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疑いと前進

 藤林優糾弾事件の余波により、男子達は意気消沈していた。


航洋(こうよう)まで反省してるなんて珍しいね?」


 明るく染めた髪に、耳にはピアス。チャラい雰囲気を持つ瀬尾航洋は、人を傷付ける事に頓着しない性格だった。良い人間ではないという自覚もあるし、学外には彼女が数人いる。そんな彼は、あの糾弾でさえ楽しんでいたのだ。


「いやなんかさぁ…藤林が予想以上に強い女で驚いた。」

「机割ったのは凄いよね。俺も出来るかな?」

「薫なら出来そうだなぁ。」


 瀬尾航洋の目の前には、無邪気に笑いながら机を叩いて強度を確かめている薫の姿。わんこのように人懐っこいこの友人を、瀬尾なりに気に入っている。


「昨日柚木に不登校がどうの言われたじゃん?俺、藤林来るまでビビってた。」


 しょんぼり肩を落とす堂本耀司は、野球部に所属している坊主頭の少年だ。


「女の子一人に対してやりすぎたよな。」

「薫に詳しい話も聞かずに突っ走ってさぁ。」

「柚木、泣かせちゃったし…」

「三橋も怒ってたし…」


 落ち込む男子達の視線の先には三人の女の子。

 藤林優は文句の付けようのない美少女だが、その友人もまた、クラス内で上位に入る可愛さなのだ。

 柚木倫は頭のてっぺんで大きなお団子に纏めた髪型が似合う、明るく笑顔の可愛い女の子。

 三橋瑠奈は前下がりのボブヘアーに眼鏡が似合う優等生美人。

 女の子に酷い事をしてしまったという反省の他に、クラスのスリートップに嫌われてしまった可能性に男子達は落ち込んでいるのだ。


「優が相手で良かったね。他の女の子でやっちゃわなくて、不幸中の幸いだ。」

「薫ー、俺らお前の彼女に酷い事したんだよ?なんでそんな優しいの?」


 泣きそうな顔をした堂本に、薫は困ったように笑う。


「優は何も無かったって言った。だから俺も、何も無かったって思う。」

「カップルでお人好しかよ。」


 吐き捨てるように告げられた瀬尾の言葉に、薫は頷き、にっこり微笑む。


「でもそれは、優が許したからだ。優を傷付けるのは、友達でも許さない。」

「お熱いこって。」


 瀬尾はふんと鼻を鳴らして藤林優に視線を向ける。文句の付けようの無い美少女。だけどそんな物が現実に存在するだろうかと瀬尾は考える。薫は優等生で学年トップだが、少年らしい危うさがあるから憎めない。

 だけど藤林優はどうだろう。

 あの完璧美少女の仮面を剥がしたら、その下には何があるのかが、気になった。

 瀬尾の視線の先で、小さく息を吐いた藤林優がこちらを見た。にっこり笑うと立ち上がり、歩いて向かって来る。


「あんた達、さっきからうざったいわね。うじうじしてんじゃないわよ!カビが生えるわ!」


 腰に手を当てて仁王立ち。

 うじうじしている男達の頭を叩いて回る。


「シャンとしろってのよ!倫と瑠奈の方がよっぽど男らしいわよ!」

「何それ失礼なんですけどー」

「倫はともかく私は納得いかないわ。」

「瑠奈の裏切り者!」


 藤林優について来た三橋瑠奈と柚木倫が男子の輪の中に入り、会話を始めた。そこから少し引いた所で、瀬尾は藤林優をなんとは無しに眺める。それに気付いたのか視線が絡まり、藤林優がくすりと笑った。


「瀬尾くん、視線が気持ち悪いわ。」

「ごめんねぇ、藤林があんまりにも美少女でさぁ。目の保養?」

「……嘘吐き。」


 落とされた囁きを、瀬尾の耳は拾えなかった。

 藤林優から感じる違和感。その正体を、瀬尾はまだ掴めない。


 ***


 やって来た放課後、優は中々自分の席から立ち上がらなかった。


「優、帰ろう?」

「少し…時間をちょうだい。」

「んー…でもお母さん、もう来てる。」


 薫の言葉で深く息を吸い込んで、優は気合いを入れて立ち上がる。クラスメイト達にまた明日と告げ、優は薫の手を引いて歩いた。


「優、無理しなくていいよ?」

「ん?あぁ、そっちはもう良いわ。ただアタシ、あんたのお母さんに言おうと思うの。」

「何を?」


 首を傾げ、心底何の事かわからないという顔をした薫をチラリと見て、優はぼそりと告げる。


「本当の事よ。」

「え?」

「だって、"フリ"じゃ無くなったじゃない?だからちゃんとご挨拶しないと…」

「そ、そか!うん!そうだよね!」

「スイッチ切れてるわよ、おバカ。」


 緩んだ女の子の顔になってしまった薫の頭を片腕で抱えて、優は隠す。俯くような状態で歩かされても、薫の顔は元には戻らない。恥ずかしくて、こそばゆくて、ドキドキした。


「熊に食べられたら骨は拾ってちょうだい。」

「来るのはお母さんだけだよ?」

「わかってるけど、そんな気分なの!」


 靴を履き替え、校門へ向かう。

 家の車を見つけて離れようとした薫の手を、優が掴み直して放さない。二人を見つけた奈帆子に薫が手を振り、優は会釈してから後部座席に並んで乗り込んだ。


「奈帆子さん、車を出す前にお話があります。」


 男の声で、優は告げた。

 ゆっくり振り向いた奈帆子は不思議そうな顔をして、優の姿をじっと見つめる。


「この前はちゃんとご挨拶せず、しかも娘さんと同じ部屋で眠ってしまいすみませんでした。こんな見た目ですが、俺、男です。薫さんと、お付き合いしています。騙すような事をしてしまい、本当に申し訳ありません!」


