出会いの交錯
こんにちは夢宝です! 今回、「約束の蒼紅石」第3話です!この小説は1話1話が結構長いので意外とこの頻度で更新するのは大変ですね(笑)それで読者の皆様に連絡があります。今週から作者のテスト期間が始まるわけでしてもしかしたら次の更新は少し遅めになってしまうかもしれません。どうかご了承願います。しかし!出来るだけ早めに更新していきたいと思いますので、ちなみに今の目標は12月4日には更新したいと思います。読者の皆様にご迷惑をおかけすることをここでお詫び申し上げたいと思います。
出来ればその間、これまでの話を読み返していただければ幸いです!
あと、感想なんか書いてもらえるとうれしいです!
それでは「約束の蒼紅石」第3話お楽しみください!
「驚いたわ……まさかここまで成長が早いなんて。」
真理は弾き飛ばされた竹刀を拾い上げた。
「いや~うまくいくと気持ちいいな!」
卓はうーんっと伸びをした。
「まだ訓練は終わってないわよ。」
真理はまた竹刀を構えた。
「おう! 何度でも来い!」
それから1時間以上卓と真理は竹刀を交えた。
「ふう……」
体中汗まみれになった卓は竹刀を手からこぼしてその場に倒れ込んだ。
「さすがに疲れたわね。」
真理も顔の汗をハンカチで拭きとった。
「お疲れ様!」
ぞっと訓練の様子を見ていた蓮華がまたペットボトルを差し出した。
「おっ! ありがとな。」
卓はまた水を飲み干した。
「なあ真理、もう隔絶使えるようになったんじゃないのか?」
「分からない。確かに卓の成長はかなり早いけど。」
「なら試してみるか!」
「まあいいんじゃない?」
真理は一口水を飲んだ。
「えっと私、邪魔かな?」
蓮華は少し申し訳なさそうに笑った。
「別に蓮華がいても問題ないんじゃなか? なあ真理?」
「うん。ただ蓮華が隔絶されないためには贈与の石に触れておかないと。はい。」
真理は自分の贈与の石を掌に乗せた。
「う、うん。」
蓮華は真理の手の上の石にちょんっと指先で触れた。
「じゃあ行くぞ! 我、この世界との断絶を命ずる!」
卓が叫ぶと石が蒼く光って周りの雑踏が消えた。
「成功した……?」
「成功ね。」
真理は軽く頷いた。
「すごい!」
蓮華はまわりをキョロキョロしてはわーっと驚いた。
「やった!」
卓がガッツポーズをしたすぐ後に再び雑踏が復活した。
「なっ!? もう断絶が!」
「まあ、これだけの短時間で隔絶できたなら上出来よ。」
「でも悔しいな。」
卓は肩の力を抜いてはあっとため息をこぼした。
「魂の傀儡子はまだ日本で目撃されていない。まだ少しなら時間があるはず。」
「そうか……」
卓は贈与の石を強く握りしめた。
「今日はもうお終い。」
「だな。訓練ありがとうな。」
「どういたしまして。」
卓と真理は拳を軽く突き合わせた。
3人は道場を出た。
「ずいぶん汗かいたな。帰ったらシャワー浴びるか。」
「私も汗でびしょびしょ……」
真理はシャツをパタパタと仰いだ。
「そうだよね。2人とも早くお風呂に入らないと風邪ひいちゃうよ。よかったら真理ちゃん私の家のお風呂入る?」
「えっ?」
「そうだよ、真理。せっかくだからそうしろよ。」
「いいの?」
「うん!」
蓮華は優しく笑いかけた。
「じゃあ入ってく……」
真理は照れ臭そうな顔をそむけた。
それから卓は自分の家に、蓮華と真理は蓮華の家へと帰った。
「気持ちいい~。」
真理は蓮華の家の風呂で頭からシャワーを浴びていた。
「真理ちゃん、ここにタオル置いておくね。」
蓮華は浴場と洗面所を隔てるスモーク扉越しに声をかけた。
「うん、ありがとう!」
真理はシャワーのノズルを回してお湯を止めた。
「ねえ、蓮華。」
シャワーの水の音が消えたため真理の声は蓮華の耳によく届いた。
「どうしたの真理ちゃん?」
「蓮華はどうして卓と仲良くなったの?」
蓮華は真理のその言葉を聞いて少し口元を緩めた。
「ちょっと昔話になっちゃうけど聞く?」
蓮華はスモーク扉に軽く寄りかかって真理に問う。
「うん。聞かせて。」
真理はゆっくりと浴漕に入った。
「私とたっくんが仲良くなったのは4年前の中学一年生のころだったの。」
それから蓮華は思い出を掘り返すようにゆっくりと目を閉じた。
2008年4月中旬。
鳴咲市にある市立鳴咲南中学の1年3組の教室は朝から賑わっていた。
1年生は入学式から1週間ほどしか経っていないため皆がそれぞれ小学のころからの友達同士で談笑しているのがほとんどだ。少数の人はすでに中学に入ってからの友達も出来ていたがそれは本当にごく一部だった。
蓮華もその一人で教室の端っ子の方で小学からの友達2,3人でいつも話していた。
もともと活発的でなかった蓮華には男友達はおらず、いつも女の子同士で一緒だった。
ガラガラガラ、と教室のドアの開く音がそれらの雑踏を消し去った。
「はーい、今からホームルーム始めますよ~。」
教室のドアからゆっとりとした口調の女性教師が入ってきた。年齢は20代後半と若く、そのマイペースぶりから生徒からは人気のある教師だった。
談笑していた生徒たちもそそくさと自分たちの席に着いた。
「でも、今日は~ホームルーム前に大事なお知らせがあります~。」
女性教師は名簿をパンパンと2回叩いて教室のドアの方を向いて手招きした。
ドアがまたゆっくり開いて一人の男子生徒が教壇に登った。
見たことのない生徒の登場にクラスはざわついた。
「は~い。静かに~。今日からこのクラスで一緒に勉強することになった転校生君で~す。自己紹介お願いね~。」
「城根卓です。よろしくお願いします。」
少年は軽く頭を下げた。あまりに端的な自己紹介にクラスには沈黙が訪れた。
「じゃあじゃあ、城根君の席は一番後ろのあの席ね~。」
女性教師は窓際の一番後ろの席を指差した。
「はい。」
卓はつかつかと自分の席に向った。
卓が椅子に座った瞬間クラスに再びざわめきが起こった。
卓の斜め前に座っていた蓮華も卓の方に目線をやっていた。
卓はそんなクラスの空気なんてお構いなしに窓の外をぼんやり見ていた。
「ねえねえ、城根君はどこから来たの?」
「……ドイツ。」
「えっ? 帰国子女!?」
休み時間になると卓に訪れるのは決まってこのやりとりだった。
帰国子女が珍しいのか興味を持った生徒が集まるが、卓はそれ以上の会話をしようとはしなかった。
昼食はそれぞれ持参した弁当なのだが、卓はいつも一人で自分の席で黙々と食べていた。そんな様子を蓮華は毎日少し心配したように見ていた。
