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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
妖霊の巫女編
9/29

偶像と巫女

新年、明けましておめでとうございます!! 夢宝むほうです!

皆さまは、楽しいお正月をお過ごしでしょうか?

ちなみに作者は、小説の執筆をしながら紅白歌合戦を見て新年を迎えました(笑)

昨日は、さすがに小説の執筆はお休みさせていただき、あちこちに買い物に走りまわるというお正月の風物詩を堪能させていただきました!!

今年も、「約束の蒼紅石」をご愛読いただけるよう努めてまいりますので、どうか温かく見守ってくださるとうれしいです。

それでは、新年早々、新章突入! 「約束の蒼紅石」、第9話お楽しみください!

 魂の傀儡子との決着から一カ月と少し。秋は目前と言えども、まだまだ厳しい暑さが鳴咲市を包み込んでいた。

 まだまだ蝉の鳴き声は止むことを知らず、道端には蝉の抜け殻がかなりの数が落ちていた。

 世間では未だに夏休み、しかし、夏休み後半というのは宿題に追われる学生が暑い中必死に筆を動かすか、現実逃避に走るものに分かれる季節。街の活気もさらに増し、市街の熱気はすさまじいものだった。

 だが、そんな暑さを感じることのない場所がある。鳴咲市、最北部は海岸になっていて、そこには地下に討伐者専用訓練施設を備えた灯台が堂々とそびえ立っていた。

 そこは、潮風が吹き渡り、夏の直射日光はあるものの、そんなものは日陰に入れば凌げるし、そうすると、実に潮風が心地よい涼しさを与えてくれる。

 灯台の日陰で2人の男女がそれぞれ片手に炭酸飲料を持って涼んでいた。いや、正確にはある人を待っていたのだ。

 「まさか、蓮華まで討伐者になりたいなんてな。」

 この男は、現在高校1年生の城根卓。討伐者だ。

 「でも、蓮華のもらった贈与の石には武器も契約されてるみたいだし、それに、小鉄さんが特別に組んでくれた訓練プログラムだから、心配ないんじゃない?」

 隣にいた少女はそう言って一口、炭酸飲料を口に含む。すると、口の中で広がる炭酸が弾ける刺激が、この暑さを少しでも和らげる。

 少女の名前は篠崎真理。卓と同様に討伐者で、二人一組を基本スタンスとする討伐者のパートナーでもある。

 「まあ、魂の傀儡子がいなくなって、魂玉の数はめっきり減ったし? そんなに心配するようなことでもないんだろうけど。」

 卓は炭酸飲料の入ったペットボトルを太陽の光の下にさらした。

 透明な炭酸飲料は太陽光を受けて、まるで宝石のようにきらきら光る。

 「蓮華はきっと卓が思っている以上に強い子だよ。」

 「そんなものか。」

 それからしばらく、卓と真理が他愛もない話をしながら時間を潰していると、ふいに灯台の鉄の扉が重々しい音と共にゆっくりと開いた。

 「おまたせ、たっくん、真理ちゃん。」

 扉から、ふわっと広がる茶髪でロングヘアー、そして、ジャージ姿の少女が出てきた。長袖、長ズボンのジャージなので、肌の露出は少ないが、それでも、少ない露出でも分かるほどに彼女の肌は透き通るように白く、きめ細やかな美肌だ。

 「蓮華、お疲れ様。」 

 そう言って卓は蓮華の頭にポンと手を置く。

 それに対して嬉しそうにするこの少女は赤桐蓮華。彼女はつい先日まで一般人だったが、魂の傀儡子の一件にて、贈与の石を手に入れた彼女は卓と真理と同じく討伐者となることを決め、この一週間、灯台の訓練施設にこもっていた。

 「いや~、驚きました。まさか、蓮華さんの石に契約されていた武器が神器だっただなんて。」

 蓮華の後から、卓より少し身長が低く、しかし身だしなみは綺麗に整えた、クールビズ使用のスーツ姿で一人の少年が出てきた。

 「小鉄さん、蓮華のことありがとうございました。ところで神器ってのは?」

 卓は少年に一礼し、顔を上げると質問を投げかけた。

 少年は三浦小鉄。以前にこの灯台下の訓練施設で卓と対峙した討伐者である。本来、この鳴咲市ではなく、東京に配置されていたのだが、真理の兄である篠崎謙介の命によって、訓練施設の管理、及び責任者を任されていた。

 「神器というのは、贈与の石の力そのものを取り入れた武器のことです。実は神器には2種類あって、一つは間接型と呼ばれるものです。僕の武器はこれでして、一度贈与の石の力を注ぎこめば、そこからは一時的に武器が神器となって、それ単体で石の力と同等、あるいはそれ以上の力が発揮できるのです。」

 小鉄の淡々とした説明に真理は何度も頷き、卓は適当に相槌を打ちながら聞いていた。

 「そして、蓮華さんの神器はもう一つの方で、こちらは無変型というもの。石から具現させた時点で神器として機能し、それ以降、わざわざ詠唱を唱えなくても強力な力を得る武器なんです。まあどちらの神器もとても珍しいものなので、討伐者でも持っている人はそう多くはありません。」

 小鉄の得意げな説明を聞き終えた卓は興奮気味で蓮華に声をかけた。

 「すげーな蓮華! これは頼もしい味方が増えたよ!」

 「そんな、私は何もしてないよ~」

 蓮華はどこか恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに返答する。

 「でも、蓮華がいてくれたら助かるよね。」

 真理の言葉に卓は大きく頷く。

 「うん、私頑張るよ。」

 そう言って蓮華は小さくガッツポーズを作って見せた。

 「それでは、僕はこの辺で失礼しますね。とりあえず、これから一旦東京に戻ろうと思いますので。」

 小鉄はそう言って、灯台近くのバス停からバスに乗って鳴咲市の中心街に向った。

 ちなみに、真理の兄である謙介と、謙介の討伐者としてのパートナー、東条要はもともとの担当国であるドイツへと戻っていた。

 小鉄が帰ったそのすぐ後に、卓、真理、蓮華もそれぞれ家に帰った。とはいっても、家族がまだドイツに住んでいる真理は現在、卓の家に居候していて、蓮華の家も卓の家の隣なので、みな帰る方向は同じなのだが。

 これが、昨日までの大まかな夏休み。そして、本日、8月31日。

 卓はまだ夏の暑さが残っているというのは、この場において全く意味のないものだと痛感していた。

 鳴咲市から少し離れた街、そこには東京ドームと並ぶ程の大規模なコンサートホールがある。

 年中、いろんなバンドや歌手などがそこでライブやらコンサートやらを開催していて、基本的に大勢の人で賑わっていた。

 それは今日も例外ではなく、夏の暑さに加え、大勢の人の熱気、そして、会場に地面を揺らすほどの大きな声援が暑さを倍増させていた。

 卓は人混みの中で、額からにじみ出る大量の汗も、これだけの人がいると汗を拭くことすら困難な地獄に気がめいっていた。

 「陽介……もう帰らないか?」

 卓のそんな声はすぐ隣にいるクラスメイトの伊勢陽介にすら届かず、陽介は前のステージに向って何度も大声を張り上げていた。

 「はあ……」

 今の陽介にはどんな言葉も届かないのだろうと一瞬で悟った卓は諦めて、出来る限り、流れ出てくる汗を拭くことに専念した。

 卓と陽介がなぜこのような場所にいるのかと言えば、夏休みのほとんどが補習でつぶれた陽介のお願いで、おひとり様一点までしか売ってもらえない限定グッズがどうしても二つ欲しいといので、一番頼みやすい卓がそのお願いを頼まれたわけで今に至る。

