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梅雨の終わり

 梅雨は終わりでもうすぐ夏がやって来る、そんな時期。期末テストの結果に優が拗ねていた。


「納得行かないわ!」


 座っている自分の前に仁王立ちする優を見上げて、薫は困って笑う。


「二点しか、違わないよ?」


 薫と優の間の机の上に広げられているのは期末テストの結果が纏められた細長い紙。薫の名前がある紙の順位の欄は一位。優は二位。


「だって、ずっと一緒に勉強してたじゃない!しかもあんたの方が家遠いから、アタシ、ズルしてその間も勉強してたのよ!」

「そんなズルしてたの?!」

「当たり前じゃない!出し抜いてやろうと思ってたのに!」


 両手で顔を覆って泣き真似をしている優を見上げて薫は困り、側でその様子を眺めていた友人達は苦笑している。


「藤林性格悪っ!」

「うるっさいわね堂本!だってどうしても一位が欲しかったんだもの!」


 呼び捨てで怒鳴られ、堂本耀司の顔は引きつった。そんな堂本の肩を慰めるように叩き、瀬尾航洋が疑問を口にする。


「なんで一位なん?二位だってすげぇじゃん。」


 瀬尾に、優は馬鹿ねと食って掛かる。


「この完璧美少女で学年一位!女共よ泣いて平伏せ!男は崇め奉れ!ってやってみたいのよ!」

「うっわ、さいてー」


 周りの友人全員が声に出し、聞いていたクラスメイト達も同時に心の中で同じ言葉を呟いていた。そろそろ一学期も終わりに近付き、この完璧美少女である藤林優の性格が真っ白では無い事に、クラスメイト達も薄っすら気付き始めている。


「んー…でもさ、夏休みだよ?俺、優とたくさん遊びたいな?勉強も、頑張るけど…」


 遠慮がちに紡がれた薫の言葉に、女のみならず男までもがキュンとしてしまう。優とは正反対に、薫は純真無垢なのだ。


「無理!」

「え?なんで?」


 夏の楽しみを一刀両断され、薫の目に涙が滲む。クラスメイト達は心の中で、泣かせてんなよと藤林優に殺意を抱く。


「夏休みは忙しいの。あんたも道場手伝うんでしょう?」

「そうだけど…毎日じゃないよ?」

「アタシ、バイト掛け持ちするのよ。それ以外にもちょっと忙しくなるかも。」

「えー……全く、会えないの?」


 薫がしゅんと項垂れてしまい、見ている者の胸が痛んだ。俯いた薫の頬をするりと撫でて優は微笑み、唇を薫の耳元に寄せる。


「ちゃんと会いに行くから、良い子で待ってて?」


 途端薫の頬が真っ赤に染まり、嬉しそうに笑った。素直に頷いた薫を眺める優は甘い顔で笑っている。結局の所、このカップルはラブラブのようだ。


「なぁ!藤林が忙しいんならさ、薫の家にお泊まり会とかしねぇ?道場って事は広いんじゃねぇの?」


 堂本の提案に、男達が賛同する。それに女子も楽しそうだと加わり、本人そっちのけで夏のお泊まり会計画が持ち上がってしまう。薫はぼけーっとそれを眺め、面白そうかもしれないなと考えていた。


「薫の家、怖いわよ?」


 優のぽつりと零された呟きに、騒ぎ始めていたクラスメイト達は黙って注目する。注目を浴びた優は、心底怯えている表情を作って語り出す。


「男は多分、問答無用で地獄のような稽古に参加させられるでしょうね。女も同じよ。アタシも怖い思いをしたわ…」

「え?何?藤林、何があったの?」

「私が言えるのは、安易に道場お泊まり会なんて企画すべきじゃないって事よ。」


 青い顔で震える優の姿に、クラスメイト達はゴクリと唾を飲み込んだ。


「と、父さん、熊みたいで容赦ないからなぁ。」


 優に足を蹴られて目線で促され、薫が棒読みでそう言うと、迷惑そうだからやめておこうと集まった人々が散って行く。こっそり優が舌を出していた事には、薫以外、気が付かなかった。


 ***


「薫、お前危機感なさ過ぎ。」


 放課後優の部屋で、薫はツンツン額を突つかれながら叱られていた。


「だ、だって…お泊まり会面白そうって……」

「バレない自信があるならやれば?でもさ、夏だぞ?ずっと胸締め付けるんだぞ?倒れるって。」

「そ…そこまで考えて無かった…」

「そうだと思ったよ。」


 はぁっと溜息を吐いた優は立ち上がり、女の子を脱ぎ始める。優は平気で薫の前で着替えるのだ。薫も毎日の事で、慣れてしまっている。


「ね、優?夏休み、なんでそんなに忙しいの?」


 近くのウサギのぬいぐるみを手に取り、薫はころんと寝転がる。どんどん男の子に戻って行く優の背を眺めて聞いてみたが、優から答えが返って来ない。じっと見つめたまま黙って待っていたら、優の耳が赤い事に気が付いた。