ある日、いつものように一人で昼食を食べていた卓のところに一人の男子生徒が来た。
男子生徒は卓の前の席に座って卓に向き合った。
「城根っていったっけ? お前ドイツからの帰国子女なんだろ?」
男子生徒は目を輝かせていた。
「だから? というか君誰?」
卓はそんな男子生徒に目もくれず食事を続けた。
「つれないな~。同じクラスじゃないか! 俺の名前は伊勢陽介!」
陽介は椅子の上に立ってポーズを決めた。
「食事中に暴れないでくれ。」
「あ、わりぃわりぃ」
陽介は頭をポリポリ掻きながら座りなおした。
「ところで! やっぱ外国の女はあれなのか!?」
陽介は卓の顔を覗き込むように身を乗り出した。
「……あれ?」
「だーかーら。エロいバディなのか!?」
陽介の瞳の輝きは増していた。
「はっ?」
さすがに卓も箸の動きを止めた。
「俺、この前洋画を見たんだけどよ! やっぱ外国はすげーよな!」
「……変態か。」
卓は小さく陽介の頭にチョップした。
「男はみな変態だ!」
陽介は両手を広げて豪語した。
それから卓と陽介は一緒にいる時間が増え、昼食のときは大抵一緒になっていた。そのたびに陽介のエロ談義に付き合わされ卓はそれに突っ込むといったのが日常となっていた。
卓はそんな他愛もない時間が少しずつ好きになっていた。それでも卓が話せるのはそれから一カ月経っても陽介だけだった。
ある5月の日。
「先生、あの、ちょっと具合が悪いので保健室に行ってもいいですか?」
一人の生徒がおずおずと立ち上がった。生徒の顔色は決して良いとは言えず表情も引きつっていた。
数学教師はチョークを止め振り向いた。
「大丈夫か赤桐? 一人で行けるのか?」
「はい……」
蓮華はふらふらと教室から出て行った。
その様子を卓はぼんやりと見ていた。
「失礼します……具合が悪いので休ませてもらいたいんですけど。」
保健室のドアをゆっくり開けて蓮華はキョロキョロと保健室の中を見回した。
「あれ、先生いないのかな……じゃあちょっと休ませてもらいます。」
蓮華はベッドに入って目を瞑った。それから眠りに着くまでそう時間はかからなかった。
その日の昼食もいつものように陽介と馬鹿みたいな話をしながら済ませ午後の授業を受けた。
午後になっても蓮華は教室に戻ってこなかった。
「であるからして、この動詞はこのように活用して……」
ぼんやり外を眺める卓の耳には教師の眠くなるようなトーンの声が入ってきた。
卓の教室からは桜の木に囲まれたグラウンドが見え、グラウンドの周りには散った桜の花びらでピンクに染まっていた。
(平和だな……)
卓は何の変哲もないこの日常の光景に若干の違和感を覚えていた。
しかし、そんな日常が崩れるのはいつもたった一瞬の出来事だった。
ブーブーブーブー!
突如中学全体に響き渡る警報が鳴り響いた。
どの教室も一瞬で騒がしくなった。教師たちは戸惑いながらも生徒たちを落ち着かせようとしていた。
「火事です! 校舎1階の実験室から火事が発生しました! 生徒たちは先生の指示に従い速やかに避難してください!」
警報の後に教室に聞こえた放送により生徒たちはパニックに陥った。
「落ち着いて! 避難経路からグラウンドに避難して!」
先生たちは生徒たちを順番に教室から避難経路に誘導した。
1年生の教室は1階にあるのですでに教室の外には煙が充満していた。
クラスの列に紛れて避難していた卓はふと蓮華のことを思い出した。
(あの子、避難出来たのか?)
この学校の保健室も1階にあるため火の回りは思いのほか早かった。
卓は列から外れて反対方向に走った。
保健室の周りには既に火が完全に回っていた。
「う……ん」
周りの暑さと騒がしさに目を覚ました蓮華はよろよろとベッドから降りた。
そして保健室のドアを開けるとそこから炎と煙が入ってきた。
「きゃあ!」
蓮華はあまりに突然の出来事に尻持ちをついた。
「えっ!?」
蓮華は自分が火に囲まれている現状を把握出来ずにパニックになった。
ちなみにこの学校の保健室には天井付近に小さな換気用の窓しかなくそこから人が二何することは出来なかった。
「誰か! 助けて!」
蓮華は朦朧とする意識の中必死に声を振り絞った。
しかし、教師は他の生徒の避難に必死でそれどころではなく、そもそも蓮華が保健室にいると把握している人間はあまりに少なすぎた。
「誰か……」
蓮華の目には涙が溜まっていた。
保健室の中も次第に火に浸食されていた。
保健室のベッドやカーテンにも火が燃え移り蓮華はいよいよ完全に包囲された。
天井に備え付けられたカーテンレールが火で溶けて蓮華の頭上に落ちてきた。
「きゃあああああ!」
蓮華は頭を押さえその場にうずくまった。
カンッと甲高い音とともにカーテンレールは火の中に弾き飛ばされた。
「……えっ?」
蓮華がゆっくり目を開けるとそこには木製の箒をもった卓がいた。
「怪我は?」
卓はうずくまっている蓮華に手を差し伸ばした。
「大丈夫……」
蓮華はその手に掴まってゆっくり立ちあがった。
「えっと、城根君だよね……?」
「そう。君は赤桐さんだっけ?」
「うん。あの、助けてくれてありがとう。」
「まだ助けてないよ、ここから出ないと。」
卓はそう言って周りをキョロキョロ見渡した。
「おっ、これはちょうどいいな。」
卓はまだ燃え移っていない棚から精製水の入った容器を取り出した。
「赤桐さん、これを頭からかぶって。」
「えっ?」
蓮華が気付いた時にはすでに水を頭からかけられていた。そのあとに卓も自分の頭から水をかぶった。
「これで少しはマシになったかな。」
卓は箒を構える。箒の柄の部分は水に湿っていて木が黒ずんでいた。
「それ……」
蓮華はその箒を見て言った。
「ああ、木製は確かに燃えやすいんだけど、水に浸しておけば他の材質より燃えにくくなるんだよ。」
「そうなんだ。」
蓮華は驚いた様子で卓を見た。
「とりあえず、さっさとここから出よう。」
卓は蓮華の手を強く握った。そして箒の先端に自分のびしょびしょになったブレザーをくくりつけ旗のようにした。
「行くぞ!」
卓は箒の先端のブレザーをバタバタと振って火に突っ込んだ。
火はブレザーで少しだが避け卓と蓮華の通る道を作った。
卓と蓮華は止まることなく走りきって保健室から飛び出た。
「けほっけほっ!」
火の海から抜け出した蓮華は煙を吸って咽返った。
「大丈夫か?」
卓は蓮華の背中を優しくさすった。
「うん……ありがとう。」
「ああ。みんなグラウンドに避難してる。行こう。」
卓は蓮華を立ちあがらせて正門からグラウンドに向った。
