてるから眩しいのかしら?」

「そうかも。でもさぁ、藤林からは俺と同類臭がすんだけど?」

「何それ臭そうね。」

「失礼だな、お前。」


 本当は男だから男慣れしているだけだと、優は内心苦く笑う。

 姉三人に囲まれて育った優は、女の現実を知っている。だから女に理想を求めないし、付き合うという行為にも興味は無かった。


「好きになったのも付き合ったのも、薫が初めてよ。」

「"友達"とかはいたんじゃねぇの?」

「あんたのは全部"友達"?本命無し?」


 横目で見た瀬尾は薄ら笑いを浮かべている。優の方を見ずに、どうだろうなと呟く。


「瀬尾くんも特殊よね。高一で女関係爛れてるなんて。」

「なんか寄って来るから。」

「寄って来るの全部受け入れるのはクズよ。その内痛い目みるわよ?」

「まぁ、その時はその時?今は楽しけりゃいっかなってさー」

「……相談に乗ってやらない事も無いわ。」

「マジっすか。姉御ー」


 相談というよりもお互いただの暇潰し。瀬尾はかったるいという姿勢を崩さず、優もぼんやり気楽に話を聞く。

 瀬尾に現在本命はいない。過去、最初の彼女だけが本命で、色々あって別れて以降今のようになったらしい。


「色々って何よ?」

「あ、濁したとこ聞いちゃう?古傷抉っちゃう?」

「聞いちゃう。抉っちゃう。」


 へらへらしている瀬尾だが、聞いて欲しそうな雰囲気を優は感じた。暇な事もあり、聞いてやろうと優は促す。だが、手持ち無沙汰であからさまに暇そうな二人を、クラスメイト達は放っておいてはくれなかった。何か手伝えと怒られて、結局二人は暑い中の買い出しを頼まれてしまったのだ。文化祭当日に頑張るという言い訳は許してもらえなかった。


「ちょっと、一人なら目立たなかったかもなのにあんたの所為なんじゃないの?」

「いやいや、藤林デカくて目立つから。てかさー、優等生のくせにサボるの好きだよな?俺のがまだ真面目じゃねぇ?」

「優等生じゃないもの。自分の好みで取捨選択する為の成績上位獲得と真面目な見た目なのよ。」

「うっわ、黒っ」


 暑い日差しの中、並んで歩く二人が頼まれたのは足りなくなったペン類の購入と段ボール獲得。とりあえず優は、アイスを食べる事を提案する。


「いいねぇ。買い出しラッキー。」


 にやっと笑った瀬尾からの同意を得て、冷房の効いたコンビニのイートコーナーでアイスを食べる。話題は先程の続きを優が蒸し返した。複数人の女の子と付き合う男の心理というものに、興味があったのだ。


「簡単に言うとさぁ、最初の彼女にヤリ逃げされた。」

「何それ。あんた下手くそだったの?」

「げぇ。美少女の口からそんな台詞聞きたくねぇわー」


 中二の頃、瀬尾はまだ純真だった。

 彼女は高一で、瀬尾にとっては大人に見えて憧れた。しかも彼女は兄の元恋人。好きだと言われた時は嬉しくて舞い上がったが複雑だったなと、瀬尾は自嘲気味に笑う。


「それ、お兄さんと気不味くなったりしなかったの?」

「兄貴とは元から仲良くねぇし。ちゃんと別れた後だったみたいだから問題無し。」

「そ。それで?」

「あー…。それで、喰われて、ぽいされた。兄弟手玉に取ってやったーみたいな?自慢の種?」

「ご愁傷様ね。そこからなんで複数彼女作る事になるのよ?」

「弱いんすよ、俺っち」


 傷付けられる側よりも傷付ける側に。初めから割り切った付き合いならば、傷付かない。相手もそれを知っていて寄って来るような女の子ばかりなのだ。だから彼女はいても、本命はいない。"お友達"。


「それに可愛い女の子好きだし?なんだかんだ楽しいっすよ?」

「アタシは薫一筋だから、好きにならないでね?」

「ならねーなぁ。なんか藤林は普通に友達って感じ。」

「瀬尾って、擦れてるのか実は純粋なのかどっちなのかしら?」

「白ではねぇよ」

「間違いないわ」


 アイスのゴミを捨てに立ち上がった優の胸が、つきりと痛む。自分を偽り隠している時点で、本当の友達にはなれないのではないかと、少しだけ虚しさを感じてしまった。だけれどそれは、なるようにしかならない。

 坂を転がる石のように、途中で止まる事はもう、出来ないのだ。



 任務を完了した二人が教室に戻ると、瑠奈にサボっていた事を見抜かれた。暑いのが嫌で同行を拒否した瑠奈だが、アイスは食べたかったらしい。土産は無いのかと問われ、彼女が担当している装飾の材料を渡しておく。にやり意地悪な顔で笑った瀬尾は、額にペンを投げ付けられていた。


「優ー、ズルいー、アイスー」

「倫、暑苦しいから纏わり付かないでよ。」

「優ばっかサボってズルいー。これ切って。」

「瀬尾、やれ」

「女王様の命令ならやろっかなー」


 倫が優に頼んだのは下書きした段ボールを切る作業。面倒そうだった為に瀬尾に振ると、そろそろサボりも終わりにする気になったのか、瀬尾は素直にカッターを持って切り始める。

 優も真面目に働こうかと瑠奈の隣に腰掛けて、下書きされたセロファンを手に取った。


「これ、何?」

「ウサギ」

「瑠奈が描いたの?」

「………下手って言ったら顔に落書きしてやる。」

「ごめん。下手。」

「絵の具と油性ペンだったらどっちが良い?」

「やったら仕返しするわよ?」


 黒の油性マジックが顔目掛けて伸びて来て、優はひらりと躱す。逃げながらセロファンにハサミを入れ、下書き無しでウサギを完成させた。


「アタシにかかればこんなもんよ。」


 舌を出して見せれば、瑠奈はにっこり笑う。そして大量のセロファンを優へと押し付けた。


「ならぜーんぶ、お願いね?」

「ごめんなさい」

「あら、何も怒ってないわ。適材適所よ。ほらほら、頑張って?」


 悪ふざけが過ぎて瑠奈を怒らせてしまい、必死に謝る優。

 瑠奈は笑顔で仕事を優に押し付ける。

 瀬尾と倫は、優はたまにバカだと笑い、我関せずで作業を続けた。

 そんな平和な文化祭準備の風景。

 薫が教室からいなくなっていた事に、優はしばらく気が付かなかった。

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