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枚数別のご案内――原稿用紙5枚程度の掌編

開拓事情と親心

作者: 陣 杏里

「主任、奴らの正体は分かったかね? 効果的な対処法は?」

「も、申し訳ありません大佐! 鋭意調査中ではありますが、いかんせんサンプルが少なく……」

 白衣姿の青年がぺこぺこ頭を下げる姿に、大佐と呼ばれた男性はため息を漏らした。

「まぁ、サンプルが採取できない我々軍にも責任はある。もしまた機会があれば、可能な限り採取に努めよう」

「あ、ありがとうございます!」

 話を終えて退室を許可すると、青年は何回もお辞儀をして執務室を出て行った。

「……まったく、あんな男に娘はまかせられんな」

 青年は、大佐の娘との交際を申し込みに来たことがあった。20代の若さで惑星開発最前線の研究主任を任され、研究者としてはすこぶる優秀だ。―しかし、それと父親の心境は別である。

 人類が地球を出るすべを身につけ、いくつかの星に根を下ろすようになった時代。大佐が調査団の護衛部隊として降り立ったこの星は、大気組成、重力、気温に気圧などの条件が地球によく似ており、液体の水まで存在していた。人類は天文学的な確率で当たりを引いたと、発見当初は誰もが大喜びだったのだが。

「それにしても、この白いぶよぶよどもときたら……しつこくてかなわんな」

 大佐はデスクの上にある写真に目をやった。調査団の基地を襲ってきた不定形の生物を捉えたものである。

 この星に降り立ってから一月ほどは、調査は順調そのものだった。しかし、ある日突然写真のぶよぶよ達が現れたのだ。決して手ごわくはないが、正体もいつ現れるかも分からないとあっては、心の休まる暇がない。

「……へっくしょい! うぅ、酒でも飲んで寝るか」

 基地の中は空調が効いているが、夜は少し冷える。大佐はいそいそと秘蔵のボトルを取り出した。



「失礼します。大佐、お風邪のほうはいかがですか?」

「大丈夫だ。君に心配されるほどのことではない」

 医務室に入ってきた青年に答えたとたん、咳き込んでしまう。

 一杯やってベッドに入ったはいいが、起きてみれば頭が重い。昨夜の寒気は風邪だというオチが待っていたのだ。

「大体、何で宇宙に来てまで風邪をひかにゃならんのだ?」

「あー、それはですね……人間の免疫機能というのは、長い間病気にかからないとサボる性質があるのです。そんな状態で未知のウィルスや病原菌に攻撃されたら大変なので、基地内部は無菌状態ではないんですよ」

 研究員の仕事に加えて医師免許も持っている青年は、絵を描いて説明してくれた。痛む頭にはなかなか入ってこなかったが。

「ふん、わざわざ菌をまかねばならんとは……免疫とは面倒なものだな」

「まぁ、花粉症なんかも免疫系の過剰反応ですしね。それでも異物から体を守る為には必要な――」

 青年は、言葉の途中で急に黙り込む。

「どうしたんだ?」

「そうか! そうなのかもしれない……」

 うつむいていた青年が、突然顔を上げた。

「大佐! あの白いぶよぶよ達、もしかしたら……この星の免疫みたいなものなんじゃないでしょうか? 身を守るために、外からやってきた異物を攻撃してるんですよ! だったら、何とかして防衛機構をごまかす事ができれば……」

「はぁ? ……いきなり何を言い出すかと思えば」

「すぐに信じてもらえるなんて思っていません。サンプルを更に調査し、具体的な方法を探ります! それで、もし僕の案でうまくいったら、お嬢さんとお付き合いさせて下さいッ!」

 鼻息荒くまくしたてる青年に、大佐は度肝を抜かれた。

「ま、まだ諦めてなかったのか? 言っただろう、うちの娘は箱入りに育てすぎて、男に対して全く免疫が無いんだと――」

「お言葉ですが、世の病気に打ち勝つためにはワクチンの接種も必要です! 今のように免疫がないままでは、いざ病気にかかった時に重症化しないとも限らない」

「ふざけるなバカモン! 人の娘に病原菌を植え付ける気か!」

 そう怒鳴りつけると青年は一瞬ひるんだが、負けじとこう言い返してきた。

「僕は医者です! お嬢さんを守る免疫にならせてくださいっ!」

 ――娘を案ずる父親は、風邪が悪化して一週間寝込む羽目になった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 不穏な冒頭の部分からは、サスペンスホラー的な流れかと思いましたが、あくまで人間ドラマ(コメディ?)だったのが良い意味での期待の裏切りでした。 途中までは完全に「いや大佐、それって絶対風邪じゃ…
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