まだ校舎の中は火で赤く染まっていた。
グラウンドに出ると先生が生徒を並べさせていた。
「城根! 赤桐! 無事か!?」
卓と蓮華がグラウンドに着くと真っ先に数学教師が駆け寄ってきた。
「城根が赤桐を助けてくれたのか!?」
「まあ。」
卓はそう言い残して列の最後尾に並んだ。
「赤桐大丈夫か? 先生も気が動転していて忘れていたんだ。すまなかった。」
数学教師は蓮華に頭を下げた。
「いいですよ。城根君が助けてくれましたし。」
蓮華の顔色はまだ悪かったがそれでもそのとき見せた蓮華の笑顔は美しかった。
蓮華もクラスの列の最後尾に並んだ。
結局そのあと消防員が来て消火作業にあたった。生徒たちはそれぞれの家に帰宅した。
「城根君!」
通学路をすたすたと歩く卓の背中から蓮華が追ってきた。
「何?」
「えっ、あ、あの家隣だから一緒に帰ってもいいかな?」
蓮華は乱れた呼吸を整えながら聞いた。
「いいよ。」
卓はそう言ってまた歩き出した。
「ありがとう。」
真理も卓に合わせて歩いた。
「別に一緒に帰るだけなんだし。」
「あ、ううん。それもだけど、今日助けてくれて。」
「……」
「城根君?」
黙った卓の後ろ姿を蓮華は不安そうに見つめた。
「俺の目の前でもう犠牲になる人は見たくない。」
卓はポツリと呟いた。それでもその言葉は蓮華の耳にははっきり届いた。
「犠牲者……?」
「なんでもない。」
卓は少し歩く速度をあげた。蓮華もまた合わせるために速度をあげた。
それから卓と蓮華は会話もなくそれぞれの家に帰った。
最後卓が家に入る前に蓮華はバイバイと笑顔で手を振った。卓はそれに反応を見せることはしなかったがなぜかその笑顔に心を奪われた気がした。
「私とたっくんが仲良くなるきっかけはその火事だったの。」
蓮華はスモーク扉から離れた。
「そんなことがあったんだ。」
真理は浴漕から出て脱衣所に出てきた。
「うん、あ、タオルはこれね。」
蓮華は真理にタオルを差し出した。
「たっくんとはそれから毎日一緒に登下校するようになってそのうち仲良くなって私はたっくんって呼ぶようになってたっくんは私のこと蓮華って呼んでくれるようになったの。」
蓮華は幸せそうな笑顔を見せた。
「卓が蓮華を守ったんだ。」
その事実に真理も少し嬉しそうな表情を浮かべた。
同時刻、卓家風呂場。
卓はシャワーを浴び終えて湯船に浸かっていた。
「気持いいな。なんかこんな早い時間に風呂に入るなんていつ以来かな。」
卓はお湯に映った自分の姿を見ていた。
「そういえば中学の火事事件のときもこんな時間だったかな。」
2008年、鳴咲南中学火事事件の日
「ただいま。」
卓が玄関で靴を脱いでいるとキッチンから卓の母親である城根結衣子が来た。
「卓! 中学校が火事になったんだって?」
「うん。」
「怪我は無かった?」
結衣子は卓に駆け寄って全身を見た。
「大丈夫だよ。あっでもブレザーは駄目になったけど……」
「良かったわ。」
結衣子は卓の頭を軽く撫でた。
「ちょっと濡れたからお風呂入ってくるね。」
卓はリビングにバッグを置いてそのまま風呂場に向った。
「卓帰ってきたのか?」
2階から降りてきた卓の兄、城根竜が結衣子に聞いた。
「ええ。今はお風呂に入ってるけど。」
結衣子はそう言って夕飯作りのためにキッチンに戻った。
竜はそのまま卓のいる風呂場に向った。
「卓、大丈夫だったか?」
竜は脱衣所から風呂場にいる卓に話しかけた。
「兄さん? うん、大丈夫だよ。」
卓はシャワーで身体に着いていた泡を洗い流して湯船に浸かった。
「そうか、お前が無事でなによりだ。」
竜の声は少し弾んでいた。
竜の容姿は卓とあまり似ていないが、2人はかなり仲のいい兄弟だ。
「日本に帰ってきても卓の元気がないし、その上、今回学校が火事なんてな。心配したよ全く。」
扉越しに聞こえる竜の声は明らかに安堵が混じっていた。
「心配しないで、兄さん。」
「そうか、あまり自分を責めすぎるんじゃないぞ?」
竜はそう言い残して脱衣所から出て行った。
「ありがとう、兄さん。」
出て行ったのを確認して卓は風呂からあがった。
風呂から出て着替え終わった卓はリビングに向った。
「母さん、今日は父さん帰ってくるの?」
結衣子はお玉で鍋に入ったクリームシチューをかき混ぜながら答えた。
「今日、卓の中学の火事があったでしょ? そっちの捜査があって帰れないんですって。」
結衣子は呆れたような声だった。
「捜査って事故じゃないの?」
「さあ、よく分からないけど不自然なことが多いらしいのよ。」
「そうなんだ……」
卓はそれ以上は何も聞かずにリビングのソファに座ってテレビを見ている竜の隣に座った。
「卓、今日の火事のとき何かおかしなことなかったか?」
テレビを見ていると突然竜が真面目な顔で尋ねてきた。
「おかしなことって?」
「いや、なんでもいいんだけどな、不自然に思ったこととか。」
「う~ん……」
卓は今日の火事のことを思い出した。
「不自然といえば発火元の理科室って同じ階にある保健室と結構距離があるんだけど、あまりに火の回りが早すぎる気はしたかな。それに保健室より理科室に近い被服室はそれほど被害はなかったように見えたけど。」
「……なるほどな。」
竜は何回か頷いて納得したような表情をした。
「兄さんもこの火事は事故じゃないって思うの?」
「えっ? あ、いや多分事故なんじゃないか?」
竜はそう言って卓の頭にぽんと手を乗せて笑顔を見せた。
「……」
卓はそんな竜の様子を疑うこともせずまたテレビを見始めた。
「そういえばあの時の火事の原因って何だったんだっけ……」
卓はお湯を両手ですくってそこに映った自分の顔を見ていた。
目がうつろになっていた。
「やっべ、このままじゃ寝ちまいそうだ。あがろう。」
卓は風呂のお湯を抜いて脱衣所に出た。
ジャージに着替えた卓はキッチンで牛乳を一杯飲んで誰もいないリビングを見つめた。
「静かだな。真理が来る前はこれが当たり前だったのに。」
卓は少し寂しげな表情を浮かべた。
ピンポーン。卓が感傷に浸っていると呼び鈴が鳴り卓を現実に引きずり戻した。
「真理かな。」
卓はコップを置いて玄関に向った。
「はいは~い。」
卓が玄関を開けると蓮華の服を借りた真理と蓮華がいた。
「お風呂入ってきたよ~!」
真理は元気よく卓の家に上がりこんだ。
真理の姿がリビングに消えてから蓮華も卓の家に上がった。
「お邪魔します。」
「真理をありがとうな。」
「ううん、私もいろいろお話出来たし。」
蓮華は柔らかな笑顔を見せた。
