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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
魂の傀儡子編
7/29

月光の臨場

こんばんは! 夢宝むほうです! さて、クリスマスの更新となりましたが、みなさんはどのようなクリスマスをお過ごしになるのでしょうか? ちなみに私はこれといった予定はありません(泣)一年に一度のクリスマスに、もしこの作品を読んでいただけたのなら光栄です! そして、みなさんのクリスマスに、この作品で少しでも楽しいひと時を送れたのなら幸いです。

では、「約束の蒼紅石」第7話お楽しみください! そして、メリークリスマス!!

一方、蓮華が魂の傀儡子に拉致されたのとほぼ同時刻。

 灯台の地下に広がる都市で卓と蓮華は息も絶え絶えに人間型兵器ヒューマノイド・アームズに囲まれながら、それぞれの刀を構えていた。

 「はあ……はあ……。ここ3日間は敵を警戒しながらだったからまともに睡眠も取れてないし辛いわね……」

 真理は背中合わせに立っていた後ろにいる卓に話しかけた。

 「確かに……でも今日でそれも終わりだろ……?」

 卓はそう言いながら、自分たちを囲む人間型兵器から出来るだけ警戒しつつ、横目でビルに映し出されたスクリーンを見た。

 スクリーンには《348》という数字が堂々と映し出されている。

 「敵さんの数もあと少しだ。初日の無数の軍勢に比べたら可愛いものだな。」

 「最後まで油断しないの。」

 「はいはい。」

 卓と真理はそれぞれ自分たちの目の前にいる敵を睨みつけるようにして、上段に刀を構えた。

 「卓、ここまで頑張ってくれてありがとうね。」

 突然、真理がさっきまでよりは小さな声でそう言った。

 それを聞いた卓は少しの間、呆気に取られたように口をぽかんと開けているだけだったが、すぐにくすりと息を漏らすように笑って、続けた。

 「どうして真理がお礼を言うんだ? これは俺のためでもあるんだから。それに本当にお礼を言うのは、魂の傀儡子を倒してからだろ? お礼はそれからだ。俺も、真理もな。」

 「……そだね。」

 真理は卓の言葉にほほ笑んだ。背中合わせに立っているから卓にその表情は見えなかったが、確かに真理がほほ笑んだのを卓は感じ取っていた。

 「「はああああああ!」」

 卓と真理は同時に刀を握る手に力を込めた。

 すると、それまで刀に渦巻くように纏っていた蒼と紅の光は次第に形を整え、刃の形を成していった。

 「まさか本当に4日でここまで石の力を使えるようになるなんてな。」

 卓は蒼く輝く光の刃を見てそう呟いた。

 「1年以上かかることをたったの1週間でやるって言ってたしね。まあその分私たちもボロボロなんだけど。」

 真理も紅の刃を構えながら答えた。

 卓と真理の光の刃は静かに、それでもひしひしと伝わる力強さを醸し出していた。

 そんな2人に、1機の人間型兵器の発砲を皮切りに数百の軍勢が同時に攻撃をしかけてきた。

 「うおおおおおお!」

 それに対して、卓は蒼の刃を勢いよく振り切ると、目の前の敵の軍勢は蒼い光の波に呑まれ、その場に崩れ去った。

 「蒼波滅陣そうはめつじん……」

 卓は呟くようにそう言って刀を一旦引いた。

 一方真理も人間型兵器の軍勢に向けて紅の刃を突き出していた。

 「紅蓮槍風ぐれんそうふう!」

 真理が叫びながら、紅の光の刃を突くと、そこから巨大な光の槍が放出された。槍は勢いを殺すことなくそのまま軍勢に直撃し、周りにいた人間型兵器も爆発に巻き込まれ、かなりの数が消滅した。

 「はあ……はあ……。こんな大技何発も使えたもんじゃねーな。」

 卓は顔の輪郭に沿って流れてくる汗を手の甲で拭いながら、それでも口元は緩めながら言った。

 「全くよ……。でも、それでも日に日にこの一撃を放てる数は多くなってきてる。毎日疲労は蓄積されているはずなのに。」

 真理は紅く光輝く自分の贈与の石に目をやった。

 卓の贈与の石も同様に、訓練を始めた日に比べると明らかに光の量は増していた。

 「あと何機だ……?」

 卓が高層ビルのスクリーンに目線を送ると、そこには《236》と書かれていた。

 「あと少しね。」

 それを見た真理は口元を緩めたが、決して敵から目線を外すことは無かった。

 「気を抜かずに行くぞ!」

 「卓に言われるまでもないわよ。」

 再び、真理と卓は多数の人間型兵器と対峙した。


 そして、時は数時間後に飛び、午後5時を回ったころ。

 鳴咲市のあちこちを謙介、要、小鉄の3人は蓮華を連れ去った魂の傀儡子を捜索していた。

 「くそ、見つからない……。せめて彼女をさらった理由だけでも分かればもう少し探しようがあるのに。」

 謙介が悔しそうに舌打ちした。謙介を含む3人は鳴咲市の中心街を探していた。

 「どうして蓮華ちゃんだったのかしらね。」

 要も何かを考え込むように顎を手に当てた。

 「あの、謙介さん。ここ数日、彼女を見ていたのですが、僕には全く見当がつかなのですが。何度か石の力に反応するか試したりしたのですが、一向に気がつく様子もありませんでしたし。完全な一般人なのではないのでしょうか?」

 小鉄の問いに謙介はむ~と唸った。

 「そうなんだが。確かにプールの一件だけでは断定は出来ないのもまた事実。そう、小鉄にはだからこそその確証を掴んでもらいたかった。仮に彼女が石とは無関係だったとして、プールの一件は単なる偶然だとしてもそれはそれで良かったからな。いや、むしろそうであってもらいたかった。」

 謙介の言葉に要も小鉄も真剣そのものの表情で耳を傾けていた。

 謙介は続けて口を開いた。

 「だが、先刻、魂の傀儡子が彼女を拉致したことで疑念は確信に変わってしまった。間違いなく彼女は石の力、あるいは奴らの目的に必要ななんらかの要素を持ち合わせているという確信に。」

 「じゃあ、最近鳴咲市で魂玉がやけに多く出現してたのって……」

 要がそこで言葉を切ったので小鉄がその後に続いた。

 「おそらく、魂玉によって赤桐蓮華の捜索を行っていた、というのもあるでしょうね。」

 小鉄の言葉に謙介は無言で頷いた。

 「そもそも魂の傀儡子の目的が何なのか分からない以上、蓮華ちゃんの安全も保障出来ないわよ。」

 「だから急ぐ必要があるんだけどな。しかし、それでも全く見当がつかないのも事実。」

 「……だったら網線結界はどうでしょう?」

 行き詰ったような表情をしていた謙介は小鉄の一言に目を見張った。

 「出来るのか?」

 「長時間はまだ力が持ちませんが、多少であれば、あるいは。しかし僕もこのような結界を実践にて使ったことはありませんが、このまま闇雲に探し回るよりは効率的かと。」

 「……頼む。」

 「承知いたしました。」

 小鉄は軽くお辞儀をするとその場で目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。

 「我、この世界との断絶を命ずる!」

 小鉄の詠唱のすぐ後に、街に静寂が訪れ、さっきまで街を行き交っていた人々は一瞬のうちに消えた。

 小鉄はそのまま再び詠唱を唱えた。

 「契約の薄蒼、我、探索の念をここに投じる。」

 すると、小鉄の腕にあった水色の贈与の石から、無数の細い糸のような光が、断絶された鳴咲市に一瞬にして張り巡らされた。

 「断絶は鳴咲市のほぼ全域に発動させました。さすがに最北部の灯台までには至っていませんが。」

 「十分だ。ありがとうな。」

 謙介はそう言って小鉄の肩にポンと手を乗せた。小鉄はそれに対して、嬉しそうにほほ笑んだ。

 「すごいわね、小鉄君。こんな高度な結界術まで使えるなんて。」

 「いえ、本当に軽く齧った程度のものですので、あまり期待されすぎるとそれに見合った結果は出せないかもしれません。」

 小鉄は申し訳なさそうに頭を掻いた。

 「いや、小鉄は十分過ぎる活躍をしてくれているよ。ただこの結界はかなりの力を消耗するのだろ?」

 「はい。この結界は断絶との2重発動でなければ効果を発揮しませんので、どうしても精神的な力の浪費は抑えられないのが欠点です。本来軍勢で陣を編成するときに結界は結界術師という専門の役職の人がやるのが一般的です。それくらいこの術はそれだけで力を使う必要があるということなんです。」

