表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/51

二学期の始まり

 恋人繋ぎで並んで歩く男女はあべこべな二人。

 男子の制服を纏った女の子。

 女子の制服姿の男の子。

 一夏越えて、二人の身長差は逆になってしまった。


「藤林、背伸びた?」


 教室に入り、同級生の堂本耀司に驚いた視線を向けられて優の目にはみるみる涙が浮かぶ。それにぎょっとしたのは堂本で、隣の薫も驚いた表情で様子を伺った。


「気にしてたのに…女の子なのに……」


 隣の薫に抱き付いて泣き始めた優を、焦った堂本が宥める。

 優の友人の柚木倫と三橋瑠奈も寄って来て、優を見上げて首を傾げた。


「元々高いからよくわかんない。」

「優、真っ直ぐ立ってみて?」


 倫は首を傾げ、瑠奈は確かめようとする。

 えぐえぐ泣いている優は真っ直ぐ立ち、薫よりも若干高くなった事を確かめた友人達の表情を確認してから再び泣き崩れた。


「彼氏より大きくなっちゃった…」

「モデルみたいで格好良いよ?俺は気にしない。」

「………ありがと、薫。」


 涙を拭った優は薫へと頬擦りする。

 友人達に慰められながら席に向かい、これだけ堂々としていれば大丈夫だろうと優は心の中で呟いた。

 薫がまだダメならば、優もとことん付き合うつもりだ。

 まだ百七十を少し過ぎたくらいの身長。このくらいの高身長女子ならばそこまで珍しくもない。現に薫の身長は百七十丁度なのだ。


 始業式で向かった体育館で、優は結花と目が合い睨まれた。彼女は中学の頃から何かと優に関わろうとしてくる。自分を好きなのかと問えばただの友達だと言い、それならと友人として接すれば機嫌が悪くなる。彼女の気持ちに応えられない優としては、友人ではあるが厄介な相手でもあった。


「優、そろそろヤバくね?」


 すれ違いざまに小声で身長を指摘して来たのは(おさむ)で、ニヤニヤ楽しそうな様子に腹が立ち、素早く軽く腹に拳を叩き込んでおいた。ぐはっと息を吐き蹲ったのには気付かない振りをする。

 まだこの女装を続けるならば、厄介なのは優の友人二人。

 修は面白がっているだけで害は無いが、問題は結花だ。暴走されたら困るが、薫の事を話す訳にもいかない。優の味方なのかもしれないが、薫の味方とは限らないからだ。

 優としては、薫には自分の意志で決心してもらいたい。外からの働き掛けで無理矢理となれば、薫の中で歪みが生じてしまうかもしれない。薫のあの男装は、危うい心の均衡なのだ。

 家族を失った事のない優には想像が出来ない苦しみと悲しみを、薫は抱えている。共には背負えないが、気を紛らせてやりたいと願う。


「薫!祭りの季節だ!」

「体育祭に文化祭、まだまだ授業は始まらない!」


 問題はもう一つ。男子達だ。


(ベタベタ触ってんじゃねぇ!)


 心の中で怒っても、表情には出さない辺り優は役者に向いているのかもしれない。

 薫の事を男だと信じて疑っていない彼らは、平気な顔で薫に触れる。肩を抱いたり頭を撫でたり、まるで犬かというように薫を可愛がっている。薫も慣れているのか、特に疑問に思わず受け入れてしまっているのだ。優はそれが、とんでもなく気に入らない。


(俺の、とか言う気はないけどすっげぇヤダ。)


 二学期は、薫を好きになったが故の心労が増えそうだと、優はそっと溜息を吐き出したのだった。



 始業式の後はホームルームを使って体育祭の話し合いが行われる。一学期の内に決めておいた実行委員が前に出て、誰がどの種目に出るのかを決める。体育祭は一週間後。更にその一週間後には文化祭がある。暑さで勉強に身が入らないだろうという事を理由にした、学校公認のお祭り期間が二学期の始まりなのだ。

 優としては、体育祭も文化祭も面倒だなという感じでやる気はない。


「女子ー、やる気出してくださーい!」


 体育祭に関しては女子は全体的にやる気が無いようで、中々選手が決まらない。立候補制の為玉入れや綱引きなど楽な物に人が集まって、リレーなど個人の力が必要になる物は人気が無い。

 出来ればどれにも出たくないと思っていても、何かに参加しなくてはいけないのだ。


「決まらないと帰れねぇんだけど?」


 サクサク決まった男子側が不満を漏らせば、女子側も黙ってはいない。くじ引きで決めれば早いと女子の誰かが言えば、それでは勝てないだろうと男子の誰かが反論する。

 体育祭実行委員である男女二人も、困り果てていた。


「………薫、リレーやめて二人三脚出たら?」


 優が出した提案にも男子達が反論する。足の早い薫が二人三脚に回ってしまえば、宝の持ち腐れなのだ。


「代わりにアタシがリレーに出て勝ってあげる。薫が二人三脚に回れば残り一つが埋まるわよ?早い者勝ち。」

「俺は、それで良いよ。」


 薫が頷けばすかさず立候補者が現れて、一番早かったとクラスの全員の判定で女子の二人三脚最後の枠が埋まる。そして二人三脚の枠にいた比較的足の速い男子が、薫の代わりにリレーへと回った。


「女子のリレー選手、走り切ってくれるなら誰でも良いわよ。アタシがフォローする。」

「てかさぁ、藤林、足速いの?体育でそんな感じしなかったけど?」


 瀬尾が疑わしいそうに呟けば、男子も女子も頷いた。五月にやった体力測定で、優のタイムはそこまで速い訳では無かったからだ。


「あれは怠いから手を抜いただけよ。」

「優は俺より全然速いよ?俺、追い付けなかった。」


 薫が肯定すれば何故か皆納得する。優等生の鏡だなと、優は心の中で拍手した。

 優がやるならと男女混合リレーの女子メンバーも決まり、普通は男が務めるアンカーに優がおさまる。本来の性別からすると薫がここにおさまる方が驚くべき事だったのだが、優以外は真実を知らない為にそうは思わない。


「優、二人三脚、良かったの?」


 無事全てが決まって解散となり、帰ろうと立ち上がった優は倫から心配の眼差しを向けられた。相手が女だから問題無いよと心の中で返して、口に出すのは別の台詞。


「仕方無いわよ。結果的に上手く纏まったでしょう?」


 苦笑を浮かべた優のもとに女子達が集まり、何故か代わる代わる抱き締められた。優は、"健気な彼女"の称号を獲得したようだ。


「でも本当助かったよ!藤林さんがあの提案してくれなかったら、私纏めるの無理だったぁ!」


 体育祭実行委員の女の子には涙を浮かべて両手を握られ、優は困ってしまう。


「役に立てたなら良かったわ。実行委員って大変よね?がんばって?」


 ぽんと肩を叩いて優はその場を離れる。顔を上げた先、不機嫌そうな薫の視線とぶつかった。

 クラスメイト達から見れば、優の勝手な行動への怒りか、他の女子と組む二人三脚にヤキモチを妬かれない事へ拗ねているようにも見える薫の表情。だが優は正しく受け取り、にっこり微笑んだ。


「お互い様ね?」


 薫の頬に口付け、手を繋いで歩き出す。

 背後では見ていたクラスメイトが囃し立てる声。薫は無言で俯き、赤い顔をしている。

 二人きりになったら、薫は怒るだろうか、それとも拗ねるのだろうか。どちらにしても自分も同じだったのだと教えてやろうと決めて、優は楽しそうに笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