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仲直り

 誰もいない優の家、薫は何故か、無言の優に風呂場に押し込まれた。汗をたくさん掻いた上に水を浴びたのだから助かる。助かるのだが、脱衣所の方で洗濯機が回された音がした。もしや自分の服が洗濯されているのだろうかと、薫は体を洗いながら首を傾げる。

 風呂から出れば薫が着ていた物は消えていて、やはり洗濯機の中だとわかった。洗濯機の上に置かれていたのは女物の服で、青のチェックのキュロットに白のタンクトップ。それと、タンクトップの上に着るらしきふわっとした白いノースリーブシャツ。女の子らしくて可愛いその服しか無い為に身に付け、薫は鏡を見る。髪を乾かして、手櫛で整えた。


「俺も汗流す。」


 薫が風呂から出ると、優はそれだけ言って風呂場へ消えた。やはりまだ怒っているのだろうなとしゅんとして、優の部屋で白ウサギのぬいぐるみを抱いて薫は優を待つ。

 風呂から戻って来た優が"男の子"で、薫は思わず見惚れてしまった。

 白のハーフパンツにネイビーと白の横縞Tシャツ。青いシャツを羽織っているのが、とても似合う。


「……抱き締めても、良い?」


 確認されて、薫は頷いた。優しく手を引かれ、優の脚の間に横向きに座らされる。優の手で頭を肩に凭れるように寄せられて、薫もそろりと、優の背中に手を回した。


「俺、嫉妬深くて最低だな。」


 見上げた優の顔は悲しそうで、薫は慌てて否定する。


「嫉妬、嬉しい。私が悪かったの。」

「……うん。薫も悪い。」


 目が合って、二人同時に苦い笑み。

 優の手に剥き出しの肩を撫でられて、薫の心臓が跳ねる。


「ね、薫?俺、お前が好き過ぎるみたい。」

「わた、私も…です…」

「嬉しい。…冷房、寒くない?」

「優の手が、あったかくてドキドキする…」

「俺もすげぇドキドキしてる。襲いそう。」

「…………熊?」


 優の発言の意味がわからず眉間に皺を寄せて聞いてみたら、優が笑った。優の笑顔に、薫はほっとする。


「本来の姿が変装だからさ。薫、ウィッグ付けてデートしない?仲直りデート。」

「する!」


 笑顔で頷けば、優しい微笑みが返って来た。薫は彼の、この表情が大好きだ。

 顎の下で内巻きになった栗色ボブヘアーのウィッグを被り、優の手で化粧を施された。


「優ってウィッグたくさん持ってるね?」

「俺のだけじゃなくて姉さんのもある。」

「凛花さん?オシャレ?」

「……まぁ、そんなん。」


 何かを飲み込んだ笑いだったが、薫は気にするのをやめた。今はもう、優とのデートが楽しみで仕方ない。


「冷房効いた所行くかもだから、これ羽織って。」

「はーい」


 ブルーの長袖カーディガンを肩に巻かれて、靴は凛花の物を借りた。サイズはぴったりだが勝手に借りて良いのか聞くと、薫なら大丈夫だと優は答える。制服で履いているローファーでは合わない。お言葉に甘えようと決め、薫は優に手を引かれてデートへ繰り出した。


「駅の方でなんか食う?」

「食べる!ケーキが良い!」

「太るぞ」

「体育祭の練習してるもん。動くもん。」

「体育祭なぁ…怠くねぇ?」

「そう?楽しいよ!」

「お祭り女め」


 へへへっと笑って、薫は優の手をぶんぶん振って歩く。反省した後は仲直りだ。

 まだクラスメイト達が学校にいる時間のデートは後ろめたくて、だけど特別な感じがする。どうやら薫が風呂に入っている間に、優は柚木倫に連絡して学校を抜け出した言い訳を頼んだようだ。薫が熱を出して優の家で休ませているという事にしたから、明日は話を合わせろよと言われ薫は力強く頷いた。


「もう優はバイト無いの?」


 夏休みが終わってから、優がバイトの事を言わなくなった為に聞いてみた。優はそれに、微笑んで頷く。


「親父の教育方針でさ、学生の内は勉強と遊びを全力でしなくちゃなんねぇの。夏休みのは特別。」

「ならこれからは構ってもらえる?」

「……そんなに夏休み、寂しかった?」


 子供っぽいなと感じて恥ずかしくて、薫は俯き小さく首肯する。そしたら突然、繋いでいた手が放され腰に回り、密着するように抱き寄せられて驚いた。


「かぁわいい。……外じゃなきゃ、不味かった。」


 どういう意味かと視線で問えば、優は何も言わず、ただとろりとした笑みを浮かべるだけ。何故かその姿勢のまま歩かされ、薫は顔が熱くて堪らない。だけれど優は放す気が無いようで、ケーキが美味しいというカフェに入るまで、解放してもらえなかった。