「そっか。」
卓は蓮華をリビングに通した。
「ところでたっくん、来週からの期末試験の勉強はかどってる?」
蓮華は真理と一緒にソファに座って卓の方に振り返った。
「昨日と今日は忙しかったから勉強してないけど、いつもの蓮華の必勝ノートのおかげで結構はかどってるよ。」
「ホント? なら良かった!」
蓮華は両手を合わせて嬉しそうにほほ笑んだ。
ちなみに必勝ノートというのは成績優秀な蓮華がテストに臨む上で必要不可欠な重要点をまとめたノートで、いつも定期試験のときは卓のために自作している。
卓ももともと成績は優秀な方だがこのノートのおかげでさらに上位をキープしている。
「そういえば昨日聞きそびれちゃったんだけど真理ちゃんは高校どこに行ってるの?」
「明日から聖徳高校に転入するよ?」
真理はテレビを見ながらするっと答えた。
「「えっ?」」
卓と蓮華の反応が重なった。
「だから明日から卓と蓮華のいる聖徳高校に転入するの。」
真理は2回目を強く強調するように言った。
「でも、ウチの高校はこの町一番の進学校で転入するにはそれなりのテストを受けなくちゃいけないって聞いたけど。」
蓮華は不思議そうに真理に聞いた。
「うん、テストなら受けたよ。簡単過ぎね。」
「……」
卓は呆然としていた。
「真理、お前頭良かったのか?」
「失礼ね! これでも偏差値は78なんだから!」
真理は腰に手を当てえへんという態度をとった。
「めちゃくちゃ頭いいじゃねえか。」
「すごい……」
卓も蓮華もただただ素直に驚いた。
ちなみに聖徳高校の平均偏差値は64で卓が偏差値69.蓮華は偏差値72とどちらも普通で考えればずば抜けて頭は良かった。
「なら、真理は来週の試験も問題なさそうだな。」
「当然!」
真理はにっと笑って見せた。
それからの時間は真理はテレビを見ていて、ダイニングテーブルで卓と蓮華はテスト勉強をしていた。
「ん~! 疲れた~」
卓はペンを置いて座りながら伸びをした。
「お疲れ様。」
蓮華はそんな卓の様子を微笑ましく思っていた。
時計はちょうど7時を回っていた。
「じゃあ私はそろそろ帰るね。お母さんたちもそろそろ帰ってくるし。」
蓮華はそう言って立ちあがった。
「おう、今日はいろいろありがとうな。」
「どういたしまして。」
蓮華はそう言って玄関に向った。
「じゃあまた明日。」
「うん! おやすみたっくん、真理ちゃん。」
さっきまでテレビを見ていた真理も玄関まで見送った。
蓮華が出て行った玄関の扉が閉まると卓がその場で口を開いた。
「さて、夕飯はカップ麺しかないわけだが……」
卓はおそるおそる横目で隣に立つ真理を見た。案の定真理は頬を膨らませてじとーっと卓を見つめていた。
「贈与の石で豪華な夕飯は出せないものかね?」
「出せるか!」
真理は卓の腹を小突いた。
「けほっ! けほっ! 今日はカップ麺で我慢してくれ……」
「分かったわよ!」
真理はすたすたとリビングに姿を消した。
それからカップ麺で夕飯を済ませた2人はそのあと真理はテレビを見て、卓はテスト勉強を再開して11時を回ったところで2人ともそれぞれの部屋で眠りに就いた。
同日午後11時半、鳴咲市北西の廃工場。
「我、この世界との断絶を命ずる!」
廃工場に響く青年の声の後にはその廃工場には完全な沈黙が訪れた。
「どう? 謙介。」
「ああ、予想通り魂玉の痕跡が残っている。」
謙介は廃工場の床の焦げ跡を指でなぞった。
「あまり時間は残されてないかもな。要はどう思う?」
「私もそう思うわね。スイスの討伐者襲撃のことを踏まえると日本の討伐者配置もある程度筒抜けになっていると考えるのが妥当かしら。」
要は少し堅い表情だった。
「ああ、討伐者本部、つまり総帥との連絡は欠かさない方がいいのかもな。」
「そうかしら? 本部もどれだけ信用に値するか分かったもんじゃないわよ? 何しろ本部はあの九鬼を討伐者として採用するくらいだし。」
「確かにアイツは異常だがな。それでも一応だ。」
「作戦会議ですか? よろしければ私も混ぜていただきたい。」
廃工場に感情が見えないような声が響いた。
「「!!??」」
謙介と要は瞬時に反応した。
すると廃工場の天井に黒い靄が集まり段々と人の形を作り始めた。
「はじめまして、私魂の傀儡子と申します。」
黒い靄が晴れ空中に長身で膝まで掛かる黒い上着を着た男の姿が現れた。
「魂の傀儡子!」
謙介はその男を睨みつけた。
「そんな恐ろしい顔をなさらないでください。」
「なんで……いくらなんでも早すぎる!」
要もかなり動揺していた。
「私に国と国との距離なんて関係ありませんから。」
魂の傀儡子は腕に掛けていた杖を手に取った。
「まあいい。ならここで決着を着けるのはどうだ?」
謙介は挑発するように言った。だが、謙介の額からは汗が滴り落ちた。
「決着ですか。いいでしょう。私はついている。2日連続で最強の討伐者と手合わせできるのだから。」
「具現せよ! 我が聖剣!」
謙介がそう叫ぶと首から下げていた紫の贈与の石が光って謙介の手に西洋の剣の形をした剣を生み出した。
「私も! 具現せよ! 我が鎖!」
要の詠唱をきっかけにイヤリングになっている緑の贈与の石が光って先端部分が刃物になっている10メートル近くの長い鎖が生み出された。
「素晴らしい! それがあなた方の武器ですか。」
魂の傀儡子は興奮気味に拍手した。
「ほざいてなさい! 連鎖一貫!」
要は長い鎖を魂の傀儡子に向けて勢いよく投げつけた。
先端の刃物は魂の傀儡子めがけてものすごいスピードで飛んだ。
「なんというキレの良さ。」
魂の傀儡子はその攻撃を杖で応対した。
「すごいのはキレだけじゃなくってよ!」
鎖は杖と直撃し、そのまま魂の傀儡子を杖ごと弾き飛ばした。
「ぐはっ!?」
魂の傀儡子は勢い余って廃工場の壁にぶつかり崩れた壁の下敷きとなった。
「どうせまだなんだろ?」
がれきの上空に跳んだ謙介は西洋風の剣を大きく構えた。
「はあああああ!」
そして頭の後ろから大きく振り下ろした剣からは見えない斬撃が放たれがれきの山に直撃した。
その場は大きな爆発による砂ぼこりで充満した。
「やったか?」
謙介は砂ぼこりの中心となっているがれきの山を見据えた。
「……今のは効きました。」
がれきの下から上着を汚した魂の傀儡子が出てきた。
「今ので傷がほとんどない!?」
要は驚いて目を見開いた。
「……」
謙介は黙って再び剣をにぎる手に力を込めた。
「昨日殺したヴァーグナーとイザイよりも遥かに強い。これが聖者・篠崎謙介、鎖牢の女帝・東条要ですか。」
