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お出かけです。

 「何だか新鮮だな、こういうのは」

 雲一つ無い青空の下、あちこちから聞こえる呼び込みの声や忙しない足音を聞きながら、私とレイラ様は並んで歩いていました。

 「友人と、こうして町中を歩くなんて」

 「そうですね。この場所で、この時期ならではだと思います」

 そう言うと、レイラ様もうんと頷きました。

 私たちが自国や近隣国の街であったり、また平日にこうして街中を歩くというのは、立場や服装などの関係でどうにも目立ってしまいます。

 ですが、遠く離れた南国で、今は誰もが着飾って街に出るお祭りの日。

 それに、国民性、と言うのでしょうか。

 おおらかで気さくなローラントの人々は私たちが王族であることを分かっていたとしても、必要以上に畏まったりせず、温かく接してくれる方ばかりでした。

 なんだか少しだけ生まれ故郷ユトリスと似ているように思います。


 露店や街のお店を見ながらのんびり歩いていると、繁華街から少しはずれた海辺に、小さなアクセサリーショップを見つけました。

 見てみようかと中に入ります。

 程良く空調の利いた店内は、白地にオレンジ色の花が散りばめられた壁と、焦げ茶色の床。

 同じく焦げ茶で統一され、つやりと輝くテーブルや戸棚にはキラキラと輝くネックレスやブレスレットなどが置かれています。

 「そう言えば、レイラ様はいつもそのバレッタを着けていますね」

 私は、私の目線より幾分高い所にある彼女の頭を見上げて言いました。

 レイラ様の結い上げられた豊かな黒髪は、シルバーの土台にザクロのように赤い石の並んだバレッタで止められています。

 今も店の照明に照らされてキラキラと輝くそれは、見たところ、少し古い物のようです。

 「ああ、母が昔着けていたものだ。レイゼルでは、15の誕生日に娘の場合は母から、息子の場合は父から、父母が初めて購入した装飾具が贈られるんだ。

 このバレッタは、貴族の箱入り娘だった母が、初めてレイゼルの外に出たときに買ったものだと聞いている」

 「なるほど。素敵な風習ですね」

 「ふふっ、ありがとう。……しかしそうか、考えてみれば、今買う物がそれに当たるのかもしれないのか」

 「そうなのですか?」

 「ああ」

 レイラ様は頷くと、頭を掻きながら小さく苦笑しました。

 「今まで、こう言った物に興味が無かったからな。パーティーで身につける物も、もっぱらメイドや母が選んだものばかりだ」

 「……なんだか、レイラ様らしいですね」

 笑って言うと、レイラ様も、だろう? と笑いました。

 自他共に認める『戦士』であるレイラ様。

 数々の訓練や実戦に身を投じるにおいて、こう言ったアクセサリーは確かに邪魔な物にあたるでしょう。

 「このバレッタもあまり高いものではないと聞いたし、母もこう言う所で買ったのかもしれないな。だがその方がいちいち畏まらなくて良い。

 さあ、行こうか」

 「はい」

 

 店内を歩き回って商品を見ていきます。

 ネックレス、ブレスレット、指輪、髪留めの類の他にも、ガラス張りのショーケースにはティアラなんかもあるようで、小さなお店ですが品揃えは中々で、美しい物ばかりです。

 もしかすると、どれも量産品ではないのかもしれません。

 私はふと、あるテーブルの前で足を止めました。

 テーブルの上には細かく長方形に仕切られた浅い木箱があり、中には色とりどりの石が乗るバレッタが、お行儀良く収まっています。

 「どうしたんだい?」

 そのうちの一つを手に取って見ていると、レイラ様がやってきて、私の手元をひょいとのぞき込みました。

 「いえ、見慣れた植物が見えたので、つい」

 「植物? その花のことかい?」

 「はい。キルシェと言う花です」

 私が手に取ったバレッタには、シルバーの土台に五枚の花びらを持つ小ぶりの花が3つ並んでいました。

 花の周りにはさらに小さく作られた葉が数枚。

 「キルシェ?」

 「暖かい地域に群生する小ぶりの花です。これがほぼ原寸大ですね。

 ほんのりと甘い香りがして、香水やアロマオイルの材料になります」

 「へえ……。色違いのものがたくさんあるけれど、本物もそうなのかい?」

 「ええ。花の中では珍しく、一つの株から様々な色の花が咲きます。一カ所に寄り集まって咲き、大きくなるとそうでもないのですが、株が小さいうちはとても枯れやすく、私も育て始めた頃は温度管理にとても気を使いました。

 そんな姿から、愛や団結の象徴でもあるんですよ」

 私がキルシェを育て始めたのはまだ両親が健在だった頃。植物栽培実習の試験課題でした。

 慣れていない枯れやすい植物を前に慌てふためく私を見て、両親が心底楽しそうに笑っていたのを覚えています。昔の自分たちを重ねていたのかもしれません。

 「なるほど、面白いな。……君が育てていると言うことは、魔術にも関係しているのかな?」

 首を傾げるレイラ様に、私は笑って頷きました。

 そう、キルシェはとある薬になります。

 今、この状況にぴったりな。

 「ふふっ。はい、正解です。キルシェの花と茎の部分を別々にしてから香りが立つまですり潰して、数種のハーブと一緒に煮詰めると……」

 どうなるんだ? と首を傾げる彼女に、私は手に持っていた赤いキルシェのバレッタを差し出しました。


 「とても強力な惚れ薬になります」

 

 ブワッとレイラ様の顔が赤くなります。

 狙い通りです。

 「き、君は、またそう言うことを!」

 「さて、何のことでしょうか。それで、結局どうなさるんですか?」

 アクセサリーは、と聞くと、レイラ様は「うう……」と小さく唸った後、

 「これにする」

 とか細い声で言いました。

 「そうですか」

 良いと思います。と私が言うと、レイラ様もまだ顔を赤くしたまま、小さく笑って頷きました。


 会計へ向かったレイラ様を見送っていると、突然彼女が足を止めました。

 それから、傍らにある何かをまじまじと見たかと思うと、何かを手に取って再び会計へ向かいました。

 何があったのか気になって近づくと、そこにはネックレスが並んでおり、その中に、キルシェの花が付いたものがありました。

 なるほど、お揃いでこちらも買う事にしたのですね。

 お店を切り盛りしているおばあ様とレジで話すレイラ様の横顔も、なんだか楽しそうでした。

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