 「ミ! イ! ナ!」

 さっきからずっとこの会場にはその名前を何度も何度も呼ぶ声が響き渡っていた。

 それはこれだけ何千人の人間が驚くほどに同じタイミングでコールしていて、一種の芸術とも思えるほどだった。

 卓の隣にいた陽介もその芸術を作りあげている一人であった。

 しばらく炎天下に晒された会場で名前を呼ぶコールが響き、卓が汗を拭きとる作業をしていると、突然ピタっとコールが止み、代わりに、大きなステージの両サイドの地面から勢いよくピンクのカラースモークが吹きあげた。

 刹那の沈黙の後、会場には再び地面を揺れ動かすほどの声援が沸き起こった。

 「みんな~! 今日はこんな暑いのに来てくれてありがとうお!!」

 ステージのセンターに一人の少女がマイクを持って現れた。少女の登場に、会場のボルテージはさらに向上した。

 「今日は、みんなで最高のライブにしようね!!」

 「おお!!!」

 少女は観客にマイクを向けていたが、そんなことをするまでもなく、隣町にまで聞こえるのではないかというほどの音量で返事が返ってきた。

 少女はへそを露出した、フリフリのミニスカートの衣装に身を包み、その衣装は少女の引き締まったくびれと、大きすぎず、小さすぎずといった美形を保った胸を強調していた。

 髪型は肩にかかるくらいのショートだが、艶もあり、よく手入れされた綺麗な赤い髪。そして、その髪には大き目の黒いリボンが結ばれていて、赤い髪とよく合っていた。

 「それじゃ、ミイナのサマーライブ! 始まるよ~!!」

 少女のその言葉を合図に、ステージにさらに四つのカラースモークが放たれた。

 少女はミイナ。もちろんこれは芸名で本名は椎名美奈しいなみな。芸名、というのは彼女がアイドルだからだ。

 歌唱力、そしてその可愛らしい容姿が大人気となり、今では日本全国に大勢のファンを持つトップアイドルとして活躍している。

 「じゃあ早速一曲目! ラブレター! 行くよ~!」

 ミイナがマイクを口元まで近づけると、コンサートホールに軽快なノリのいい音楽が流れ始める。そして同時に、色鮮やかなライトが、ステージの中心に立つミイナを照らした。

 曲が流れ始めると、会場にいるファンはライトスティックを取り出し、リズムに合わせて揺らしたり、その場でジャンプしたりするものも現れた。

 ちなみに卓はただただステージで踊りながら歌うミイナに見惚れていて、その横では陽介が『ミイナLOVE』とピンクの文字で書かれた鉢巻きを額に巻いて発狂していた。

 曲がサビに入るころ、会場のボルテージは最高潮に達していた。卓も、騒ぎこそしなかったが、完全にミイナの歌に聞き入っていた。

 ミイナの歌、ラブレターの歌詞は、恋する女の子が、片思いの気持ちを好きな相手に伝えられないもどかしさを書いていたもので、卓にもどこか心に響く歌詞だった。

 ミイナは笑顔を絶やすことなく、炎天下と、ライトの熱で大量の汗を流し、ミイナが踊って動くたびに、その汗はキラキラとミイナの周りを舞った。そんな姿がいちいち絵になるミイナはこれだけのファンを魅了するという事実を納得させるのに十分過ぎるものだ。

 それから、2時間におよぶライブはボルテージが下がることもなく、熱気がこもったまま行われた。

 会場の暑さは、会場から出たときに、夏の暑さが涼しく感じられるほど強烈だったとしか表現できないほどだった。

 帰りの電車の中、卓は疲れて眠り、陽介はその隣で目当てだった限定グッズの入った紙袋を見つめ、にやにやしていた。ちなみにまだ額には例の鉢巻きが健在だ。

 「じゃあ、また明日な。」

 「おう! 今日は付き合ってくれてサンキューな!!」

 鳴咲市に着くと、卓は重たい身体を引きずりながら、そして対照的に陽介は軽い足取りでそれぞれ家に帰った。

 「ただいま~。」

 卓は玄関のカギを開け、家に入った。

 「母さん、ただいま。」

 卓が、玄関に飾ってある母親、城根結衣子の写真にほほ笑むと、リビングから真理がひょいっと顔を覗かせた。

 「卓~、今日は蓮華がご飯作ってくれたよ~」

 「えっ!? 蓮華、来てるのか?」

 卓は靴を脱ぎ棄ててそのままリビングに直行した。

 すると、テーブルにはサラダやハンバーグなどが、豪勢に並べられていた。

 「あ、たっくん。おかえりなさい。」

 卓がテーブルに並ぶ夕食を眺めていると、キッチンからエプロン姿の蓮華がお盆に茶碗を乗せてリビングに入ってきた。

 「蓮華、わざわざ悪いな。」

 卓が申し訳なさそうな表情をすると、蓮華はにっこり笑った。

 「ううん、私こそ勝手にお邪魔しちゃって。」

 「気にするなよ。てかむしろ大歓迎だって。」

 卓のその言葉に蓮華は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 「卓~、蓮華~。早く食べようよ~!」

 そんな中、真理は椅子に座って催促するように言った。

 「おう、そうだな。」

 「うん。」

 真理に急かされて、卓と蓮華もそれぞれ椅子に座った。



 同時刻、鳴咲市の外れにある路地。

 「はっ、はっ、はっ! いやあああ!」

 人気ひとけの少ない静かな路地に、全速力で走って息を荒だて、叫ぶ女性がいた。

 女性の目には涙すら見受けられ、走り続けたのか、足に限界が訪れ、もつれた足に引っ掛かり、女性はその場で派手に転んだ。

 「ひっ! ひぃ!!」

 女性はひどく動揺していて、すぐに自分が走ってきた路地を振り返る。

 すると、後ろから、夜のせいではっきりは見えないが、大きな影が女性に向って迫りくるのが確認できた。

 そして、その影が少し動けば、月明かりが、その手にある大鎌を光らせた。

 「お、お願い……助けて――」

 女性はもう立ちあがることも出来ず、その場でただ全身を震わせることしかできなかった。

 だが、そんな女性に向って、迫りくる何者かは、無情にも大鎌を振りかぶった。

 「いっ! いやああああああああ!」

 女性の叫び声と同時に大鎌はその身を切り裂いた。

 まるで紙を切るかのように女性の身体は切断され、その場で両腕、両足は肢体から切り離され、おびただしい量の血が路地を赤く染め上げた。

 何者かは、腕も足もない女性の身体に、大鎌を突き刺し、そして目の高さまで持ち上げた。

 持ちあげた際に、腕と足の付け根から再び大量の血が流れ出る。

 「…………」

 何者かはその女性の無残な死体を無言で見つめた後、大鎌の刃から女性の死体を空中に解放し、そして、落下する前に首を大鎌で掻き切った。

 ついに、頭すら無くなった肢体はベチャリという生々しい音をたてて路地に転がった。

 女性の大量の血を帯びた大鎌は月明かりに照らされ、美しく輝いていた。

 何者かはその闇夜に姿を眩ませた。


 それから数十分後、鳴咲市にはサイレンと音がしきりに鳴り響いた。

 「……これはまた、無残な仏さんだな。」

 肢体の周りに切り落とされた手足、そして頭を見て男はポツリと呟いた。

 殺人現場には4台のパトカーが赤いライトを回していて、すでに黄色いテープで立ち入り禁止を記していた。

 男は顎に少しの髭をたくわえ、比較的しっかりした体格はスーツに身を包んでいた。白髪混じりの髪からはどこかベテラン臭すら感じられる。

 すでに現場では鑑識などが血液採取など行っている中、一人の若い男が顎鬚の男の元に駆け寄ってくる。

 「っ!? う、うげええええ。」

 若い男はふいに惨殺された死体を見て、その場で吐き戻してしまった。

 「いい加減慣れろ。そんなことをしては仏さんに失礼だろ。」

 「けほっ! けほっ! ……はい。ですが、これはあんまりにも……」

 若い男は血の気が失せた真っ青な顔でよろよろと立ちあがった。

 「……で、私に何か報告があるのではないのか?」

 「あっ! はい、この辺一帯の聞き込みを行いましたところ、目撃者はこれと言っていませんでした。」

 「そうか……」

 顎鬚の男は、眉間にしわの寄せ、険しい顔つきになった。

 「あの、聞き込み、続けますか、城根警部補?」

 若い男の言葉に城根警部補と呼ばれた男は首を横に振った。

 「これ以上の聞き込みは無意味だ。とりあえず、この死体の回収を最優先しろ。」

 城根警部補の言葉に、若い男はおそるおそる死体に近づいた。

 (またなのか。いい加減こんな血肉を拝むのはこれっきりにしてほしいものだ……)

