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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
使者降臨編
28/29

苦渋の終戦

こんにちは! 夢宝むほうです!

まず最初に、すみませんでした!

まさかこんなにも投稿が遅れてしまうなんて(汗)

新学期も始まり、大学受験の勉強やらで忙しく、なかなか思うように執筆できませんでした。

読者の皆様には大変申し訳ありませんでした!


しかし、これからもがんばって執筆していきたいと思いますので、応援していただけるとありがたいです。


それでは、本編のほうをお楽しみください!!

「大丈夫ですか? お二人とも」

 小鉄は、最弱の常勝者に剣を向けたまま、しかし意識だけを背後にいる雪穂とくずりに向けて言う。

 しばらくの間、呆気に取られていた二人もすぐに我に返り、無言で頷くと、小鉄は満足そうに笑みを浮かべて再び口を開く。

 「鳴咲市に配属されたのは最近ですが、お二人のことはよく存じています。とても優秀なお二方のようで。これだけのメンバーが揃っている中で、これほどまでに追い詰められているこの状況があり得ないという話でもあるんですけどね」

 「そういう貴方は、三浦小鉄さん……?」

 雪穂が訊ねると、

 「はい。良かった。名前くらいは知っていただけているようで。まるで知らない人間にこうやって助けられても、不安を掻き立てるだけでしょうからね」

 すると、今度は対面に立つ最弱の常勝者が実に退屈そうに、

 「私は蚊帳かやの外ですか? 今は私とあなたたちの戦いのはずでしょう? いいのですか? 私から意識を反らしても」

 「いえいえ。僕はちゃんと貴方を捉えていますよ?」

 「?」

 小鉄の言葉が理解出来なかったのか、最弱の常勝者は少し首を傾げたが、小鉄が人差し指を空に向け、それを目で追うことで状況を把握出来た。

 「ッ!!」

 そして、最弱の常勝者は絶句した。


 黄金と、白銀が織り混ざった光、いや斬撃が空中で滞空しているのだ。

 まるで、その場に留まるように、風に流されることもなく、形を崩すこともなく、ただただその場にあり続ける。

 だが、それだけでとてつもない存在感がその場を支配しているのは、その場にいた全員が理解していた。

 「剣を振るった瞬間だけしか攻撃できないというレベルでは、『冥府の使者あななたち』には勝てないのでしょう? ならば、攻撃モーションと実際の攻撃のタイミングをずらすだけですよ。それだけでもかなり不意を突くことが出来るでしょうから」

 「そんなことが?」

 驚いたように訊ねたのはくずり。

 雪穂も隣で同じようなことを聞きたそうな表情を浮かべていた。

 「ええ。とは言っても、少し前の僕ではこんなことは出来ませんでした。しかし、ここ最近で、僕は僕なりに大きな戦いをしてきたのです。『冥府の使者』との対決だったり、『頂』との対峙だったりと。きっと、そういった経験から、『贈与の石』が僕に新しい力を与えてくれたのでしょうね」

 小鉄はどこか余裕を含んだ笑みを浮かべ続けた。

 「正直、瀕死ひんしの状態におちいったこともありましたが、それも全てこの時のための布石ふせきだったのだと無理矢理にでも解釈すれば、いくらかは精神的に余裕が出てきますしね」

 しかし、小鉄のその余裕を打ち消すような一言を発したのは雪穂。

 「でもっ、あの『冥府の使者』はダメージを受けるごとに強くなる、特異体質の持ち主で、攻撃したらむしろ不利になっちゃうんですっ!」

 くずりもそれに頷いて肯定する。

 さらには、最弱の常勝者もここぞとばかりに、

 「そうですよ。私の『性質』は他の生命体とそもそもの原理が正反対にあることです。どうやら、貴方は人間の中でも知能指数が高そうですから、私の言っている意味くらいは分かりますよね?」

 

 圧倒的な力。

 

 『虚無界』という異世界に住まう住人の中でも、彼の力は特にひいでているように思えてならない。

 そもそも、戦いのセオリーを覆してしまうような『性質』の持ち主なのだ。

 攻撃すればしただけ、攻撃した側が苦しめられてしまう。

 ゲームで言えば、敵にダメ―ジを与えるはずのコマンドを入力すればするほどに、自身のヒットポイントが削られてしまうという状況に近い。

 

 攻略不可能。


 くずりと雪穂の頭に浮かんでくるワードはそれだけだった。

 そして、その現実を突きつけられれば、いかに優秀な小鉄であろうとも、絶望のふちに立たされるであろう。

 誰もがそう思っていた。


 が、実際はそうではない。

 小鉄の余裕の表情が崩れることはなく、神器、『王の即座フィン・バロン』を轟々と構えている。

 そして、その口元がゆっくりと動いた。

 「ダメージを受けない、というのは少し違うみたいですよ?」

 「「えっ?」」

 小鉄の言葉に、思わず雪穂とくずりの口から間抜けな声が飛び出す。さらに、最弱の常勝者の肩がビクゥ、と震えた。

 小鉄は構わずに続ける。

 「そもそも、『死なない』という生命体は存在しないと、僕は考えています。もっとも、どうやら貴方の『性質』が僕たちの常識を覆すというのは本当のようですが。……、だからと言って、それが不死身になるとは限りません」

 「……ほう」

 最弱の常勝者は目を細め、小鉄の言葉に耳を傾ける。

 「例えば、『細胞の活性化』、とかは良い線なんじゃないですか?」

 まるで核心を突いたような表情でそんなことを言う小鉄。

 その後ろで雪穂とくずりが、何を言いたいのか分かりかねた様子で首を傾げていた。

 対して、最弱の常勝者の表情は少し強張ったものへと変わる。

 「どうやら、的外まとはずれというわけではないようですね。ここからは僕の仮説ですが、貴方は、細胞の性質が一般とは異なるようですね。簡単に言ってしまえば、通常時に細胞がほとんど活動していない、つまり、一般的に言う『瀕死ひんし』の状態にあるわけです。……が、それが貴方の場合、外部からの刺激、ここで言えば『攻撃』によって細胞を活性化させるようです。それが結果的に『不死身の生命体』を作りだしているように錯覚させるわけですよ」