 小鉄の説明を聞いた謙介はすぐに口を開いた。

 「なら、お前は今回の戦線からは外れてもらった方がいいな。」

 「えっ?」

 謙介の言葉に小鉄はピクリと体を動かした。

 その隣では要も謙介に賛同するように頷いてた。

 「僕なら大丈夫ですよ! それに謙介さんと要さんだけでは」

 謙介は小鉄の言葉を人差し指をピッと立てて制した。

 「駄目だ。お前はこの結界で魂の傀儡子を探し出してくれればそれで仕事は全うした。それ以上の戦線に加わることはお前の安否に関わることだ。」

 「ですが!」

 それでもなお反論しようとする小鉄に対して、今度は要がなだめるように言った。

 「小鉄君はさっきも一人で戦ってくれたでしょう? これ以上無理したら本当に危険なの。もっと自分を大切にしないと駄目よ? それに、もう少ししたら訓練を終えた卓君と真理ちゃんも戦いに加わってくれる。だから心配しないで。」

 要の言葉を聞いて、ようやく小鉄は口を紡いだ。しかし、表情はまだ納得しきれていなかった。

 「!?」

 小鉄が謙介と要の2人とそんなやりとりをしていると、小鉄の触角に何かが触れたような感じが走った。

 「どうした小鉄?」

 それにいち早く気がついた謙介が小鉄の顔を覗き込むように、様子を見た。

 「……。謙介さん、かかったみたいですよ。」

 小鉄の表情は硬いものだったが、どこか勝ち誇ったようにも見て取れた。

 「魂の傀儡子か!?」

 「ええ、おそらくは。この結界の歪み、人間のものではないのは明白ですからね。」

 「場所は?」

 謙介の代わりに要が一歩小鉄に近づいて訊ねた。

 「ここから北東付近にある、廃工場ですかね?」

 小鉄は網線結界の歪みから、場所の特定をするために目を閉じて、集中力を高めた。

 「廃工場……」

 小鉄が示した場所を謙介は何か心当たりがあるような素振りを見せて復唱した。

 「この間調査に行ったところじゃないかしら?」

 「ああ、間違いないだろうな。でも、あそこにはこの前調査したときには何も見つからなかったはずだ。一体あそこに何があるんだ。」

 謙介は必至に頭を回転させ、あらゆる可能性を考えてはみたが、結局、これといった具体性の高い考えは思い浮かび上がらなかった。

 「とりあえず、いってみましょうよ。」

 「そうだな。小鉄、助かった。引き続きここで奴が移動しないか確認していてくれ。」

 「……はい。」

 小鉄はどこか寂しそう、いや納得のいかない、大胆に言えば不服さえ見て取れる表情で謙介を見送った。

 そんな小鉄の表情を見ることのなかった謙介と要は一目散に廃工場へと駈け出した。

 (僕にももっと力があれば……)

 戦いの戦線に加われなかった小鉄は遠ざかって行く謙介と要をそんな思いを抱えながら見た。

 

 同時刻、謙介と要が目指していた廃工場は夕日が差し込み、怪しく、しかし神秘的に紅に染まっていた。

 そんな廃工場の中心部に魂の傀儡子が意識を失った蓮華を片腕で抱きかかえながら立っていた。

 「ようやく、材料が揃いました。長かったです。」

 魂の傀儡子は意識の無い蓮華をそっと廃工場の床に寝かせると、膝までかかるくらい長い漆黒のロングコートのサイドポケットから薄い赤、白桃色の贈与の石を取り出した。

 「もう少しですからね。スミレさん。」

 魂の傀儡子はそっと白桃色の石に口づけをした。

 そのときの、そんなささいな音さえ、断絶されたこの廃工場には響き渡った。

 「迂闊にも先ほど結界に感知されてしまったみたいですからね、そう時間も経たないうちに彼らが来てもおかしくはないでしょうしね。」

 意識を失った蓮華に話しかけるように呟いた魂の傀儡子は石を再びポケットにしまいこんで、それからパチンと指を一回鳴らした。

 魂の傀儡子が指を鳴らした直後に、夕日に染められた廃工場の中に次々と数えきれないほどの魂玉がゆらゆらとほむらのごとく揺れながら具現した。

 形は様々で、人型のもいれば、動物の形をしているものもいた。実に多種多様。

しかし、どれにも一つだけ共通して、顔の部分、あるいは体の一部に赤いライン模様が刻まれていた。 

 「これからここに来るであろう来客のおもてなしはあなたたちに任せるとしましょう。私は少し奥で彼女との準備がありますので。」

 魂の傀儡子はそれだけ言い残すと、床に寝かせていた蓮華をお嬢様抱っこで持ち上げると、そのまま廃工場の更に奥へと姿をくらました。

 残された魂玉たちはそれぞれに吠えてみたり、腕を変形させて、刃を造ってみたりと戦いに向けての気合いを表現するかのような行動を取り始めた。

 廃工場の奥に蓮華を連れてきた魂の傀儡子は少し開けた場所へと辿り着いた。

 「ふむ、ここなら大丈夫でしょうか。広さも完璧、とは言い難いまでも準備をする上では支障を来さない程度には申し分ありませんし。」

 魂の傀儡子は一人で納得するようにほほ笑み、そして、再び蓮華を床にそっと寝かせた。

 「おや?」

 すると、魂の傀儡子が来ていた黒のロングコートのサイドポケットから白い光が漏れていた。

 光の光源は先ほど魂の傀儡子がポケットに戻した、白桃色の贈与の石だった。

 それを取り出した魂の傀儡子は、心臓の鼓動のように、一定間隔で光が脈打っている石を見ると感嘆の息を漏らした。

 「ほお。やはり私の目に狂いはありませんでしたか。ふふ、そうでしょう。やはりこの石の覚醒には赤桐蓮華、あなたが必要だったのですよ。」

 魂の傀儡子はしゃがみこみ、目を閉じたまま起きない蓮華の顔を人差し指でなぞった。

 「この感触、久方ぶりです。本当にここまで苦労しましたよ。」

 嬉しそうに呟いた魂の傀儡子は自身の指を蓮華の顔から離し、その場に立ちあがった。

 「これより、石の完全覚醒の儀を行います。」

 魂の傀儡子はそう言って両手をばっと広げた。

 すると、床に寝ていた蓮華の全身はぼわっと青白い光に包まれ、そのまま宙に身を委ねたように浮き始めた。

 「クフフフ、この瞬間を実際に目の当たりにするとこうも気持ちが高ぶるものなのですね。」

 魂の傀儡子は堪え切れない笑いを零しながら、広げた手と手をパンと合わせた。

 その甲高い音が廃工場の中に響き渡ると、青白い光に包まれ、宙に浮いていた蓮華のすぐ後ろに蒼い炎で出来た十字架が宙に現れた。

 「少々、身動きを封じさせていただきます。どうかお許しを。」

 魂の傀儡子は意識のない蓮華に一礼すると、手を宙で振り、蓮華もその手に合わせて動き始めた。そして最終的には炎の十字架に張り付けにされた。

 それでもなお蓮華は意識を取り戻すことが無く、炎が蓮華に燃え移ることもなかった。

 「さて、」

 魂の傀儡子が儀式の次の工程に入ろうとすると、廃工場の中心部から轟音が聞こえてきた。

 「……来ましたか。思ったより早かったですね。」

 魂の傀儡子は轟音の音源である中心部の方に目をやった。

 「それに、この感じ……、あの2人では魂玉ごときでは時間稼ぎにもなりそうにありませんね。ふう、私も少し、息抜きを兼ねて出向くとしましょう。」

 そう言って、十字架に張り付けにされていた蓮華を一瞥すると、すぐに轟音の方へと歩き出した。

 そして、問題の中心部では、黄金の光を纏った剣を構えた謙介と、先端が刃になっている長い鎖を持った要が魂玉の軍勢と対峙していた。

 「こんなところにこれだけの数の魂玉を配置しているところを見るとビンゴみたいだな。」

 「ええ。」

 謙介と要は互いに顔を見合わせると、同時に口元を緩めた。

 そんな2人に、今まで、攻撃を警戒してか、距離を取っていた魂玉たちが一斉に飛びかかってきた。

 「連鎖一貫!」

 自分たちに飛びかかってきた魂玉に向けて、要は勢いよく鎖を投げつけた。

 空を切り裂きながら飛んでいく鎖は次々と魂玉を貫通していき、鎖が勢いを失ったときには数えきれないほどの魂玉が貫通していて、それらは例外なく、静かに炎上し、消滅した。