 城根警部補は、この惨殺現場を美しく照らす月を見上げた。

 

 

 翌日、9月1日。

 夏休みが終わり、新学期初日となったこの日の教室にはどこか落ち着かない、そんな空気が流れていた。

 「はあ……夏休み、終わっちゃったね。」

 教室で、机に頬杖をついていた春奈はふいにそんなことを呟く。

 「でも、2学期には学園祭もあるよ?」

 春奈を励まそうと口を開いた蓮華だったが、春奈はわざとらしく目を細めて言った。

 「蓮華も、なんか夏休みの最後の方遊んでくれなかったし~」

 拗ねたように唇を尖らせた春奈に蓮華は困惑の表情を浮かべた。

 「……ごめんね、春奈。」

 落ち込む蓮華を見て、春奈はふっと笑って蓮華の頭を抱き寄せた。

 「冗談よ~! もお蓮華は本当に可愛いわね!」

 「春奈~。苦しいよ~」

 しばらく春奈に頭をもみくちゃにされた蓮華はぷはーっと息を吐いて春奈の腕から逃れた。

 そんなざわめきが渦巻く教室の中、窓際の席に座る卓はどこか疲れきった表情を浮かべていた。

 理由は言わずとも、昨日のミイナのライブにあることは明明白白。だが、そんな卓に対して、同じライブに行った伊勢陽介の表情は明るかった。そして、陽介はスキップ混じりの足取りで卓の元に駆け寄った。

 「なあなあ! 卓、聞いてくれよ! ニュースだ! ニュース!」

 目をキラキラ輝かせ、陽介はある雑誌の一ページを開き、卓の机に広げた。

 「……お前、なんでそんなに元気なんだよ。」

 卓はあからさまに陽介に向けて疲れきった表情を向けるも、物の見事にスルーされ、陽介は自分の要件を続けた。

 「ミイナちゃん、鳴咲市に戻ってくるみたいなんだ!」

 「えっ?」

 卓はふいに机に広げられた雑誌に視線を落とす。すると、そこにはミイナが見開きで写っていて、写真の上に黒字でインタビュー形式の文字がつづられていた。

 ちなみに、鳴咲市に戻ってくるというのは、ミイナこと椎名美奈は鳴咲市出身で、今はトップアイドルとして最低でも週2で東京またはその付近でイベントを催す彼女は通勤の関係で、東京に一人暮らしをしていた。

 実家は神社で、鳴咲市の最西にあるのがそれだ。

 「どうやら、この新学期に合わせて戻ってきてるらしいんだ! あ~もしかしたら昨日ライブの後待ってたら一緒に帰れたのかな~」

 陽介は一人でどんどん暴走し、呼吸は興奮のせいか乱れていた。

 「それはストーカーだろ。ってか、まさかこの学校に転校してくる、なんてお約束展開じゃないんだろうな?」

 卓のそんな何気ない問いに陽介は愕然と肩を落とし、首を横に振る。

 「いいや、ミイナちゃんは光陵学院に通うらしい。」

 私立光陵学院、鳴咲市でも指折りの名門校で、学校の敷地内に希望制の学生寮があり、世間一般に言われるお嬢様学校と呼ばれる部類の学校だ。

 「まあ、そりゃトップアイドルなんてものにもなれば、そうなるよな、普通。」

 「現実ってのは厳しいよな~!」

 陽介はわざとらしく嘆く。

 「そういえば、ニュースと言えば、今朝見たんだけど、また鳴咲市で惨殺事件が起きたらしいな。」

 卓の振ったその話題に後ろに座っていた真理が答えた。

 「これで4人目だっけ。この町ってこんなに物騒なの?」

 真理の問いに卓は首を横に振り、否定した。

 「いや、こんなの最近だよ。それに、殺し方があまりに無残だから、もはや人間の仕業かどうかすら疑う輩も出てきているらしいしな。」

 「人間じゃないって、冥府の使者とでも?」

 「さあな。」

 真理の質問に卓は肩をすくめるだけだった。

 そんな会話をしている中、陽介はまるで無関心のように、雑誌にでかでかと写っているミイナの写真を舐めまわすように見ていた。

 その日の学校は新学期初日ということもあり、始業式で学校が終わり、昼時前には学校から解放されることとなった。

 しかし、それは何の部活にも所属していない、卓、真理、蓮華、陽介のことであり、空手部に所属していた春奈は新学期ミーティングというものに参加しなければならなく、泣く泣く空手部の部室へと姿を消した。

 帰宅部である陽介も、アイドル、ミイナの初回限定のアルバムを買うとかで、早々に教室から飛び出し、中心街へと向かった。

 「今日はどっか寄って行くか?」

 校門を出たところで卓が提案すると、真理と蓮華は特に迷った様子もなくすんなり頷いた。

 「じゃあ、どこか行きたいところあるか?」

 卓が二人に訊ねると。蓮華がふとカバンから一枚のチラシを取り出した。

 「なんか、街の方に新しいスイーツビュッフェが出来た見たいだから、行ってみたいな~なんて。」

 少し照れくさそうに頬を赤らめて提案する蓮華に、卓は少なからず胸の鼓動が速まるのを感じた。

 「あ、それ私も気になってた。」

 真理も蓮華が取りだしたチラシを横から顔を覗かせて食いるように見た。

 「なら、そこに行ってみるか。」

 「やった!」

 蓮華は卓の承諾に、両手をそっと合わせてにっこりほほ笑んだ。

 ちなみに街というのは鳴咲市の中心街のことで、最初に卓と真理が再会したショッピングモールを含め、たくさんの娯楽施設や、幅広いジャンルの店がある。

 卓たちが通う聖徳高校からはバスで行けば10分ほど、徒歩でも30分はかからないといった距離に位置する。

 これは余談となるが、ミイナこと椎名美奈が通う光陵学院はこの中心街にある。

 「なら、時間もあるし歩いて行くか。」

 それから、3人はこれから行われる学園祭のことや、新学期にやりたいことなど、普通の会話をしながら、歩いた。しかし、時折、討伐者について、そしてそれに関連する話も持ち上がってくることもあった。

 討伐者となった蓮華を含め、卓、真理はこれからは基本的に3人1組で行動することを以前に小鉄から指示されていた。討伐者とは普通なら2人一組なのだが、何せ急遽討伐者となった蓮華のパートナーをすぐに探し出し、鳴咲市に連れてくるのはいささか困難なことであり、何よりその提案は蓮華自身が断っていた。

 一時は小鉄が臨時で蓮華のパートナーになるかという話も、蓮華が灯台下の訓練室に入るまではあったものの、蓮華の実力を見た小鉄は結局、卓と真理の3人でも十分過ぎるほどにやっていけるだろうという判断を下した。上層部もこの小鉄の提案を無碍むげにあしらうこともせず、むしろ快諾したというほうが正しい。というのも、卓と真理が魂の傀儡子を討伐したという事実は無論のこと本部、そして総帥の耳にも届いているわけで、二人の実力は大いに評価されたのだ。