 「ちょっと待ってー。例え、それが本当だったとしても、それじゃ『不死身』のカラクリが分かっただけで、攻略にはならないんじゃないー?」

 くずりが訊ねると、しかし小鉄は表情をゆがめることなく、

 「いえ、これが分かればいくらか攻略は見つかっているのです。そうでしょう?」

 目の前に対峙する最弱の常勝者へと笑みを向ける小鉄。


 フッ。


 そこで『冥府の使者』から息が漏れた。

 「そこまで分かっていて、答えを私に言わせたいのですか? まるで貴方は性格が悪い。悪い故に、私はそこまで気分が悪くない。スマートの中に生きる非スマートさ。矛盾しているようで、それらは貴方という人格を立派に構成しているようですね。種明かしの時間は待っててあげます。どうぞ、その少女たちに説明してあげてくださいよ」

 「どちらが性格が悪いのか。ですが、いいでしょう。僕としてもそうしてもらえるならありがたい」

 小鉄は注意を反らすことなく、再び後ろにいる二人に向けて話を続ける。

 「細胞にも寿命があります。いかに『不死身』を演出しようとしても、その根本の中にある根本は覆せない。ダメージを負うごとに細胞が活性化し、健康体になっていくのは事実ですが、かといって、健康も度が過ぎれば不健康となってしまうのですよ。詳しいことは僕もそれを専攻していたわけではないので分かりかねますが、つまりは攻撃を続け、『細胞を死亡させれれば』、僕たちにも勝ち目があるわけです」

 ただし、と小鉄は付け加え、

 「それがどれだけの攻撃かは分かりませんがね」

 

 すると、最弱の常勝者による小さな拍手が聞こえてきた。

 「素晴らしい。そこまで分かっていたのですか。だが、しかし、一体どこでそのような情報を入手したのですか? 恐縮ですが、私は貴方との面会は初めてのはず。なのに、ここまでの憶測が出来ると言うのは、事前に誰かから私の情報を得ていたからなのでしょう?」

 「ならば、僕からはこれだけ言っておきます。貴方は、今回が初めてではないのですよね? 『こちらの世界』に来たのは」

 「「??」」

 首を傾げたのはくずりと雪穂。

 しかし、当の本人は何やら納得したような表情で、

 「なるほど。あの『聖者』からの情報ですか。全く忌々(いまいま)しいほどに可愛いことをしてくれますね」

 

 ゴバッ!! と、最弱の常勝者の言葉を掻き消すような轟音が響いた。

 「何も、僕は攻撃を待っているわけではありませんよ?」

 先ほどまで空中に滞空していた黄金と白銀の斬撃が、一直線に『冥府の使者』へと突っ込んだのだ。

 

 だが。

 

 「人が話しているのに、いきなり攻撃をする当たり、まるで『聖者』と似ている。それが人間という種族の『性質』なのですか?」

 皮肉が込められた言葉が爆発の中心から聞こえてくる。

 思わず、大剣と三つ叉の槍を構えるくずりと雪穂。

 だが、小鉄とは言うと、手の中で双剣をクルクルと転がしながらじっと敵を見据えていた。

 「おや? 戦いにおいてはこれが普通なのではないですか? それとも、『虚無界』では敵のパワーアップを親切に待ってあげる特撮映像の心得のようなものが主流なのですかね?」

 「知りませんね。そもそも、そのような文化自体ありませんから。しかし、これは最低限の礼儀ではありませんか?」

 「ならば、僕は礼儀知らずで構いませんよ。戦場において、礼儀なんてものは自分の命をおびやかすものに過ぎませんから」

 にっこりとほほ笑む小鉄。


 それが合図だったのだろう。


 最弱の常勝者と小鉄が同時に地面を蹴りあげ、一瞬のうちにお互いを目前まで捉える。

 黄金と白銀の刃が空を裂き、武器を持たない『冥府の使者』はそれでも勢いを殺すことはなかった。



 ズンッ! と重々しい音がその場を支配するまでに時間はそうかからない。


 






 鳴咲市の一角にて、赤桐蓮華は神器、『守護の弐席ガーディ・ツベン』を構え、椎名美奈は『術式・七星』に使われる七枚のお札を指と指の間に挟み、『冥府の使者』の一人である無垢むくことわりと対峙していた。

 蓮華は石の力で肉体強化を施し、その人並み外れた脚力で空中五メートルほど跳び上がると、そのままフェンシングで使われるような剣を振り下ろす。

 その切先は真っすぐに碧の髪の少女、無垢の理へと向けれられる。

 が、少女が叫びを上げることは無かった。ただ冷静というより、むしろ緊迫した状況を把握できていない幼子のようにただ呆けたように切先を見据える。

 カンッ!

 『守護の弐席ガーディ・ツベン』とアスファルトの地面がぶつかり、軽く火花を散らした。

 そう。

 蓮華の一撃が『冥府の使者』を捉えられなかったのだ。

 「ッ!!」

 蓮華は数回のバックステップですぐさま敵との距離を取り、体勢を整え直す。

 「蓮華、今の……」

 後衛で『術式・七星』の発動準備に入ろうとしていた美奈が呟くように言う。

 「うん。明確に、『避けた』っていうモーションが無かった気がする。私の攻撃範囲に完全に入ってたはずなのに……。動かないでも攻撃を避ける方法があるっていうの……?」

 蓮華の言葉に、美奈は少々顔をしかめ、

 「やっぱりそういうことになるよね。詳しいことは分からないけど、あの女の子の能力って『力を自在に制御する』みたいな感じなんでしょ? ということは、今の蓮華の攻撃も『制御』されちゃったってことなのかな?」

 「どうだろ……。何らかのタネがあるのはあるんだろうけど、それがよく分からないの。そもそも、『力の制約』って一言で言っても、それがどれだけの範囲に及んで、なおかつどれだけの範囲内の力までを自在に操れるのかにもよるから。もし、自分に迫ってくる『力』のみしか操れないなら、今の私の攻撃が当らなかった説明は出来ないわけだし……」

 すると、その様子をのんびりと眺めていたくだんの『冥府の使者』が口を開いた。

 「私に、その程度の、攻撃を、当てる、なんて、できは、しない。もちろん、私の、『性質』が、大きく、関わって、いるから」

 二人はやっぱりか、といった表情を浮かべるも、武器を引っ込めることはない。

 「別に、私たちだけで何とかしようなんて思っていないわよ? それは卓と真理がきっと何とかしてくれる。だから、私たちは私たちの出来ることだけをするだけ!」

 「うん! たっくんと真理ちゃんなら、きっと大丈夫だから」

 心のうちから何か熱いものが湧きあがってくる。

 自分たちよりも遥かに強い相手を目の前にしているのに、どこか心にゆとりがあった。自分たちが信じられる者に託しているからだろうか。

 理由は何でも良かった。

 今はただ、立ち向かうための原動力さえ確保できれば。

 

