恋愛相談です。
その日の夜のことです。
まだまだお祭りは始まったばかりと言うことで、今日は夕方の間に街をぐるっと回っただけで宿泊しているローラント城の来客館に帰ってきました。
夕食と入浴を済ませた私は今、来客館三階にある書庫で本を読んでいます。
一年中温暖な気候のローラントは、比較的四季のはっきりしているテレストやユトリスとは違う植物や動物が生息しています。
それらがこの土地でどのような役割を果たしているのか、また、魔術的な活用はあるのかと言ったことを調べようと思ったのです。
今読んでいるのは植物図鑑。
見たこともないような鮮やかな花や果物がたくさん載っていて、貴重な薬草についても細かく解説されています。
知っているものも、知らないものもたくさん載っていて。
いやはや、やはりまだまだ世界は広いようです。
窓辺の席で、所々でメモを取りながら貪るように読んでいると、ふっと手元に影が落ちました。
誰か来たのだろうかと振り返ると、
「レ、レイラ様……」
「こんばんは、ララ。ああ、そんなに警戒しないでおくれ」
そこには白いワンピースに赤い薄手のカーディガンを羽織ったレイラ様がいらっしゃいました。
彼女は苦笑してから私の向かい側の席に座ります。
私はコホンと咳払いをして、
「失礼しました。こんばんは、レイラ様。レイラ様も、本を読みにここへ?」
こう言ってはまた失礼なのでしょうが、今まで乗馬や剣術の訓練をしている姿ばかり見てきたせいか、レイラ様と書庫がうまく結びつきません。
ご本人も、読書と言えばもっぱら歴史書や戦術書で、小説や図鑑の類はあまり読まないと仰っていました。
この書庫は来客館と言うこともあってか、図鑑やこの地方の民話をまとめた本が多く、歴史書などはほとんど無いようなのですが。
そう思いながら尋ねると、レイラ様は首を横に振りました。
「いや、本ではなく、君に用があったんだ。部屋にいないようだったから、ここかなと思って」
「私に?」
「ああ」
にっこりと笑って頷くレイラ様。
しかし、
「その、用とは?」
と聞くと、浮かべた笑顔はそのままに、みるみるうちに顔が真っ赤に染まってきます。
これには流石に驚きました。
「ど、どうかなされたのですか!?」
「い、いや! 大丈夫だ! ただ、その……」
もごもごと言いよどむレイラ様。いつもは何事もはきはきと物を言う方なのに、なんとまあ珍しい。
気持ちを落ち着けるためか、二、三度深呼吸をして、レイラ様は改めて私に向き直りました。
「よし」
「だ、大丈夫ですか?」
「だだ、大丈夫さ!」
目線をきょときょとと辺りに彷徨わせながら言います。
全然大丈夫に見えませんが。
この方がこんな風になってしまうなんて、いったいどんな用なのでしょう。
そう思いつつ、まあ聞いてみないことには何とも言えませんので、話し始めるのを待っていると、レイラ様はまた顔を赤くして、それから、恐る恐ると言ったように、私を見ました。
「その……ギル殿は、女性に人気があるのかな……?」
「…………はい?」
ギルさん?
「ほ、ほら、侍女とか、町の娘たちとか!」
どうなんだ!? と見つめられます。
心なしか、距離が詰まったような。
「そ、そうですねえ……。あ、この間、お城のメイドさん達がカッコイイと言っていた事はありました。まあ、若くして騎士団副団長ですし、女性にも気配りを忘れませんし……」
顔立ちも整っていると思いますし、人気は、あるでしょう。
言うと、レイラ様は少し顔を俯けて、
「そ、そうか……」
と言いました。
ですが、すぐに顔を上げて、
「じゃあ、彼の好きな色はなんだろう」
「好きな色……赤い物は、良く身につけている気がします」
彼の武器である大剣の柄の部分にはめ込まれている石も赤ですし。
言うと、レイラ様の顔がぱっと輝き、
「そうか!」
と言いました。
「じゃあ、それじゃあ……」
「あの、レイラ様……」
「何だ?」
頬を赤く染め、目をキラキラと輝かせたまま首を傾げるレイラ様。
これは、つまり、そう言うことなのですよね?