 と、そのようなさまざまな話をしているうちに3人は鳴咲市の中心街へと辿り着いた。

 「久しぶりに来てみるけど、相変わらず賑やかね。」

 真理は中心街に着くなり、あちこちの店から流れ出る音楽や、店員の呼びかけなどにういちいち耳を傾けた。

 「ところで、そのスイーツビュッフェってのはどこらへんにあるんだ?」

 卓は少し後ろを歩きながら、チラシを覗きこむ蓮華に問いを投げかけた。

 「うん、この道をもうちょっと真っすぐ進むとある――きゃっ!」

 蓮華がふっとチラシから顔を上げて前を見ようとした瞬間、向いから早足で駆けてきた帽子を深く被った少女とぶつかり、二人ともその場で尻持ちをついた。

 「大丈夫か!?」

 すぐさま卓と真理が二人のもとに駆け寄って卓が見知らぬ少女を、真理が蓮華をそれぞれ立ちあがらせた。

 「すみません。急いでいて。」

 帽子を深く被った少女は蓮華に頭を下げた。少女はピンク色の可愛らしいセーラー服に身を包み、だからこそ、頭に被っている唾付きの帽子はアンバランスなことこの上なかった。

 「い、いえ。こちらこそぼんやりしていて。」

 蓮華も釣られるように頭を下げる。

 「気にしないでください。では私はこれで――」

 「居たぞ! あそこだ!」

 「!?」

 少女がその場を立ち去ろうとした瞬間、少女が走ってきた方向から、黒ずくめの男が3人ほど、追ってくるようにこっちに向ってきた。

 「えっ? 君、もしかして追われてるの?」

 卓の問いに少女を口を紡いだが、しっかり頷いた。

 そして、卓がふいに真理と蓮華と顔を見合わせると、二人とも何かを承諾したように頷く。

 「逃げよう!」

 「えっ!?」

 卓はとっさに少女の手を取り歩いてきた方向に駈け出した。真理と蓮華もそれにしっかりついてくる。

 「待ちなさい!」

 そんな4人の後ろから人混みを上手く避けながら黒ずくめの3人は追ってくる。この猛暑の中、スーツ姿の男はそれを苦にしていないかのように、ほとんど汗もかいておらず、ただ足を止めることなく駆け続ける。

 「よしっ! 真理、蓮華! あれに乗るぞ!」

 卓が少女の手を掴んでいない方の手で前方にバス停で止まっているバスを指差した。

 「「分かった!」」

 真理と蓮華は後ろを気にしつつも、走り続け、卓と少女の後にバスに駆けこんだ。

 バスの運転手は一瞬驚くように目を見開いたが、すぐに気を取り直し、バスを発車させた。

 黒ずくめの男たちはぎりぎりでバスに乗り合わすことができず、卓たちはバスの最後部座席から、黒ずくめの男3人が立ち往生しているのを確認した。

 それから、卓たちが乗り込んだバスは20分少々、舗装された道をひらすら走り、炊くたちの自宅からの最寄のバス停で降りた。

 「……えっと、なんか勢いでこんなとこまで来ちゃったけど、暑いし、ちょっとウチに寄って行くか?」

 卓が、半分冗談交じりで提案し、指で自宅を指したが、少女は少し間を置いて小さく頷いた。

 そんなやりとりがあって、真理、蓮華、そして帽子を深く被った少女がテレビ前のソファに座っている。

 「粗茶ですが、どうぞ。」

 キッチンから、お盆に4つのグラスに入った麦茶を卓が運んで、それぞれの目の前に置く。

 「……ありがとうございます。」

 少女は遠慮深げにそのグラスに手を伸ばす。白くて小さな綺麗な両手でグラスを手に取り、くぴっと一口麦茶を口に含む。卓はそんな何気ない動作に目を奪われていた。

 「……ところで、家の中でも帽子被ってるんだね。」

 卓が少女に見惚れているのに気がついた真理は少しむすっとした表情で少女に問いかけた。

 「あっ、そうですよね。……すみません。失礼しました……」

 少女はためらいがちに帽子へと手を伸ばす。だが、その手は微かに、それでいて確かに震えていた。

 「えっと、大丈夫?」

 「!!」

 卓が心配そうに声をかけるのとほぼ同時に、少女は勢いよく帽子を剥ぎ取った。

 「「「!!??」」」

 その瞬間、卓の家のリビングの空気が凍りついた。

 「……」

 帽子を剥ぎ取った少女は少し気まずそうに俯く。

 「えっと。」

 卓はおずおずと俯く少女に視線を送る。

 帽子を取ったことに露わになった髪は、赤いショートヘアで、それでいてしっかり手入れが行きとどいているのか、美しい艶がリビングに差し込む日の光に反射していた。

 そんな少女の姿を見て、卓だけでなく、真理も蓮華も驚いたように目を見開く。そして、そんな空気を打破したのは卓の一言だった。

 「もしかしなくても、ミイナさん?」

 卓の問いに少女はまたしても無言で頷く。

 「「「えええええ!!」」」

 卓と真理、蓮華の声が完全に重なり、驚愕の叫びとなってリビングに響き渡った。

 「改めまして、椎名美奈と申します。先ほどは助けていただきありがとうございました。」

 少女がアイドルのミイナこと椎名美奈と発覚し、しばらく騒然となったが、それがひと段落したところで、美奈はソファに座ったまま深くお辞儀した。

 「まさか、本当にアイドルの椎名美奈だったとは。」

 卓のその一言に美奈をむっと表情をしかめて、口を開いた。

 「あの、初対面なのに、いきなり呼び捨て? ちょっと慣れ慣れしいんじゃないの?」

 「えっ……」

 いきなりの態度の豹変ぶりに卓はもちろん、真理と蓮華もお互い顔を見合わせ戸惑いを露わにした。

 「……気に触ったのならごめん。」

 「えっ!?」

 卓が素直に謝ると今度は美奈が不意を突かれたように驚いた。

 「どうした?」

 美奈の驚きに卓は首を傾げた。

 「……私の本性知って、よくそんな普通にしてられるわね。だって今の私、テレビとかコンサートで見るのと全然違うでしょ?」

 美奈の質問に、しばらくリビングに沈黙が訪れたが、卓は平然とした表情で答えた。

 「まあ、確かにそうかもしれないけど。……でも、こんなこと言ったらまた怒るかもしれないけどさ、俺はあんまり君のこと知らないから。だから、ちょっとは驚いたけど、それだけだよ?」