 シュッ! と、美奈が『術式・七星』に使うお札を手から離した。お札はあらゆる物理法則を無視した不可解な浮遊で、無垢の理の足元に円を描くように張り付いた。

 「?」

 無垢の理は何も起きないことに違和感を覚え、首を傾げたが事態はすぐに急変した。

 「術式・七星、土爆どばく!!」

 美奈が叫ぶと、とたんにお札の円内、つまり無垢の理が立っている地面が水のように柔らかくなり、蟻地獄ありじごくのように彼女の足を呑みこんで行く。

 無垢の理はそこから抜け出そうと足に力を込めて引っ張ったり、押したりしてみるが一向に抜ける気配がない。

 美奈は唇を吊り上げて、

 「簡単に抜けるはずはないわよ。これは強力な『妖霊』を確実に仕留めるための奥義みたいなものなんだから!」

 しかも。

 それに追い打ちをかけるように、その場に無理矢理抑え込まれた無垢の理へと刃を向ける蓮華。

 その細く、鋭い刃は完全に敵を捉えていた。

 いかに『力の制約』があろうとも、刃さえ届けばダメージは与えられる。

 「ご自慢の『性質』で何とか出来るなら、してみなさいよ?」

 どこか勝ち誇ったような美奈。

 確かに、どうにか出来るならとっくに脱出しているはず。それをしないのは、つまりそれが出来ないからなのだろう。

 そう思った途端に、美奈は自然と笑みをこぼした。

 そして、ついに蓮華の刃が無垢の理に触れる。

 

 瞬間。


 「少しは、希望が、見えた、かしら?」

 無垢の理の、抑揚よくようのない声が聞こえた。

 「ッ!?」

 蓮華が気がついたときにはすでに彼女は地面から解放されていた。

 いや、最初から解放されていると言う方が正しい。

 「私の、『性質』ばかりに、気を、取られて、いた、みたいだけど、私が、『虚無の護憲ゼロ・ルール』を、使った、時点で、もっと、警戒、するべき、だった」

 無垢の理は完全に蓮華の刃に触れていたはずだった。

 なのに。

 今は蓮華から数メートルも離れたところにいる。足も地面に埋もれていない。

 次の瞬間、蓮華の耳に美奈の声が飛び込んできた。

 「蓮華! 危ない!」

 「えっ?」

 蓮華自身、気が付いていなかったのだ。

 無垢の理が自分の目の前から移動したことを自覚し、その上で、その場に銃数秒も立ちすくんでいたことに。

 美奈の使った『術式・七星、土爆どばく』は何も捕獲ほかくのための術式ではない。攻撃を一度封じた上で確実に敵を仕留めるための攻撃なのだ。

 そして、その時が来てしまった。

 

 蓮華の足元、円状に張られたお札が爆発した。

 バォ!! なんとも冷たい音がその場を一気に支配する。

 蓮華の悲鳴すらも掻き消してしまうほどに。

 

 「れ、蓮華ェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 後方で『光の剣』を構えていた卓が叫んだ。

 隣で真理も目をいてその様子を見ていた。口をパクパクして何か言おうとしていたようだが、言葉が出てこない。

 美奈はその場に泣き崩れる。

 

 蓮華のいた場所はたちまち炎に包まれた。

 卓の脳裏に五年前の映像がよみがえる。

 また、大切な人と別れる。そんな気がしてならなかった。

 自分が絶望し、希望を捨て去ったとき、いつも傍にいてくれた存在。不器用ながらも自分を気づかってくれたり、家が隣っていう理由だけで無愛想だったころの自分といつも登下校してくれたり。

 次第には彼女に心を開き始め、いつしか自分の中で大きな支えとして傍にいてくれた。

 そんな大切な人が。


 「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 卓は叫び、その場を動こうと足を一歩踏み出した。が、それは真理に止められた。

 「落ち着いて卓! 今勝手に動いたら剣が崩れるでしょ! もうこれしか状況を打破出来る策は無いの! そのために蓮華と美奈が頑張ってくれたんでしょ!?」

 「でも! でも蓮華が!!」

 「分かってる! でも、このままだと美奈も私も、卓もやられちゃうんだよ!?」 

 美奈はすでに戦意喪失せんいそうしつ。ただひたすらに涙を流し、全身を震わせている。

 対して、無垢の理は無表情のままこちらを見据えている。

 真理の言うとおり、この場を何とか出来るのは間違いなく自分たちだけだ。

 けれど、身体が言うことを聞いてくれない。

 この場で剣を振りかざさなければいけないのに、足は真っ先に蓮華の方へと向かって行きそうになる。

 

 またなのか。

 せっかく死んだと思った真理と再会できたのに、今度は蓮華を失ってしまうのか。

 そんな嫌な現実だけが卓の頭の中をぐるぐると回る。

 何のために力を手に入れたのだろう。

 『討伐者』になったのは何のためだったのか。

 強くならなければいけない。それは大切なものを守るため。けれど、それは何も真理だけではない。

 『約束』をした相手は真理だったが、彼女だけを守れる強さであればいいなんてことはない。自分を救ってくれたのは真理だけでなく、蓮華も同様なのだから。


 失いたくない。


 ただそれだけが願いだった。

 だが、そんなたった一つの願いすらも打ち砕いてしまう炎。

 五年前もそうだった。

 自分は炎の外で、ただ自分を守ってくれた人が消えて行くのを見ているだけだった。涙を流すことしか出来なかった。

 炎の中から聞こえてくる、今にも消えそうな声。そのときの『約束』すらも満足に守れない弱い男。

 正直、『討伐者』になって、異世界の住人や、街一つを吹き飛ばしてしまう術式を阻止したことで、どこか強くなっている気がしていた。

 まだまだ自分の目指す強さにまで辿り着いていないにしても、自分の周りに人間くらいは守れる、そんな気がしていた。

 だが、それはおごりだった。

 自分はそんな大それた人間ではない。どこまでも弱く、どこまでも愚者ぐしゃだったのだ。

 今度もまた、自分を助けてくれた人を守れなかった。

 

 願うだけではどうにもならない。

 どんなに守りたいと思っても、現実はどこまでもその願いを打ち砕く。

 『神器』なんて大それた武器を持っているから、蓮華をどこか頼りにしていた。それ自体は彼女自身喜んでいたし、問題はないのだろう。

 けれど、戦いを彼女に任せ過ぎてしまったのだ。

 

 考えてみれば、蓮華は少し前まで普通の女の子だった。むしろ、人より大人しめで、どこか一歩引いて話す、そんな感じだった。なのに、急に『討伐者』になって、大きな戦いにどんどん巻き込まれ、その度に戦いの中心で戦ってきたのだ。

 いずれはこうなることくらい分かっていたはずだった。

 分かっていたはずなのに。

 (畜生ちくしょう!! 俺は、どうしてこんなに弱い!?)