 上半身を折り畳むようにして、優は頭を下げた。

 殴られる覚悟は出来ている。

 最低の変態だという自覚がある。だから優は、黙ってそのまま審判を待つ。


「あぁ、なるほどな。(ゆう)くん…(ゆう)くんか。」


 何故か奈帆子は、小さく声を立てて笑った。


「そうか、納得いったよ。頭を上げてくれ。むしろ君にはお礼を言いたいくらいなんだ。」

「本当はこのような形ではなく、土曜に男の格好で伺い、稔さんにも頭を下げるつもりだったのですが…今日、この格好で嘘を重ねるのもどうかと思いまして…」

「すまなかった。変な場所に誘ってしまったな。だが益々買わなくてはいけないな。薫は"女の子"だから。」


 ふふふ、と楽しそうに笑った奈帆子はシートベルトを締める。サイドブレーキに手を掛けた奈帆子を、優が遠慮がちに止めた。


「あの、この時間なら駐車場が空いているので、うちに寄って頂いても良いですか?流石に買う本人がこの格好なのはマズイと思うんですけど…」

「あぁ、思い至らなかった。ではお言葉に甘えよう。着替えをお借りしても?」

「大丈夫です。」


 あっさり奈帆子に受け入れられ優は拍子抜けしてしまったが、問題は父親の(みのる)だと思い出した。土曜は血を見るかなと窓の外を眺める優の横顔を、薫がほんのり頬を染めて嬉しそうに見つめ、それをバックミラーで見た奈帆子は優しく目を細めていた。

 藤林家の車は優の父が通勤で使っている為に駐車場は空いている。そこに車を止めて、奈帆子にはお茶とお菓子を用意してリビングで待ってもらう事にした。自分の部屋に薫を招き入れ、優は薫を見てにっこり笑う。


「これ、着てみない?」

「制服?」

「そ。着てみなさいよ。けってーい!」


 優はウィッグを外して、着ていた制服を脱ぎ始める。男物の下着一枚になった優が代わりの服を取ろうとした手を薫が止めた。


「優は、これを着て欲しいな…」

「良いわよ。交換ね?」


 厳密に言うと優は自分の物を着るので交換では無いが、二人はそれぞれ、本来の性別の制服を着る事にした。

 ズボンとシャツだけを引っ掛けるように身に付け、優は部屋を出る。


「俺は隣の夏菜の部屋で着替えるから、薫が終わったら声掛けろよ。髪とかやってやるから。」

「う、うん!わかった!」


 一人になった優の部屋で、薫は火照った頬を両手の甲で冷ます。男の体を晒して男の声を出されると、薫の心臓が暴れ出してしまう。

 白いシャツを羽織っただけの優の体を思い出して、薫は一人、ジタバタと暴れた。


「き、着替えなくちゃ。」


 いざ着てみると、女子高生の制服というのは心許ないなと薫は思った。スカートが短くて、足下がスースーする。下着は、サラシを外して以前借りた物をまた借りて身に付けている。


「薫、終わったか?」

「う、うん!着たよ!」


 ノックに答えると、ひょっこりと男の子の優が現れた。少し長いショートカットの髪はワックスで整えられていて、まるで雑誌のモデルみたいだと薫は思う。


「背、同じくらいだから丈は大丈夫そうだな。髪はウィッグで良い?その格好で学校のやつに会うの、恥ずかしいだろ?」

「そ、そだね。女装してるって思われちゃう。」


 薫の台詞に、優がぷっと噴き出した。


「本当は逆なんだけどな。ちゃちゃっとやるから、そこ座れ。」

「はい!」


 優がいつも付けているのではなく、黒髪ストレートのウィッグを付けられ、軽くメイクもされた。目を開け自分の姿を見て、薫の心は踊る。


「可愛いよ、薫。」


 微笑んだ優の言葉には、頭が沸騰してしまいそうになった。

 優に手を引かれて階段を下り奈帆子の前に立つと、薫を凝視した奈帆子の目からハラハラ、涙が零れ落ちる。


「あぁ本当に、本当にありがとう(ゆう)くん…ありがとう…」


 母が泣く姿を見て、薫の胸が痛んだ。自分の行為がどれ程母を傷付けていたのか、突き付けられた気がした。


「薫、ほら。」


 そっと優に押されて、薫は母の前に立つ。


「に、似合う、かな?」

「もちろんだ。とても可愛い女の子だよ。私の…可愛い娘だ。」


 奈帆子も薫と同じくらい身長が高い。運転する為に着物ではない母の腕に抱かれて、薫は黙って、目を伏せた。

 奈帆子の涙がおさまって、結局優も一緒に買い物に行く事になる。年頃の男の子が恥ずかしいだろうと気にした奈帆子に対して、優は薫を見ながら意地悪な笑みを浮かべた。


「姉達に連れて行かれるので慣れていますし、薫が俺の好みの物を身に付けたいなんて可愛い事言うので、俺が選びます。」


 奈帆子は笑っていたが、薫は拗ねて頬を膨らませた。優は時々、とっても意地悪なのだ。

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