 卓の答えに美奈は少しの間、驚いたように目を丸くしていたが、ふっと笑みをこぼして口を開いた。

 「あ~あ。まだまだ私の知名度も大したことないのかもしれないわね~」

 「えっ!? あっやっぱ怒った――」

 美奈の言葉にすぐにフォロー入れようと卓が身を乗り出そうとしたが、美奈がすかざず卓の目の前でぴっと人差し指を立てて、可愛らしいウィンクを見せたあと続けた。

 「だ、か、ら、君にはこれから私の魅力を教えてあげる!」

 「「「!!???――」」」

 そんな危うげな美奈の言葉に、卓は心臓が跳ねあがりそうになり、真理の蓮華の心境も穏やかではなかった。

 「ちょ、ちょ、ちょっと! いきなりなんてこと言ってるの!」

 真理が思わず身を乗り出して赤面すると、美奈はいたずらに笑みを浮かべ、茶化すように言った。

 「もしかして、あなた、この人のこと好きなの?」

 「――!! ば、馬鹿なこと言わないでよっ!!!」

 美奈の言葉に真理はさらに声を荒げ、一気にグラスに入った麦茶を飲みほした。

 「あまり真理をからかわないでやってくれ。」

 卓がため息交じりに言うと、美奈はは~いと返事して、再び麦茶を一口。

 「あの、ところで、美奈さんを追っていてあの人たちは……」

 おずおずと切り出した蓮華を見て、美奈はふっと表情を和らげた。

 「やっぱり、美奈でいいわよ。なんかあなたたちとは仲良くやっていけそうだから。」

 その時の美奈の笑顔は卓を問わず、その場にいた誰もが息を飲むほどに魅力的だった。

 「じゃ、じゃあ俺達のことも呼び捨てでいいよ。俺は城根卓。」

 「……篠崎真理。」

 卓の視線を受けた真理はぶっきら棒に名前だけを名乗った。

 「私は赤桐蓮華。よろしくね美奈ちゃん。」

 「うん、よろしく。」

 さすがはアイドルと言ったところで、その笑顔はとても可愛らしく、そして周りの人間を魅了する魔力めいたものさえ秘めていた。

 「で、あの追ってきた男たちは――」

 卓が本題に戻すと、美奈の表情は少しくぐもった。

 「もしかしてストーカー?」

 真理の言葉を美奈は首を横に振って否定した。

 「あの人たち……ううん。やっぱりあなたたちを巻き込むのはダメよね。」

 そのとき見せた美奈の表情はどこか寂しげで、それを見た卓は少し胸が痛んだ。

 「……話すだけでも話してくれないか? もしかしたら力になれるかもしれないだろ?」

 卓のその提案に、真理も蓮華も頷いたが、美奈だけは首を横に振る。

 「気持ちは嬉しいけど、でもやっぱりあなたたちには」

 「見つけた。」

 「「「「!!??」」」」

 美奈の言葉を遮ったのは、卓の家のリビングの窓から顔を覗かせた先ほどの黒ずくめの男たちの一人だった。

 「なっ! もう追ってきたのか!?」

 卓たちが驚きを露わにしてると、美奈がすかさず、玄関のほうから家を飛び出した。

 「美奈!?」

 卓と真理、蓮華もすぐに美奈を追って外に出ると、美奈は黒ずくめの男たち三人に囲まれていた。

 「駄目! 君たちはここから逃げて!」

 自分を追って外に出てきた卓達を見た美奈は自分の立場を忘れ、叱咤するように言った。

 「そんなこと言ったって――」

 卓がそれでも美奈に近づこうとすると、黒ずくめの男の一人が前に立ち塞がった。

 「邪魔はしないでもらいたい。」

 「ふざけんな! 目の前で女の子が困ってるのに、見て見ぬふりなんて出来ないだろうが!!」

 そんな卓に真理はため息をついたが、その口元は緩んでいた。

 「……そうですか、では、力づくで。」

 「!! やめて!」

 美奈の叫びが響いた瞬間、黒ずくめの男たちの身体からみしみしといった軋んだ音が聞こえ始めた。そして、次の瞬間、男たちの身体は真っ二つに引き裂かれ、しかし血飛沫ちしぶきなど出ることもなく、中から、なにやら生々しい物体が出てきて、次第に形を成していった。

 「何だよこいつら……」

 「……」

 卓達が動揺する中、美奈は醜く変貌する男たちを険しい目つきで見据えた。

 ついに、スーツ姿の男たちは、その面影など微塵も見られず、さっきまで男たちがいた場所には、幾本もの触手を揺れ動かし、巨大な口腔こうくうを腹部のあたりに備え、顔は茶色の毛で覆い尽くされ、その素顔は隠された、怪物とでも呼ぶべき生物が居座っていた。

 「……おぞましいわね。」

 そんな怪物たちを一瞥した真理の放った言葉。この言葉を聞いた怪物たちはより一層激しく触手を揺れ動かす。

 「逃げて!」

 怪物を前に立ちつくす卓たちに美奈は大声で指示した。

 「……美奈、逃げる前に一つ聞く。こいつらは人間ではないのか?」

 美奈に向って、卓は出来るだけ冷静を保って質問を投げかけた。その質問に、美奈は今度は盾に首を振る。

 「信じられないかもしれないけど、あれは人間じゃないわ。簡単に言えば妖怪の類。……だから、早く逃げて。」

 美奈の答えに卓はもちろん、真理と蓮華もふっと安堵の息を漏らす。

 「美奈、だったら逃げる必要は無くなったよ。」

 「えっ!?」

 困惑する美奈をよそに、卓と真理はブレスレッドに加工した贈与の石にふっと手を触れ、そして口を開く。

 「「具現せよ! 我が剣!」」

 卓と真理の詠唱が完全に重なり、そして同時に辺りは蒼と紅の光に包まれた。

 「!? 何なの!?」

 突然の出来事に美奈は動揺し、困惑を露わにした。

 光が収まると、卓と真理の手にはそれぞれ、長刀と日本刀が握られていた。

 「美奈、下がってろ。こいつらは俺達が相手する。」

 卓と真理が一歩踏み出し、それと合わせるように怪物も触手で威嚇する。

 「ちょ、本気で戦う気!?」

 しかし、美奈は今の一部始終を見てもなお、不安そうな表情は変わらなかった。

 「たっくんたちなら大丈夫。絶対に助けてくれるから。」

 不安そうな表情を浮かべる美奈の隣に蓮華が歩み寄って、そして優しく微笑んだ。

 「……でも」

 心配する美奈をよそに、既に戦闘態勢に入った卓と真理は怪物に向けて刀を構える。

 「行くわよ、卓。」

 真理の確認に卓は無言で頷くと、真理はすうっと息を吸って、そして口を開く。

 「我、この世界との断絶を命ずる!」

 真理が断絶の詠唱を唱え、辺りは静寂に包まれ――

 いや、包まれるはずだったのだが、卓たちの住む住宅街に静寂は訪れず、雑踏が今もなお耳に届いていた。

 「えっ!? 断絶できない!?」

 不測の事態に、動揺を露わにする討伐者三人。

 それを見かねた美奈がすっと口を開いた。

 「今、何をしようとしたかよく分からないんだけど、この鳴咲市全体には特殊な空間維持の術が発動しているの。だから、空間をいじることは出来ないの。」

 「……術、それってどういう――」

 卓が再び質問を投げかけようとするも、怪物の触手が、卓と真理を狙い、卓たちはそれを後ろに飛び退いて回避する。

 勢い余った触手はそのまま地面に激突し、そこは地面がえぐれていた。

 「とにかく! 今は断絶は使えないみたいだし、このままこいつらを倒すしかないだろ!」

 「分かってるわよ。」

 そして、刀を構えなおした卓と真理が全速力で怪物との距離を縮める。

 怪物もそれに応戦して、触手で攻撃するも、卓と真理はことごとく、その触手を切り落としていく。

 触手が切り落とされる毎に、切り口からおびただしい量の血が噴き出す。しかし、その血は赤くは無く、濃い紫色をしていた。

 「はああああああ!」

 怪物との距離をほぼゼロまで詰めた真理が大きく日本刀を振りかぶり、そのまま勢いよく振り下ろした。

 真理の振り下ろした日本刀は、怪物を一刀両断した。が、一刀両断された怪物は、切り口から肉片を生々しく動かし、そしてそれらを繋ぎ合わせ、元に戻った。

 「なっ!!」

 真理と卓は驚き、そして怪物と一定の距離を取った。

 「それじゃ駄目! そいつらには心臓部分の役割を果たす急所があるの。そこを直接攻撃しないことには――」

 「でも、どこが弱点なの!?」

 真理の問いに、美奈は奇しくも首を横に振る。

そんなとき、何かを考え込んでいた様子の蓮華はパンと両手を合わせ、ほほ笑んだ。

 「なら、私の出番かも。」

 蓮華はそう言ってふっとネックレスになった贈与の石に手を触れる。

 「具現せよ、我が希望。」

 蓮華は静かに美しい声で詠唱を唱えた。すると、蓮華の首元にあった贈与の石が光輝き、なんとも優しい光がその場を包み込んだ。

 「これが、蓮華の……」

 光が収まり、蓮華の手には一丁の拳銃のようなものが握られ、それを見た卓がぽつりと呟いた。

 蓮華の手に握られていた拳銃は、周りに金で出来た波模様が刻まれていて、本体は木製のシックなデザインだった。そして、大きさも拳銃というには少し大き目で、例えるなら海賊が持っている拳銃に近い。蓮華の小さな手で握られたそれは堂々たる存在感を醸し出していた。