 卓は思わず自分の唇を噛んだ。

 そこからは赤い血が流れ、地面に一滴落ちる。

 「卓……」

 真理は何かを続けようとしたが、口を紡いだ。そして、手の中にある『光の剣』へと意識を集中する。

 形は出来あがっていた。

 あとは、卓とタイミングを合わせてその巨大な剣を振り下ろすだけ。


 しかし、卓の心はもうその場にはない。







 そして、その悲劇の頭上では、空に浮かぶ『冥府の使者』、冷淡の策士と、『神の使い』であるエマ=ニューズベリが対峙していた。

 (すなわち、誤認。『破壊』という性質、少し甘く見ていました。まさか、空そのものまで破壊することが出来るとは。さらに『神の使い』としての力まで制御されていては、そう簡単にことは運びそうにありませんしね)

 エマが少々渋った顔を浮かべていると、冷淡の策士は愉快そうな声で、

 「ハハッ、どうやらお仲間さんの一人が逝ったらしいぜェ?」

 エマは敵に意識を向けながら下を見ると、絶句した。

 「……、」

 (すなわち、危険。まさか、よりにもよって『神器』の使い手が……。それに人の心とはとても簡単に壊れてしまいます。この場で『精神』を回復する奇跡も使えないでしょうし、一体どうすればっ!)

 考えていると、前方から冷淡の策士の攻撃が飛んでくる。

 無数の刃から放たれる攻撃は、空を切り裂きながらエマを捉え、八つ裂きにしようと向って行く。

 エマはリピタを使いながらそれらを上手く避け、なおかつ、下にある『光の剣』を視界の端に捉えていた。

 「すなわち、驚愕。あれは……、『レーヴァテイン』!? どうして、あんなものが彼らの手に……」

 「よそ見している場合かよォ!」

 敵の声が聞こえてきたと思えば、またも空が割れる。

 「俺の『破壊』の程はさっきも見ただろうがァ! 『神の使い』ともあろう者が二度も同じ手に引っ掛かるとはなァ!」

 両サイドからの圧迫を感じて、しかし今度はエマも動いた。

 (すなわち、観察。何も知らなかった先ほどとは違います。その『破壊』を見極め、必ず攻略してやりますよ)

 リピタを横に倒し、目をつむる。

 

 バォ!!

 轟音が空を支配する。冷淡の策士の『破壊』の性質が空を破壊したことによるものだ。とてつもなく大きな圧力が容赦なくエマへと降り注ぐが、彼女の身体がスクラップにされることはなかった。

 「ッ?」

 冷淡の策士が目を見開いた。

 リピタの両サイドでまるで迫りくる壁を固定しているように、空の破壊そのものを阻害しているのだ。

 「すなわち、理解。なるほど、貴方の『破壊』、それがどの程度まで有効なのか大まかではありますが掴めてきました。先ほどは唐突のことで状況把握が遅れてしまったことによって対処できませんでしたが、実際に何が来るのか、それが分かっているのであればこちらも手の打ちようはあるというものですからね。しかし、良かったです。この『破壊』にも『神の奇跡』が干渉出来るということが分かりました。これはとても大きな収穫と言っていいでしょう」

 「何をしたァ?」

 「すなわち、返答。別に大したことはしていませんよ? 貴方がその目で見て、今の状況を把握しているのであれば、おそらくそれは間違いではありません。私はリピタを横にして、そのまま破壊を止めているに過ぎません。ただ、『ある特殊な力』を纏ってはいますが」

 「ククゥ! 腹が立つなァ! その生意気な態度を叩きつぶすのもまた一興いっきょうかもなァ」

 「そなわち、回答。それはどうやら不可能でしょう。なぜなら……」

 エマはそこで下にいる卓と真理へと視線を移す。

 『光の剣』、エマは『レーヴァテイン』と言ったか、それを二人で構える姿。もちろん、そこに正常な精神状態であるかどうかという問題は含まれていないのだが。

 「ああァ!? あの剣が何だってんだァ?」

 「すなわち、説明。知らないのですか? 北欧神話に登場する伝説の剣の名称ですよ。あらゆる災厄を切り裂く伝説。その形を剣にしたのが、恐らくはあの光の剣なんでしょうね」

 「つまり、俺たちがその『災厄』とでも言いたいわけかァ?」

 その言葉に、エマは特に反応を示すことは無い。

 

ただ、リピタを構えながら時が来るのを待つ。










鳴咲市の中心街にある私立光陵学園。その敷地内で三浦小鉄もまた『冥府の使者』の一人、最弱の常勝者と対峙していた。

 右手に黄金の剣、左手に白銀の剣を携え、まるで隙を与えまいと連続して斬撃を繰り出す小鉄。

 対して、最弱の常勝者はそれらの攻撃を実に軽々とした身のこなしで避けて行く。しかし、小鉄の表情にそこまでの曇りはない。

 「どうやら、僕の考えはあながち間違いではないようですね。もし完全に『不死身』ならば、そうやって攻撃を避ける意味がないですから。わざわざそれをするということは、つまりどこかで『限界』があるからなのでしょう? そして、僕はその説明は細胞に関連するものが一番しっくりくるとにらんでいます」

 小鉄は神器、『王の即座フィン・バロン』を振るいながら優々とした口調で言う。

 そのどこか優勢に見える状況を雪穂とくずりは少し下がって見ている。

 「すごい……」

 雪穂の口から思わずそんな言葉が漏れる。それに続くようにくずりも、

 「これがあの、『ヨーロッパ支部弐〇騎士』にも匹敵する力の持ち主……。さすがとしか言いようがないわねー」

 そうしている間にも、金やら銀の斬撃が地面を抉り、レンガの欠片を最弱の常勝者へと飛ばして行く。

 だが、敵は敵でこちらもまた未だに武器を持たずに戦っていた。

 「まさかここまでとは。しかも、私の『性質』まで見抜かれているとは。やはり、最大の誤算は貴方が『聖者』と繋がりがあった、ということですかね」

 「それは違いますね。一番の誤算は、貴方達の仲間であった、『魂の傀儡子』ですよ。彼との戦い、その一連の出来事で僕は大きく成長することが出来ましたから。単純に力でも、そしてそれ以上に精神的にも、ね」

 ビュン!! と小鉄の刃が空を裂く。

 黄金の三日月型の斬撃が凄まじい速さで敵を捉えたのだ。

 

 しかし。

 今度は一変して、最弱の常勝者はその攻撃を避けることなく、むしろ自分から直撃しに行ったのだ。

 「!?」

 突然のその行動に、思わず小鉄は一瞬身を引いた。

 

 ドゴッ!!