「好きなんですか? ギルさんのこと」
途端、彼女の顔が耳まで真っ赤になりました。
おお……これは……。
「あ、いや、その……」
「別に隠さなくても良いのですよ?」
これは……。
「や、えっと……」
「おや、私の思い違いでしたでしょうか」
とても……。
「あ、あの……」
「ならば、本人に聞くのが一番ですよ。私では答えられないことも多いですし。すぐにお呼びします」
……おもしろいです。
「あーあー! そうだよ! 私は彼が好きだ! だから、頼むから呼ぶのだけは勘弁してくれ……」
しおしおと机に突っ伏すレイラ様。
何だか、今日は珍しい姿ばかり見ているような気がして、私は思わず笑ってしまいました。
「冗談ですよ。いつもからかわれてばかりなので、仕返しです」
「ララ……」
「でも、何だか意外です。レイラ様は、何事もこうと思ったらすぐに行動するタイプだと思っていたのですが」
「……私だって、つい最近までそう思っていたさ。けれど……」
長い指を持つ綺麗な手が、上気した頬を包みます。
「初めてなんだ。こんな気持ち……。どうしたらいいのか、まるで分からなくて……」
「…………」
少しだけ開いた窓から、彼女を包むように夜風が流れ込んできます。
私は、何だかとても穏やかな気持ちで、目の前に座る、恋する乙女を見ていました。
「ですが、そう思うのなら尚更、私に聞くことは無いと思いますが」
「どうして?」
「私だって、ギルさんの事を何でも知っているわけではありません。それに、ユウ様のことも、国王様や女王様、お義兄様たちの事も。同じ場所で暮らすようになり一年ほどになりますが、私が、テレストの人々に心を開いたのは、つい最近のことです。知らないことの方が、まだずっと多い」
「ララ……」
「それに、私はその、結婚してから恋をしたような人間ですから。お役に立てることも、あまり無いかと……」
「そんなこと無い!」
ガタガタと椅子を鳴らして、レイラ様が立ち上がりました。
驚いて顔を見ると、いつもの凛々しくまっすぐな瞳が私を見ています。
「誰かを想う気持ちは尊いものだ。たとえ順番がどうであろうとも。君の想いは、とても尊く、美しい」
「レイラ様……」
「……すまない。先ほどからずいぶん感情的になってしまって。書庫で大声を出すのはマナー違反だな」
「……今は私たちしかいないようですし、気にすることありません。……その、ありがとうございます」
私は、何の偽りようも無く、ユウ様の事が好きなのです。
けれど、私はそう言った気持ちをストレートに表現する事が苦手です。
そんな今の私の「好き」を、外の誰かが見たとき、いったいどう思うのか。それが、少し怖かった。
ですがレイラ様は、私の「想い」を尊いもの、美しいものだと言ってくださいました。
心がじんわりと、あたたかくなって行きます。
「レイラ様」
「なに?」
「その、私で良ければ、協力させてください」
お役に立てるかは、分かりませんが。
そう言うと、レイラ様はにっこりと微笑んで、
「是非、よろしく頼む。……先輩」
「先輩?」
「恋の先輩さ。そうだろう?」
「そ、そうなのでしょうか? ……ま、まあ、頑張ります」
「ふふっ。ああ! ……私も、頑張る。彼とダンスを踊るんだ」
「ダンス……。なるほど、明後日の」
うん、とレイラ様が頷きます。
明後日は夏至の日。ローラント城では盛大な舞踏会が開かれます。
「では、町に出て何か探しましょうか。ドレスは流石に無理ですが、アクセサリーとか……」
「おお、なるほど。分かった。じゃあ、また明日」
「はい。また明日」
私たちは立ち上がって固い握手を交わしました。
と言っても、何だか気恥ずかしくて、すぐにへにゃっと締まり無く笑ってしまったんですけれど。