魂の傀儡子は今までとは違い少し鋭い目つきに変わった。
「あなたたちがドイツから日本のこの町に移ったのは私の目的を知ったからですかね?」
「さあな。」
謙介は魂の傀儡子から視線を外すことなくその動きをじっくり観察している。
「そうですか、ですが一つだけ言っておきます。あなたたち人間ではどうにもできないことがあるのですよ。それをわきまえなさい。」
魂の傀儡子はそう言ってパチンと指を鳴らした。
すると次の瞬間、廃工場の中に数えきれない無数の魂玉が姿を現した。
「これは!?」
要は周りをざっと見回した。魂玉の大きさはまちまちだが共通して人型をしていた。
「自分で戦うことはしないのか魂の傀儡子?」
謙介は魂の傀儡子に剣を向けた。
「お楽しみは最後まで取っておきたい性分でしてね。私はここで見物させてもらいます。」
そう言って魂の傀儡子は杖を自分の腕に引っかけた。
「ならすぐにお楽しみを味あわせてやる!」
謙介は勢いよく魂玉の群れに突っ込んだ。
「邪魔だあああああ!」
謙介は大振りで剣を振るった。剣から放出された斬撃は魂玉の群れに直撃して大量の魂玉が消滅した。
「ほう。」
その様子を空中で魂の傀儡子は楽しげに見ていた。
「竜鎖砲!」
要の鎖は竜のごとくうねり端から魂玉を一体一体確実に串刺しにしてこちらも一度に大量の魂玉を消滅させた。
「さすがは名高い討伐者ですね、さしずめ正義の従者と言ったところでしょうか?」
空中で観戦していた魂の傀儡子はくすりと笑った。
「皮肉のつもりか?」
謙介は剣で魂玉を薙ぎ払いながら魂の傀儡子を睨みつけた。
「いえ。しかし、あなたと私とでは正義の定義が少し違うのではないでしょうかね?」
「さあな。」
謙介と要はそれからも無数の魂玉を次々と消滅させるがそのたびにまた新たな魂玉が生まれていた。
「謙介! これじゃキリが無いわ。」
少し息を乱した要は休めることなく鎖を投げ続けた。
「やはり魂の傀儡子本人を仕留めるしかないな。」
謙介は片足を軸にその場で一回転して周りにいた魂玉を一掃した。
「これだけの数の魂玉相手にお見事。」
魂の傀儡子は小さく拍手した。
「ならここらで舞台の垂れ幕を降ろすとしよう!」
謙介は勢いよく廃工場の床を蹴って魂の傀儡子の目線の先まで跳び上がった。謙介はそのまま剣を頭の上に振り上げた。
「慌てないでください、クライマックスはこれからでしょう?」
魂の傀儡子も杖を構えた。
空中で謙介の剣と魂の傀儡子の杖が交わった。謙介は剣を握る手に力を込めて杖を少し押し戻しその勢いで廃工場の床に着地した。
「ずいぶんと私の杖を警戒しているのですね。」
魂の傀儡子は空中に浮いたままにやりと笑った。
「お前の字の所以はその杖にあるんだろ?」
謙介も口元を緩めながら魂の傀儡子を見上げた。
「さすがです。その通り、もう隠す必要もありませんね。私はこの杖で傷を負わせた者の魂を操ることができるのです。しかしこれは裏を返せばそうでなければ他者の魂を操ることができないということでもあるのです。」
「ずいぶん自分のことを話すのが好きみたいね。」
その話を聞いた要は鎖を魂の傀儡子に向けて放った。
「ええ。しかしこの程度のことを知られても私の勝利は揺るぎませんから。」
魂の傀儡子は手から炎の球を放った。それは要の鎖に直撃し爆風と共に鎖は弾かれた。要は弾かれた鎖を素早く自分の元に手繰り寄せた。
「では、ここらで私からのプレゼントをお渡ししましょう。」
魂の傀儡子はパチンと指を鳴らした。すると廃工場の中にいた無数の魂玉は一カ所に集まり出し合体していった。
「何!?」
要はその様子を驚いて見ていた。謙介は黙って剣を構えなおした。
「出来ればフィナーレまでお付き合いしたかったのですが、私も冷静になって考えてみればここでむやみに争うメリットがありませんでした。ですから私の代わりに彼にお相手を務めていただきます。」
魂の傀儡子は再び黒い靄に包まれた。
「待て!」
要は黒い靄に向って鎖を放ったが靄を貫通しただけでそこには既に魂の傀儡子の姿はなかった。
「要! 今はこっちに集中するんだ!」
その間に無数の魂玉は全て一カ所に集まっていた。一カ所に集まった巨大な球体の魂玉は次第に人の形を成していった。
「ぐもおおおおおおおおお!」
魂玉は30メートル近くの巨人となってドスの利いたうめき声をあげた。巨人の身体は廃工場に入るわけもなく工場は巨人が動くたびに崩れ落ちて行った。
「でかい!」
要は巨人を見上げて冷や汗を流した。
「くそっ! 魂の傀儡子を逃がしたうえにコイツを相手にするのか。」
謙介は剣の矛先を向けた巨人を鋭い眼で睨みつけた。
「ぐもおおおおおおおお!」
巨人は10メートル近くある巨大な腕を振り下ろした。
「要! 来るぞ!」
「ええ!」
謙介と要はそれぞれ左右に跳び退いた。巨人の腕は廃工場に直撃し、半壊させた。
「なんて威力!」
巨人の一撃を避けた要はその攻撃で起きた爆風で少し体勢を崩した。
「要! あいつの動きを封じられるか!?」
「こんな巨体相手にしたことないから分からないけど。やってみる!」
要は廃工場の床を勢いよく蹴りあげ巨人の腹部の高さまで跳び上がった。
「契約の翠! 我に無限の連鎖を与えよ!」
要の詠唱と共にイヤリングが光ってその光は鎖を包み込んだ。
「無限鎖縛!」
要は光を纏った鎖をくねらせながら投げつけた。鎖はどこまでも伸び続けそのまま巨人の身体に巻きついた。
「どうかしら? これが贈与の石の力で武器そのものの形を変える奥義!」
「ぐもおおおおおお!」
鎖に巻きつかれて動きずらそうにもがく巨人を見て要はふんっと鼻で笑った。
「よくやった要!」
謙介はすでに巨人の頭上まで跳び上がっていた。
「ぐもおおおおおおおおお!」
巨人は両腕で巻きついた鎖を少しずつ緩めていった。
「!? なんて力!」
鎖の片方を持っていた要はその力に身体を空に放り投げだされた。
「はあああああ!」
謙介は剣を完全に振り切った。剣からは黄金に光る斬撃が放たれ巨人に直撃した。
「きゃあ!」
巨人に直撃した斬撃は爆発を起こしその際に巻きついた鎖は解けて要はそのまま床に飛ばされた。
「大丈夫か要!?」
着地した謙介はそのまま要のところに駆け寄った。
「ええ。ところであいつは?」
爆煙は月明かりに照らされて怪しく光っていた。その中から青白い巨人が姿を現した。
「ぐもおおおおおおおおお!」
巨人の雄たけびは夜空に低く響き渡った。
「駄目だったか!」