 「はあああ!」

 謙介は負け時と剣を振るうと、それに合わせて黄金の巨大な斬撃が放たれ、これもまた同時に何体も魂玉を消滅させていった。

 だが、謙介と要の猛攻をあざ笑うかのように、魂玉が消滅した場所からまた新たな魂玉が現れた。

 「相変わらずしつこいな……。いや、こうでもしないと自分を守れないほど不抜けなのか、魂の傀儡子は。」

 謙介が何の気もなく呟いたその言葉に少し離れた場所から返事が返ってきた。

 「不抜けとはずいぶんな言われようですね。まあ確かにそう思われ続けるのもあまりいい気はしませんからね。少し出向かせていただきましたよ。」

 「「!!??」」

 廃工場の奥から、次第に姿もはっきり見えてきた。謙介と要はその姿を見て、すぐさま警戒を強めた。

 「……魂の傀儡子.……」

 謙介がそう呟くと、魂の傀儡子はクスリと笑った。

 「やはり、それだけ警戒していただくと素直に嬉しいものです。」

 「悠長に喋ってる場合?」

 余裕の態度を崩さなかった魂の傀儡子の背後に回り込んでいた要が鎖を構えていた。

 「早い……が、それは裏を返せば、悠長に話していても無問題ということでもあるのですよ。」

 後ろに回り込まれても、目線を変えることもなく、要に背を向けたまま一回だけ指をパチンと鳴らした。

 すると、一瞬のうちにして一体の魂玉が要と魂の傀儡子の間に割り込んだ。

 「邪魔よ!」

 そんなことを気にも留めなかった要は魂玉もろとも魂の傀儡子を串刺しにしようと鎖を投げた。

 まずは抵抗もなく鎖は綺麗に魂玉を貫いた。そして、そのまま魂の傀儡子を貫くだけだった。が、鎖は魂の傀儡子に届くことは無かった。いや、届かなかったというよりは要が遠ざかったというほうが適切である。

 「きゃあああ!」

 「要!」

 要は貫通した直後、突然爆発を起こした魂玉と至近距離にいたため、その爆風に巻き込まれ、体ごと飛ばされた。

 「初めてご覧になりましたか? 魂玉にはこんな使い方もあるのですよ。」

 爆風をものともせず、余裕の表情でその場を一歩も動かなかった魂の傀儡子は、飛ばされて体を地面に強打した要と、要に駆け寄る謙介を悪戯っぽく笑いながら見ていた。

 「魂玉が爆発……」

 謙介は要を両手でなんとか立ち上がらせると、自分たちの周りにいる数えきれない魂玉を見渡した。

 「なかなか恐ろしいものでしょう? いわば魂玉は動く爆弾。いまここには無数の爆弾があなたたち2人に襲いかかろうとしているのですから。」

 魂の傀儡子の言葉に謙介は、苦虫を噛み潰したような表情をした。と同時に思考を張り巡らせた。

 (なぜ、急に爆発した……。さっきまでは爆発など一度もしなかったというのに。そもそも爆発なんて出来るのなら、最初からそうすれば良かったんだ。それなら自滅ではあるが、少なくとも俺達も倒すことは出来たのに。なぜそうしなかった? いや、出来なかったのか? 魂玉が自爆するには何か条件があるのか。だとすればそれは何だ? さっき一瞬の出来事の中で奴がやったことと言えば、指を鳴らすくらい。だとすればそれが爆発のきっかけ……)

 謙介は短い時間に次から次へといろんな可能性を模索した。

 黙りこくった謙介を見ていた魂の傀儡子はふっと口を開いた。

 「そんなに必死に考えなくても、教えてほしいのであれば答えをお教えいたしますが?」

 「なっ!?」

 魂の傀儡子のその一言に我に返った謙介は疑いとある種の期待が混じり合った瞳で魂の傀儡子を見据えた。

 「爆発のきっかけは、私の指鳴らしです。まあそこまでは大かた予想の範疇でしょうが。しかし、魂玉はそれ単体では爆発することなど出来ませんよ。いえ、本来、魂玉が爆発することなどありえない。」

 「なら、なぜ……」

 そこで、魂の傀儡子は人差し指を左右に何回か振って続けた。

 「私の指鳴らしで、魂玉を一瞬のうちに何兆回も振動させたのです。するとどうなると思います?」

 魂の傀儡子がわざとらしく問いを投げかけてきた。

 それに答えたのは謙介ではなく、要だった。

 「なるほど、急にそれだけの回数振動した物体は内部のエネルギーが暴発し、結果、爆発を起こす……ということでいいのかしら?」

 「ご名答。」

 魂の傀儡子は片手に握られた杖を腕に引っかけて拍手した。

 「しかし、解せんな。なぜそんなネタばらしをする……」

 謙介は魂の傀儡子の意図が読めずに歯ぎしりした。

 「理由などありませんよ? では逆に問いますが、あなたたちは実際に爆発の仕組みが分かったところで、対処の仕方があるのですか?」

 「「……」」

 魂の傀儡子の問いに2人は答えることができなかった。

 それは魂の傀儡子の言うことを肯定しているということにほかならない。

 「でしょう? なら、そんな情報をあなたたちにお教えしたところで私には何の痛手にもなりえないのですよ。」

 魂の傀儡子のどこか得意げな表情は、何も出来ずに手をこまねいていた謙介にさらに不快感を与えた。

 「では、ここにいる魂玉を全て爆発させてみるとしましょうか。」

 魂の傀儡子はにたりと笑った。

 それに対して、謙介と要の額からは冷や汗がにじみ出ている。

 (まずい……。実際あの爆発をどうにかする手立てが見つからない。一瞬にして全ての魂玉を一掃するか? いや! 間に合うわけがない。奴は零コンマ数秒あれば指鳴らしを行うことができる。それより早く、これだけの魂玉を消滅させるなんて不可能!)

 謙介が焦りながら打開策を考えていると、魂の傀儡子は冷酷にもすうっと片腕を上げ、中指と親指をひっ付けて、指鳴らしのモーションに入った。

 「駄目!」

 それを見た要がすかざず叫んだが、魂の傀儡子は止めるどころか、指に力を込めた。

 (くそっ! くそっ! 何も思い浮かばない!)