 と、大きな音を立てて、斬撃が直撃した最弱の常勝者の身体は、光陵学園の校舎へと身を沈めた。

 「ど、どうしてっ?」

 その一連の行動の真意が分からない雪穂は動揺していたのように瞳を揺らしていた。その隣で、くずりもどこか負に落ちないような表情で瓦礫がれきを見据える。

 (どういうことー? 仮に『細胞の活性化』があのタフさの秘密だとして、かといって無闇に攻撃を受け続けるのは彼にとって得策ではないはずー。だからこそ、今まで攻撃を避けていたはずなのに、ここにきていきなりあの強烈な一撃を受けた……)

 すると、心の中の声に続くように小鉄が口を開いた。

 「考えられる理由は一つでしょうね。ここで勝負を決めるつもり、ということでしょう。確かに限界以上に細胞を活性化させてしまえば、肉体の方が崩壊してしまうでしょうが、逆を言えば、そこまで達することなく細胞を活性化させれれば、つまりそれだけ自身を強化することが出来る、というわけですから。さっきの攻撃は決して甘いものではないですから、それを自身から飛び込んで受けたということは、さらに警戒する必要があります」

 

 小鉄の言葉が終わるのと同時。


 瓦礫がれきが崩れ落ち、中から無傷の最弱の常勝者が出てきた。

 さらに血行が良くなり、今や病弱ともとれる印象は皆無だ。

 「さてさて、これだけ活性化すれば問題はないでしょう。わざわざ『虚無の具』を使うまでもない」

 途端、最弱の常勝者の姿が消えた。

 「「「ッ!?」」」

 討伐者組はすぐさま武器を構えて警戒するが、次に現れた時には、小鉄を通り越して、雪穂とくずりの目の前に立っていたのだ。

 「なっ!?」

 小鉄がすぐに振り返り、背中から襲撃しようとするが、敵の方が速かった。

 「『虚無の影像ゼロ・シャドウ』、まあ言ってみれば忍法のようなものですかね。実際に実体の無い影像を見せつけることで、実体である私自身の動きを読ませないためのもの。もっとも、この程度は『冥府の使者』であれば基本的なものとして使いますから、別に奥義ってわけでもないんですけど」

 言いながら、トン、と軽い調子で地面を踏み鳴らす。

 

 たったそれだけの動作。

 しかし、今の彼はどこまでも細胞を活性化している。つまり、力も数百、いや通常の数千倍まで跳ね上がっているのだ。

 ドシャ! と果物が潰れるような音と共に、一瞬のうちに地面に大きなクレーターが出来あがる。

 その拍子に雪穂とくずりの華奢きゃしゃな身体は後ろに吹き飛ばされ、体勢を崩したまま数回地面をバウンドする。

 小鉄は小鉄で、その爆風に吹き飛ばされないように両手に握られた剣を地面に突き刺してその場に何とか留まる。


 一瞬のうちに支配者は変わった。

 その場を支配するのは、最弱にして常勝者。彼は唇を吊り上げて、

 「人間風情が、よくもここまで耐えたと賞賛してあげましょう」








 鳴咲市、中心街から少し外れたところにあるビルの屋上。

 エマの攻撃も、討伐者と『冥府の使者』との激闘の影響も受けずに、その場に建っているものだった。

 オフィスビルとホテルを兼用しているらしく、階層もかなりあり、屋上からは街全体を見渡せるほどだった。

 そんな屋上に二人の人影がある。

 「くはぁ! アンタも物好きだね~。あんな小娘を助けるなんて! もしかして、惚れた女ってヤツなわけ?」

 薄手の長袖シャツにジーンズといったラフな格好に加え、首から髑髏どくろに剣が突き刺さっている独特なネックレスを下げた青髪の青年が愉快そうな声で言う。

 「……、別に彼女にご執心しゅうしんというわけではない。……ただ、見たくもない涙を見る必要もないという話だ」

 どこかくぐもった声だ。

 それもそうだろう。

 青髪の青年の隣に立っていた男は、顔にアジア系の民族仮面のようなものを付けているのだから。

 下の格好は青髪の青年と似通ったもので至って普通なのだが。

 青髪の青年はその言葉を聞いて、さらに楽しげな声で、

 「とても世界改革を望む『頂』のメンバーのお言葉とは思えないね~。『絶対強者あのひと』の思想から一番遠い言葉じゃないか?」

 「……、そうでもないだろう。別に俺は世界改革を望んでいるからと言って、何も殺戮さつりくを望んでいるわけではない。むしろ、そういった闇を排除するための世界改革だと思っている」

 「あらら、それじゃ俺がこの前やった『たま御神楽みかぐら』計画は全面否定されちゃったわけだ」

 「別にお前のやっていることにいちいち口出しするつもりもない。ただ、俺には俺のやり方というものがある」

 男の言葉に、青髪の青年は軽く肩をすくめ、

 「大体、俺には不思議で仕方ないよ。アンタが『頂』を受け継いで俺たちメンバーを集めたっていうのに、実際にリーダーをしているのは俺。アンタがやればいいものを」

 「……、俺はそういったことに興味はない。だが、『頂』をある程度まで統括しているお前には感謝している」

 「統括、って言ったってたかがメンバーは四人。まあ、あの『単細胞女』は認めたくはないけどな!」

 「相も変わらず、か。仲良くしてやれ。アイツはアイツで大変なんだ。あれでもれっきとしたイギリス王女なんだ」

 「全く、初めて聞かされたときは驚いたさ! あの東雲しののめですらそうだったんだしな。何だっけ? エルテリーゼ五世だったか? あんな口悪女が一国の王女様だなんて滑稽こっけいだよ!」

 「そういうことは言うものではない。エルテリーゼにはエルテリーゼの抱えているものがある。俺はそれを受け入れ、彼女を『頂』に取りこんだんだからな。東雲についてもそうだ。ただ、お前だけは少々例外だがな」