謙介はすぐにまた剣を構える。それに対して巨人もまた腕を振り上げる。
「見た目通りタフな奴だ! 契約の紫! 我に躍進の力を与えよ!」
健介の贈与の石が光って健介をその光で包みこんだ。
「ぐもおおおおお!」
勢いよく腕を振り下ろした巨人の一撃を最低限の左右の動きで避けそのまま腕の上を駆けだした。
「切り刻んでやるよ。」
健介は走りながら一定の間隔で腕を剣で切り落としていった。巨大な腕はダルマ落としのように崩れ落ちていった。
「要は足だ!」
「……了解!」
一瞬で健介の意図を読み取った要は巨人の両足に鎖をくくりつけた。両足が鎖によって縛られた巨人はバランスを崩して廃工場にのしかかるような形で倒れた。
「支える腕も無ければ立ちあがることもできないだろ!」
健介は倒れた巨人の体の上にすとんと着地した。巨人は必死に起き上がろうとするが両足、片腕が使えない状態では起き上がることすらままならなかった。
「終幕だ。」
健介はそう言って剣を巨人の腹にずぶりと刺した。その直後剣から巨大な斬撃が放たれ切り口から斬撃は広がり巨人の体を粉々に切り刻んだ。ばらばらになった巨人の欠片は小さな青い炎となって月明かりに消えた。
「結局逃げられちゃったわね。」
要は自分の手元に手繰り寄せた鎖を贈与の石の中に消した。
「まあな。」
健介の剣も光とともに石に消えた。
「でも魂の傀儡子の目的がこの町にあることは明白。出来ればそれを知りたかったが。」
健介は話しながら自分の贈与の石を握りしめた。すると廃工場に周りの車の走行音などが響き渡り始め、崩れていた廃工場も元に戻っていた。
「確かに他の国や町に比べてここはあまりに魂玉の出現率が高すぎるわね。魂の傀儡子の仕業だろうけど。」
「この町に何があるのかはまだ分からないままだしな。昔はそんなにこの町は多くなかったそうなんだが。50年ほど前まではこの町には1組の討伐者しか配置されていなっかったらしい。」
「ずいぶん警戒が薄かったのね。今ではこの町は異常と言えるほど警戒されているのに。」
要の表情は月明かりに照らされ少し悲しげに見えた。
「まあ理由はどうあれ奴は早めに討伐するほかない。」
「……同意見よ。」
翌日、聖徳高校朝のホームルーム。
卓と蓮華のクラスである1年5組の教室はにぎわっていた。自分の机で黙々と勉強しているものもいれば、数人で集まってテストの話題で嘆いているものもいた。
「真理ちゃん今日から転入してくるんだよね?」
「そうなんだよな。今は職員室に行ってる。」
卓ははあっと溜息をついた。それもそのはず、今日早朝から真理に叩き起こされ、転入するためにいち早く学校に行って制服の調達を済ませて今に至る。当然朝食なんて食べる暇もなく今の卓の腹の虫は鳴きやむことを知らなかった。
「蓮華! 城根! おはよう!」
教室の後ろのドアから元気よく入ってきたのはクラスメイトの風下春菜だ。ちなみに席は一番窓際の一番後ろが卓、その前が蓮華、卓の横が春菜となっている。もともと春菜の席はくじ引きの結果同じクラスメイトである伊勢陽介だったのだが春菜が力押しでその席を略奪したのだ。
「おはよう春菜!」
「おっす風下。」
春菜は鞄を机の横に引っかけて自分の席に着いた。
「もう2人はテスト勉強ばっちり?」
春菜はあからさまにはあっと大きなため息をついた。
「まあいつも通りかな。」
卓は目線を蓮華に向けた。蓮華も私も、と軽くうなずいた。
「そっか~。そうだよね~2人とも頭いいもんね……」
春菜はぐでーっと自分の机に突っ伏した。
「風下だって成績はいいほうだろ?」
「そりゃ悪くはないけど今回は部活が忙しくてなかなか勉強時間取れなかったんだよね。」
春菜は苦笑いを見せた。ちなみに春菜は聖徳高校空手部レギュラーを1年生で務めているわけで聖徳高校空手部は全国的にも有名なのでかなり忙しいのである。
「春菜は偉いよね。部活も勉強も頑張ってるんだもん。」
蓮華はよしよしと春菜の頭を撫でた。
「蓮華~」
春菜も嬉しそうに蓮華に抱きついた。
そんなやりとりの中教室の後ろのドアが勢いよく開いて男子生徒が勢いよく卓たちのところに駆けつけてきた。
「卓! 今日うちのクラスに転校生が来るらしいぐべぼっ!!」
ものすごいスピードで近寄ってきた男子生徒、伊勢陽介は春菜の上段前蹴りの餌食となってその場にうずくまった。
「これ以上私たちに近づくな!」
「ひ、ひどくない……?」
腹を押さえた陽介は潤んだ目で卓に同意を求めた。
「……」
卓は無言で陽介から目を逸らした。
「そんな! 俺たち友達じゃげばふっ!?」
立ちあがろうとした陽介に再び春菜の蹴りが決まった。地面に這いつくばった陽介はそのまましばらく動くことはなかった。
そんなやりとりをしていると前のドアから女性教師が入ってきた。手にはクラス名簿とチョークの入ったプラスチックケースが握られている。
「はーい。みんな着席!」
女性教師がクラス名簿を教壇に置くと立っていた生徒たちも次々に自分の席に座った。
「今日は転校生を紹介します!」
女性教師はテンション高めでにこやかに話している。
「じゃあ入ってきていいわよ!」
女性教師のその言葉を合図に教室の前から聖徳高校の制服に身を包んだ真理が入ってきた。ちなみに聖徳高校の制服は男女ともにブレザーでチェック柄のズボンとセットになっている。
「「「おおお!!」」」
真理の登場とともにクラスの主に男子の歓声が沸き起こった。
「じゃあ篠崎さん自己紹介よろしく。」
女性教師はにっこりほほ笑みながら真理にチョークを手渡した。真理は受け取ったチョークで黒板に大きく自分の名前を書き出した。名前を書き終えるとチョークを女性教師に返して生徒たちに向き直った。
「今日からこのクラスに転入してきました篠崎真理です。よろしくお願いします。」
真理がぺこりと頭を下げるとクラス中に拍手が巻き起こった。まともなあいさつをした真理に卓もほっと一息をついた。
「それでは質問ターイム!」
女性教師は元気よく手を挙げて言い放った。すると教室の男子生徒が次々と挙手した。
「はい! はい! はーい!」
椅子から立ち上がって目ざといまでに挙手をする陽介を女性教師は指名した。
「篠崎さんって彼氏とかいるんですか!?」
陽介のそんな質問に卓はアホか、と呟いた。
「いない。」
真理は少しむすっとした表情で答えた。陽介はそんなことお構いなしに次の質問を続けた。
「じゃあどこらへんに住んでるんですか!?」
陽介のその質問に卓はいち早く反応して顔を上げた。
(真理! 間違っても一緒に住んでるなんて言うなよ!?)