 謙介が完全に行き詰ると、ついに魂の傀儡子の指が磨り合わさろうとした。そして、その刹那。

 「蒼波滅陣!」

 突如、廃工場の中に蒼い光の波が包みこみ、中にいた魂玉をあっと言う間に全滅させた。

 「!? なんですか!?」

 いきなりの出来事に動揺を隠しきれなかった魂の傀儡子は腕を上げたまま固まっていた。

 「遅くなってすみません。」

 「「!!??」」

 背後から聞こえた声に謙介と要はすぐさま振り返った。

 「お兄ちゃん、お待たせ。」

 そこには、蒼の光の刃を構えた卓と、紅の光の刃を構えた真理が、堂々と立ち構えていた。

 「2人とも……」

 まず最初に感嘆の声を漏らしたのは要だった。そしてすぐその後に謙介も口を開いた。

 「よくあの関門をクリアした。」

 「ええ。まあかなり苦戦しましたけどね。命の保証がないという言葉通りでしたよ。」

 「全くよ、何度死にかけたことやら。」

 卓と真理も口ではそう言ったものの、顔には何かを成し遂げたような後の満足げな表情が浮かんでいた。

 「それにしても、驚きました。灯台から出たら鳴咲市が断絶されていましたからね。小鉄さんにここの場所を聞いてきたんですけど。」

 「まさか、もう魂の傀儡子と戦ってたなんてね。」

 卓と真理はするどい目つきで魂の傀儡子を睨んだ。

 「ここですぐに俺らに倒されてくれるなら苦労はしないんだけどな。」

 卓の問いに、それまで呆気に取られていた魂の傀儡子もようやく我に戻って、再び悠長に笑った。

 「実に面白いことを言うのですね。ですが、それは確かにシュールな絵図羅になるでしょうね。しかし、私はあまりそう言った美術品には感嘆しないのですよ。」

 「なら、力づくでお前に敗北の絵を見せてやる!」

 「5年前の借りをきっちり返すわよ。」

 卓と真理はそう言ってそれぞれ刀を構えた。

 「たくましくなったわね、あの2人。」

 卓と真理の一歩後ろで見ていた謙介に要は耳打ちするように言った。

 「ああ。クリアするとは思っていたけど、まさかあそこまで強くなってくれるとは。想いの力ってやつかな。」

 「あら、珍しい。そんな理屈に合わないこと言うなんて。」

 要が少し茶化すように言うと、謙介は口調を変えずに続けた。

 「成長していく彼らを見ていると、理屈だけで構成された世の中程、無意味で無価値なものはないのだと思い知らされるよ。そんな世界に生きている者は本当の自由、そして幸せなんかを手にすることさえできないのだってこともね。」

 「良かったじゃない。今それに気が着けた謙介もきっと幸せ者よ?」

 「だといいけどな。」

 そして、謙介と要も卓と真理と同じところまで前進して、それぞれの武器を構えた。

 「さあ、これで最終決戦としよう!」

 謙介の言葉に4人は顔を見合わせ、そして力強く頷く。

 「ふふふ、これで最終決戦というのには賛同いたします。しかし、結果はあなたがた4人の敗北。これは揺るぎない未来です。」

 魂の傀儡子の言葉に刀を構えていた卓は、一度、鼻で笑ってから、そして口を開き、続けた。

 「揺るぎない未来? お前はそんな世界に生きていて楽しいかよ。少なくとも、俺はまっぴら御免被るけどな。お前が勝つことが揺るぎない未来ってんなら、俺達がその未来を揺るがしてやるよ!」

 そう言いきってから卓は隣にいた真理と顔を合わせると、真理もにっこりほほ笑んで、頷いた。

 「人間風情が、未来を変えるなどと吠えるものではありませんよ。この時間軸の決定事項を変える力など人間ごときにあるわけがありません。」

 魂の傀儡子は腕に引っかけていた杖をすっと構え、その先端の刃は卓達4人を目の前に、光輝いた。

 気がつくと、夕日はすっかり沈み、いつしか断絶されたこの廃工場の中には月明かりが灯されていた。

 「しかし4対1ではさすがに、多勢に無勢……。少し、役者を増やすこととしましょう。」

 魂の傀儡子はまたしても指を鳴らすと、先ほどと同様に、唯一違うのはさっきは夕日に染まっていた廃工場の中だったが、今は月明かりに照らされた廃工場に無数の魂玉が呼び出された。

 「さて、これで数はこちらが有利。とはいえ、この程度の戦力ではせいぜい少しの足どめにしかならないでしょうが。」

 しかし、言葉とは裏腹に、魂の傀儡子のその表情はどこか優優ゆうゆうしささえ感じ取ることができた。

 「それは間違いね。」

 そんな魂の傀儡子の言葉を真理は真っ向から否定した。

 自分の言葉を否定された魂の傀儡子は苛立ちを感じることもなく、むしろ、真理の言葉の真意を理解しきれぬといった表情を浮かべていた。

 「私が何か、間違ったことを言ったのであれば、よろしければその訂正のほどをお教えいただきたいのですが?」

 魂の傀儡子の問いに真理はすぐに口を開いた。

 「だから、足どめにすらならないのよ。この程度の敵じゃあね。」

 真理は返答すると同時に、口元を緩めた。

 「!?」

 魂の傀儡子が真理の言葉の意味を理解したときには、すでに魂の傀儡子の頭上に、蒼き光の刃を構えた卓が陣取っていた。

 「いつの間に!?」

 「早いな……」

 魂の傀儡子は当然のことだが、味方である謙介さえも、卓のその動きの速さは驚嘆させた。

 「5年前、まだ子供だった俺達を仕留められなかったのは痛手だな。」

 卓はそう言って、まだ魂の傀儡子との距離は少しあったが、頭上で刀を振り抜いた。

 刀からは綺麗な蒼白の斬撃が放たれ、それは魂の傀儡子が立っていた場所に落ち、辺りは爆風と爆煙に包まれた。

 卓は地面に着地するや否や、すぐにバックステップを何回か踏んで、魂の傀儡子のいた場所からある程度の距離をとった。

 「「「「……」」」」

 4人は固唾を飲んで、魂の傀儡子の様子を伺った。

 爆発音の反響が止むと、廃工場には再び、異常なほどの静寂が訪れた。そんな静寂な工場には誰かがごくりと唾を飲み込む、そんなささいな音でさえはっきりと聞き取れた。

 だからこそ、爆煙の中から聞こえた足音は騒音のようにはっきり、4人の耳に届いた。

 「……驚きました。いえ、素直な感想です。まさか、こんなにもすぐに私が血を流すことになるとは。」

 足音の主は当然、魂の傀儡子。しかし、さっきまでとは違い、魂の傀儡子の額からは血が流れ出ていた。

 「すごいわね、謙介。」

 そんな一部始終を見ていた要が、謙介の耳元で呟いた。

 「ああ、あの訓練はやって正解だった。正直、俺だってあんな訓練やったことないから実際にどれだけ危険なのかは明確には把握していなかった部分もあったが、あの強さを見ると、相当鍛えられてきたみたいだな。」

 謙介も決して、敵から目を反らすことはしなかったが、それでも幾分か、さっきよりは表情に余裕が見て取れた。

 「私たちも後れをとるわけにはいかないわよね?」

 要が悪戯っぽく笑うと、謙介も口元を緩め、一言、当然だ、とだけ言った。

 「魂の傀儡子、これでもなお、お前が勝つことが揺るぎない未来だとでも言うつもりか?」

 魂の傀儡子と一定の距離を取っていた卓は、再び長刀を構えながら問う。

 「……ええ。揺るぎない未来ですよ。私の勝ちはこの程度では揺るぐはずもない。そしてようやく彼女を見つけ、儀式の準備も整えたのです。邪魔されるわけにもいかないのですよ。」

 魂の傀儡子は額から口元まで流れてきた血をペロリと舐めると、杖を卓に向けて構えた。

 「ああ、そうかい。言うのは自由だもんな。」

 「有言実行が私のモットーですがね……!?」

 悠長に話していた魂の傀儡子はふと自分に近づいてくる攻撃に気が付き、とっさに杖で応戦した。

 「紅蓮槍風!」

 真理の放った、巨大な槍の形をした紅い斬撃は、魂の傀儡子の構えた杖の刃と衝突し、その場で爆発した。

 「くっ!」

 今度はすぐに爆風の中から姿を現した魂の傀儡子だったが、その先には黄金の光を纏った剣を構えていた謙介がいた。

 「しまった!」

 魂の傀儡子はとっさに指を鳴らし、無数にいた魂玉のうち何体かを謙介の周りに呼び出した。

 「連鎖一貫!」

 しかし、そんな魂玉すらも要の素早いフォローで一掃された。要の投げた鎖は見事に謙介の周りにいた魂玉を全て消滅させた。

 「甘かったな、傀儡子!」

 魂玉を一瞬のうちに殲滅された魂の傀儡子の表情からは完全に余裕というものが失われていて、そして、そんな相手に謙介は容赦なく、黄金の斬撃による一撃を放った。

 「!!!」

 魂の傀儡子も応戦し、空中で体を捻り、杖で斬撃を弾こうとしたが、直撃こそ避けられたものの、魂の傀儡子の身体は空中を勢いよく飛び、そして、廃工場の腐敗した壁に衝突した。

