開拓事情と親心
「主任、奴らの正体は分かったかね? 効果的な対処法は?」
「も、申し訳ありません大佐! 鋭意調査中ではありますが、いかんせんサンプルが少なく……」
白衣姿の青年がぺこぺこ頭を下げる姿に、大佐と呼ばれた男性はため息を漏らした。
「まぁ、サンプルが採取できない我々軍にも責任はある。もしまた機会があれば、可能な限り採取に努めよう」
「あ、ありがとうございます!」
話を終えて退室を許可すると、青年は何回もお辞儀をして執務室を出て行った。
「……まったく、あんな男に娘はまかせられんな」
青年は、大佐の娘との交際を申し込みに来たことがあった。20代の若さで惑星開発最前線の研究主任を任され、研究者としてはすこぶる優秀だ。―しかし、それと父親の心境は別である。
人類が地球を出るすべを身につけ、いくつかの星に根を下ろすようになった時代。大佐が調査団の護衛部隊として降り立ったこの星は、大気組成、重力、気温に気圧などの条件が地球によく似ており、液体の水まで存在していた。人類は天文学的な確率で当たりを引いたと、発見当初は誰もが大喜びだったのだが。
「それにしても、この白いぶよぶよどもときたら……しつこくてかなわんな」
大佐はデスクの上にある写真に目をやった。調査団の基地を襲ってきた不定形の生物を捉えたものである。
この星に降り立ってから一月ほどは、調査は順調そのものだった。しかし、ある日突然写真のぶよぶよ達が現れたのだ。決して手ごわくはないが、正体もいつ現れるかも分からないとあっては、心の休まる暇がない。
「……へっくしょい! うぅ、酒でも飲んで寝るか」
基地の中は空調が効いているが、夜は少し冷える。大佐はいそいそと秘蔵のボトルを取り出した。
「失礼します。大佐、お風邪のほうはいかがですか?」
「大丈夫だ。君に心配されるほどのことではない」
医務室に入ってきた青年に答えたとたん、咳き込んでしまう。
一杯やってベッドに入ったはいいが、起きてみれば頭が重い。昨夜の寒気は風邪だというオチが待っていたのだ。
「大体、何で宇宙に来てまで風邪をひかにゃならんのだ?」
「あー、それはですね……人間の免疫機能というのは、長い間病気にかからないとサボる性質があるのです。そんな状態で未知のウィルスや病原菌に攻撃されたら大変なので、基地内部は無菌状態ではないんですよ」
研究員の仕事に加えて医師免許も持っている青年は、絵を描いて説明してくれた。痛む頭にはなかなか入ってこなかったが。
「ふん、わざわざ菌をまかねばならんとは……免疫とは面倒なものだな」
「まぁ、花粉症なんかも免疫系の過剰反応ですしね。それでも異物から体を守る為には必要な――」
青年は、言葉の途中で急に黙り込む。
「どうしたんだ?」
「そうか! そうなのかもしれない……」
うつむいていた青年が、突然顔を上げた。
「大佐! あの白いぶよぶよ達、もしかしたら……この星の免疫みたいなものなんじゃないでしょうか? 身を守るために、外からやってきた異物を攻撃してるんですよ! だったら、何とかして防衛機構をごまかす事ができれば……」
「はぁ? ……いきなり何を言い出すかと思えば」
「すぐに信じてもらえるなんて思っていません。サンプルを更に調査し、具体的な方法を探ります! それで、もし僕の案でうまくいったら、お嬢さんとお付き合いさせて下さいッ!」
鼻息荒くまくしたてる青年に、大佐は度肝を抜かれた。
「ま、まだ諦めてなかったのか? 言っただろう、うちの娘は箱入りに育てすぎて、男に対して全く免疫が無いんだと――」
「お言葉ですが、世の病気に打ち勝つためにはワクチンの接種も必要です! 今のように免疫がないままでは、いざ病気にかかった時に重症化しないとも限らない」
「ふざけるなバカモン! 人の娘に病原菌を植え付ける気か!」
そう怒鳴りつけると青年は一瞬ひるんだが、負けじとこう言い返してきた。
「僕は医者です! お嬢さんを守る免疫にならせてくださいっ!」
――娘を案ずる父親は、風邪が悪化して一週間寝込む羽目になった。