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嫉妬

 自宅に辿り着くと、優は耐え切れずに服を脱ぎ始めた。


「暑いー、ヤバイー」


 夏場でも、優は薄手で濃い色のカーディガンを着ている。肩幅や腕を隠す目的でそうしているのだ。肩幅については意識して肩を落とし、腕と手は袖で隠して女の子らしさを出している。カーディガンは暑いしウィッグは蒸れる。夏の女装は過酷だ。


「シャワー浴びて来る。適当にしててくれー」


 答えが返って来ない事にチラリと振り向けば、薫の表情は拗ねている事をアピールしている。可愛いからと敢えてそのまま優は風呂場へ向かった。

 どろどろで気持ちが悪い化粧を落とし、汗も流してすっきりする。


「優、服着なよ…」


 首にタオルを巻いただけの下着姿で部屋に入れば、まだ拗ねていた薫に指摘された。服は取らず、優はそのまま薫の目の前に胡座で座る。


「な、ちょい触ってみ?」


 肩と腕を視線で示せば、赤面しながらも薫の手が伸びて来て優の肩や腕に触れる。


「で、自分の触ってみ?」


 今度は不思議そうな表情になって、薫は自分の肩と腕に触れてみる。優の意図がわからない事を首を傾げて示した彼女に、優はにこりと笑い掛けた。


「わかんない?骨格も筋肉の付き方も違うだろ?わかる奴は一発だ。特に瀬尾みたいなのは危ない。」

航洋(こうよう)?どうして?」

「女好きだから。俺の事もなんとなく変だなって思ってる。」


 さっと顔を青ざめさせた薫の髪をくしゃりと撫でて、優は服を出して身に付ける。服を着てからまた座り直し、薫と向き合った。


「まぁそれも理由の一つですが、自分の彼女の体に他の野郎が触れるのは我慢ならんのです。」

「か、彼女…」

「彼女だろ?俺の勘違い?」

「ち、違っ!照れただけ…」

「俺も照れる…」


 お互い赤い顔で、薫は立てた膝に顔を隠し、優は人差し指で頬を掻く。


「まぁ…あれだ。相手は男同士だって思ってるんだし、いきなり態度を変えるのも怪しいから仕方無い。けど、俺もお前と同じだよって事を言いたかった。」

「優も、ヤキモチ?」

「うん。めっちゃ妬く。薫に触れた男全員、蹴り飛ばしたくなる。」

「わ、私も!私もね!優が他の子に抱き付かれてるの…嫌…」


 妬かれた事は嬉しいけれど、教室で女子に囲まれた優の姿を思い出すと複雑で、薫はしゅんと俯いた。優の手が頬に触れて、俯いた顔を上向かされる。


「ヤキモチの後はここでたくさん、抱き締めても良い?」


 とろり蕩けた優の表情。

 赤く染まった薫の顔。

 こくりと薫が頷いたのを確認して、優は薫を抱き締める。また短くなってしまった黒髪を指に絡め、脚の間に薫の体を閉じ込めた。唇を耳へと寄せると、薫の体がびくりと揺れる。


「どうしよ…すっげぇ好きだ……」


 そのまま薫の耳に唇を押し当てて囁けば、薫の腕が背中に回り、ぎゅっと抱き付かれた。

 二人黙ってただ抱き合って、お互いの体温と心音を、感じていた。



 ***



 まだまだ暑い昼間の校庭で、優は体操着にジャージを羽織り、ポニーテールにした黒髪ウィッグを揺らしてやる気無く走る。


「おい、藤林!やる気出せやぁ!」


 ゴールまで辿り着き、リレー選手でやる気満々の堂本に怒鳴られる。他のリレー選手も、優にアンカーを任せた事に不安を覚え始めていた。練習はバトンの受け渡しが主だが、走る練習の時には優の走りに全くやる気が感じられない。これでは勝てないと男子達は嘆いてイラついていた。


「本番ではやるわよ。」

「練習でマックスの力を出せない奴が本番で勝てると思うなぁ!」

「ちょっと、暑苦しいんだけど?」


 燃えに燃えている堂本に、男子達が賛同する。女子達は優を含め、若干引き気味だ。


「うるっさい男子!アンカーの私にバトンを繋ぎなさい!必死に走る事があんたらの仕事よ!」


 腕を組んで仁王立ちした優を、女王様がいると女子達が笑い、男子達は優なんていなくとも勝ってやると気合いを入れる。このクラスの男子は熱い男が多いようだ。



 少し離れた場所では、二人三脚の練習が行われていた。薫の相手となったのは荒井美羽で、小さな彼女と薫のペアはアンバランスだ。運動が得意では無い美羽(みう)は、薫の背中の体操服を掴み、真っ赤な顔で掛け声に合わせて足を動かす。


「荒井さん、焦らなくて良いよ?ゆっくりで大丈夫。」

「う、うん!ごめんね?」

「気にしないで。」


 隣から良い香りがして、美羽の胸はドキドキする。密着している事に緊張して、何度も美羽は転んだ。その度に、腕の力で体を持ち上げられる。細く繊細な体付きなのに力持ちだと、見ている他の女子の胸も高鳴った。