 「……まあ、これくらいで倒せる程度の奴ならこんなに苦労はしないんだがな。」

 すぐに謙介は剣を構えなおす。その少し後ろで卓と真理も周りの魂玉を倒しつつ、魂の傀儡子を警戒していた。

 「要!」

 「ええ。」

 謙介の呼びかけの意図を瞬時に理解した要は自身の武器である鎖を、壁に激突し、床に這いつくばる魂の傀儡子に向けて投げた。

 鎖はなんの躊躇もなく、そして、直線状に魂の傀儡子に襲いかかる。

 が、残り、数センチというところで、要の鎖は魂の傀儡子の杖によって弾かれた。正確な状況説明をすると、這いつくばっていた魂の傀儡子が、勢いよく、起き上がり、そして、瞬時に自分に迫りくる鎖を杖の先の刃で弾いたというのがふさわしい。

 「やはり、これでは分が悪いのですかね……。今のダメージは痛いですよ。」

 立ちあがった魂の傀儡子はパンパンと自分のコートの埃を手で払いつつ、険しい表情で、謙介を見た。

 「このままではまずいですね。早めにあの赤桐蓮華を儀式に使わなければ……」

 魂の傀儡子のそんな一言に卓は強く反応した。

 「蓮華!? 蓮華が来ているのか!?」

 卓のそんな反応を見て、謙介は苦汁を舐めたような表情をした。

 (しまった。案の定ではあるが、彼女のことを聞いたら、弟くんは間違いなく、動揺する……。最悪、それで戦いにまで大きく支障が出る可能性があったから黙っていたが。あの様子だと小鉄も俺と同じ考えで言わなかったんだろうしな。)

 謙介の考えとほぼ同じ考えを抱いた、魂の傀儡子はニヤリと笑い、そして口を開いた。

 「ええ、私が彼女をここまでさらったのですよ。そして、そこの2人は私を追ってここまで来たのですよ。」

 そう言って魂の傀儡子は杖で謙介と要を指示した。

 「蓮華が……」

 卓はするどい目つきから一変、脱力した表情になった。

 「卓! だったら助ければいいでしょ! そのために力をつけてきたんでしょ!?」

 そんな卓の変化をいち早く読みとった真理が叱咤するように言い放った。

 「!?」

 真理のその一言で、卓は再び、長刀を握る手に力を込めた。

 「……そうだったな。悪かった、動揺しちまって。」

 「うん。アイツを倒して、蓮華も助け出そう。」

 再び、目に闘志を宿した卓は、真理と共に、一歩魂の傀儡子との距離を詰めた。

 「おや、立ち直りが早いですね。ではこれなんかはどうですか? 2008年に城根卓、あなたの中学で起きた、火事。あれが私の仕業だとすれば、また動揺しますか?」

 「……」

 卓は一瞬、眉をピクリと動かしたが、必死に開きそうな口を紡ぎ、そして魂の傀儡子を睨み続けた。

 「あのときに赤桐蓮華を奪取しようとしたんですが、あなたに邪魔されてしまいましたね。」

 「……卓……」

 真理は卓の握る長刀が震えていたのに気がついて、卓の顔を心配そうに見上げた。

 「大丈夫だ、真理。」

 卓は真理の顔を見ることもせず、魂の傀儡子を見据えたまま返答した。

 そんなやりとりをしている間も襲いくる魂玉を、謙介と要は魂の傀儡子の言葉に耳を傾けつつ、だが確実にさばいていた。

 「ですが、勘違いはしないでくださいね。なにも赤桐蓮華の命を奪うつもりはなかったのですから。大事な儀式の材料をそうやすやす壊すわけにもいかないでしょう?」

 その一言、それが卓の最後の制御線を完全に断ち切った。

 卓はものすごい速さで、魂の傀儡子の後ろに回り込み、そして、間を開けることなく、蒼の斬撃をゼロ距離で放った。

 「卓!」

 当然、魂の傀儡子だけでなく、卓自身も爆風に巻き込まれ、魂の傀儡子とは反対の方向に飛び退いた。

 「蓮華を今すぐ返してもらう! お前みたいなやつに蓮華を好きにさせるわけにはいかねえ!」

 卓の咆哮にも近い叫びは断絶された廃工場の中にこれでもかというほど響き渡った。

 「……暴走ですか……」

 卓の怒りに満ちた顔を見た魂の傀儡子は脇腹が少し抉れ、流れ出す血を見て、それでもなお、口元は緩んでいた。

 「卓、落ち着いて!」

 真理が卓に近寄って、なだめようとした。

 「……もう、大丈夫だ。」

 そんな真理の言葉に、卓はゆっくり荒れた呼吸を整え、真理の頭にポンと手を置いた。そして、再び、魂の傀儡子に向き合った。

 「蓮華に危険な目に遭わせたら、俺はお前を絶対に許さない。」

 卓の言葉に、魂の傀儡子は鼻で笑うように返した。

 「人間風情の許しなど、なぜ私が欲さねばならないのです? それに私の目的を完遂する上で人間の犠牲は必要不可欠。このことに罪悪感を覚えるというのは、すなわち、人間が肉を食すことに対して、牛、豚など、その他さまざなな動物に対して罪悪感を感じるのと同じことと思いますがね? あなたたちはいちいち、そんなことに罪悪感を覚えているのですか?」

 「……」

 魂の傀儡子の言葉に卓はおろか、真理、謙介、要すらも何も言い返すことはできなかった。

 それは、魂の傀儡子が言うことを肯定する、いや肯定せざるを得ないからだった。

 「ふふ、私の言うことを肯定した、あなたたち自身を責めることはありませんよ。なにせ、私たちは神ではないのですから。不完全な存在である私たちの考えもまた、不完全と言うほかないのです。だからこそ、この世には矛盾が満ちている。動物を食すことは生きるために必要だという。なら、人間を食すものが人間を殺すことも同じ理由で筋は通るのではないでしょうか? しかし、人間はそれを悪、あるいは罪と定義する。これだって十分な矛盾と言えると思います。」

 魂の傀儡子の言葉は4人にずっしりと重くのしかかってきた。

 しかし、それでも、卓は魂の傀儡子に対して、言葉を放った。

 「それでも、この世が矛盾に満ちていても、俺が蓮華を助けたいという思いに矛盾はない!」

 言葉と同時に卓は魂の傀儡子に向って、蒼い光の斬撃を放った。

 卓の強い想いに共鳴したかのように、斬撃もまた、強い意思を持っているかのごとく、魂の傀儡子に向って、躊躇なく迫って行った。

 「虚無の失力ゼロ・ノース。」

 魂の傀儡子が、片腕を前に差し出すと、そこに黒い、小さなブラックホールのような穴が現れ、それは卓の放った斬撃をみるみる取り込んでいった。

 「「!!??」」

 その一部始終を目の当たりにした卓と真理は驚きを隠せずに、そして言葉を失った。

 「虚無界の術……。厄介だな。」

 魂の傀儡子の行った術を冷静に、しかし、その事態を深刻に受け止めた謙介の表情は険しかった。

 「私でもこの程度の術は使えるものです。そして、これが石の力を使わなければ無力の人間と、私たち、冥府の使者との決して埋めることのできない、実力の差というものです。」

