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犬はどちら

 まだまだ日差しの勢いが衰えない暑い日。体育祭の開会が宣言され、校庭の中心では着々と競技が進んで行く。クラス席は日差しの只中で、優はそんな所にはいたくないと友人二人と何故か瀬尾も共に、校舎が作る日陰に隠れて座っていた。


「あっつい、怠い、面倒臭い。」

「優、それ口にすると余計に辛くなるよ?」


 優の右隣にいる倫の顔にもうんざりとした様子がありありと浮かんでいて、説得力はない。


「ジャージ着てるからでしょう?見てるこっちが暑い。脱いだら?」


 左隣で扇子を動かしている瑠奈の指摘に、優は力無く首を横に振った。


「無理。焼けるの嫌。アタシすぐ真っ赤で痛くなるのよねぇ…」

「足は出してるじゃん?」

「瀬尾くん馬鹿なの?下までジャージにしたら、流石に倒れる自信があるわ。」

「いやぁ…藤林のが馬鹿っしょ?熱中症になるぜ?」

「うっさい馬鹿。冷たいジュースでも買ってきてよ。」

「なんでだよ。俺もだりぃわ。」


 二学期になってから、瀬尾はやたらと優に構おうとして来るのだ。秘密を探ろうとしている、というより、男友達として懐かれているのではないかと優は感じている。一学期に瀬尾が一緒にいた堂本と薫は擦れておらず真っ直ぐな為、少し居心地が悪かったのかもしれない。クラスの他の男子達も体育会系で熱血純情な感じで、瀬尾のようなタイプは肩身が狭いようだ。


「瀬尾っち何出るんだっけ?」

「俺綱引き。柚木(ゆずき)もだろ?」

「そだよー。でもよく考えたらさぁ、綱引き密着するから暑いよねー?」

「間違いねぇ」


 倫の隣で瀬尾はかったるそうに競技を眺めている。今行われているのは玉入れ。小学生かよと瀬尾が吐き捨てた言葉に優は噴き出して笑った。


「玉入れって低学年じゃなかった?」

「あー、そうかも。あと幼稚園。」

「やったやった。砂が目に入るのよねぇ…」


 辛かったなと優が呟くと、瑠奈と倫もわかると言って笑い、瀬尾も力無く笑う。暑くて怠くて、四人はまた黙りこくる。


「優!ここにいたの?」


 笑顔で駆けて来るのは薫で、元気だなというのが四人の共通の感想だった。白い半袖の体操着は砂で茶色く汚れていて、紺色の短パンも砂っぽい。一体何をしていたのか聞きたくなる格好だった。


「薫、転んだの?」

「え?うん。でもだいじょ」

「ダメ!保健室!涼む口実!行くわよ!」

「ゆ、優…あの……」

「アタシ涼んで来る。あんたらはどうする?」


 素早く立ち上がった優は薫の肘を捕まえ、座ったままの三人を振り向いた。行きたいのは山々だが、ぞろぞろ行けば養護教諭に追い出されるだけだとわかっている為に三人は残る事にする。


「薫、尻に敷かれてんなぁ…」

「というより、飼い主と犬?」

「三橋って時々キツイ事言うよな?」

「そうかしら?」

「瑠奈はねぇ、時々ズビシって突き刺して来るよ。優もだけどねー。あたし怒られてばっか。」


 暑さの所為で力無く倫は笑い、三人は優と薫の背を見送りながら会話を続ける。


「優のは愛あるお説教。私のは毒。」

「うっわ三橋、自分で毒って言っちゃう?」

「まぁ瑠奈はよく毒吐くけどさぁ、犬と飼い主は当たってると思う。野口って犬っぽくない?」

「まぁなー。藤林にやたら懐いてるよな、薫の奴。」

「でも私、懐く気持ちわかるわ。優って頼りになるのよね。」

「瑠奈もそう思う?あたしもー。優が男だったらなぁってよく思う。」

「俺なんてどうよ?」

「瀬尾っちやだ」

「瀬尾くんは無理」

「傷付くわー」


 女子二人に一刀両断された瀬尾は適当な感じに反応して笑う。気怠い体育祭の空き時間は、そうして過ぎて行く。


 ***


 薫を保健室へと連行した優は、中に養護教諭しかいない事を確かめてから素早くカーテンを閉め、ジャージを脱ぎ捨てる。


「くみっちゃん、ヘルプ!」


 男の声で助けを求めた優に苦笑を向けたのは養護教諭の女性で、糸田久美子二十七歳、独身。


「藤林、あんたの趣味って命懸けでやるもんだったっけ?」


 優と薫の事は教員達には周知の事実。特に養護教諭となれば性別は知っていて当然なのだ。身体測定の時は気を使って別室を用意してくれた協力者。


「マジ死ぬって、保冷剤くれ。あと薫が転んだ。」

「はいはい。野口、ここ座って。」

「す、すみません…」

「相変わらず可愛いわねぇ、野口は。美少年最高。」


 優の女装がただの趣味だというのは担任の林と養護教諭しか知らない事で、二人は他の教師には黙ってくれているのだ。林は真面目故。糸田は面白いからというのが理由だったりする。


