出会いは桜と共に
ぬいぐるみやレースで可愛らしく纏められた部屋の中、真新しい制服に身を包んだ少女が一人、鏡の前で己の姿を確認している。
見た目は可憐な女子高生。
学区内一可愛いと有名な女子の制服を完璧に着こなし、長い黒髪はふわふわ揺れる。毎日手入れを欠かさない唇は形が良く艶やかで、目は二重でパチリと大きい。背は女子の平均よりもやや高めだが、それは当然だろう。
何故ならこの美少女、女子ではないからだ。
「うっわ!優ってば、マジであんたそれで登校すんの?」
部屋を覗いて驚きに目を見開いたのは藤林家の次女。名を夏菜。派手系女子大生の彼女は声を上げて他の姉妹を呼ぶ。呼ばれ、顔を出したのは長女の凛花と三女静音。
「あら、可愛いわね。」
「凛姉、受け入れたらダメじゃね?」
「ゆうこちゃん美少女ー。本物の女より可愛い。」
「静までそんな事言って、弟が道踏み外してんだよ?!」
騒ぐ次女と微笑む長女、にやにや笑いの三女へとひらり回転して制服姿を見せびらかし、彼女ーーー彼は可憐な微笑みを浮かべる。
「似合えばなんだって良いんだよ。今の内だけだろ?こんなん出来んの。」
発されたのは声替わり後の少年の声。それには流石に、姉達三人の顔が一斉に引きつった。
「安心して?学校ではこっちで喋るから。」
上手い具合に裏声を出せば、彼は完璧美少女。少し声は低いが、背が高い容姿にはマッチしてしまう。
階下に下りた彼は、おっとりした母親に可愛いと褒められ、父親には泣かれて家を後にする。
電車通学は面倒だと考えた彼がこの日から通う高校までは徒歩十五分。途中にある桜並木を見上げ、優は上機嫌で登校した。
入学式、優は壇上に上がった一人の少年へと敵意剥き出しの視線を送る。狙っていた役目を奪われた事による恨みの視線だ。
優の視線の先にいる少年はすらりとした体躯、サラサラの黒髪に流し目の似合う鋭い双眸の持ち主だが、浮かべるのは柔和な笑み。目にする女性全てを魅了しかねない美少年は、入試でトップの成績をおさめ、新入生代表の役目を与えられて壇上にいる。この彼の所為で、優は二位。入学式で優越感に浸りたいという優の願望は、ことごとく砕け散ったのだった。
だが、悔しかったはずの優の興味は少年の姿を見て別に移った。女装させればきっと、少年は美女となるだろう。その姿を想像してうずうずし始めた優はまだ知らない。その美少年、野口薫と今後、深く関わるようになる事を。
桜に祝福された入学式。彼と彼女の物語は、ここから始まる。