「の、野口くん、本当はリレーに出たかったんじゃない?」


 チャンスだとばかりに話し掛ければ、薫は首を横に振る。


「借り物競争には出るし。……優の走る姿の方が、見たい。」


 ほんのり赤く染まった頬。そんなに好きなのかと、切なくなるよりも羨ましくなってしまう表情だ。


(あーぁ。美羽もこんな風に愛してくれる彼氏が欲しいな。)


 心の中で呟いて、美羽は薫の顔を盗み見る。薫に対する自分の感情が、アイドルを追い掛けるような物なのだと、美羽は気が付いていた。他の女子達も、薫が優を好きだというオーラがあまりにもあからさま過ぎて、もうほとんど、彼ら二人を愛でる事に目的が変わって来ているのだ。


「薫ー!来いよ!」


 汗を拭って休憩していると、薫は男子達に呼ばれて駆けて行く。暑くても男子は元気だなと美羽はぼんやり見守った。

 明るい表情で戯れ合う姿はまるで犬だ。クラスの女子達は微笑ましい物でも見るように、水道側で水の掛け合いをしている光景を眺める。男子は透けるのを気にせずに済むから、女子からしたら羨ましい。これだけ暑ければ、誰もが水を頭から被ってしまいたいと思うのだ。

 ふと、水に濡れた薫が体操着の下にタンクトップを着ている事に気が付いた。重ね着で暑くないのかなと美羽が考えていると、勢い良く出ていた水が誰かの手で止められた。男子達が不思議そうな顔で振り向いた先にいたのは優で、不機嫌な表情で素早く動き、着ていたジャージを薫の肩に掛ける。


「あんた風邪治ったばっかでしょう?ぶり返すわよ。」


 優に手を引かれた薫は黙ってついて行く。良く見れば顔色が悪いようで、具合が悪かったのかなと皆が思った。

 男子達は知らなかったとはいえ水を掛けてしまった事を反省し、しゅんと項垂れたのだった。


 ***


 手首を優に掴まれ、引っ張られて歩きながら薫は焦っていた。ジャージを薫の肩に掛ける瞬間目が合った優が、本気で怒っていたから。


「着替えは?」

「きょ、教室…」


 辛うじて女の子の声。だけど怒りが、滲み出ている。

 どうしようと焦れば焦る程言葉が出て来なくて、誰もいない教室に辿り着いて手を放され、薫は急いで着替えを取った。優のもとに駆けて戻り、目だけで見上げてみたその顔はやはり怒っていて、薫は泣きそうになりながら、また手を引かれていつも着替えに使うトイレに引っ張り込まれる。そのまま何故か優まで個室に入って来て鍵を閉められ、着替えも出来ず薫は固まるしか出来ない。


「…なぁ?ふざけんなよ?」


 男の子の優が、怒っている。


「頼むからこんな姿…他の男に見せんなよ。不愉快過ぎて、頭の血管切れそう。」


 濡れた体を抱きすくめられて、薫は蚊の鳴くような声で、ごめんなさいと呟いた。


「………怖がらせてごめん。出てるから、着替えて。」


 答えを待たず優は鍵を開けて出て行ってしまい、薫は震える手で鍵を閉め直してから濡れた服を脱ぐ。

 遊んでいる間は楽しくて、水が気持ち良いなとしか考えていなかった。下には胸潰し用のタンクトップを着ているし、透けても問題無いと思った。だけど優を、悲しい気持ちにさせてしまった。個室から出て行く時の優の顔は、泣きそうに歪んでいた。

 着替えを終えて出ると、優は入り口近くの壁に背を預け腕を組んで立っていた。薫に気が付くと何も言わず、薫が抱えていた濡れてしまった優のジャージを取って、羽織る。


「濡れてるよ…」

「着てれば乾く。」


 短く返された言葉は冷たくて、薫の目には涙が滲んだ。


「ゆ、優…ごめんなさい…」


 トイレから出て行こうとした優のジャージの裾を掴んで止めて、薫は謝った。優は、振り向いてくれない。


「ごめん。俺今、薫を怖がらせる事しか出来なそうだ。放して?」

「や、やだ…」

「……頼むよ。嫌われたくない。」

「嫌いになんない。から、ごめんなさい。」


 大きな溜息が聞こえた。それにもビクリと過剰に反応してしまう自分が、薫は嫌になる。


「止めたの、そっちだからな?」


 優が振り向いたと思ったら、唇が重なっていた。背中が壁に押し付けられて、薫の両手は濡れた体操着を抱えている所為で何も出来ない。優の両手が髪に差し込まれ、顔を固定された。何度も角度を変えて唇が押し当てられて、優の舌に唇を撫でられる。

 嬉しい。ドキドキする。でも、悲しい。


「ごめん…。泣かないで…ごめん…」


 優が悲しそうに謝るから、気にしないでと伝えたくて首を横に振る。こうなった原因は自分にあるのだと、薫は、わかっている。


「嫉妬で狂いそうなんだ。触れるのは仕方ない。我慢する。でも、薫の肌を他の(やつ)が見るの、嫌だ。」

「うん。ごめん、なさい。気を付ける。迂闊、でした…」

「俺もごめん。酷い事した。」

「だいじょぶ。………帰ろう?ぎゅって、されたい…」

「俺も、ぎゅってしてたい。」


 手を繋いで、二人は教室にある荷物を取ってから学校を抜け出した。

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