「薫の為」

「私?」

「そ。でもまだ言わねぇ。」

「えー、気になるよ?」

「まだどうなるかわかんねぇし、内緒。でもちゃんと会いに行く。遊びには行けないかもだけど、ごめんな?」


 男の子に戻った優に髪をくしゃりと撫でられて、薫は寝転んだまま緩んだ顔で笑う。


「会えるなら良い。…電話は?」

「夜なら出来るよ。メールも。」

「会いに来ても良い?」

「良いけど、ほとんど家にいねぇよ。」

「そかぁ…。なら夏休み、早く終わらないかなぁ…」

「まだ始まってもねぇよ。」


 大抵二人は、優の部屋で勉強をする。今日も小さな机を出して、向かい合って教科書を開いた。暗くなるギリギリまでの、二人きりになれる短い時間。

 薫は手を止めて、真剣に勉強している優の顔を盗み見る。茶色い前髪が目に掛かって、邪魔そうだ。


「優?」

「んー?」

「前髪、長いね?」

「あー、そろそろ切らなくちゃだな。」


 手を伸ばして、薫は優の前髪に触れてみた。触り心地が良くて、ずっと触れていたい。指先で髪を弄んでいたら、優の手に手首を掴まれ、止められた。


「勉強、したくない?」

「……うん。構って欲しい…」


 願望を口にしてみたら、優の瞳に射抜かれた。心臓が暴れ出して、顔が熱くなる。潤んだ瞳で見返していると、優が掴んでいた手を離して、ぽんぽんと隣に来るように手で示す。

 優がいるのはベッドの側。四つん這いでのそのそ移動して、薫は優の隣に拳一つ分距離を開けて座る。ベッドに背を預け、立てた膝の上に両手を置いた。


「微妙な距離だな。」


 ふっと笑った優が、拳一つ分の距離をゼロにする。優の手は床の上。二人の肩が、触れ合った。


「夏休み、プールとか行くの?」

「ゆ、優が遊んでくれないと、行く相手がいないよ…」

「ならプール、行きたい?」


 こくんと頷いて答えれば、そうかと優が呟く。


「水着持ってる?スクール水着は無しな?」

「う。……持って、ない…」

「行けねぇじゃん。……後半、連れて行けるように頑張るからさ、用意しといてよ。」

「うん…約束?」

「ん。約束。」


 約束が嬉しくて、薫は緩んだ顔で笑う。もう少し、優の側に行きたいと思った。でもどうしたら良いかが、薫にはわからない。


「薫?」

「なぁに?」

「……キス、していい?」


 囁くような優の声に、薫の全身がカッと熱くなる。答えなくてはと焦れば焦る程言葉は出て来なくて、こくりと一度、頷いた。


「俯いてたら、出来ねぇよ。」


 拗ねたように零された優の言葉に、薫は勇気を出してそろりと顔を上げてみる。そうしたら、赤い顔の優と目が合った。彼も恥ずかしいんだとわかったら少しだけ、ほっとする。


「その顔、可愛過ぎ…」


 優の親指が薫の頬を撫で、二人の顔が近付いた。重なる寸前、優が止まる。何故か大きな溜息を吐かれてしまい、薫はパチクリ瞬きする。


「冴子…?カメラ、壊すぞ?」


 優の口から漏れたのは怒りを抑えた低い声。状況を把握出来ず、薫は固まった。


「おぉぅ…バレちまったぜりんりん?」

「もう!サエサエがシャッター押すのが早いのよ!このお馬鹿!」

「面目ねぇ…連写したい願望堪えられなかったぁ。美少年同士の生絡み、興奮しちまったんよぉ…」


 真っ赤で怒りの形相で優が立ち上がり、ドアへと向かう。薄っすら開けた隙間から覗いていたらしき凛花と冴子が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。優は深追いせず、きちりと締め直したドアを背に座り込む。大きな溜息を吐いて頭を抱え、冴子と凛花を小声で罵っている。

 状況を理解した薫も、赤い顔を両手で隠して泣きそうだ。余りの恥ずかしさに声も無く暴れ出したい衝動を堪えていたら、優と目が合った。ちょいちょいと手招きされ、素直に近付く。耳を貸せと動作で示されて、薫は内緒話かと理解して耳を差し出した。


「さっきの、また今度。これも約束な?」


 囁かれ、頬に唇が押し当てられた。

 腰が抜けそうになるのを堪えて、薫はこくこく何度も頷く。そのまま抱き寄せられ、倒れるように、薫の体は優の腕の中。

 赤い顔で不貞腐れている優。

 彼の胸に顔を押し付け、赤い緩んだ顔の薫。

 二人はしばらく、ドアの前に座ったままでいた。

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