 仮面の下の素顔が見えない男は、それでも仮面で青髪の青年を見据える。

 「ハハッ! 俺だけは例外か。確かに、俺は単純に世界が変わる瞬間を見たいだけに『頂』に入っただけだからな~。元々、『討伐者』として活動していたのも『贈与の石』なんて最高で最低の代物を手に入れて、少しは非日常を楽しめると思ったからだしな」

 「だが、それでもお前の実力は『頂』にとっては必要不可欠。単純に楽しみを求めているからこそ、そこに強大な力が生まれると、俺は考えている。だが、エルテリーゼや東雲のように何かしらの負の感情を抱いている者もまた、時には想像を遥かに凌駕りょうがする力を発揮するだろう」

 仮面の男の言葉に、青髪の青年は軽く肩をすくめ、

 「そういえば、俺たちはあまりアンタのことを聞かされていないんだけど? 別に興味があるとかってわけじゃないが、少しくらいは聞かせてくれてもいいんじゃないかってね」

 「それは、俺に仮面を剥げということか? 別に構わないがそれでお前が俺のことを何か知る、という結果には至らないだろう。お前にとって俺の素顔なんてものは必要な答えを得るための道標にはなり得ないのだから」

 「確かにその通りだ! だからこそ、俺が知りたいのはアンタの素顔じゃない。今さっきの行動、爆発に巻き込まれた女を助けたっていう『頂』らしからぬ行動の真意の方さ! むしろそっちの方がアンタという人間の深い部分が知れそうだからね!」

 青髪の青年は何か意味ありげな笑みを浮かべながら言う。

 しかし、仮面の男もまるで調子を崩さないように、

 「行動の真意、か。いい線だが、実際問題、俺が彼女を救ったのはさっきも言った通り見たくもない涙を見たくないだけの話だ」

 だが、青髪の青年は仮面の男のその言葉に何かを見出したのか、少し弾んだ声で聞き返す。

 「誰の涙?」

 「……、それが一番、俺という人間を知るために必要なポイントだろうさ。もう『アイツ』に誰かを失う悲しみを与えてはいけない」

 「ふ~ん。あの中にアンタが泣かせたくない人間が混じっているわけか」

 「どちらにせよ、お前には関係の無いことだ。……、ところで、例の『データ』の解析はもう済んだのか? 『狭間の錠アクィトペルム』について」

 「東雲の話によれば周期的に演算した結果、次に『狭間の錠アクィトペルム』が現出するのはここ、鳴咲市で間違いないようだよ! ただ、時期はもう少し先になるだろうけど」

 言いながら青髪の青年はわざとらしくため息をつく。

 「そうか。そこまで分かっているなら一度、エルテリーゼも含め『頂』のメンバーで計画を練る必要があるだろうな。東雲はアメリカにいるとして、エルテリーゼはまだヨーロッパに?」

 「ああ、あの単細胞女、『先導者コンダクター』に撤退勧告を出されたらしいが、今はイギリスに潜伏しているらしいぜ? 今度は何をするつもりか知らないけどよお、全く好き勝手し過ぎだろうって!」

 「イギリス、か。なるほど。世界改革の前に、自分の成すべきことが見つかったのかもな」

 青髪の青年はその言葉に一瞬、キョトンとした表情を浮かべるがすぐに元の笑顔に戻ると、

 「それは王女として、ということかよ?」

 「勘違いするな。俺は全知全能の神じゃないんだ。さすがにそこまでは分からないが、あのエルテリーゼが見出した答えだ。少しは信頼してやるのが同じ『頂』のメンバーとして俺たちが成すべきことだろう?」

 いつの間にか青髪の青年はビルの屋上から忽然こつぜんと姿を消していた。仮面の男の言葉を聞いていたのかは分からない。

 だが、仮面の男は軽く息を吐くと、

 「お前は本当に、単純に血が流れる光景を望んでいるのか?」

 と、それだけを呟き、『冥府の使者』と『神の使い』、『討伐者』たちが戦う戦場へと視線を移す。

 ここからでもはっきりと巨大な光の剣は見える。

 エマが『レーヴァテイン』と呼んでいる剣が。


 「終焉しゅうえんを始まりと捉えられるように、始まりもまた、一つの終わりになるのかもしれないな」









 『レーヴァテイン』。

 卓と真理の手の中にあるそれは、どこまでも黄金に光輝く剣で、その場を支配する王のようにそこに存在していた。

 「それが、北欧神話に、登場する、伝説の、剣、ですか」

 碧髪の『冥府の使者』、無垢の理は『レーヴァテイン』を見つめながら独り言のように言う。

 (あの、『魂の傀儡子』を、一撃で、仕留めた、剣……。それが、事実なら、大問題、です)

 無垢の理が、すうっと腕を上げる。

 しかし、そんな動作さえも真理は見逃さなかった。

 「卓! 今よ!!」

 真理は叫んだ。同時に『レーヴァテイン』を握る手に力を込める。が、それが振り下ろされることはない。

 卓はただ魂の抜けた身体のようにそこに立っているだけ。

 「卓! お願い! しっかりしてよ!」

 「俺は、弱い……」

 今にも掻き消えそうな声。さらに、見れば卓の瞳から一筋の涙が流れていた。

 (卓……)

 真理は今までこんなにも弱った卓を見たことがない。いや、もしかすれば、自分が消えたときにも卓はこんな状態だったのかもしれない。

 ならばこそ。

 ここで卓を何とか出来るのは自分だけ。

 真理はゆっくりと唇を動かした。

 「卓。卓が蓮華の無事を信じてあげないでどうするの!? 蓮華はこの街を救うために、私たちを信じて戦ってくれたんだよ!? それなのに、卓がここで何もかも投げ出したら蓮華のしてきたことは無駄になっちゃうじゃない!!」

 「蓮華の戦いが無駄になる……?」

 卓の消え入りそうな声に真理は大きく頷く。

 「そうだよ。蓮華だって美奈だって戦ってくれた。私たちを信じて。けど、卓は信じてあげないの!? 卓が辛いときにいつも傍にいて助けてくれたのは誰!?」

 その人間が自分でないことに真理は少し悔しさを覚えた。

 好きな人を苦しめたのは自分で、その苦しんでいる好きな人を助けたのは別の人間。けれど、好きな人を助けてくれたことに対して感謝の気持ちもある。

 だからこそ、真理は言葉を続ける。

 「今度は卓が助けてあげる番でしょ!? そのための力なんでしょ? 五年前とは違うってところを見せてよ、卓!」

 「俺が、助ける……」

 ずん、と『レーヴァテイン』に力が加わるのを真理は感じた。

 そして、最後に真理は言う。

 

 「お願いだよ、卓! 強くなってよ!!」

 「ッ!!」

 強くなって。

 昔、同じことを言われた。

 あの時は一人の女の子すら救えなかった。それは単に力が足りないだけだと思っていた。けれど、それは大きな間違いだったのかもしれない。

 (強く!!)