卓は教壇の前に立つ真理をじっと見据えて目で訴えようとした。真理は卓が自分のことを見ていることにすぐに気がついた。
(卓がこっちをじっと見ている。やっぱり一緒に住んでることは公にしないほうがいいのかな? でもあの真剣な眼差しは嘘なんてつく必要はないぞって感じだし……)
真理はしばらく卓の目を見て考え、すうっと一呼吸してから口を開いた。
「今はこのクラスの城根卓と一緒に住んでます。」
真理のその発言にクラスの空気は一瞬にして凍りついた。クラスの男子に限らずほぼ全員の視線が卓に集まった。
(……まあそうなるよな……)
卓は心の中で大きなため息をついた。そんな卓の様子を蓮華は心配そうに見ていた。
それから1時限目の授業が始まる前や授業と授業の間の休み時間に卓は真理との関係についての質問攻めに遭っていた。卓が一息つけたのは学校の中庭で真理と蓮華と春菜の4人で昼食をとっているときだった。
「へ~真理ちゃんは城根の親戚なんだ!」
春菜は購買で買ったパンを頬張りながら納得したようにうなずいた。
「そ、そうなんだよ! 急な引っ越しで仕方なくうちで泊めてるんだよ。」
卓は真理のことを親戚ということで春菜に弁解した。
「まあともあれこれから仲良く行こうね!」
春菜は真理に手を差し出して握手した。
「よろしく。えっと春菜……?」
「うん!」
この瞬間を持って卓、蓮華、春菜の3人組に真理も加わることとなった。
「ところで、みんな今日の放課後って時間あるかな?」
さっきまで満面の笑顔だった春菜は少しおずおずと尋ねた。
「まあとくに用事はないけど?」
卓の返答に真理と蓮華もうなずいた。それを見て春菜は再び顔を輝かせた。
「じゃあさ! 今日の放課後みんなでテスト勉強しない? 私今日から部活は無いし。どうかな?」
「俺は構わないよ。蓮華と真理はどうする?」
「私も大丈夫!」
蓮華も春菜の提案を受け入れた。真理もそれにうなずく。
そして放課後の教室に卓、真理、蓮華そして春奈の4人は残って勉強していた。それぞれの机を4つくっつけて卓の横に真理、その向い側に蓮華と春奈が座っている。
他の生徒たちはテスト前といこともあり全部活が一時的に活動停止中なので速やかに帰宅するものがほとんどだった。実際卓たちを除いてこの教室には誰もいなかった。さっきまで陽介も春奈に懇願して勉強をしようとしていたが春奈に追い返されてとぼとぼ教室を後にしていた。
「蓮華、ここの問題が分からないんだけど……」
数学の問題集とノートを開いてしばらく思いつめていたようにそれらを眺めていた春奈が蓮華に問題集を差し出した。
「どれどれ?」
蓮華は差し出されて春奈がシャーペンでしるしをつけた問題をじっくり見始めた。
「春奈、この問題はね今までの解き方じゃ出来ないの。ここのこの公式を使って、この式をこういうふうに変形して、ここに代入。これで解けるはず。」
蓮華は丁寧に問題の解き方の過程を春奈のノートに書きだして春奈に渡した。
「本当だ! すごい! やっぱり蓮華は天才だ~」
蓮華の書いた式を見て春奈は目を輝かせそのまま隣の蓮華に抱きついた。
「そんなことないよ~」
蓮華は照れ臭そうにされるがままだった。
「でもまあ蓮華は確かに頭いいもんな。」
その様子を見ていた卓も春奈の意見に賛同した。
「もおたっくんまで……」
蓮華の顔は少し赤く染まっていた。
「ところで真理調子はどう……」
卓は隣でさっきから黙々とシャーペンをノートの上に走らせる真理を見て固まった。
「嘘……」
春奈も真理のノート見て口をぽかんと開けたまま固まった。
「すごい……」
蓮華も目を丸くして素直に驚いている。
「ん? どうしたのみんな?」
真理は他の3人が動かなくなったのに気付いて顔を上げた。
「いや、どうしたのって……」
卓は真理のノートを凝視した。そこにはページいっぱいに数学の計算式が書き綴られていた。それもさっきまで新品で何も書かれていない綺麗なノートがここ1時間ちょっとで残りあと5ページほどしか残っていなかった。
「いくらなんでも早すぎだろ……」
卓はそっと真理のノートを手にとってパラパラと前のページを見た。とても綺麗に書かれた計算式は途中に一切の無駄もなく完璧なまでに理想の答えを導き出している。
「真理ちゃん天才……?」
春奈も真理のノートを見て愕然とした。
「そんなことないよ。だって学校で教わる数学なんて所詮基礎から少し発足した程度の問題だし、基礎の公式を完全に覚えてそれを適宜必要なところで組み合わせて使えばどの問題もすぐに解けるわけだし。」
真理は口ではそう言うものの表情を少し得意げだった。
「偏差値78は本当だったのか。」
「当たり前でしょ!」
「真理ちゃんの式本当に無駄がない。」
真理のノートをじっくり見ていた蓮華が感心するように言った。
「へっへん!」
3人に褒められた真理は気を良くしたのか立ちあがって腰に手を当てて威張ったようにした。
「調子に乗らない。」
すかさず卓は丸めたノートで真理の頭をポンと軽く叩いた。
それから4人は1時間ほど教室で勉強をしていた。時計は6時を回ったところで教室には夕方のオレンジ色の光が差し込んでいた。
「ん~!」
春奈はシャーペンを置いてその場で大きく伸びをした。
「春奈、お疲れ。今日はこの辺にしよっか。」
蓮華もパタンとノートを閉じてカバンにしまった。
「そうだな。もうこんな時間だし。」
卓と真理もそれぞれ教科書やノートをカバンにしまった。
「今日はありがとうね!」
満足げな表情で春奈は3人にお礼を言う。
「どういたしまして。」