「夏マジ辛い。なぁ、競技始まるまでここいちゃダメ?」

「ダメー。その見た目でその声やめてくれない?残念過ぎる。」


 勝手に冷凍庫から保冷剤を取り出した優は頭のてっぺんに当ててあーあー唸り、丸椅子に座ってくるくる回っている。

 薫の怪我はただの擦り傷だった為、手当ては消毒だけですぐに終わった。


「薫ー、それどうしたのー?」


 あまりの怠さに間延びした男の声で優が問えば、薫は困ったように笑う。


「遊んでたら、靴紐踏んだ。」


 なんとも間抜けな理由に、優は呆れ、糸田も苦く笑っている。


「やんちゃは良いけどね、気を付けなさい?美少年に傷が付いたらショックよ。」

「くみっちゃーん。美少女熱中症で倒れっかも。」

「ごめん。私美少年専門だから。」

「つめてー。な、アイスあったんだけど食って良い?」

「ダメ……って、勝手に出してるし。野口にもあげなさいよ?」

「へーい。薫、パス!」

「あ、ありがと。先生、頂きます。」


 生き返ると喜びながら優はアイスキャンディーをガリガリかじり、薫は遠慮がちにぺろぺろ舐める。そんな二人を頬杖をついて眺めながら、糸田は優しく微笑む。


「どうなのあんたら、上手く付き合ってるの?」

「まぁ見ての通り。くみっちゃん彼氏は?」

「るっさいガキ!」

「あー……なんかごめん。」

「それもムカつくわね。」


 薫は教師と仲良く話すという事は苦手で、アイスを食べながらぼんやり二人の会話を眺める。美少女の時でもそうだけれど、優は他人と距離を詰めるのが上手いなと、薫は感心してしまう。


「野口は胸、苦しくない?」


 糸田は巨乳の為、思わず薫は彼女の胸元を凝視した。それに比べれば自分など細やかで問題無いなと思い頷く。


「でも蒸れます。」

「そりゃそうでしょうよ。しばらく涼んで行きなさい?」


 糸田も林も、薫の詳しい事情を詮索しようとはしない。だが、すぐに手を差し伸べられる用意はしているのだ。優も二人に詳しい事情を話してはいないが、薫の事で女性にしか解決出来ない問題は糸田を頼るようにしている。

 薫がぼんやりアイスの棒を咥えていたら、優が立ち上がりジャージを着直した。そして薫からゴミを回収して、捨てる。


「藤林って番犬みたいよね?」

「薫限定のね?」


 感心している糸田に微笑み掛けた優はもう美少女になっていて、薫も人の足音に気が付いた。カーテンを優が開け終わるタイミングで、怪我人が入って来る。


「糸田先生、ありがとうございました。」

「あ、ありがとうございました…」


 頭を下げて保健室を後にすると、優の手が薫の首筋に触れた。不思議に思って首を傾げた薫に、優は目を細める。


「少しは涼めた?」

「…うん。優は?」

「大分涼めたわよ。ラッキーね。」


 優は優しいと、薫はいつも、思う。


 ***


 体育祭の最後の大勝負は学年別男女混合リレー。一位になれば得点が二倍もらえる。

 優と薫のクラスは一組で、一年は六クラスある。

 薫はクラス席で、クラスメイト達と応援する。


「これ勝てば学年優勝だな!」

「でもアンカー藤林だぜ?やる気ねぇじゃんあいつ。」

「…優は勝つよ。絶対。」


 クラスの男子に、薫は言い切った。恋人を応援したいのはわかると笑われたが、薫は心からそう思っている。優はちゃんと、やる時にはやるのだ。

 一組は、アンカーの手前で五位。堂本が必死に走っているが、順位は上げられない。優にバトンが渡るのを、一組の面々は諦めの気持ちで眺めていた。


「うそ!藤林さん、速い!」

「四位!うそ!うそ!三位いった!」


 女子が黄色い声を上げ、一組の全員が優に声援を送る。優はあっという間に二位まで躍り出て、一位まで、手が届きそうだ。


「ぬ、抜いたぁ!」

「一位だ!ギリ一位!」

「すっげえ藤林!!」

「きゃー!優カッコイイー!」


 ゴールテープ手前で一位となった優は、同じリレーの選手達に揉みくちゃにされかけて、何やら怒っている。恐らく、暑いから触るなと言っているのだと思って薫は笑った。


「愚民共よ!崇め奉れ!」


 ジャージを肩に掛けて腕を組み、クラスメイト達にそう言い放った優は、"残念な美少女"という不名誉なあだ名を付けられてしまったのだった。

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