 卓は思いっきり『レーヴァテイン』を握りしめる。

 「卓!」

 「悪い、真理!」

 二人の討伐者はしっかりと巨大な剣を握り、そして目の前にいる『冥府の使者』を捉えた。

 「「ハァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」

 ついに勝利を導く剣が振り下ろされる。

 ブォンと空気を切り裂く音が重く響き、光の刀身は真っすぐに無垢の理へと向かう。

 「忘れた、のですか? 私の、『性質』は、『力の制約』。この程度、は問題、ありま――」

 ゆっくりとした無垢の理の言葉はそこで途切れた。

 異変に気が付いたのだ。

 (『力の制約』が、効かない!? いや、それどころか、今までの、『制約』も、打ち消されて、いる!?)

 

 直後。

 バォオオオオオオオオ! という轟音と共に、鳴咲市の街で爆発が起きる。







 鳴咲市上空で対峙していた冷淡の策士とエマもその異変にすぐに気が付いていた。

 「すなわち、逆転。どうやら『レーヴァテイン』によって『力の制約』が解かれたようです。つまり、今の私なら『神の使い』としての力を最大限に行使することが出来るわけです。この意味はわざわざ説明する必要もないですね?」

 すると、冷淡の策士の表情が一瞬強張った。

 「まさか、無垢の理が倒されたってのかァ!?」

 「すなわち、回答。彼女の生死までは知りませんが、今の状況はどう考えてもこちらが優勢です」

 「くそがァ!」

 冷淡の策士は吐き捨てると、そのまま急降下していく。が、力を取り戻したエマはその速度を遥かに凌駕りょうがし、一瞬のうちに彼の前に立ち塞がる。

 「すなわち、質問。私が逃がすと思いますか?」

 エマは手の中でリピタをバトンのようにクルクルと回すと、その先端部分を思いっきり冷淡の策士の腹部へと突き刺した。

 「がっはっ!?」

 冷淡の策士はそのまま空を転がった。

 だが、原理は分からないが空に『砲滅の楔』を突き刺して勢いを止めると、素早く片手を上に挙げた。

 「?」

 エマが怪訝そうな表情を浮かべるのとほぼ同時。

 冷淡の策士の頭上に、ポッカリと空に穴が空いた。どこまで深いのか分からない黒い穴だ。

 「チッ! 予定が大分変わっちまったが、ここで全滅なんてことになりゃそれこそ冗談じゃねーからなァ!」

 冷淡の策士は言うと、大きくを息を吸い込んで、

 「無垢の理ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 まるで山彦やまびこのように鳴咲市の街にその叫びは響いた。

 そして、地上に舞う粉塵の中から、碧髪の少女、無垢の理が飛び出してそのまま冷淡の策士のところまで飛んできた。

 「あれは、計算外。私の、『性質』が、打ち消されては、どうしようも、ない」

 「アァ! だから撤退だァ」

 無垢の理は小さく頷くと、冷淡の策士と共に空に空いた穴へと飛び込んだ。

 「すなわち、待機。このまま逃がすわけには――!」

 しかし、エマは間に合わなかった。

 二人を吸い込んだ穴は一瞬で消滅したのだ。

 

 空に一人残されたエマは、どこか力が抜けたようにリピタを降ろし、

 「すなわち、逃走。厄介なことになってしまいました。ここで仕留めておかなければいけないはずだったのですが……」







 鳴咲市の中心街にある私立光陵学園。その敷地内で激闘を繰り広げていた最弱の常勝者も異変を感じた。

 「ッ!?」

 圧倒的優勢に立っているはずの『冥府の使者』がピタリと動きを止め、そして空を見上げた。

 見ると、ちょうど空に空いた穴が閉じるところだった。

 (撤退!?)

 最弱の常勝者の異変は、雪穂、くずり、もちろん小鉄も気が付いた。だからこそ、小鉄はすかさず『王の即座フィン・バロン』の刀身で斬りつけようとしたが、すぐに意識を戦いに戻した最弱の常勝者はひょいっと、軽く後方へ跳ぶとそれを避ける。

 「どうやら、この戦いの時間も終わりのようです。何があったのかは知りませんが、私の仲間が撤退したようなので」

 綺麗にお辞儀すると、最弱の常勝者は空へ手をかざした。すると、先ほどと同様に空中に穴が空き、彼はそのまま流れるように穴の中へと入っていく。

 「待て!!」

 小鉄は間髪いれずに金と銀の斬撃を放つも、穴が消滅するほうが一瞬速く、空振りになった斬撃はそのまま光陵学園の敷地を切り裂いた。

 「一体、どうなってるのー?」

 くずりは納得のいかないようで、三メートルほどの大剣を振り回しながら言う。横で雪穂も不思議そうに、

 「あれだけ優勢だったのにっ」

 そんな二人に、神器を仕舞いながら小鉄は言った。

 

 「どうやら、また彼らに助けられたようです」







 中心街から少し外れたところで、意識を取り戻さず、地面に横たわる蓮華と、彼女を取り囲むように卓と真理、美奈がいた。

 「蓮華! 頼む、目を覚ましてくれよ!」

 さっきから卓が呼び続けているが、蓮華が目を覚ます気配がない。

 そこへ、地上へ降りたエマが近づいてきた。

 「そ、そうだ! さっき真理を治したみたいに蓮華も治してくれよ!」

 卓がすかさずエマに頼みこむ。

 真理と美奈もそれに賛成のようで、何度も頷いている。が、ただ一人、エマだけが静かに首を横に振る。

 「すなわち、説明。彼女の傷は、私の力が干渉しない術によるものです。つまり、その傷を治癒しようとしたところで、術の力が働き、私の力は打ち消されてしまいます」

 「そんなっ!」

 声を出したのは美奈だ。

 卓はその場に力が抜けたのか崩れた。

 そして、ゆっくり蓮華へと視線を移す。

 全身から血が流れている。制服もボロボロで血に染まっている。

 「蓮華……、お願いだよ……。目を開けてくれよ。また皆で遊ぼう? ほら、今夜は一緒にキャンプファイアー行くんだろ?」

 卓の瞳から、もう止まらない涙がこぼれる。

 真理と美奈の瞳からも。

 エマでさえ、涙こそ流してはいないが、複雑な表情を浮かべている。

 卓は震える声で続ける。

 「なあ、蓮華……、また俺を助けてくれよ。情けないけど、俺にはやっぱり蓮華が必要なんだよ……。また美味しいご飯を作ってほしいんだよ……。俺、いっつもデリカシーがないって言われるけど、だったら、俺にデリカシーを教えてくれよ……」