 魂の傀儡子の勝ち誇ったような表情は単なる威勢ではなく、確証を含むものだった。

 「……確かに、俺達人間が、お前達みたいな奴らに真っ向から挑んでも勝てないのかもしれない。」

 卓は握った拳にさらに力を込め、そして一瞬だけ真理と顔を合わせると、再び、魂の傀儡子に向き直り、口を開く。

 「でも、だからこそ、俺達はパートナーなんだ。一人じゃ勝てないから、一人ではどうしようもないときがあるからこそ、力を合わせる! そして、俺達は力を合わせて、絶対にお前に勝つ!」

 卓の言葉に反応したかのように、その瞬間、長刀に纏っていた蒼の光が少し大きく輝いた。

 「戯言を。いいでしょう。確かに言うのは自由ですからね。ですが、すぐに大切な人を救えず、泣き崩れることとなるでしょう。」

 魂の傀儡子は笑みを絶やさず、指をパチンと鳴らすと、廃工場の中に更に、魂玉の群れが姿を現し、そして、卓と魂の傀儡子との間に壁を作るかのように割って入った。

 「では、せいぜい足掻いて見せてください。」

 魂の傀儡子は卓達4人に軽く一礼すると、蓮華のいる奥へと姿を消した。

 「待て! っ!?」

 卓と真理がすぐに魂の傀儡子を追いかけようとしたが、それは先ほど召喚された魂玉達によって阻止されてしまった。

 「どけええ!」

 卓が雄たけびを上げながら刀を振るうと、その場で卓の前にいた魂玉たちは一瞬のうちにして、斬撃もろとも消滅した。

 しかし、それもほんの一瞬のことで、卓が再び一歩を踏み出そうとすれば、そこにはまたしても魂玉が再生されたかのように姿を現す。

 「卓、これじゃ力の無駄遣いよ。」

 また同じことをしても、永遠にこのループが繰り返されると悟った真理は、焦る卓の肩に手を置いて、制した。

 「分かってるけど……」

 現実を突き付けられた卓はもどかしさと口惜しさから、唇をぎゅっと噛んだ。

 「弟くん! 真理!」

 そんな2人の元に、魂玉と対峙し続けていた謙介と要が駆け寄ってきた。

 「2人はアイツを追うんだ。」

 謙介のその言葉に卓と真理は驚いたような表情を見せた。

 「えっ。でも」

 「いいから、ここは俺と要に任せて。それとも、俺達がアイツを追ってもいいが?」

 謙介は卓の言葉に被せるように言い、そして卓の答えなど分かりきったうえで、悪戯にほほ笑んだ。

 そして、それに続いて要も口を開く。

 「大切な人を助けたいんでしょう? なら、それは自分で助けに行きたいのが男の子ってもんじゃない?」

 「……でも、いいんですか?」

 卓はそれでも申し訳なさそうに訊ねた。

 「いいもなにも、君たちがアイツを倒せば、こいつらも自然に消滅するだろ? そうでなくても、無限に出現することはなくなる。でも、それまでは誰かがここに残らなければアイツの元にまで行けない。」

 「卓、行こう。」

 そこまで謙介の言葉を聞いて、真理が卓の手を取った。

 「自信がないなら、俺達が行くぞ?」

 謙介の言葉に卓は無言で首を横に振ってから、力強い瞳を向け、口を開いた。

 「俺達が、必ず倒します!」

 「おう、行ってこい。」

 そして、卓と真理は要が一瞬だけ鎖の一撃で作ってくれた道をすかさず走り抜け、魂の傀儡子が消えた廃工場の奥へと進んだ。

 「こういうことに関して、勝率がなんだとかうるさい謙介の割には、今回は随分分の悪い賭けに出たんじゃない?」

 その場に残った要が、鎖で魂玉を倒しつつ、同じく、剣で応戦していた謙介に訊ねた。

 「分の悪い賭けか……。確かにそうかもな。でも賭けの面白いとこってのは、1が100に化けたり、逆にその反対で100が1に成り下がったりするからじゃないのか?」

 「分かりにくい例えね……」

 謙介の言葉に対して、要はあからさまに呆れたようにため息をついた。

 「だから、実力では俺達の方が明らかに上だけど、実力だけじゃ勝てない勝負ってのもあるんじゃないかってこと。それになんとなくだけど、俺達じゃこの賭けに勝つのは無理な気がしてな。」

 そんな謙介の一言に要はふっと息を漏らして、そして、茶化すように言った。

 「そういうのはいつも賭けごとで勝ってる人間が言うから説得力があるもんだと思うけど?」

 「!? うるせー!」

 さして賭けが強いわけでもない謙介は赤面し、誤魔化すようにひたすら魂玉を倒して行った。

 「でも、私も今回は謙介と同じ意見よ。なんとなくそんな気がするの。」

 その要の言葉は謙介には届いてはいなかった。それを確認した要は優しい笑みを浮かべ、そして再び魂玉の群れと対峙した。

 一方、魂の傀儡子を追って、廃工場の奥へと進んだ卓と真理は、向っていた。

 少し走ってくると、二人は開けた場所へと辿り着いた。

 「「……蓮華!?」」

 着いたばかりの卓と真理の視界にはすぐに光の十字架に張り付けにされてていた蓮華の姿が飛び込んできた。

 「おや? まかさここまで辿り着いたのですか?」

 十字架に張り付けにされていた蓮華を美しいものを見るような目をしていた魂の傀儡子もすぐに卓と真理に気がついたが、別段焦った素振りを見せるわけでもなく、優雅に振り向き合った。

 「蓮華を今すぐ降ろせ。」

 卓は怒鳴るわけでもなく、しかし、ドスの効いた声で言った。

 「無理な相談ですね。」

 「蓮華を連れ去った目的は何?」

 卓とは裏腹にいつもの口調で真理は訊ねた。

 「そうですね。ここまで辿り着いた御褒美ということで教えて差し上げましょうか。」

 楽しげに魂の傀儡子はロングコートのサイドポケットから淡いピンク、または白桃色の石を取り出した。

 「私の目的はこの石の覚醒。まあ目的というのも私の計画の全貌というわけではありません。少なくとも、この彼女を連れさらった目的という意味ですがね。」

 「それって、贈与の石……」

 真理は、魂の傀儡子が取り出した石をじっくり見て、確信を得ると、口を開いた。

 「ええ、あなた方討伐者の持つものと何も違わぬ石です。しかし、残念ながら、この石は私に力を与えてはくれないのですよ。」

 魂の傀儡子はわざとらしく、やれやれと肩をすくめた。

 「当たり前よ。贈与の石が、虚無界の住人に力を与えるなんて聞いたこともないわ!」

 「やはりそうなんですか。」

 「だが、それと蓮華はどう関係してるんだ!」

 今にも斬りかかれそうな体勢をとっていた卓が興奮気味に口を開いた。

 「ええ。ですから、私にはこの石の力が必要だったんですよ。そして、数年前に偶然でしょうかね、私が持っていたこの石が突如、光輝き、反応したのです。そしてその後も何度か同じ現象が起きました。しかし、それは不定期で、これといった原因が分からなかったのですが、あるとき気がつきました。この石が反応したときにはある一定の距離の中に共通した人物がいたということに。」