それに蓮華はにこやかに答えた。
「俺達も勉強出来たしお互い様だよ。」
「うん!」
春奈も上機嫌で教科書類をカバンにつめた。するとその時教室の外の廊下からガシャンとガラスの割れる音が聞こえてきた。
「えっ? 何?」
春奈と蓮華は顔を見合わせて困惑していた。
「ちょっと見てくる。」
そう言って真理はすぐさま教室の外に出た。
「俺も行くぞ。蓮華と風下はちょっと待っててくれ。」
卓は2人が頷くのを見てから真理の後を追った。
真理と卓は全速力で廊下を駆け抜け音のした方に迷わず向った。そして同じ階にある家庭科室の扉の前で2人は立ち止った。
「はあ……はあ……ここか……?」
卓はその場で息を整えながら真理に尋ねた。真理は無言で頷いて家庭科室の中を扉を少し開けて覗いた。
「!? 魂玉……?」
真理はすぐさま扉から一歩下がった。
「えっ? 魂玉だって?」
卓は真理が覗いた隙間から家庭科室の中を覗き込んだ。すると中には大蛇のような形をした魂玉が暴れていた。家庭科室の窓は2,3枚割れていた。
「とりあえず隔絶を! 我、この世界との断絶を命ずる!」
真理が詠唱を唱えるとぐおんっと風の吹いたような音の後に魂玉の暴れる音以外の音は校舎から消え去った。
「なんでこんなところに魂玉が!?」
あまりの急な事態に卓は少し混乱気味だった。
「分からないわよ。でも戦うしかないわよ?」
真理はそう言ってすうっと息を吸った。
「……みたいだな。」
それを見た卓も軽く息を吸った。
「「具現せよ! 我が剣!」」
卓と真理の詠唱は完全に重なった。そして同時に2人の贈与の石が光り出し、卓の手には長刀を、真理の手には日本刀をそれぞれ具現させた。
真理はそのまま勢いよく家庭科室の扉を開けた。その音に気がついた魂玉はぎろりと顔にある赤いラインで2人を見据えた。形は人型ではなかったが顔部分のラインは今までのと酷似していた。
「ここにいる理由は分からないけど、私たちに見つかったのが運の尽きよ。」
真理と卓はそれぞれ武器を構えた。
するとそれを見た大蛇の魂玉が大きな口を開けながらニョロニョロと2人に跳びかかった。
「遅い!」
真理と卓は大蛇の突進を余裕で避けてそのまま背後に回り込もうとした。だが次の瞬間大蛇は自分の尻尾を大きく振りまわし左右に避けた2人の腹部に直撃した。
「ぐはっ!」
「くっ!」
卓と真理はそれぞれ反対側に飛ばされ家庭科室に設置されている机に身体を強打した。
「尻尾のリーチを読み切れなかった……」
真理は打ち付けた身体をよろよろと起こし立ちあがった。
「いってえ……」
卓も剣で身体を支えて立ちあがった。
「卓、コイツ今までのとは違う。油断しないで。」
「ああ。肝に銘じておくよ。」
卓と真理は大蛇を挟み撃ちにするような形で向い側でそれぞれ剣を構えた。
「契約の紅、我の刃となって具現せよ!」
「契約の蒼、我の刃となって具現せよ!」
2人の詠唱の後、それぞれの剣は贈与の石から発した光を纏った。それに対して青白く光る大蛇は口から舌をチロチロと出して威嚇している。
「私たちがそんな爬虫類の成り損ないなんかに負けるわけないでしょ!」
真理は大蛇の後ろから日本刀を上段に構えて回り込んだ。
「はあああああ!」
そしてそのまま真理は光を纏った日本刀を大蛇に突き刺した。かのように見えたが大蛇は日本刀の切先が触れる寸前に体をくねらせその一撃を見事にかわした。そして真理の日本刀はそのまま勢い余って家庭科室の床に突き刺さった。
「しまった!」
真理が状況を把握したときには既に遅く、真理の身体は大蛇に巻きつけられ身動きが取れない状態に陥っていた。
「真理!」
卓はすぐさま真理を助け出そうと長刀を構えて大蛇に近づこうとするが、大蛇はその長い尻尾をぶんぶん振りまわして卓を完全に遠ざけていた。
「くそっ!」
卓は真理を救え出せない自分の弱さに苛立ちを覚え、唇を噛んだ。
そんな卓の様子を見ていた大蛇は無情にも真理を締め付ける力を増した。
「くはっ!」
息をすることさえ困難な真理は明らかに苦しそうな表情を浮かべていた。
「真理!」
卓は無鉄砲に大蛇に突っ込んだ。それを待ってましたといわんばかりに大蛇は大きな尻尾を卓に振り下ろした。
「うわあ!」
卓は思わず足を止めて目を強く瞑った。だが大蛇の尻尾が卓に当ることは無くそれどころか卓が目を開けると尻尾を斬り落とされた大蛇が真理を解放してのたうちまわっていた。
「えっ?」
その状況が理解できなかった卓はぐったりと大蛇の傍で座りこんでいる真理を見つけすぐさま駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「けほっけほっ。……うん。」
真理はよろよろと立ちあがって大蛇から距離を取った。
「なんで尻尾が……」
卓が周りを見回すと大蛇の後ろに一人の青年が剣を持って立っていた。
「久しぶりだね、城根の弟くん。」
青年はにっこりと卓にほほ笑んだ。
「約束の蒼紅石」第3話いかがでしたでしょうか?今回は過去の話や魂の傀儡子との対決、そして日常といろいろ盛りだくさんの回になりました(笑)実は今回の話はこの魂の傀儡子編の重要なキーポイントとなるので、一度といわず何度も読んでみてください!それとこの話は基本的にシリアスなバトルシーンは多いので作者的にこれからも時々平穏な日常シーンも織り込んでいきたいと思います(笑)もちろんバトルシーンもどんどん入れていきますよ!
最後に前書きにも書きました通り、次回の更新は少し遅れると思います。繰り返しになりますがなにとぞご了承ください。