 カフェで薫はフルーツタルトを食べて、優は甘くないサンドイッチ。小腹が膨れた二人は、ウィンドウショッピングをする事にした。

 指を絡めて手を繋いで、涼しい駅ビルで涼みながらお互いにどういう服が似合うか話しながら歩く。優はひらひらふわふわ女の子らしい服が好きで、薫は機能性重視。


「優は男の子の服も可愛い系?」

「そうだな。あんまり男って感じのは好きじゃないかな。ハーパンとか好き。」

「足綺麗だよね?」

「そりゃな。汚い足でスカートは履けない。…薫も足綺麗。その服似合う。」

「……優が選んでくれたからだよ…」


 褒められたのが嬉しくて、薫は赤い緩んだ顔で笑う。優も照れたのか、ほんのり頬を染めて笑った。


「あれ?優じゃん。なんでもう私服?」


 そろそろ帰ろうかと藤林家に向かう途中、同じ高校の生徒に出くわしてしまった。二人連れの彼らは確か、優の中学の友達だと言っていたなと考え、薫は優の表情を伺う。


「デートの為に抜けた。体育祭だりぃ。」


 普通に会話をする優がさりげなく薫を二人の視線から隠す。意図を察して優の背に隠れ、薫は俯いて黙っている事にした。


「デートって…彼女?」


 何故だか女の子に睨まれてしまい、薫はびっくりして更に優の陰に隠れる。


「睨んでんなよ結花。怖がってんじゃん。」

「睨んでないわよ!優、あの学年一位の男の子は?」

「そっちの趣味はねぇって言っただろ?こっちが本命。」

「よくわかんない!なんなの?」

「なんでお前に説明しなくちゃなんねぇの?」


 怒っている結花という女の子に対する優の声が冷たい。薫はそっと、優のシャツを引いてみる。薫に視線を向けた優の瞳は優しくて、少しほっとした。


「まぁまぁまぁ!なんで二人喧嘩腰?彼女ちゃんビビってんじゃんね?」


 にかっと笑ったのは短髪を茶色く染めた男の子。薫も場をおさめたくて、こくこく頷いて同意する。


「こいつら、中学の同級生。同じ高校、違うクラス。」

「はじ、めまして…」


 優に紹介されてぺこりとお辞儀をすれば、田畑修と名乗った男の子は人懐こい笑顔。優に結花と呼ばれていた女の子は、何故か薫に敵意剥き出しで恐ろしい。


「結花、いい加減にしろよ?俺の大事な子なんだ。流石にキレる。」

「だって…なんでいきなり彼女?興味無いって……」

「興味無かったよ、こいつに会うまでは。大事だって思える奴に会った。それだけだ。」


 優が薫の手を引いて歩き出す。

 泣きそうになっている女の子が気になって、薫は振り向いた。そしたら男の子の方と目が合い、気にするなというような笑顔で手を振られた。

 優が無言で歩くから、薫も無言で歩く。女の子の事を聞いても良いのか、躊躇った。


「勘違いすんなよ?なんでもない。うちで、ゆっくり話す。」

「………はい…」


 夏休みの前にも、あの子をただの友達だと言っていた事を薫は思い出した。あの時は優の秘密を知っているのが自分だけじゃ無かった事がショックで落ち込んだなと考えながら、黙って歩く。

 藤林家に着いて優の部屋に上がると、振り向いた優に唐突に抱き締められた。


「嫌な思いした?怖かった?」

「ううん…。あの子、泣きそうだった。」


 優が心底疲れたという溜息を吐き出したから、薫は優の手に導かれるままに彼の脚の間に座り、腕の中に閉じ込められる。


「よくわかんねぇんだよ。結花は多分、俺の事好きっぽい。でも告白してこねぇし、友達だって言い張るんだ。告られてもいないのに断る訳にもいかねぇし…なんか口出しして来ようとするし…困る。」


 薫は返す言葉が見つからず、黙ったままで優に身を寄せて、そっと彼の髪を撫でてみた。優の腕の力が強くなって、少し苦しい。


「俺が好きなのは薫だよ。信じて?不安になったりしないで?」

「うん。…大丈夫。」

「友達としては悪い奴じゃないんだ。でも俺ももう…どうしたら良いか、わかんねぇ…」


 珍しく優が弱気で、薫は何故か、嬉しいと思った。縋り付くようなこの腕が、とても愛しかった。


「優、大好き…」

「俺も薫だけが、大好きだ。」


 守るように優を抱き締めてみて薫の胸に湧いたのは…この人を誰にも奪われたくないという、強い願望。

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