女子会
学校からの帰り道、優はコンビニに寄って大量のお菓子と飲み物を買い込んだ。
「今日、帰さないから。」
「へ?帰るよ?」
「だーめ。こんな雨の中を自転車で帰らせると思う?事故ったらどうすんのよ。」
少し不満そうだったが、薫は素直に従い、自分の親に友達の家に泊まると連絡する。それが優の家だとわかるとすぐに許可が下りた。女じゃないとバレた時薫の父親が怖いなと優は思ったが、今は考えない事にする。
薫が朝着て来たレインコートは玄関で干してある。洗濯機の中の洗濯物も乾燥まで終わっていて、優が取り出そうとすると叫んだ薫に突き飛ばされた。
「いったーい!痣が出来たらどうすんのよ!この馬鹿力!」
「ご、ごめっ…だってぇ…」
「パンツぐらいなんだっての!気にするならもっとセクシーなのでも履いて見せてみなさいよ!」
「へ、変態!持ってないもん!」
「色気身に付けて出直して来なさい!」
「ゆ、ユウのばかぁ!」
そんなやり取りもあったが、朝雨に濡れていた薫を風呂に押し込み、優は着替えを用意する。自分の男物を手に取り掛けて、やめた。代わりに手に取ったのは女物の可愛らしいルームウェア。上下揃いで、肌触りの良いパイル生地。上は七分袖だが下が短パンだ。
これを着た薫はきっと可愛いと、想像して優は微笑む。
「着替え、洗濯機の上に置いておくから。制服は干すから持って行くわねー」
「う、うん!ありがとう!」
磨りガラス越しの会話。姉達とはなんとも思わない事が、薫相手だと落ち着かない気持ちになった。
優はさっさと部屋に戻って制服を干し、自分も着替える。薫は淡いブルー。自分はピンクで色違いのお揃いだ。
風呂上がりで戻って来た薫は、想像以上に可愛かった。
「かっわいい!似合うじゃない!ちゃんとブラもした?」
「し、した…でもちょっと、小さい…かも?」
「あら、意外とでかいのね?サイズの事はアタシじゃわからないから、母さんが帰って来たら見てもらいましょ?」
「あ、あの…前にユウが着てた男物が良い…」
「ダメよ、女子会だもの。いらっしゃい、お肌のお手入れもしてあげる!」
「えー…ベタベタやだ…」
口では拒否するが、手を引けば薫は素直に優に従う。ドレッサーの前に座らせて、目を閉じているよう告げてから優はマッサージするように薫の顔に化粧水や乳液を馴染ませた。リップも付けて、髪を梳かして整える。
「可愛い!食べちゃいたい!」
「え?」
抱き締めたら真っ赤な顔で動揺されて、優も慌ててしまう。
「ひ、比喩よ。そんな変な反応しないで。」
「ご、ごめん…」
お互い赤い顔を逸らして、離れて座る。空気がおかしくなったのを誤魔化す為に咳払いをした優は、お菓子を取り出した。
「ほら、あんたの為に甘いのも買ったのよ!夕飯の後にする?」
「あ、これ食べたい。」
「あんたクマ好きね?」
薫が選んだのはクマの形のクッキー。そして露出を気にした薫が足を隠す為に抱えているのもクマのぬいぐるみ。デートでクマの形のケーキを選んでいたからとそのお菓子を買ってみたのだが、正解だったらしい。
「あんた、ファザコン?」
「へ?どうして?」
「クマ、好きみたいだから。」
薫はしばらく考えながらお菓子を味わい、理解したのか笑い始めた。口元に手を当てて、くすくす笑っている。
「意味わかった?」
「うん。そういえば兄さんがね、父さんを見る度に森のクマさんを歌ってたの。私、兄さんはその歌大好きなんだなって思ってたんだけど、父さんから連想したんだね。」
「今わかったの?にっぶいわねぇ。」
「だって、可愛いクマと父さんが結びつかないよ。」
「あんたクマに夢見過ぎ。あ!本物の熊でも見に行く?」
「動物園?行きたい!」
「ならそれもその内。デートね?」
「うん!」
クマのクッキーを薫は三枚だけ食べて、二人は一階に下りる。夕飯の支度は、優の仕事だからだ。
「ユウはすごいね。お裁縫だけじゃなくてご飯も作れるの?」
「お菓子も作れるわよ。あんた料理は?」
聞かれ、薫が浮かべたのは困ったような苦笑い。
「なんでか真っ黒になるの。」
「火が強過ぎるだけでしょう?豪快そうよね。」
「兄さんは、上手だったんだよ……」
寂しそうに呟いて、薫が俯いた。今日はよく"兄さん"の話題が出て来るなと、優は思う。
「手伝う?」
「うん!混ぜるのは得意!」
「それ、ほとんどなんにも出来ないじゃない。」
薫の料理の腕は、酷かった。
包丁を持たせてみれば、自分の手を切断する気なんじゃないかという勢いで振り下ろす。フライパンを熱するよう頼んでみれば、何故か素手でフライパンの温度を確かめようとする。
「混ぜるのが得意、理解したわ。ごめん。」
「ご、ごめんなさい…」
叫び疲れて優はぐったりとしてしまい、薫はしょんぼりと落ち込んでいる。肩を落とした彼女を見て、優は短い黒髪をくしゃりと撫でて微笑んだ。
「今度ゆっくり教えてあげる。練習すれば出来るわよ。」
「うん…がんばる…」
「そこ、座ってなさい。暇ならテレビ見てて?」
「はーい」
テレビは付けず、薫は優の後ろ姿を眺めている。優が振り向いて目が合うと、嬉しそうに笑う。そうして二人が台所にいると、誰かが帰って来た音がした。
「ただいまー。誰か来てるの?」
顔を出したのは優の母で、薫は勢い良く頭を下げてダイニングテーブルに頭突きした。
「だ、大丈夫?ど、どなた?」
「薫だよ、母さん。」
「え?…あ、あぁ!野口薫ちゃん!いらっしゃい。可愛いのねぇ?女の子だわぁ!」
男子高校生の薫しか見た事のない母は、目の前の薫と制服の薫が一致せず混乱したようだ。二人の挨拶を見届けて、優は薫が泊まる事と、下着のサイズの事を母に頼む。少し驚いた様子を見せたが快く了承して、薫は優の母遠子に連れられて行った。
今日は姉達の帰りは遅い。騒がしくなくて丁度良いなと考えながら、優は夕飯の支度をしたのだった。