 「神器、守護ガーディ弐席ツベン。」

 蓮華は武器の名称を答え、怪物に銃口を向けた。

 「あれが、神器。」

 初めて神器を目の当たりにする真理はどこか興奮気味に守護ガーディ弐席ツベンを見ていた。

 「でも、蓮華……。弱点がどこなのか分からないことには――」

 まだ不安要素が残った卓に、蓮華は優しく微笑む。

 「たっくん、心配しないで。」

 そして、その可愛らしい笑顔から一転、少し険しい表情、それでもまだ可愛らしさが抜けない蓮華が再び怪物に向き直った。

 そんな蓮華に、三体の怪物は触手を揺れ動かし、これ見よがしに威嚇する。

 「弱点写ウィーク・ポインターし!」

 蓮華がそう叫ぶと、突如、銃に刻まれた黄金の波模様が光だし、その光が怪物たちのある一点に集まった。

 「!?」

 その様子を見た真理は驚きを露わにし、蓮華は口元を緩めた。

 「捕捉ロック!!」

 その一言と同時に蓮華は引き金を引いた。

 すると、銃口から黄金の光が銃弾として、怪物に向って、波模様から放たれた弱点写しが示した一点を貫いた。

 「ぐぎっぃ!!!」

 銃弾に撃ち抜かれた怪物は苦しそうに触手を激しく動かし、そして、次第に動きが止まりその場に崩れた。

 「――すごい!」

 一瞬で怪物を倒した蓮華に、美奈は感嘆の息を漏らした。そして、あまりの一瞬の出来事に、卓と真理も無言で立ちつくしていた。

 「あれ? これって俺達必要なくない?」

 そんな何気ない卓の一言に蓮華は焦ったように口をはさむ。

 「そんなことないよ! 私の武器は銃弾を自身のエネルギーから生成するから、どうしても次の攻撃に時間が必要なの。だから、後の二体はたっくんと真理ちゃんにお願いしたいんだ。」

 「「分かった!」」

 卓と真理もここぞとばかりに刀を構える。

 「じゃあお願い! 弱点写ウィーク・ポインターし!」

 蓮華の銃が、残りの二体の急所を指示した。

 「「はあああああ」」

 そして、怪物が防御の姿勢を取る前に、速やかに懐まで潜り込んだ卓と真理は、刀を急所に突き刺した。

 急所を突かれた怪物二体は、苦しみに悶え、触手が動かなくなると同時に、その場に崩れ落ちた。

 「……嘘、倒しちゃった――」

 戦いの一部始終を見た美奈は驚きを隠しきれずにいた。

 そんな立ちくした美奈に、卓は質問を投げかけた。

 「今のは何だったんだ? さっきの様子を見ると、何か知ってるんだろ?」

 その後で、真理と蓮華も答えを求める表情を浮かべていた。

 「……分かったわ。ううん、あなたたちなら話しても大丈夫かもしれないし。」

 そして、四人は再び、卓の家のリビングにあるソファに腰掛けていた。

 リビングにはどこか重たい空気が流れていたが、そんな中、ついに美奈が口を開く。

 「あなたたちは幽霊や妖怪の類の存在を信じる?」

 ふいに投げかけられたそんな質問に、卓と真理、蓮華は顔を見合わせた。その後、真理がさらに質問を投げ返す。

 「さっきのあれは、そういったものなの?」

 美奈は真理の質問に首を立てに振った。

 「うん。正確には妖霊と呼ばれる存在なの。これは日本特有の存在で、妖怪と呼ばれる存在に近いものがあるんだけど、その知能は人間並みまで発達している、とりわけ厄介な存在よ。」

 「妖霊……聞いたことないわね。」

 美奈の口から語られた存在に真理はむーと唸った。

 「うん、本来ならこんな表の世界に出現することのない存在だから、知らないのも当然なんだけどね。それと、さっきみたいに妖霊は人間の姿に扮している場合もあるから、実際に遭遇していても気がつかないことも少なからずあるんだけど。」

 「でも、ならなんでさっきの妖霊はこんな街中にいたんだ? それに美奈を追って――」

 卓が最後まで話し終わる前に美奈は言葉を被せるように答えた。

 「それが本題。妖霊がこんな表の世界に現れるのは大問題なの。その目的、原因は分からないんだけど……。でも私が狙われる理由なら大体予想は出来るわ。」

 「えっ?」

 美奈を除く三人が驚くと、美奈はすっとその場に立ちあがった。

 「あなたたちは何か特別な力を持ってるみたいだったけど?」

 立ちあがった美奈が確認をとるように訊ねると、真理がそれに答えた。

 「私たちは討伐者。この石の力を受けて、まあ簡単に言えば異界の住人、この世ならざる存在と戦う者よ。」

 真理はこれ見よがしに手首に存在感を知らしめるブレスレッドの贈与の石を見せた。

 「……まあ詳しいことは分からないけど、でも信じるわ。それに、妖霊もいるくらいだし、そういった存在がいても不思議はないわよ。じゃああなたたちには特別に見せてあげる。」

 美奈はそう言ってすっと目を閉じた。それを卓たち三人は固唾の飲んで見ている。

 「大地を駆ける者には肉体を、天を統べる者には知能を、妖を司る者には力を!」

 美奈が最後の言葉を口にすると、美奈の周りを渦巻く色鮮やかな蛍光色の光が取り巻き始めた。

 「な、何!?」

 真理は手で影を作りながら困惑する。卓も蓮華もそのような表情で眩しそうにしていた。

 光は案外すぐに消え、そこにはさっきと同様に美奈が立っていた。が、その姿は――

 「……美奈、それって――」

 卓たちは美奈の変化に嫌でもすぐに気がついた。

 「うん、これが私の力。」

 卓たちの目の前にはさっきまでセーラー服姿の美奈ではなく、赤と白の巫女装束に身を包んだ美奈がいた。

 「美奈ちゃんって巫女さん……?」

 蓮華が問いを投げかけると、美奈は少し笑って、答えた。

 「巫女は巫女なんだけどね、私の場合、通称妖霊の巫女っていうの。知らないかしら? 私の実家は鳴咲市の西にある神社なんだ。」

 「そういえば陽介がそんなこと言ってたかな。」

 卓の相槌に頷いて美奈は続けた。

 「妖霊の巫女はね、本来、妖霊が表の世界に出入りするための媒介、世界のバランスを崩さないための存在だったの。けれど、最近ではその役目が失われ、表の世界に現れた妖霊の殲滅が主な活動になったわ。」

 「それが、美奈が狙われる理由?」

 真理の質問に、しばらく間を置いてから美奈は首を横に振った。

 「半分正解、けど、残り半分が問題なの。妖霊の巫女っていうのは特殊な力を持っているの。そして、それは妖霊にも正の影響を及ぼす力……」

 「つまり、あいつらはその力を欲しているから美奈を狙っているのか?」

 「そう。そして、ついてないことに、私の力は一族の中でもとりわけ強大なものらしいの。つまり、私の力を取り込めば、それだけ妖霊も強くなれるってことね。」

 出来るだけ明るく話そうとしていた美奈だったが、その表情はどこか寂しげで、やはり辛い現実を受け止めきれずにいた。

 「でも、待って。なら、どうしてわざわざこんな危険な街に戻ってきたの?」

 真理の問いに、美奈はきりっと眉間に眉を寄せて、答えた。

 「実家が神社って言ったでしょ? 妖霊が表の世界に来るための出入り口を発動させているのはウチの神社そのものが術式となっているからなの。」

 三人が黙って聞いているのを確認して、美奈は淡々と続ける。

 「けれど、先日実家からの連絡で、その術式が何らかの原因で破壊されたということを知ったわ。」

 「……すると、どうなる?」

 卓の問いは美奈の表情をより一層険しくした。

 「当然、出入り口をふさがれ、もともと表の世界へと来た妖霊は本来いるべき場所に戻れなくなるわ。もちろん、これだけなら、こちらの世界に来た妖霊を殲滅させればいいだけなんだけど、問題は他にあるのよ。しかも二つも。」