 魂の傀儡子が嬉しそうに話すその言葉は、廃工場の中を何度もこだましていた。

 「そして、時間をかけ、とうとう割り出したのですよ。この少女こそが、この石を反応させている根源だということに!」

 魂の傀儡子は高々と両腕を広げ、そして豪語した。

 「どうして蓮華が……」

 卓の手は小刻みに震えていて、その震えは卓の手を伝って、その手に握られていた長刀にも伝導していた。

 「その石を覚醒させて、お前は何をするつもりなの?」

 魂の傀儡子の話しを聞いてもなお、平静を保っていた真理は冷静に問いを続けた。

 「……この世界を救います。」

 少し間を置いたあとに放った魂の傀儡子のその言葉に、卓も真理もしばらくの間言葉を失った。

 廃工場の中に一時の静寂が訪れたが、真理の言葉がその静寂を打ち破った。

 「それもお得意の冗談?」

 真理の質問に、魂の傀儡子は首を横に振って、言葉を紡いだ。

 「これは冗談ではありませんよ。この世界を救う、これこそが私の目的そのものなのですから。」

 「なら、何で人の命を奪ったりする!?」

 真理に続いて、卓も質問を投げかけた。

 「言ったでしょう? 私が救うのはこの世界です。この世界に巣食う生命まで助けるなどとは言っていませんよ?」

 「…………。どうやら話しはここまでのようね。ここからは剣を交えて、決着を着けましょう。」

 今まで、冷静に言葉を交わしていた真理も、ついに自分の日本刀を魂の傀儡子に向けて構えた。

 「最初から話し合いでどうにかなる相手じゃなかったようだな。」

 真理に続いて卓も武器を構える。

 魂の傀儡子はそんな2人を見て、なお、笑みを崩さず、しかし、杖を構えた。

 「もう、生かしては帰しませんよ?」

 3人の刃はどれも、月明かりに照らされ、神々しく光っていた。

 「卓、落ち着いて戦うのよ?」

 「ああ、分かってる。」

 真理に返事を返すも、卓は魂の傀儡子から一瞬たりとも視線を外すことは無かった。

 「私たちは強くなった。だから、自信を持って行こう。」

 「絶対に勝つさ。」

 卓はこの廃工場に来て、初めて口元を緩めた。

 そして、それを見た真理はどこか安心感を感じていた。

 (ふう、ここで魂玉を召喚しては、下手をすれば儀式の妨げになりかねませんね。分かっててやっているのか、分かってないでやっているのか。全く、どちらにせよ、私が直接相手をしなければいけないなんて、厄介な子供たちです。)