 「蓮華……」

 真理も思わず呟く。

 悔しいのは皆が同じだった。

 力があっても、友達一人満足に守れない。

 何のための力だろうか。

 美奈もまた、自分で自分を責めている。

 (どうして、私……。恵美だって守れなかった。だからこそ、この仲間は守りたいって、絶対に失わないって思っていたのに……。なのに、どうして……)

 

 その場に沈んだ空気が訪れた。

 その時。

 「……ん……」

 わずかな声が聞こえた。

 卓でも真理でも美奈でも、エマでもない。

 そう。

 血まみれで転がっている蓮華の声だった。

 「!? 蓮華!?」

 卓はすぐに蓮華の顔を覗き込んだ。

 だが、蓮華の目は開いていない。しかし、彼女の唇はわずかに、だがはっきりと動いた。

 「たっくん……?」

 耳をすまさないと聞こえないような声。

 だが、ほとんどゼロ距離にいた卓の耳にはしっかりと蓮華の言葉は届いた。

 「ああ、そうだ。俺だよ!」

 「良かった……。無事だったんだね……」

 「蓮華のおかげ」

 真理が言うと、蓮華はわずかに笑ったように見えた。少なくとも、その場にいた全員がそう思えた。

 「……そう。きっと私、今、みにくい姿だよね……。あまりたっくんに……見られたくないな……」

 「そんなことない! 蓮華は俺たちのために立派に戦ってくれたんだ!」

 卓は血で染まった蓮華の小さな手を両手で包みこんだ。

 「だから、醜いなんてことは絶対にないんだよ」

 「……ありがとう。……、ねえたっくん。キャンプファイアーの約束、ごめんね? ……私から誘ったのに……」

 卓はその言葉に、首を横に振って、

 「気にするなよ。この埋め合わせはまた今度しよう? だから、蓮華はまずその怪我を治すんだ」

 「……楽しみが出来ちゃったね」

 蓮華は引きつる顔で、なんとか笑顔を見せると、ふっと手から力が抜けた。

 「ッ!?」

 卓は慌てて抜け落ちそうになる蓮華の手を握り直す。

 けれど、その手はとても冷たく、卓の心をざわつかせるのには十分だった。

 背中から真理の声が飛んできた。

 「すぐに断絶を解いて、蓮華を病院に!」

 それに反応したのは、『神の使い』であるエマだった。

 エマはリピタを構えると、何かに祈るように目を瞑る。


 瞬間。

 それまで戦場と化していた鳴咲市に命が吹き込まれたように、雑踏が蘇った。

 エマや『冥府の使者』との戦いで崩れ落ちていた建造物も、まるでそれまでの戦いが夢だったかのように何事もなく建っている。

 

 ただ一つ。

 街の路上に転がる血まみれの蓮華を除いては、普通の街だった。

 

 近くで『聖徳蔡』が行われているせいか、大勢の人の賑わいが聞こえてくる。

 ついさっきまで、真理と蓮華はお手製のメイド服に身を包み、卓は卓であちこちを見て回りながら『聖徳蔡』を楽しんでいたはずだった。

 けれど、それがどうしてか、今は皆がボロボロで、しかも蓮華に至っては瀕死ひんしの状態にある。

 

 非日常が招いた結果だった。

 戦いの日々。それを繰り返していれば、いつかはこんな日が来るだろうという予測くらいは出来たはずだ。

 もちろん、誰が悪いわけではない。

 運が悪かった、と言われればそれでお終いだろう。

 けれど、どうしても悔しかった。

 

 今、目の前に倒れている少女が、どんな想いで今日という日を待っていたのか。それを思うと、どうしても胸が苦しくなってしまう。

 卓は知っていた。

 ずっと前から、一生懸命にクラスの出し物に使う服を作っていた蓮華を。その時の蓮華はいつも楽しそうで、心の底から学園祭を待ち望んでいるようだった。

 そして、つい先日、蓮華はどんな想いで自分をキャンプファイアーに誘ったのだろう。

 元々、どこか内気なところがある少女だ。

 卓ですら、その時の蓮華は緊張しているのだろうと感じ取れた。けれど、誘いを了承したときの蓮華の本当に嬉しそうな笑顔。

 見ている方が幸せになりそうなくらいの笑顔だった。


 そして、突然の戦いに巻き込まれても、彼女は嫌な顔一つせずに戦ってくれた。それどころか、卓と同じところに立っていられることに嬉しさを感じていた。

 

 そんな、ただ好きな人を一途に思っている少女がどうして血まみれで倒れているのだろう。

 自分が瀕死の状態なのに、人のことを心配できるような女の子がどうしてこんな目に遭わなければいけないのだろう。

 卓は遠くから救急車のサイレンが近づいてくるのを聞いた。

 文化祭で賑わう晴天の日にはあまりにも不釣り合いな騒音。だが、今はその騒音が蓮華を救ってくれる。そう信じるしかなかった。


 グッ、と。

 卓はしっかりと蓮華の手を握りしめて思う。



 (俺は、いつになったら誰かを守れる強さを手に入れられるんだ……!)


第8回ぶっちゃけトーク!~姉妹~


春奈「最近めっきり出番の少ない風下春奈でーす!」


夏枝「最近というかそもそも、私のこと知っている人って少ないんじゃないですか? というレベルの登場人物、風下夏枝です!」


春奈「ちょっと、お姉ちゃん……。その言い方は悲しすぎるよ?」


夏枝「そうですか~? でも私、まったく本編に出てきてないし、このコーナーで初めて知ったっていう人も多いでしょうし……」


春奈「大丈夫! そんなお姉ちゃんでも、私の尊敬すべき姉なんだから!」


夏枝「あらあら、嬉しいこと言ってくれますね~」


春奈「当然だよ! 姉妹だもん!」


夏枝「そうですね。……でも、やっぱり少しは本編に出たいです」


春奈「……」


春奈(ごめん、お姉ちゃん。そればっかりは私だけじゃどうにもならないんだ……)

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