 美奈は指を二本立てて、険しい表情のまま続けた。

 「まず一つ目として、妖霊は他の生物と同様に生殖するということ。つまり、時間をかければかけるほど、数が増えていき、しかもその成長速度は人間の数百倍。つまり、一日経てば立派な成体として活動することになるの。」

 卓たちの無言はリビングの空気をさらに重たくし、そして美奈の口から告げられた事実はその空気に同調すらしていた。

 「そして、二つ目。正直こちらの方が問題……。たま御神楽みかぐらって聞いたことないかしら?」

 その質問に、蓮華がはっと声を漏らす。

 「知ってる。確か、日本に伝わる伝説の妖怪、ううん、それすらも言い伝えなんだけど。その昔、日本の町をいくつも滅ぼしたとされる天災の象徴。けど、そんな天災も、ある一人の陰陽師おんみょうじの大規模術式によって封じられたとされる存在だったかな?」

 蓮華の説明に満足げに頷く美奈。

 「その伝説の天災よ。珠の御神楽。その陰陽師は私たちの一族の祖先。そして、その術式の書かれた書物は私たち椎名家が保管していたんだけど、それが、こちらの世界に来た妖霊によって持ちだされたみたいでね。」

 「「「!!!???」」」

 卓たちは驚き、とっさに美奈の表情を確認したが、美奈の顔からは汗が一滴流れ、その表情は真剣そのものだった。

 「もちろん、そんな術を発動されたら、再び珠の御神楽は出現して、この鳴咲市は一夜にして滅びる……ただでさえ、この鳴咲市は妖霊や、それに類似た者を呼びよせる傾向がある、いわば世界の境界線でもあるのに――」

 「止める方法は!?」

 美奈の言葉を遮り、卓は身を乗り出した。

 「一番確実なのは、書物を持った妖霊を倒すことかな。でも、そんなのどの妖霊が持っているかも分からないし……雲を掴むような話ね。」

 「じゃあ、手立てはないの?」

 真理の質問に美奈は首を横に振り否定した。

 「あるわ。けど、これは危険を伴う方法、内容は発動した術式を直接破壊するってものよ。」

 「術式を直接破壊する?」

 卓だけでなく、真理と蓮華も顔を見合わせて首を傾げていた。

 「ええ、この術式、名は月下通行陣げっかつうこうじんは発動するために陣内に無数の命を配置することが条件なの。そして、そのためには、陣を確立する範囲の東西南北に起点を発動させる必要があるのよ。」

 「……つまり、その起点を攻撃して、術の発動そのものを封じるってこと?」

 真理の言葉に美奈は口元を緩めて頷いた。

 「でも、起点を一カ所だけ壊しても、残りの起点から陣を自発的に確率してしまうのが、この術の強みなの。それが今回は、牙を剥くことになるんだけど。」

 「なら、四か所全ての起点を破壊する必要があると?」

 卓が質問を投げかけると、美奈は神妙な面持ちで返した。

 「そこで、お願いがあるの。私たちの一族、って言っても今では私を含めておばあちゃんと妹の三人しかいないの。でも私以外ではそんな起点を破壊するほどの力はない……けど、さっきの戦いを見て思ったの。卓たちなら、起点を破壊することができるんじゃないかって!」

 美奈の必死に懇願するような顔を見て、卓たち三人はそれぞれ顔を見合わせ、表情を緩めた。

 「だったら一緒に戦おうぜ。」

 卓が笑顔で手を指し伸ばすと、美奈はそれに応じようとするも、手をピタリと止めた。

 「……いいの? 危険だってあるのよ?」

 「たっくんは困ってる人を無碍に出来ない人なんだよ。」

 蓮華の言葉に、真理も横でうんうんと強く頷いていた。

 「こうやって知り合ったのも何かの縁だろ?」

 「……うん。」

 美奈もついに笑顔になって握手に応じた。

 「ところで、術の発動する日とかは分かるの?」

 真理が訊ねると、美奈は卓と手を離し、答えた。

 「うん。術の名前からもその理由は分かると思うんだけど、満月の夜にしか発動できない術なの。だから、術の発動は恐らく次の満月、つまり二日後ってことになるわね。それと捕捉になるけど、術の起点は何を中心に発動するかによって場所が変わるから、術が発動してから向うしかないわ。」

 「それで間に合うのか?」

 卓に対して、美奈はふっと笑って返答する。

 「大丈夫、術は大規模になればなるほど、発動に時間がかかるの。月下通行陣なんかは規模も規模だから、最短でも発動に一時間以上はかかるはず。」

 「なるほどな、つまりその間に術の起点まで行けばいいのか。」

 納得するように頷く卓に美奈は近づき、満面の笑みを浮かべた。

 「よろしくね、あなたたち頼りにしてるんだから!」

 その時見せた美奈の笑顔は魅力的で、でもそれはアイドルだからではなく、一人のただの女子高生としての魅力だったというのに卓は気がついていた。



 同日、東京にある討伐者総本部。

 床に赤い高級感漂う絨毯が敷かれ、天井からはその光がまるで宝石のようにガラスを光らせるシャンデリアが吊るされ、その下に漆が光る木製の机とそれとセットになる肘掛付きの椅子がある。その椅子に顎鬚を長く生やした老人が座っていた。

 この老人こそ、現討伐者総帥。名は明らかにされていない。

 そして、机越しに、座っている総帥と向き合って小鉄が立っていた。

 「――以上が夏休みまでの鳴咲市の活動内容です。」

 小鉄の報告を総帥は長い髭を優しく擦りながら聞いていた。

 「ふむ、報告御苦労じゃったの。う~む、しかしあれじゃの。主は逐一わざわざ本部まで報告するなど律儀なところがあるの。」

 それに対して小鉄は爽やかな笑顔を浮かべ、返答する。

 「ええ、それが僕のアイデンティティですから。それに、元々僕は東京に配置されていた討伐者ですから、今まではそこまで苦になっていませんでしたしね。まあ今回はいままでの癖、といったところです。」

 「そおか。いや、別に悪いと言ったわけではないぞ? むしろ主のそう言ったところは評価に値する。」

 「光栄です。」

 小鉄はその場で頭を下げた。

 「ところで、三浦君。主はこれからも鳴咲市配属、ということでいいのかね?」

 総帥が、髭を撫でる手を止め、訊ねると、間を置くこともなく小鉄は頷いた。

 「はい、これからは鳴咲市を中心に活動していきたいと思います。我がままを押し通してしまいすみません。」

 「ほっほっほ。よいよい。主は討伐者の中でもとりわけ正確に任務を遂行してくれる優秀な人材じゃからな。それくらいの願いは聞き入れてやらんのは罰あたりな気もするしの。」

 「……恐れ入ります。あと、それと、鳴咲市に活動拠点を移すに際しまして、直接報告に来ることも少なくなると思います。」

 申し訳なさそうな表情の小鉄とは裏腹に総帥はどこか包容力のある笑顔を浮かべていた。

 「主は周りに気を遣いすぎる傾向があるのじゃな。」

 「そういう生き方しか知らないもので。」

 小鉄の言葉に総帥は一瞬、目を見開くも、すぐに元の笑顔に戻った。

 「それもまた、人の歩む道、ということかの。」

 「かもしれませんね。では、僕はこの辺で失礼します。」

 小鉄はそう言って総帥に一礼し、背を向けたが、その時総帥に呼びとめられた。

 「三浦君、鳴咲市に行くのはよい。だが、例の件のことも考えてはいてくれているかな?」

 「…………その件はすでにお断りしたはずですが?」

 少しの沈黙の後、小鉄はそう言い捨てて再び歩き出すも、またしても総帥の言葉に足を止める。

 「なぜじゃ? 何か不満でもあるのかいの? パートナーを取らずに活動する主にはうってつけじゃと思うのじゃが?」

 「……今回の戦いで、絆のない関係ほど無意味なものもないと気がつきましたから。失礼します。」

 一度も振り返ることなく、小鉄は今度こそその部屋を後にした。

 (ふむ、ただの遂行なる従者かと思っていたのじゃが、少しは変わったのかの。)