 魂の傀儡子は杖を構えながら、ふわっと宙に浮いた。

 「では、5年前に仕留め損ねたその命、ここで仕留めることとしましょうか。」

 「はああああ!」

 宙に浮きながら喋る魂の傀儡子に向けて、卓は間髪いれずに3発の蒼い斬撃を放った。

 「お遊戯なら、ここは少々場違いですよ?」

 魂の傀儡子は、自分に迫りくる3発の斬撃に対して、優雅な剣さばきで、それらを全て受け流した。

 「紅蓮槍風!」

 その間に、魂の傀儡子の真下に潜り込んでいた真理は、真上に向って、槍のように日本刀を突きだすと、巨大な紅い槍の形をした斬撃が、魂の傀儡子を捉えた。

 「真下!?」

 意表を突かれた魂の傀儡子はすぐさま回避するために横移動しようとしたが、真理の一撃の予想以上の速さに、体の一部が飲みこまれ、そのまま天井へと激突した。

 「くはっ!」

 そのまま落下する魂の傀儡子だったが、なんとか体勢を整え、また宙に浮いた。

 「……今のは驚きまし」

 魂の傀儡子の言葉が最後まで続かないうちに、彼は蒼い斬撃の追撃を受けた。

 廃工場の宙には斬撃による爆煙が広がっていたが、魂の傀儡子はそこから姿を現すことは無かった。

 「卓、次に構えて。」

 「分かってるって。」

 爆煙が晴れて行く中、二人はそれぞれ光輝く刀を構える。

 「人が話しているのに、ひどいじゃないですか。」

 煙の中から聞こえたその言葉に、卓と真理は一層、刀を握る手に力を込めた。

 「最近の子供は礼儀もわきまえていないようですね。これは少々きつめのお仕置きが必要とお見受けします。」

 再び、空中に姿を現した魂の傀儡子の手に握られていた杖は全体的に、暗い紫のオーラを纏っていた。

 「虚無の具、邪蛇じゃだほころびなるものです。」

 そう言って、魂の傀儡子は自らの杖の刃に指をなぞらせた。

 「卓、気をつけて。虚無の具はそれ単体で、私たちの石の力と同様な力を発揮することのできるものなの。」

 「ああ、空気がピリピリするのを感じるしな。……でも、俺と真理ならきっと勝てる。」

 その言葉に真理は柔らかな笑みを浮かべた。そして、一言。

 「ええ。」

 再び、邪蛇の綻を構えて、宙に浮かぶ魂の傀儡子に向き合った卓と真理の瞳には動揺などではなく、確かな決意が満ちていた。

 「邪蛇の綻の能力アビリティーは、自信の血を喰らうことによって発動する自立型攻撃装甲オート・アタックテンダーにあります。」

 「「……」」

 卓と真理が黙っているのを見て、魂の傀儡子はくすりと笑った。

 「百聞は一見に如かず、実際にご覧いただきましょう。」

 すると、魂の傀儡子は自分に杖の先端の刃を向けると、そのままぐさりと自分の腹部に刃をのめり込ませた。

 「ぐはっ!」

 「「!!??」」

 魂の傀儡子のその自殺行為とも見れる行動に卓と真理は眼を見開いた。

 「ぐぼっ!」

 さらに魂の傀儡子が刃を刺し込むと、ついには口から多量の血が吐かれ、廃工場の床にべちゃっという音を立てて垂れ落ちた、

 「一体何を……」

 真理がそんな一言を呟くと、苦しそうな表情をした魂の傀儡子は自身の腹部に刺さった杖を勢いよく抜き出し、卓と真理を一瞥した。

 「はあ……はあ……。お見苦しいところをお見せして、失礼しました。」

 当然、引き抜いた刃は血で赤く染まっていて、魂の傀儡子の腹部からも血が流れ出していた。

 「先ほども申した通り、私の虚無の具は、私自身の血を与えなければ発動しない代物でしてね。少々発動するときに痛みを伴うのが欠点です。」

 さっきまで苦しそうだった魂の傀儡子は何事もなかったかのように、再び笑みを浮かべ、血の噴き出していた腹部をさすっていた。

 「なんて奴だ……」

 卓は、宙に浮かぶ魂の傀儡子の言動を信じられないといった表情で見据えていてた。

 「しかし、これで私の邪蛇の綻は力を発揮します。」

 魂の傀儡子が自分でつけた腹部の傷は次第になくなり、流れ出ていた血も完全に止まった。

 そして、刃を染め上げていた血は、杖全体を纏っていた紫の光と混同し、赤い血と紫の光は、杖だけでなく、魂の傀儡子の周りを、まるで生きた蛇のようにうねり始めた。

 「これが、邪蛇の綻でございます。」

 「なんだよこれ……。気持ち悪いな。」

 卓は邪蛇の綻が動く様子を見て、身震いした。

 紫の光と魂の傀儡子の血が入り混じった邪蛇の綻は、あたかも威嚇をするように、頭部とおぼしき先端部分を卓と真理に向けていた。

 「敵の正体が何であれ、全力で倒すだけよ! 紅蓮槍風!」

 間髪いれずに、真理は大きな槍型の斬撃を放った。

 しかし、魂の傀儡子はそれをほほ笑むように見ているだけで、避けるための予備動作一つ体を動かさなかった。

 「言ったでしょう? これは自らの血を飲ませる代わりに、自立型攻撃装甲となると。」

 魂の傀儡子の言葉とほぼ同時に、邪蛇の綻は一瞬のうちに、魂の傀儡子の目の前で大きな盾のような形を映し出し、そして、真理の放った一撃を完全に打ち消した。

 「そんなっ!」

 その一瞬の出来事、ただの刹那だったが、真理と卓はとんでもないものを引き出してしまったことを理解した。

 「私の血を混ぜたことによる、意思伝達機能です。私が脳で一瞬のうちにして思い描いたことを実現することのできる、云わば意思を持った武器、とでもいいましょうか。」

 真理の一撃を止めた邪蛇の綻は、再び蛇のような形に戻っていて、宙をうねっていた。

 「脳で考えたことを実現するって、そんなの防ぎようがないじゃない……」

 真理は万策尽きたような表情で、刀を握る手を震わせた。

 「……」

 何かを考え込むように、刀を持っていない方の手を顎に当てていた卓が、真理に耳打ちするように言った。

 「あの蛇みたいなヤツって攻撃と防御、2つ同時に出来るのかな?」

 「えっ?」

 真理は意表を突かれたように、すかさず卓の方を向いた。

 「いや、いくら脳で考えても、現実的に不可能なことは出来ないんじゃないかなと思って。」

 「……確かに。やってみる価値はあるかも。」

 そんな2人のやりとりを魂の傀儡子は不思議そうに、しかし笑顔はあくまで維持しつつ見ていた。

 「じゃあ、2手に分かれよう。」

 「うん。」

 「せーの!」

 卓の合図をきっかけに、卓と真理はそれぞれ左右に分かれて、魂の傀儡子の真下へと近づいた。

 「ふふふ、そう何度も同じ攻撃は受けませんよ。」

 邪蛇の綻はまず卓に目がけて、突っ込んだ。

 「おっあっと!」

 すかざず、卓は走っていた足を止め、その場でブレーキをかけた後、半歩ほど後ろに飛び退いた。

 邪蛇の綻は、勢い余って、そのまま廃工場の地面に激突した。

 「真理! 行くぞ!」

 「ええ!」

 反対側から距離を詰めた真理はすでに魂の傀儡子の真下に潜り込んでいて、卓も、真下からはそれほど距離のない位置まで詰め寄っていた。

 「蒼波滅陣!」

 「紅蓮槍風!」

 卓と真理が放ったそれぞれの大技は、邪蛇の綻を身の回りに置いていない、無防備な魂の傀儡子へと向かっていた。

 卓の放った、まるで渦潮のように広範囲に広がった蒼の斬撃と、その中心に真理の放った、紅く光輝く、槍の形をした斬撃が美しく折り重なり、魂の傀儡子へと迫る。

 「確かに狙いは悪くありません。が、それも子供の考える茶番にしかなりえないのですよ。脳の伝達速度というものを完全に考慮から外している、その時点であなたたちが私に傷を負わせることは不可能。私がこうして話している間にも、すでに脳から伝達済みなのですよ。」

 魂の傀儡子の言葉通りに、さっきまで地面と顔合わせしていた邪蛇の綻は、いつの間にか魂の傀儡子と卓と真理の放った斬撃の間で、盾として君臨していた。

 そして、蒼と紅の色鮮やかな斬撃は散るも虚しく、邪蛇の綻の盾に防がれてしまった。

 まるで、花火のように大きな爆発音を響かせ、上空には多量の爆煙が空気を濁していた。

 「……あまり、自分だけが頭脳派だと思わない方がいいと思うぜ。なんせ、俺のパートナーは偏差値78の天才なんだからな!」

 あまりにあっさりと攻撃を止められたにもかかわらず、卓は口元を緩め、そして挑発ぶりな口調で言った。

 「言っている意味がよく分かりませんが……。ッ!?」

 魂の傀儡子は言葉の途中で、背後からの斬撃の気配を察知したが、時は少々遅く、邪蛇の綻が瞬間的に間に割って入るも、完全に防ぎきることは成せず、魂の傀儡子は上空で滑るように飛ばされた。

 「なっ!?」

 あまりに一瞬の出来事に理解が及ばなかった魂の傀儡子は、上空でよろめいた自分の身体を立て直し、再び邪蛇の綻を自分の周りに陣取らせた。

 「紅蓮槍風・又撃またげき。」

 背後からの攻撃だったにも関わらず、真理は魂の傀儡子の前方で、卓と並んで刀を構えていた。

 「一体何が……」

 動揺を隠しきれなかった魂の傀儡子に、真理は勝ち誇ったような表情で口を開いた。

 「あんたが脳の伝達によって、その武器を動かしているっていうのなら、話は簡単よね。脳ってのは視覚、聴覚、触角、嗅覚、味覚、これらから送られてくる刺激を受信、そしてそれに対して情報を送信する役割がある。なら、これらの五感を死角をついていけば、脳の伝達は少し遅らせることができるでしょ?」

 真理が悠長に話すその言葉を、魂の傀儡子は目つきを鋭くしながら、聞いていた。そして、重々しく口を開く。

 「……確かに、理論的に言えばその通りです。まさか、この短時間でそこまで考えていらっしゃったとは感服するばかりです。が、しかし、今の攻撃に関して言えば、あなたは私の視覚をコントロール、あるいはそれに準ずる行為で、制御したというのですか? 確かにあなたは今のその位置から一歩も動いていなかったはず……。それなのに私の背後から、私を襲撃するというのはいささか疑念を抱くには十分過ぎるものだと思いますがね。」

 魂の傀儡子の問いに対して真理はふんっと鼻で笑ってから再び続けた。

 「それは視覚のコントロールでもなんでもないわよ。私の紅蓮槍風の進化形態。といってもブーメランのように、ある程度ターンして戻ってくるっていうだけの単純な攻撃なんだけどね。それでも、背後からの攻撃は視覚をはじめとする五感からの情報はほとんど入らない。だから、その武器を脳で制御している以上、完全に防ぎきることはできないと思ったのよ。結果は……。言うまでもないわよね。」

 「なるほど。確かに聞けば聞くほどに私の落ち度が目立つようですね。まさか、人間に自らの弱点を教えていただくことになろうとは。人間を蔑み、馬鹿にしてきた私に対して、これ以上の皮肉はないでしょう。」

 そして、魂の傀儡子はそこで一旦言葉切って、邪蛇の綻を自分の背後に盾の形として配置し、再び言葉を続けた。

 「ですが、それもこうすれば、ある程度は防げるというものです。そして、今度は背後にも気を配る必要がありますね。」

 そんな様子を見て、真理は別段焦ったようにも見えず、むしろ、余裕の表情はそのままにして、口元を緩めた。

 「人に言われたことをするなんて、幼稚園児でも出来るわよ? 何も、死角は背後だけなんて言ってないじゃない。」

 「!?」

 魂の傀儡子は、真理に言われ、すぐさま背後など自分の周りを見渡したが、そこには何もなかった。

 「うおおおおお!」

 すると、魂の傀儡子の頭上に、蒼の光を纏った長刀を構える卓がいた。

 「いつの間に!?」

 「蒼波滅陣!」

 「邪蛇の綻!」

 卓と魂の傀儡子の叫びが廃工場の中に響き渡り、直後、轟音が月明かりの中に続いた。

 「卓!」

 見事に地面に着地した卓に真理は駆け寄った。

 「……当ったのか……?」

 すぐに卓と真理は頭上を見上げると、そこにはまだ爆煙が立ち込めていた。

 「……なるほど。死角とは頭上を含め、真下もあったのですね。」

 「「!!」」

 真理と卓はその声に瞬時に反応して、とっさに数歩後ろに飛び退いた。

 「肉体的な力の差は頭脳で克服しようとするその姿勢には敬礼の意を示さざるを得ないでしょう。が。しょせんは猿知恵。視覚に捉えることさえできれば、そのあとは瞬間的にもまだ遅いと言えるほどの速さで、この邪蛇の綻は私を守ってくださるのですよ。」

 空中の爆煙から姿を現したのはさっきより一回り大きくなった邪蛇の綻に身の回りの陣を取らせた魂の傀儡子が姿を現した。

 「さて、これほど優秀な方たちの血はさぞ美味しいんでしょうね。」

 魂の傀儡子は舌舐めずりをして、邪蛇の綻の頭部のような部分を撫でた。

 「美味しくいただきましょう。」

 卓と真理にさきほどまでの余裕はなく、ただただ、いつ動き出すか分からない敵をじっと見据えていた。

 


「約束の蒼紅石」第7話いかがだったでしょうか? この魂の傀儡子編もラストスパートに向けて、より一層内容が激しくなってきたと思います。ここまで読んでくださったみなさん! この章も残りあとわずかなので、残りも全部読んでくださるとうれしいです!それでは、短めになってしまいましたが、また第8話でお会いしましょう!

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