 部屋を出て行く小鉄の背中を総帥は髭を撫でながら見送った。

 部屋を出ると、小鉄はシャンデリアが一定間隔で吊るされ、床は大理石で、シャンデリアの光を反射する廊下へと出た。

 そして、そこでスーツ姿でその細い肢体を強調している、総帥直属の秘書である榎本冬音がいた。

 「冬音さん……」

 小鉄はふいに足を止めると、冬音は柔らかく微笑み、口を開いた。

 「よく、あの提案を断ってくれました。よろしければ場所を移しても?」

 「はい。」

 それから、小鉄と冬音は、しばらく廊下を歩き、ソファとガラス製のテーブルが設置され、その上に上品に並べられたクッキーがある談話室なる部屋へと場所を移した。

 「どうぞ。」

 冬音は、部屋の隅にある小さなキッチンで入れた紅茶をおしゃれなティーカップに入れて小鉄の前に差し出した。

 「ありがとうございます。」

 小鉄は座ったまま一礼した。それに対して冬音はにっこりほほ笑んだ。

 「お砂糖とミルクはいかが?」 

 「あ、じゃあお砂糖を一ついただきます。」

 「はい、どうぞ。」

 冬音はガラスの容器に入った角砂糖を一つ、トングでつまんでぽちゃんと小鉄の紅茶に落した。

 冬音も自分の紅茶にミルクを少量入れて、かき混ぜると席に座った。

 「ごめんなさいね、お引き留めしてしまって。」

 「いえ、僕もこうやって冬音さんとゆっくりお話出来る機会が出来て良かったです。」

 「うふ、嬉しいこと言ってくれるわね。」

 冬音は少し頬を赤らめて上品に笑った。普段、総帥といるときの冬音は気難しい顔しかしないので、こういった風に笑うことは少ないのだが、その笑顔は魅力的という言葉で表現するにはこと足りなかった。

 「私ね、あなたのことは信頼できる人だと思ってるのよ。」

 冬音はティーカップに入った紅茶に映る自分の顔をしみじみと見ながら言った。

 「……あの、何かあったんですか?」

 小鉄の問いかけに冬音は静かに首を横に振った。

 「心配の種はさっきあなたが払ってくれたわ。」

 「……というと、あの件ですか?」

 今度は縦に首を振る冬音。そして、一口紅茶を飲んでから続けた。

 「正直、あなたなら総帥の提案を受け入れて『いただき』に加わると思っていましたの。」

 「……いえ、僕自身一度は加わることを考えていました。」

 「ならなぜ?」

 小鉄の予想外の返答に冬音は顔を上げ、質問を投げかけた。

 「今回、城根卓と、謙介さんの妹さんを見て思いました。絆の力と、自分の頑なな意思を持つという意味を。」

 「……そう。」

 冬音はその答えにふっとほほ笑んだ。

 「だからこそ、『頂』の件は蹴ることにしたんです。これからは、自分の意思で動いて行きたいと思いますので。」

 「私はそれでいいと思うわ。いえ、それでなくてはあなたは一生、総帥の思いのままに動く、ただの人形になってしまうもの。」

 冬音はそう言ってクッキーを一口齧かじる。

 「人形ですか……その通りだと思います。」

 小鉄もどこかおかしげに笑って、紅茶を一口口に含んだ。

 「もしかして、気に触ってしまいましたか?」

 小鉄の反応に少し不安げな表情を浮かべる冬音に対して、小鉄はにっこりほほ笑んだ。

 「いえ、自分でもそう思っていましたから。ただ、人と自分とで、結局自分に対する印象が一緒だということは思いのほか愉快なものだと感じまして。」

 「でも、今は違います。あなたはそう思いません?」

 冬音が少し首を傾げ訊ねる。それに小鉄はふっと口元を緩めて答えた。

 「ええ、少しは変われたと思います。少なくとも操り人形から脱却は出来たのではないかと。」

 そこで、冬音は頷くと、静かに手に持ったティーカップをテーブルに置いた。

 「……さて、ここで少し朗報、とは言い難い報告をあなたの耳に入れておきたいのです。」

 冬音が妙に険しい顔つきになると、小鉄もティーカップをテーブルに置いて向き直った。

 「はい。お聞かせ願います。」

 冬音はすうっと息を吸うと、ゆっくりと重たい口を開いた。

 「さっき話に出た『頂』が近々行動を起こす、といった様子が確認されたのです。いえ、もしかしたら既に……」

 「……それで、目的は?」

 小鉄の質問に、冬音は苦い表情で首を横に振る。

 「残念ながら私には分かりかねます。一応、総帥にも聞いたのですが、はぐらかされるばかりで。」

 「総帥も絡んでいると?」

 これにも冬音は首を横に振る。

 「おそらくは関与はしていないでしょうね。多少、内容は知っているまでも所詮はそこまでです。」

 冬音は気難しい表情で残りのクッキーを食べた。

 「『頂』ですか……。厄介な連中が動きだしたものですね。同じ討伐者と言っても、どうにも仲間意識が生まれにくいです。」

 小鉄の言葉に冬音も頷いて賛同した。

 「ええ。彼らの存在の在り方とうのも先代とは大きく異なって、今では宗教じみたほどに九鬼に対する崇拝グループと化してますからね。」

 冬音は、はあっとため息をついて、再びティーカップに手をかけた。

 「崇拝グループ、ですか。しかし、それについてあの《絶対強者》の二つ名を持つ九鬼さんはどうおっしゃっているのですか?」

 「それが、特に何も言ってないらしいのよ。今まで幾人もの同業者がパートナー申請するたびに殺されているというのに。」

 冬音はどこか重々しい口調で言うと、紅茶に角砂糖を一つ落として、ティースプーンでかき混ぜた。

 「……ところで、絶対強者は今どちらへ? ついこの間まで、こちらに来ていると聞いていたのですが。」

 「先日、出て行ったわ。行き先までは分からないけれど、何かをやらかすつもりなのは雰囲気でなんとなく。」

 「何か、とは? 皆目見当もつかないのですか?」

 「いいえ、明確なことは分からないけれど、恐らくは見つけた、もしくは手掛かりを手に入れた、と言ったところでしょう。」

 冬音の言葉に、小鉄は眉をピクリと動かした。

 「まさか……。本当に存在するのですか?」

 「存在するのは確かよ。だからこそ、問題なの。九鬼が誰よりも早く見つけてしまったことが。……もしかしたらこれから――」

 冬音の声が震えたのに気がついた小鉄はしかし、起こりうる事実を口にした。

 「討伐者が全滅、という危険性も考慮しなくてはいけませんね。」

 「ええ。……私もまた、討伐者として戦うときが来るのかしら。」

 冬音はそう言ってスーツの内ポケットからひび割れた紅の贈与の石を取り出し、どこか寂しげにそれを見た。

 「それをさせないためにも、僕たち現役が頑張りますよ。」

 「……そうね。」

 その小鉄の言葉に、冬音はにっこりほほ笑んだ。

 「では、僕はこれから鳴咲市に戻ります。『頂』の件は注意します。」

 「ええ。お付き合いありがとう。」

 「いえ、充実したひと時でした。」

 小鉄は立ち上がり、一礼すると、部屋を後にした。


「約束の蒼紅石」第9話、そして新章いかがでしたでしょうか?

新年早々にこの作品を読んでいただけた方に少しでも楽しいと思っていただけたのなら幸いです。

さて、この章から新ヒロイン?の美奈も登場し、ますます物語に厚みが出てきたと思います!

というわけで、今年もどうかこの作品をよろしくお願いします!(笑)

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